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「グアアアアアアアアッ!!!!」
FORSAKENの泥沼を震わせる、凶暴な咆哮。
それは地獄の底から這い上がってきた怪物の雄叫びだった。
完全な怪物へと戻ったシクサー。
人としての自我も。
かつての記憶も。
ヌーブと過ごした日々さえも。
そのほとんどが、今の彼からは失われていた。
巨大な身体から放たれる暗黒の圧力が、周囲の空気を震わせる。
赤く濁った瞳には、何の感情もない。
そこにいるのは、かつてブロキシコーラを分け合い、下手くそなゲームに一緒に笑っていた親友ではない。
ただ一体の――。
怪物だった。
「グアァッ!!」
異形の腕が振り上げられる。
そして。
次の瞬間――。
ズドンッ!!
巨大な爪が、ヌーブへと叩き込まれた。
「ッ……ぐ、あ……ッ!!」
衝撃に身体が大きく揺れる。
泥の上に、赤い飛沫が散った。
サバイバーであるヌーブには、その一撃を止める術などない。
逃げることも。
抗うことも。
できない。
ただ、目の前の怪物を見上げるしかなかった。
「…………」
痛い。
息が苦しい。
身体が震える。
けれど――。
「……あ」
ヌーブの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
(……これだ)
ずっと探していた。
この圧倒的な力。
この絶望。
自分ではどうすることもできないほどの強さ。
そして――。
自分のすべてを奪っていくほどの、シクサーの存在感。
SWAPSAKENで感じていた、あの奇妙な物足りなさ。
弱々しく逃げ回るシクサーを守りながら、胸の奥に生まれていた違和感。
全部、消えていた。
「……やっぱり……」
ヌーブは苦しそうに息を吐く。
それでも。
その顔には、笑みが浮かんでいた。
「……強いシクサーのほうが……」
血に濡れた手を、ゆっくりと持ち上げる。
「……かっこいいよ……」
指先が、怪物の頬へ触れた。
冷たい。
硬い。
もう、人間の肌とは呼べない。
それでも――。
ヌーブにとっては。
何よりも懐かしい。
何よりも愛おしい。
そんな存在だった。
「…………」
シクサーは動かない。
ただ、目の前の小さなサバイバーを見下ろしている。
ヌーブはその頬を、そっと撫でた。
まるで。
大切な友達に触れるように。
「……会いたかった」
声は、かすれていた。
「ずっと……」
シクサーの爪が、まだヌーブを捕らえている。
けれどヌーブは逃げない。
むしろ、その怪物を見つめながら――。
「……おかえり、シクサー」
微笑んだ。
その笑顔には。
恐怖も。
憎しみも。
後悔もなかった。
ただ純粋な愛情と、すべてを受け入れるような静かな降伏だけがあった。
「…………」
シクサーの赤い瞳が、揺れた。
ほんの一瞬。
本当に、ほんの一瞬だけ。
「…………?」
怪物の動きが止まる。
咆哮が途切れた。
「…………」
何かが。
壊れた記憶の奥底で、微かに動いた。
『ほら、シクサー。半分こしようよ』
『……お前、またポテチ食ってんのかよ』
『だって美味しいんだもん!』
『……ったく』
断片。
『次は俺が勝つからな』
『無理だよ~。僕、めちゃくちゃ強いから!』
『お前、操作下手くそだろ』
断片。
『……また一緒に遊ぼうな』
「…………」
怪物の瞳が、わずかに揺れる。
けれど――。
「グ……」
それ以上の記憶は、深い闇に沈んでいた。
壊れた世界。
壊れた身体。
壊れた記憶。
そして――。
「グアァァァ……!」
再び、怪物の咆哮が響き渡る。
FORSAKENの泥沼が、二人の足元から大きく崩れ始めた。
地面が沈む。
黒い泥が波打つ。
世界そのものが、二人を飲み込もうとしていた。
逃げ道など、どこにもない。
この場所には。
終わりのない殺戮と。
終わりのない追跡と。
終わりのない「鬼ごっこ」だけが残されている。
「…………」
ヌーブは、もう一度だけ怪物を見上げた。
怖くない。
不思議なくらい、怖くなかった。
むしろ――。
嬉しかった。
「……また……一緒に遊べるね」
その言葉が、泥沼へ静かに落ちる。
次の瞬間。
二人の身体が、深い闇へと沈んでいった。
ヌーブは最後まで目を逸らさなかった。
自分を捕らえた、愛する怪物から。
そしてシクサーもまた――。
なぜか、その小さな存在から目を離すことができなかった。
かつて親友だった二人。
今は。
怪物と。
その怪物に追われるサバイバー。
二人の立場は、完全に変わってしまった。
それでも。
その歪んだ世界の底で。
二人だけの「鬼ごっこ」は――。
永遠に続いていく。