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ソフィアはルードの家に来てから毎日ルードと食事を共にした。ルードにとってはいつも一人で食べる寂しい食卓だったが、ソフィアがきたことで誰かと共に食事をするという喜びを噛み締めていた。
(ソフィアがいるだけで今まで暗かった食卓が一気に明るくなった。それに誰かとこうして目を合わせて食事をすることがこんなに嬉しいことだったなんて)
氷の目を持つことで周囲からは常に恐怖の眼差しを向けられ、誰も近寄ることはない。いつだって食事は一人きりで行い、何を食べても美味しいという感情すら次第に無くなっていた。それなのに、目の前にいるソフィアが美味しそうに食事をしているのを見ているだけで、自分が食べる食事も美味しいと思える。
特別な話をしているわけでもなく、ただ日常で起こった小さな出来事をお互いに話しているだけなのに、こんなにも楽しいと思えるのは、ソフィアがいてくれるからだ。
ソフィアはソフィアで、今までずっと侍女が使う台所で食事をしていたため、豪華な食卓に座り豪華な食事をすることに驚きを隠せないでいた。こんなに素敵な場所で素敵な食事をいただいていいのだろうか、しかも目の前には美しく素敵な辺境伯がいる。これは夢なのではないだろうかと何度も思ったが、いくら頬をつねってみても夢から覚めることはなかった。
「ソフィア?ぼうっとしてどうかしたのか?」
「あっ、すみません。いいえ、あの、こんなに素敵な場所でこんなに素敵な食事ができることにまだ慣れなくて……私には勿体無いほどだと」
「何を言うんだソフィア。君がこうして俺と一緒に食事をしてくれることがどれだけすごいことか。むしろ遠慮することなんてない」
ルードに前のめりになって言われ、普段見慣れないその勢いのある姿にソフィアは思わずくすくすと笑ってしまった。
(あぁ、そうやって笑う顔もかわいいな)
ルードにとってソフィアのどんな表情も好感を持てたが、笑顔がルードの胸を一番ときめかせ高鳴らせるのだった。
じっとルードに見つめられ、ソフィアは何かに気づいて慌て始める。
「申し訳ございません、シャルフ様の前でこんな笑うなど……」
「いいんだ、君の笑顔は可愛くていつまでも見ていたい。それに、これからはシャルフではなくルードと呼んでくれ」
可愛いなどと言われたことなど一度も無く、しかもこんな美しい男性にそんなことを言われて、ソフィアはドキドキと高鳴る胸に戸惑ってしまう。そんなソフィアをよそに、ルードはソフィアの顔をじっと見つめる。
「ね、呼んでくれないか。俺の名前を」
「……ル、ルード様……?」
ソフィアに名前を呼ばれたルードは、満足げに微笑んで頷いた。そんなルードを見て、ソフィアの心の中には言いようのないあたたかさとこそばゆさがこみあげてくる。きっと顔は真っ赤になってしまっているだろう。ソフィアは恥ずかしくなって俯くと、ルードはそれに気づいて頬が緩むのを抑えられないでいた。
(ソフィアといるとどうしようもなく心の中に至福感が広がってくる。この気持ちはなんなのだろう。この愛おしさは……)
そう思って、ルードはハッとする。
(愛おしい……そうか、この思いは、愛おしさなのか。俺は、もしかするとソフィアのことを……)
そう思った瞬間、ルードの心が真っ黒く染まる。眉間には皺が寄り、ルードはテーブルの下で拳をきつく握り締めていた。
(いや、こんな氷の目を持つ男にそんな風に思われるなんて、ソフィアがかわいそうだ)
「ルード様?」
ルードが目を閉じ否定するように小さく首を振ると、ソフィアの声がする。ハッとして目を開けると、ソフィアがどうしたのだろうかという顔をしてルードを見つめている。どうやら、急に黙り込んでしまったルードを心配しているようだ。
「すまない、少し考え事をしていた。大丈夫だ。さ、食事を進めよう」
そう言って優しく微笑むと、ソフィアはホッとしたように微笑み頷いた。
(この笑顔を守りたい。俺と一緒にいることで彼女が困ってしまわないように、何があっても俺が彼女を守る。それが、こうして一緒にいてくれる彼女へ俺ができるたったひとつのことなのだから)
◇
ソフィアがルードの家に来てから一ヶ月が経った。
その後も二人は屋敷の外を散歩したり、二人で街に出て買い物をしたりと仲睦まじく過ごしていた。今までは街に出ることなど滅多になく、出てもフードを深々と被り真顔でほとんど喋ることのないルードだったが、ソフィアと一緒ということで気が緩むのだろう、あの寡黙な氷結辺境伯が眼帯をつけてはいるがフードを外し女性を連れて笑って歩いていると街中、さらには領地全体でもっぱらの噂になるほどだった。
この日も、二人は一緒に街へ出かけていた。ルードはソフィアに出会うまでは領地内の様子を確認するために人を街へ送り出し状況を聞いていただけだったが、ソフィアと一緒に行動するようになってからは自ら街へ行き、自分の目で街の様子を確認するようになっていた。
「今日はずいぶんと人が多いな。街中をゆっくり見ることは難しそうだ。日を改めて出直そう。付き合わせて悪かった」
「大丈夫です。一緒に出掛けられるのは楽しいですし、嬉しいのでお気になさらないでください」
そう言ってソフィアが微笑むと、ルードは眼帯で隠れていない目を大きく見開く。それから、口元に手を当ててから小さくつぶやいた。
「そう、か。それならよかった」
(わ、私ったらなんてことを……!思ったことを思わず口にだしてしまったけれど、ルード様、困ってらっしゃるのかも)
