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夜になり、昼間の嫌な出来事をちょっとでも早く忘れたくて、眠くはなかったけど早めに布団に潜り込んだ。
明日の朝、何もかも綺麗に忘れられてたらいいのに……
山下専務のことも、そして、柊君のことも。
目を閉じたのと同時に、スマートフォンが鳴った。
今頃、誰だろう?
私は、体を起こして明るく光る画面を見た。
樹さん……
「は、はい」
『ごめん、柚葉。こんな時間に』
時計を見たら、まだ22時だ。
「いえ、全然大丈夫です。どうかしましたか?」
『あ、いや、柚葉……大丈夫か?』
樹さん、専務とのことを心配してくれてるんだ。
「今日は……本当にありがとうございました。私なら大丈夫です」
『……なら、いいんだ。ずっと気になってて、こんな時間に悪かったな』
樹さんの優しい言葉が胸にグッときた。
わざわざ電話もくれて、疲れてるはずなのに。
「専務とは何も無かったですし。私は、もう少しで会社から離れますから。だから、いろいろあったこと、全部忘れますね」
樹さんも、私が会社を辞めることは知っているみたいだ。
それについて何も聞いてはこないけど……
『柚葉、我慢してるだろ? つらいことがあればいつでも俺に言えばいい』
心を見透かされたみたいでドキッとした。
そんなこと言われたら……
私、電話の向こうの樹さんについ甘えたくなってしまう。
「あ、ありがとうございます。樹さんにはとても感謝してます。だけど……樹さんには樹さんの大切な時間があると思いますから、だから、私のこと、そんなに心配しなくて大丈夫ですよ」
『大切な時間……?』
「はい。樹さんは、私が柊君にフラれたことに同情してくれてますよね?」
『……』
「自分の兄弟がしたことを、まるで自分の罪のように思って……」
『……』
樹さんは黙ってる。
だけど、私は言葉を止められなかった。
「私、正直、樹さんの優しい気持ちに甘えてます。柊君のことはつらかったし、専務のことも助けてもらって嬉しかったし……。でも……」
『でも?』
「……樹さんに、これ以上甘えたらダメかなって。樹さんは彼女いないって言ってましたけど、でも……樹さんの時間を、私なんかのために使わせるのが申し訳ないなって」
『何を気にしてる? そんなつまらないこと、全く心配しなくていい。俺に心配されたら、迷惑か?』
「そんな……。もちろん、迷惑じゃないですけど……」
『俺は、同情なんかで人の心配はしない。柊のことは大事だ。でも、あいつのためにお前を心配してるわけじゃない。俺自身が柚葉を心配したいからしてるだけだ。だから、気にするな』
樹さん……?
私のこと、本気で心配してくれてるっていうの?
そんなこと信じられないし、どうして私なんかを?
「ごめんなさい。そんな風に言われても、やっぱり同情されてるって思ってしまいます」
『まあ、いい。今、何を言ってもムダだろうから。柚葉、24日、空いてるか? 仕事が終わってから』
え……24日って……
クリスマス・イブだよ。
「私には予定なんてありません。1人ぼっちですから……」
『なら、付き合え。その日は絶対に予定を入れるな』
樹さんのその強引さ……
かなり無理やりだけど、何だか少し嬉しかった。
寂しい心に、ポッと明かりが灯ったみたいだった。
『車出すけど、外に出るから温かくしてきて』
「あ……。は、はい」
『それまででも、もし何かあったらすぐに連絡してこい。夜中でもいいから。俺に気は遣うな。じゃあ、おやすみ』
樹さんは、そう言って電話を切った。
その日はクリスマス・イブだよ?
2人きりの場合、普通は付き合ってる人と一緒に過ごす日だよ。樹さん、ちゃんとわかってるの?
彼氏と彼女、大切な人と一緒にいる日。
去年は、もちろん柊君と過ごした。
今年は、弟の樹さんと一緒にイブを過ごすの?
温かくしてこいって、いったいどこに連れていってくれるつもり?
あまりに突然で、思考能力が低下してる。
私には樹さんの本心が全く理解できなかった。