「……死んでも渡さねえよ。
こいつは、俺たちの『光』なんだ」
若井は元貴を背中に庇い、剣を構えた。
行く手を阻むのは、銀の仮面の男に従う三人の刺客。
背後からは、あの忌まわしい「銀の鈴」の音が、執拗に元貴の精神を削り取ろうと鳴り響いている。
「あ……、はぁっ……! やめて、音が、……色が消える……っ」
元貴は地面に膝をつき、自分の黒い猫耳を千切らんばかりに強く押さえていた。
獣人にとって、鋭すぎる聴覚は時に最大の弱点となる。
鈴の音は元貴の脳内で嵐のように荒れ狂い、視界を灰色に染め上げていく。
「元貴、耳を塞いでろ!
オレの背中から離れるな!」
若井が叫び、先頭の刺客の剣を弾き飛ばした。しかし、多勢に無勢。
若井が一人を退けている間に、別の刺客の刃が若井の肩をかすめた。
「滉斗!!」
その時、路地の向こうから鋭い叫び声が響いた。
涼ちゃんだ。彼は仮面の男を振り切り、こちらへ駆けつけてきた。
「涼ちゃん、無事だったか!?」
「うん、なんとかね! 滉斗、伏せて!」
涼ちゃんがフルートを横笛ではなく、まるで指揮棒のように一振りした。
すると、路地に溜まっていた冷たい夜気が一気に渦を巻き、刺客たちをなぎ倒した。
涼ちゃんの奏でる音楽には、わずかだが自然の精霊を動かす力が宿っているのだ。
「……はぁ、はあ……。滉斗、元貴を連れて早くこの街を出よう。
あの男、ただの賞金稼ぎじゃない。この国の『典礼局』の人間だ」
典礼局。それは、獣人の「呪歌」を管理・抹消することを目的とした、国家直属の組織。
彼らに目を付けられたら、もうこの街に安全な場所はない。
若井は傷ついた肩を無視して、震える元貴を抱き上げた。
「……元貴、大丈夫か? もうすぐここを離れる。俺を信じろ」
「……わか、い……。
……ごめん、なさい……。
僕のせいで、二人が……血が……」
元貴の琥珀色の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
自分の存在が、大好きになった二人の命を脅かしている。
その罪悪感が、鈴の音よりも鋭く元貴の心を刺していた。
三人は闇に紛れ、町の外れにある廃屋へと逃げ込んだ。
若井が荒い息を吐きながら壁に寄りかかる。肩からはじわりと赤い血が滲んでいた。
「滉斗、見せて。
……っ、結構深いじゃないか」
涼ちゃんが慌てて救急箱を取り出す。
「いいよ、かすり傷だ。
それより元貴だ。……元貴、こっちにおいで」
若井が呼びかけるが、元貴は部屋の隅で丸くなり、猫耳を力なく伏せたまま動こうとしない。
「……触らないで。
……僕はやっぱり、呪われてるんだ。
僕と一緒にいたら、二人ともいつか本当に死んじゃうよ……」
元貴の声は、絶望に震えていた。
その時、若井は痛む肩を引きずって、無理やり元貴の目の前まで這っていった。
そして、血の付いていない方の手で、元貴の黒い髪と、その間から覗く猫耳を力いっぱい、けれど優しく包み込んだ。
「……馬鹿野郎。誰が呪われてるって?」
若井の低い声が、静かな部屋に響く。
「俺は、お前の声に救われたんだよ。
あの森で、お前の歌を聴いた瞬間に……俺の止まってた時間が動き出したんだ」
「涼ちゃんだって、そうだろ?」
若井が振り返ると、涼ちゃんも優しく頷いた。
「そうだよ、元貴。
僕たちはね、君を守ってるんじゃない。
君の音楽と一緒に、新しい世界に行きたいんだ。
……三人で、音楽を作ろうって決めたじゃないか」
若井は元貴の顔を上げさせ、鼻先が触れそうなほど近くで見つめた。
「いいか、元貴。
お前の耳も、その声も、全部俺たちが守る。
だから、自分を嫌いになるなんて、二度と言うな」
元貴の琥珀色の瞳に、若井の真っ直ぐな意志が映り込む。
「……若井、……涼ちゃん……」
元貴は、若井の胸に顔を埋めた。
黒い猫耳が、微かに若井の顎をくすぐる。
「……ゴロゴロ……」
恐怖と罪悪感で凍りついていた元貴の喉が、再び小さな音を立て始めた。
「……わかった。……僕、もう逃げない。
……あの鈴の音に、負けないくらいの歌を……いつか、歌うから」
その時、元貴が持っていた未完成の楽譜のノートに、一筋の光が走った。
まだ何も書かれていなかったはずの空白のページに、微かな、けれど力強い「音符」の形が浮かび上がっていた。
それは、三人が初めて「一つの運命」を共有した瞬間の、魂の旋律だった。






