コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「――疫病、かぁ……」
クレントスから派遣された馬車に揺られながら、その単語を口に出してみる。
疫病は良くないものだけど、それでもエミリアさんと出会うきっかけになったものだ。
もしもガルーナ村で疫病騒ぎが無ければ……それを考えてしまうと、何とも微妙な気持ちなってしまう。
「アイナさん、南の村と言うと……その、例の迷宮の近く……でしょうか」
「うーん。地図を見る限りでは、あの場所からはずいぶんクレントス寄りの気がするんですよね。
風にでも乗って広まったのか、あるいは本当に偶然発生したのか……」
……とはいえ、さすがに偶然ということはないだろう。
振り返ってみれば、ガルーナ村の疫病だって『疫病のダンジョン・コア』が原因だったのだから。
「しかし、今回はたくさんの人がいます。
ガルーナ村のときはアイナ様と私で解決しようとしましたが、それを考えると心強いですね」
「あのときはねー……。
仕方がないとは言え、他の人は立ち寄ろうとすらしなかったし……」
無関係を装えるのであれば、敢えて火中の栗を拾うこともあるまい。
……いや、疫病に対して何もできない人間であれば、普通は行こうとは思わないだろう。
私だって錬金術が使えなければ、ガルーナ村に行こうなんて思わなかっただろうし。
「わたしもいますし、きっと大丈夫ですよ!」
エミリアさんはそう言いながら、えへんと胸を張った。
今回は最初から私もエミリアさんもいる。それに他の人たちだってたくさんいるのだから、きっとすぐに収束に向かうはずだよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2日後の昼過ぎ、私たちは小さな村に着いた。
村の入口の横に立てられた高い柱の先端には、大きな布が結び付けられている。
「……ああ。あの旗を見るのも久し振りだね……」
それはガルーナ村でも目にした、危険を示す緊急事態の旗。
無関係の者は近付くな、という警告だ。
「とりあえずみんなが疫病にやられるとまずいから、抗菌薬を作っておこうか。
……あ、エミリアさん。お使いをお願いできますか?」
「はい! 何をすれば良いですか?」
「リーダーの方に、まだ村に入らないように伝えてください。
村に入る前に薬を作るので、それを飲んでから入りましょう、って」
「分かりました、それでは行ってきます!」
エミリアさんはそう言うと、馬車を降りて、私たちの前を走っていた馬車に向かっていった。
派遣団のリーダーはその馬車、一番先頭で指揮を執っているのだ。
「――さて。それじゃルーク、行こうか」
「はい」
私とルークも馬車を降りて、村の入口へと歩いていく。
そしてそのまま、かんてーっ。
──────────────────
【デリック村近辺で検出される病原体】
疫病2098型、疫病4832型、疫病8172型
──────────────────
……ん、んんー……?
ちょっと数字で分かり難いけど、ガルーナ村でも発生した型ばかりだ。
……とすると、やっぱり『疫病の迷宮』のせいっぽいのかな……?
「まぁ、ひとまずは薬、薬っと……」
れんきーんっ。
バチッ
ガルーナ村のときと違って『汚染された大蛇の血液』みたいな素材は無いけど、空中の病原体を素材にすることが出来た。
私は私で、あの頃よりもしっかりと技術が上がっているようだ。……スキル頼みではあるんだけど。
それじゃこのまま、人数分だけ作って――
……っと、派遣団の人を全部入れれば、20個くらい作らなきゃいけないか。
幸か不幸か――って、不幸には決まっているんだけど、残念ながら素材は空中にたくさんある。
しかし、他にも蔓延している型があるのかもしれない。『疫病の迷宮』は、洒落にならない種類の疫病を吐き出してしまうのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
派遣団の全員に薬を飲ませて、そのまま村に入る。
幸いなことに村人の中には聖職者の人が多くいたようで、まだ誰も命を落としてはいないようだった。
……その状況に、私は少し安心した。
今回の疫病の原因が『疫病の迷宮』であるなら、つまりそれは私のせいだ。
