第9話 〜信念〜
あらすじ
接待先にやってきた藤澤、若井。
怒りを抑える藤澤とは違い、若井は初めて見る大森の姿に好奇心が刺激されていた。
若井はいつの間にか “もっと見たい” と願うようになる
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「貴方だけですよ」
大森は湯ノ内の言っている事を、すぐに理解した。
心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。
意味もなく、目の前のコーラーを見つめた。
なぜか大森は二人が来れば、”そういう事” をしなくてもいいのかと思っていた。
湯ノ内なら、大森と藤澤、若井の関係性を理解しているだろうから
むしろ 脅しとして、取って置くのだろうと
だが、見当が外れた
大森の天秤が大きく揺れる。
藤澤と若井の為にどこまでやれるのか
何を犠牲にできるのか
それが現実的な形として大森に伸し掛る。
もしも、やるならキスまで
それ以上は許したくない
しかし、そんな甘い事を湯ノ内が許すわけが無い。
だが、 一度でもキスを許せば転がるように堕ちる気がした。
大森は、 誰を守るべきなのか
何を犠牲にするべきか
考えすぎて意味がわからなくなってきた。
もしも、堕ちるとしてもどこまで?
どこまでなら許せる
大森はあっという間に自問自答の渦へと、引き込まれた。
飲み物を見たまま、固まってしまう。
湯ノ内は そんな大森を急かしもせずに、余裕のある雰囲気で足を組んだ。
湯ノ内の指が机をコツコツと二回叩く。
大森はその音に反応して、湯ノ内の指を見た。
「若井くん、 私の隣に来なさい」
「え…」
俯いていた若井が顔を上げる。
自分に白旗が立つとは思ってなかったのか、目を丸くして藤澤と大森を見た。
大森は若井と一瞬だけ、目を合わせると湯ノ内の方向に身体を向けて言う。
「ま、待ってください」
大森は右手の指先で 湯ノ内の肩に、とんと触れた。
「すみません、 僕がやります」
湯ノ内は困ったように頭を搔くと、 大森の方を見もせずに答える。
「やります、やります言われてもね…」
「君、もう少し行動が伴う人間だと思ってたけどね」
「ほら、若井くんおいで」
湯ノ内が若井を手招く
「あ、は…」
若井が笑顔を貼り付けたまま、意味の無い言葉を吐いた。
「あ、なんか…あの俺なんかで大丈夫ですか?」
若井は嫌悪を混ぜて、謙遜をした。
目線が自然と大森の方へ流れていく。
湯ノ内を見ていた大森も困り果てて、若井を見つめた。
若井は大森と視線がぶつかると一転して、正義感が顔を出す。
でも、俺がやれば元貴を守れるのか
湯ノ内は若井を見ながら、豪快に笑うと言った。
「若井くんがいいんじゃない」
「ほら、おいで?」
「あ、ありがとうございます」
若井はお礼を言うとゆっくりと立ち上がった。
しかし、その間も心の中で葛藤が続いた。
そもそも、俺もこういうの苦手だし
でも、二人がやるよりは…
いや、俺が関わったらもっと状況悪くならないか?