ソフィアは慌ててルードから視線をそらし、俯く。そんなソフィアを見て、ルードは思わずソフィアに手を伸ばす。だが、ソフィアに届く前にその手は静かに下ろされ、ルードは前を向いた。
「馬車まで少し歩くが、これ以上人が多くなる前に急ごう」
それから二人は馬車の待つ場所まで歩いていたが、通り抜けようとした大通りは人が多く、ソフィアはルードから少しずつ離れて行ってしまう。人とすれ違うたびにぶつかりそうになるのを、ソフィアは必死に避けていた。その時、ドンッとソフィアの体に何かがぶつかる。
「っ!すみません!」
「どこ見て歩いてんだよ!……って、へえ、ずいぶんと可愛らしいお嬢ちゃんだな」
ソフィアにぶつかったのは、いかにも柄の悪そうな男だ。その男の風貌と態度に、二人を避けるようにして周囲の人間は歩いていく。男は機嫌悪そうに悪態をついていたが、ソフィアの姿を見て態度が一変し、上から下まで舐めるようにソフィアを見る。
(まずい相手にぶつかってしまったわ……)
「すみません、人が多くて」
「あー、ぶつかった側の腕が痛いな、これは腕が折れたかもしれない。申し訳ないと思うんだったら、一杯付き合ってくれよな?なあ、いいだろ」
「なっ、やめてください!」
男がソフィアの腕を掴んでぐいぐいと道の端へ連れ込もうとする。ソフィアは必死に抵抗するが、男の力には敵わず次第に道の端へ引きずられてしまう。その最中、近くを通る人は誰もソフィアを助けようとはしない。男の風貌が悪すぎて関わりたくないのだろう、一瞬視線を向けるがすぐに足早に通り過ぎていく。そのまま、道の端にある薄暗い小道に連れ込まれそうになったその時。
「ソフィア!」
ルードの勇ましい声がその場に鳴り響く。ハッとソフィアが顔を上げると、男のすぐそばに夜叉のような顔をしたルードがいた。ルードはソフィアを掴む男の腕をひねり上げると、男を壁にぶん投げる。男は壁に激突し、グアッとうめき声をあげた。
「貴様、ソフィアに何をしようとした。誰の許可を得てソフィアに触れた」
ルードは男の胸ぐらを掴むと、地を這うような恐ろしい声で言う。男はルードの顔を見て、ひっ!と小さく悲鳴をあげた。
「黒い眼帯に琥珀色の瞳、それに銀髪……まさか、領主様!?」
「俺のことを知っているようだな、それなら、氷の瞳のことも知っているんだろう?今ここで、お前の心臓を凍らせてやろうか」
「ひええええ!それだけは、ご勘弁を!」
ルードの言葉に、男は悲鳴を上げて首を左右に振った。逃げ出したいのに、腰が抜けてその場に座り込んでしまっている。
「いいか、凍りつきたくなかったら二度とこんな真似はするな。俺の領地内でクソみたいな行いをする奴は許さない。肝に銘じておけ」
そう言って、ルードは男の胸ぐらを離す。解放された男は、そのまま気を失った。
「ソフィア!大丈夫か?すまない、俺が目を離したばっかりに……!」
そう言って、ルードはソフィアの体にそっと触れる。抱きしめたいのに、それをしていいのだろうかという葛藤にさいなまれ優しく触れることしかできない。
「ルード様……!ありがとうございました。ルード様が来てくださったおかげで何ともありません」
そう言って、ソフィアはルードを見上げて微笑む。だが、その微笑みはぎこちなく、ソフィアの肩が震えていることにルードは気がついた。その瞬間、ルードの体は勝手に動き、ソフィアを抱きしめていた。
「すまない、君にこんな怖い思いをさせるなんて。君のことは俺が絶対に守ると決めていたのに」
そう言って、ルードは強くソフィアを抱きしめる。ルードの逞しい腕、ほんのりと香る上品な良い香りにソフィアはくらくらし、さっきまであった恐怖がどこかにいってしまうのを感じる。
(ルード様、暖かい……)
トクトクと、自分の心臓が鳴っているのがわかる。そして、ドクドクとさらに早く大きな心臓の音がルードの胸から伝わるのがわかった。
(ルード様、心臓が……もしかして、こんなになるほど心配してくださったということ?)
ソフィアがそっとルードの顔を見上げると、ルードの琥珀色の瞳とかち合う。ルードの瞳は大きく見開かれ、それからハッとして腕の中からソフィアを解放した。
「すまない、急に抱きしめてしまって……それに、あんな目にあったばかりなのに、男の俺に触れられるなんて嫌だったろう。本当にすまない」
慌てたように謝るルードに、ソフィアの心はなんともいえないこそばゆさと痛さを感じていた。ルードに抱きしめられて嫌などころか嬉しいのに、ルードは勘違いをしてしまっている。
「ルード様、謝らないでください。確かにびっくりしましたけど、ルード様にされて嫌なことなんてひとつもありません。むしろ、抱きしめられてホッとしたというかなんというか……自分でもなんて言っていいのかわからないのですが、でも嫌だとは思っていません。ですから、謝らないでください」
何とかこの気持ちを伝えたいとソフィアが必死にそう言うと、ルードはその言葉を聞いて黒眼帯に覆われていない片目を大きく見開いた。それから、片手で顔を覆うと俯いてはあーっと大きく息を吐く。ルードの耳は心なしか赤くなっているが、ソフィアはそれに気づいてない。
「よかった。嫌がれていなくて、本当に良かった」
そう言って顔を上げたルードは、嬉しそうに微笑んでいる。その微笑みは心底嬉しいと言わんばかりの顔で、ソフィアの心臓はドンッと大きく高鳴った。そんなソフィアをルードはジッと見つめている。
「ソフィア、もう少し抱きしめてもいいだろうか?」
「えっ……!?」