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真夏とはいえ、風が冷たくなってきた。
ざわざわと暗がりで木がざわめき、不安を駆り立てる。「――詠史っ!! どこにいるのっ!!」
〇〇さんの言うことが確かなら、この近くの丘の上にいるはず……なのに。
見当たらない。
そして自分がエプロンを外したときにスマホも忘れていたことに気づいた。気づけば自分が山のなかに紛れ込んでおり、自分がいったいどこから来たのかすら分からない……なにやってんだわたし……。母親失格だよ。
泣いている場合ではない。とにかく、……どうするか。誰かに連絡する手段もない。夜が更けて来た。下手に行動しては危ない……と思っても気持ちは逸る。ふと盛り上がっている場所に差し掛かったときに、――
「きゃあっ!!」
そこは、小さな崖だった。あっという間に底に滑り落ちて、挙句、――
「……いたっ……」
骨折も捻挫もしたことのないわたしだけれど、かるく、足首を痛めたらしい。立ってみた。動かしてみた。……うん。違和感……。
穴倉みたいになっていたそこでひとりぼっちになり、寂しさにふるえた。……今頃誰かが心配しているかもしれない……。
真っ先に浮かんだのは、広岡さんの顔だった。わたし、……どうして……。
「……詠史……どうか無事で……」この状況では、じっとしているほかない。この足では思うように動けないし、この穴倉は結構深くて暗くてよくは見えないが、二メートルはありそうだ。よじのぼろうとしても滑って無理だった。こんなときにロープとかがあれば。自分の不用心さが悔やまれる。
薄着で来たもので寒くなってきた。こんな深い闇のなかでも風は冷たい。
どうか、詠史。無事でいて。
祈ることしか出来ないわたしは自分を守るように抱きしめた。こんなときに、――助けて欲しい、と願うのは、遠くにいて呑気にしているはずの夫ではなく、たったひとり。あのひとの顔だった。
*