若井はどうしようもない葛藤を、心の奥に押し込む。
覚悟を決めると、そっと息を吐いた。
「お隣…失礼します」
心臓の鼓動が、限界を越えるように激しく鳴る。
そのせいか 辺りの音が少し、遠く感じる。
若井は震える手で、椅子を引く。
しかし突然、藤澤が湯ノ内の腕を掴んで注意を引いた。
「若井よりも、私とお話しませんか?」
藤澤が 湯ノ内を熱心に見つめる。
そして まるで色仕掛けの様に身体を、ぐっと寄せた。
その姿に湯ノ内は、にんまりとするとご機嫌な声色で言う。
「いいじゃない、藤澤くん」
「私は積極的な子、好きだよ」
「ちょっ、と!」
大森は耐えられず、立ち上がると藤澤と湯ノ内の距離を開けさせた。
「涼ちゃん、離れて」
大森が、鋭く指示をする。
藤澤は不本意だったが、大森からの指示なので仕方なく離れた。
「湯ノ内さん」
大森は湯ノ内の視界から藤澤を隠すように、湯ノ内の顔を覗き込む。
「あの、もう辞めませんか?」
大森は一転、心の扉を開けて 湯ノ内を見つめる
「僕を扇動しようとか、追い込もうとかしなくていいです」
大森は作り笑いを辞めて、真面目な音色で話す。
それは大森にとって、貴方を信用しますという証だ。
「貴方は僕に興味があるんでしょ」
「だったら2人だけで、もっと仲を深めればいい」
「そこに藤澤も若井も要らないはずです」
「ほう…?」
湯ノ内が意外そうな表情で大森を見る。
「やけに素直じゃないか」
大森は、こくっと頷くと続ける。
「僕は湯ノ内さんの事、嫌いじゃないです」
「ただ…ミセスって看板の前ではやりずらいだけで」
「僕、個人のわがままを言っていいなら湯ノ内さんをもっと知りたい」
大森は吐き出すように言葉を伝える。
心がチクリと痛んだ。
最後の言葉は嘘だ。
しかし、大森は藤澤を守るために心の痛みを無視した。
湯ノ内は面白そうに 大森をじろりと見下ろす。
「ほほ…ぉ」
興味深そうに唸ると、頷いた。
「君にしては大博打に出たね」
「やはり急所は、この2人で間違いなさそうだ」
大森は呼吸が速まるのを、悟られまいと息を詰まらせて湯ノ内を見つめた。
「大森くん」
「君は私と仲を深めたいと?」
「そう言いたいのかい?」
「はい」
大森は即答した。
しかし 湯ノ内は右の眉を、ひょいと上げると唸る
「うーん、そうかい」
湯ノ内は、それだけ言うとテーブルに置かれたお酒を口に含んだ。
大森はもはや、呼吸のコントロールが効かない。
代わりに身体の震えを一生懸命に抑えた。
同じ空間にいる藤澤と若井も生きた心地がしない。
誰もが、息を飲んで湯ノ内の次の言葉を待った。
湯ノ内がテーブルに、こつっとグラスを置く
「嘘はいけないね」
大森は身体から血の気が引いた。
息を止めると、視線を逸らして俯く。
しかし 信用して貰うには顔をあげて、湯ノ内を見ないと行けない。
だが、それが出来ない。
「なんで…そう思うんですか」
大森は心の小さなヒビを隠す為に、反射的に質問で返した。
言った後に大森は足元を見つめながら、顔を顰めた。
こんな返答、認めているようなものだ。
「君は対等な関係を何よりも大切にするだろう」
「むしろ、それ以外は認められないじゃないか?」
大森は地面を見つめたまま、頭を回転させる。
「いや、そんな事ないです」
「全部がそう行かないのは分かってます」
湯ノ内は頷いた。
「そうだね」
「君は分かってる」
「だからこそ、私みたいな者に心は預けない」
大森はごくりと生唾を飲み込んだ。
キツく握りしめた拳が、汗ばむ。
「そうだろう?」
「私はハナから対等な関係など求めちゃいない」
「それは君が1番、理解している」
大森はもう限界だった。
「あは、は」
ただ乾いた笑い声を上げる。
万策尽きたというのは、まさにこれだ。
嘘の中に自分を埋めてでも、取った策はあっさりと見破られた。
残ったのは信念を失った空っぽの自分だけだ。
もう攻撃も凌げない。
「そうです」
「ごめんなさい」
「嘘つきました」
大森は最後の手段すら失って、心を凍らせながら謝った。
声が泣きそうに震える。
「大森を責めるなら、嘘をつかせた貴方にも責任があるんじゃないですか」