私の行動によって生まれた結果は全て背負うと決めてはいるものの、それでも背負うものは少ない方が良いに決まっている。
「――はい、これでおしまいかな」
村人は100人ほどいたが、全員に薬を飲ませて、最終的な死者数はゼロのままでいけそうだった。
あとは浄化の魔法を数日も掛ければ、きっとこの村の危機は回避できるに違いない。
「ありがとうございます……。何とお礼を言って良いものやら……」
村長さんを始め、村のお偉いさん方に囲まれてお礼を言われる。
自責の可能性があるから素直には喜べないけど、ここは敢えて受け入れるように振る舞おう。
「いえ、酷いことにならなくて良かったです。
みなさんも身体が弱っていると思いますので、外の炊き出しで食事をとって、早目に寝るようにしてください」
「そうですね。完全に収束させるには、まだまだ時間が必要でしょうし……」
できるだけすぐに収束はさせたいものの、やはり現実問題として、ある程度の時間は掛かってしまう。
……そういえば私も民家を転々とまわっていたけど、外では派遣団の人たちが炊き出しをしてくれている。
キリが良くなれば、私も何か食べたいところだけど――
「……ところで、疫病が発生した原因って分かりますか?」
この話を忘れるわけにはいかなかった。
結局疫病の型は最初の3つしかなかったものの、『疫病の迷宮』が原因であるなら、また別の疫病が発生する可能性が十分にあるのだ。
「はい。村の若者が、ここから南の盆地で恐ろしいものを見た……というのが発端です。
その者は村まで戻ることはできたのですが、そのまま倒れてしまい、そして疫病が……という流れです」
「……恐ろしいもの? それって、何でしょう?」
「アイナ様に診て頂いた中に、挙動不審な者がおりませんでしたか?」
村長さんの言葉を受けて、診てきた村人たちのことを思い出す。
そう言えば最初の方に、視線がおぼつかない人が3人いたっけ。何だかそわそわと、びくびくとしていたけど――
「心当たりはありますね。もしかして、その人たちが恐ろしいものを見た、と?」
「はい、その通りです。
私が聞いたところ、太く大きな唸り声を上げて|蠢《うごめ》く、巨大な魔物がいたと……。
大地を揺るがし、正気を奪うほどの違和感を放つ魔物……だと言っていました」
何、それ?
もしかしてラスボス? 倒したら世界に平和が訪れちゃう系?
……そんなわけは無いか。
「それが疫病の原因だとしたら、対処しておかないといけませんね。
魔物であるなら、いずれ向こうから来てしまうかもしれませんし」
「はい。しかしこの村には戦士はおりません。王国に掛け合うにしても、なにぶん距離が遠く……。
それに加えて、王国への橋渡し役になっていたクレントスの領主様も、先の戦いで幽閉されたと聞いておりますし――」
……クレントスの領主様。
それって、ヴィクトリアのお父さんのことだよね?
「アルデンヌ伯爵って、仕事はちゃんとしていたんですね」
「ははは。かなりの上納金は取られていましたが……」
そう言いながら、村長さんは力なく笑った。
……ダメだ。アルデンヌ伯爵、やっぱり失脚して良かったんじゃないかな。
でも、だからこそ、ここでアイーシャさんの良さを伝えておくべきだよね。
「今回の派遣団は、クレントスのアイーシャ様が率先して編成したものです。
アイーシャ様はこの村の疫病について心を痛めており、早期の解決を願っています。
つきましては、その魔物討伐も私たちが対応いたしましょう」
「えぇ!? そ、そこまでやって頂けるのですか!?」
「もちろんです、早くこの村に平穏を取り戻りましょう。
そうでなくても冷害が広がっているのですから」
……まぁ、その冷害も元を正せば私のせいなんだけど。
本当に、色々な人たちに迷惑を掛けてしまっている。
だからこそ、できる限りの対応は私の方でしなくてはいけないのだ。
「ありがとうございます。
まさかあのアイーシャ様に加えて、『神器の魔女』のアイナ様にまで助けて頂けるなんて……」
「困ったときはお互い様ですよ!
私は裏切者は許しませんけど、仲間は見捨てませんから!」
……ここでさりげなく、裏切りをしないように含めておく。
先にこう言っておけば、あとから裏切られたとしても、遠慮なく酷い目に遭わせることができるのだ。
心の中ではどう思ってくれても良いけど、実際に裏切られると面倒だからね。
何より、やっぱり精神ダメージをかなり受けてしまうわけだし……。