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「……鷹取さん……いるなら返事をしてくれ……!!」
この近くには写真映えすると言われる丘があるはずで、とはいえ、こんな夜に、スマホも持たずにたったひとりで行くはずがない。
「鷹取さん。……鷹取さぁん!!」
力を無駄にしてはいけない。山では安全第一。
頭では分かっていても理性は働かない。……落ち着け……。
鷹取さんは、絶対どこかにいる。この山のどこかに。
一晩を過ごすだけであれば、生死に関わる問題ではない。明るくなった頃に探せばいい……いいや、と自分の本能がそれを打ち消す。
呑気に過ごしている場合じゃないんだ。
「鷹取さん……鷹取さんっ!!」大声で叫んだ。力の限り。「お願いだ……いるなら返事をしてくれ!!」
すると。
なにか――聞こえた気がした。
「鷹取……さん? ……鷹取さーん!!」
聞き違いではない。小さな――声。どこから。
おれが、愛するひとの声を聞き違えるはずなどない。絶対に近くにいる。
四方八方探し、徐々に声が大きくなる場所を地道に探し。充電があまりないので地図はちょいちょい見る程度にし、目印をつけ、自分が来た場所を頭に叩き込む。
「……広岡さん!!」はっきりと。彼女の声が聞こえた。「あの――近くに葉っぱの山があってそこの下が崖で――」
言ってるはなからおれは崖を滑り落ちてしまった。見事、――穴倉のなかで安全に過ごしていた鷹取さんと目が合った。
「広岡さんっ!!」目に涙を溜めた彼女は、「なんて無茶を……お怪我はありませんか?」
「きみのほうこそ……」座り込んでいる様子が気にかかる。「どこか痛めている? だから動けないの?」
ちょっと痛い所を突かれたように彼女は笑った。「……図星です……」
「そうか」自分が落ちた穴倉の深さからして……かなり深い。大人ひとりでよじのぼるのは難儀だ。
念のためロープを持ってきてはいるが、鷹取さんの様子からして、彼女がよじのぼることは難しい……。痛みがあるのなら安静にしなくては。
「行動食、食べる?」とぼくはようかんを差し出した。「お腹空いてるでしょう? 鷹取さん、あんま食べてなかった気がするし……」前野さんが食いまくったせいだけどな。とおれはこころのなかで付け足した。すると、鷹取さんは可憐に笑い、
「頂きます」と素直に、おれの差し出す一口羊羹を受け取った。――その、暗がりでも美しく見える横顔……。
触れてみたい。
いや駄目だ。彼女は、ひとのもの……。
彼女の白く薄闇に透けてみえる手、細い指先。ちゅるり、と一口羊羹をはむ、その艶めいた妖艶な唇。――もう無理だ。抱きしめたい!!
気づけば、望む通り、彼女を抱きしめていた。「……広岡さん……?」と戸惑ったような、きみの声。
「心配だったんだ」と声を絞り、ぼくは、「……きみになにかあったら生きていけないと思った。……愛している……」
ぼくはきみの髪を撫でて、顔を起こし、星の輝くようなきみの麗しい瞳を見据える。その瞳のなかに求むべき情愛があった。
しっとりと湿った唇に自分のそれを重ねるとああ……ぼくは確かにきみを愛しているのだと。どうしようもない感情の波に打たれた。
*