突然、藤澤の静かな声が響く。
大森が顔を上げると、藤澤は瞳を静かに燃やしながら湯ノ内を見つめている。
大森が慌てて小さく首を振っても、こちらを見すらしない。
「どうして、大森が嘘を選んだのか」
「頭のいい貴方なら分かってると思います」
藤澤が淡々と続ける。
「湯ノ内さん」
「対等な関係、求めてないって何ですか?」
「単純に作れないだけじゃないですか?」
「涼ちゃん」
大森が小声で名前を呼ぶ。
藤澤は それすら聞こえていないように、ただ狂信的に湯ノ内を見つめ続けた。
「貴方は 自分が支配された過去を繰り返してるだけです」
「下らない復讐に僕たちを使わないでください」
藤澤が言い終わると 湯ノ内は突然、自分の胸を抱え込んだ。
ぶるぶると何やら震えている。
大森は、何をするつもりなのかと身構えた。
次の瞬間、湯ノ内が大きく口を開けて けたたましく笑い声を上げた。
「あー!ははは!!」
まるでお笑い番組でも見ている様な大爆笑に、大森は飛び跳ねる。
「いや、正解!正解!!」
「なんて素晴らしい!!」
湯ノ内が大袈裟な拍手を藤澤に送り出した。
藤澤はそれを驚く程、動じずに冷たい目つきで見据えた。
一方 大森は耐えれず、眉を顰めて小さく笑った。
感じた事も無いほどの緊張が、それを引き起こさせた。
冷や汗が、じわりと額を濡らす。
単純な恐怖と哀しみが大森の心を染める。
あぁ、そう来るんだ
人間はどこまで壊れればこうなるんだろ
大森の中に、達観した思考が生まれる。
藤澤の言葉でも湯ノ内の世界を壊せなかった。
誰も、この人に敵わないのかもしれない
僕じゃ2人を守れない
「浅い奴…」
その時、藤澤がぽつりと呟いた。
大森はその言葉に釣られるように藤澤を見る。
「元貴」
「こんな奴の言うことなんて聞かなくていい」
藤澤は怒りと呆れを混ぜたような瞳で、湯ノ内を睨んだまま言い放つ。
湯ノ内は拍手を辞めると、嬉しそうに言う。
「ふ…ん」
「おまけくらいに思っていたが、藤澤くん」
「君も良いね」
藤澤は椅子からガタッと立ち上がる。
「僕たち帰ります」
「元貴」
藤澤は湯ノ内の返事も待たないまま、ガタッと席から立ち上がる。
そして、大森の手を引いた。
「ま、待って」
大森が藤澤を見上げながら、首を振る。
「だめ…」
藤澤は膝を折って、大森と目線を合わせる。
「元貴」
「よく考えて」
藤澤はそういうと、大森の手を握った。
「飯田さんになんて言われたか分からないけど」
「CMの取り直し自体は決まってる」
「だったら僕たちに影響はないでしょ」
大森は瞳を揺らして俯く。
飯田に言われた言葉を思い出す。
「でも、代わりに誰かが…」
藤澤は大きく首を振る
「それも飯田さんの言葉でしょ」
「どれも、まやかしだよ」
「そんなはずない」
藤澤はさらに強く手を握る。
「元貴が壊れたら意味ないんだ」
「ミセスを待ってくれてる人がいる」
「僕を信じて」
「今は逃げよう」
大森は縋るように藤澤を見つめた。
藤澤がにこっと口角を上げると、頷く。
頼もしくて、暖かい光に心のフィルターが解けていく。
そうだ、僕が倒れちゃ意味が無い
それに、藤澤と若井が巻き込まれてる時点で “逃げ” を選択するべきだ
「お待ちください、藤澤様」
藤澤の後ろから、湯ノ内の秘書が声をかける。
「どうか、こちらを拝見してから ご決断ください」
藤澤が警戒をしながら振り向くと、秘書は目の前にスマホの画面をかざした。
藤澤は その画面を見た瞬間、身の毛が立った。
大森が男性の股間に、顔を埋めている画像だ。
横から取られたもので、顔もしっかり見えているわけではない。
しかし、それでも藤澤には分かる。
これは、大森だ
「…」
藤澤は瞬きすら忘れて、湯ノ内の顔を見る。
大森も悪い予感がして、横から画面を覗く。
画面に映った自分の姿を見て、ぐらっと頭が揺れる。
「…は、 」
大森は 息を吐くとペタっと地面に座り込んだ。
終わった
こんなもの流出でもしたら人生詰みだ
湯ノ内はゆっくりと藤澤の方に顔を向けると、足を組む。
「上手い具合で撮れているだろ?」
