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慌ただしく過ぎていく日々……
それでも、5月のうららかな陽気に私の心は穏やかだった。
ゆらゆら風に揺れる木々の葉、地面に植えられた小さくて可愛らしい花々。
白い雲の隙間を飛び交う鳥たち。
私はそんな景色に目を向ける余裕がある自分に、ちょっと嬉しくなった。
『杏』に向かう途中、スマホが鳴ってることに気づき立ち止まる。
画面には……
「祐誠さん」と出てる。
「あっ、はい。美山です」
「雫……」
「祐誠さん……」
「ただいま」
優しい声。
どうしてだろう、ちょっとだけ、目が潤む。
「……おかえりなさい」
言葉が喉の辺りに詰まった。
まだ「雫」と「ただいま」しか聞いてない。
なのに、胸がいっぱいになる。
「今夜……雫に会いたい」
ドキッとして、何かが心に刺さった。
決して痛くない、優しい何かが……
「は、はい。私もお会いしたいです」
「会いたい」って……私も自然に言えた。
「じゃあ、仕事が終わったらマンションに来て。今日は少し早めに戻れると思う。雫が焼いたパン、頼めるかな?」
「わ、わかりました。リクエストはありますか?」
「もちろんクロワッサン。イチゴジャムも。あの時の味が忘れられないから」
初めて祐誠さんに私が焼いたパンを食べてもらった時のことを思い出した。
苦手なのに美味しいって言ってくれて。
「必ず持って行きますね」
「楽しみだな」
「美味しいの、頑張って焼きますから」
「それもだけど……早く雫に会いたい」
スマホからこぼれる艶やかで色気に満ちた声。
あまりに素敵過ぎて、今まで、男性の声をこれほどまでにドキドキしながら聞いたことはなかった。
私は、鼓動を鎮めるために、思わず空を見上げて息を思いっきり吸い込んだ。
「待ってるから。気をつけて」
「は、はい」
2人の会話は、そこで終わった。
ここから何かが始まるような気がして、独りでに高ぶる心を、しばらく抑えることができなかった。
『杏』に着いてあんこさんに事情を話すと、飛び上がってしまうくらいの勢いで興奮して……
「もうクロワッサンたくさん焼いちゃいな! 会いたいなんてさ~あんな超絶イケメンに1度でいいから言われてみたいわぁ~めっちゃうらやましいわぁ~雫ちゃん、ほんま幸せやなぁ」
あんこさんのセリフ、標準語なのか関西弁なのか……ごっちゃになってて笑えた。
私以上にドキドキしてる?
本当に可愛い人だな。
「いつもありがとうございます。じゃあ、遠慮なくキッチン借りますね」
うん、うんって、何度もうなづいてくれて、
「久しぶりに会えるね、榊社長さんに」
美しい瞳で私を見つめて、しみじみと言ってくれた。
祐誠さんに会えるんだ……
あんこさんに言われて、何だか急に実感が沸いてきた。