「大森くんだと言われれば、そう見える」
「似てるだけと言えば、そうも見えてくる」
藤澤は湯ノ内を見上げながら、怒りで震える。
「おまえ、元貴に…」
これが本物なら、大森はそういう事をしたという事だ。
こんな奴に…許せない
湯ノ内は心底、楽しそうに微笑むと言い放った。
「それを今、流出させたよ」
空間が水を打ったように静まる。
一瞬の沈黙の後、大森が気の抜けた声で言う。
「え?」
しかし湯ノ内は、大森よりも藤澤の反応を見た。
湯ノ内の目線が藤澤の挙動を見逃さんと、細かく動く。
大森は未だに、湯ノ内の言葉が信じられず
大きく頭を振った。
湯ノ内の注意を引くように、服の袖を引っ張る。
「いや、そんなわけ」
湯ノ内を見上げると、大森は引き攣った笑みを浮かべた。
嘘だと言って欲しい
いや、嘘でないといけない
「う、うそだ」
「うそですよ、ね?」
湯ノ内は足元にいる大森など見えていない様に 無視をする。
相変わらず、藤澤を観察の対象とした。
湯ノ内が口を開く。
「私は、心が広いから大体の事は許そうと努力しているよ」
「でも君は、私の逆鱗に触れた」
「それが何か分かるかい?」
藤澤は下唇を噛んで、怒りを抑えると答える。
「なんですか」
湯ノ内は藤澤に指をさすと言う。
「君、私ごときに大森くんの信念は壊せないと本気で思っているだろ 」
「その辺の奢りが、気に食わない」
湯ノ内は椅子から立ち上がると、演説をするように歩き始める。
「人の努力を踏みにじる者が、尊い努力家と同じ舞台に立てるわけがない」
「そんな事は許されない」
「それは 君にとって、この世の真理だ」
湯ノ内は藤澤に近づくと、瞳を覗き込んだ。
「しかし残念だが、それは理想論だよ」
「現実にその境目は存在しない」
藤澤が心が煮えるように、苛立った。
湯ノ内を睨みつける。
「君の真理は人を追い込む」
「あまり、ここでは使わない方がいいね」
湯ノ内は大森の方へ歩いて行く。
大森は、この世の終わりのような顔をして 地面を見つめている。
「あぁ可哀想に」
「藤澤くん、私に謝罪しなさい」
湯ノ内は、そう言いながら地面に座り込む 大森の頭を靴で踏みつけた。
「う゛、」
大森の頬が地面に擦り付けられても、湯ノ内は力を弱めない。
大森は、屈辱と痛みで唸った。
「ぐ、う゛…」
藤澤は指が真っ白になる程、拳を握りしめる。
こんな奴に謝りたくない
僕の真理は間違ってなんかない
しかし、藤澤は正しくても通らない世界がある事も知っていた。
悔しさで、涙が滲む。
「ごめんなさい」
藤澤は燃えるような怒りを押し込んで、謝罪をする
湯ノ内は、首を傾げる。
「それが君の謝罪かい?」
「本当に悪いと思ってるようには聞こえないね」
藤澤は湯ノ内を殺意のこもった瞳で睨みつける。
「はい」
「思ってないんで」
湯ノ内が右の眉を、ひょいと上げる。
大森を踏みつけている足に、さらに体重をかける。
「…ぅ゛」
大森は出来るだけ声をあげないようにした。
藤澤に弱みを与えたくない。
藤澤は続けて話す。
「貴方こそ可哀想です」
「独りよがりで、味方も作れない」
今度は藤澤から湯ノ内の方に歩いて近づく。
「僕たちをどれだけ壊したって、それは変わらない」
「むしろ壊せば壊すほど、貴方はそれを証明してる」
湯ノ内は抉るように、藤澤の顔を観察する。
「君…なかなか諦めが悪いね」
湯ノ内が頭を搔くと自分に言い聞かせるように呟いた。
「まぁ、いい」
「まだ、やりようはいくらでもある」
コメント
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大森さんりゅ、流出、、!?やばい、😭 湯ノ内、、、あいつめ、(-_-#) 踏みつけやがってええぇ(( 涼ちゃんが頼もしぃ📣✨続き待ってるね❕
うおーーー待ってた甲斐がある!! 湯ノ内にキレそう笑笑 でも可哀想な大森さんちょっといいなあって思ってしまうんだよな!! ずっと怒ってる藤澤さんよすぎる。 続き楽しみです…!
ん"ん"ぅ"(?) これからどうなっちゃうんだ… omrぃ😭fjswぁ😭 いや待てよwkiさんは…??!