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第十九章 それぞれの帰る場所編
第271話 捜索開始
【異世界・王都イルダ/王国警備局・大会議室・朝】
夜が明けてから、まだ二時間も経っていなかった。
それでも王国警備局の大会議室には、すでに多くの人間が集まっている。
中央の大きな机には王都と周辺地域の地図が広げられ、その上に五つの光点が浮かんでいた。
《候補A・王都地下》
《候補B・深灰の森周辺》
《候補C・西部旧砦》
《候補D・王都医療棟》
《候補E・旧実験区画》
ハレルは地図を見ながら、昨夜のことを思い返していた。
高瀬直人は王国警備局の管理施設で保護されている。
名前も身体も、現実へ帰りたいという意思も確認できた。
だが、それで終わりではない。
まだ、見つかっていない人たちがいる。
アデルが机の前に立った。
左手首には副鍵。その横にはヴェルニ、イデール、ダミエがいる。
ノノは奥の分析席に座り、複数の水晶板を同時に開いていた。
セラもその近くにいる。
「始める」
アデルの声で、会議室が静かになった。
「昨夜確認された反応について、今日から王国警備局、王都軍、治療班、結界部隊の合同捜索を行う」
地図上の五つの光点が強くなる。
警備局員の一人が尋ねた。
「すべて、異世界へ転移した現実世界の人間と考えてよろしいでしょうか」
「いや」
アデルはすぐに否定した。
「そう決めるな」
男が口を閉じる。
アデルは地図を見る。
「今分かっているのは、通常とは違う意識反応、あるいは身体の記録が残っているということだけだ。
現実世界の人間なのか、この世界の人間なのか、それすら分からない者もいる」
ノノが分析席から続ける。
「同じ人の反応を二か所で拾ってる可能性もあるよ。
昔の記録だけ残ってて、今は誰もいない場所かもしれない」
「じゃあ、見つけたらどうするんだ?」
ヴェルニが聞いた。
アデルは答えた。
「まず生きているか確認する」
一つ目。
「次に名前」
二つ目。
「身体」
三つ目。
「記憶」
四つ目。
「どちらの世界から来たのか」
そこでアデルは一度言葉を切った。
「最後に、本人が今どこへ行きたいのかを聞く」
会議室の何人かが顔を見合わせる。
王都軍の将校が尋ねた。
「元の世界が分かっても、そこへ戻さないということですか」
「本人が戻りたくないと言えばな」
「しかし――」
「私たちが決めることではない」
アデルの言葉は強かった。
「見つけた者を勝手に“帰還者”と呼ぶな。帰るかどうかも、どこへ帰るかも、まだ決まっていない」
ハレルは黙って聞いていた。
昨夜、自分が言ったことと同じだった。
見つける。
名前を確かめる。
身体を探す。
帰れる道を作る。
そして最後は、その人に選んでもらう。
言うだけなら簡単だった。
今日から、それを本当にやらなければならない。
◆ ◆ ◆
ノノが中央の地図を切り替えた。
最初に拡大されたのは王都地下。
「候補A。成人女性に近い意識反応」
地下水路のさらに下に、白い点が浮かんでいる。
「昨夜より少し強くなってる。ただ、名前反応はまだない」
ダミエが地図を見る。
「地下水路より深い」
「うん」
「古い封鎖区画」
ノノが別の図面を重ねる。
「たぶん。今の王都の図面には載ってない」
ダミエはしばらく見たあと、短く言った。
「入口、探せる」
アデルが頷く。
「最初はここだ。私、ハレル、サキ、リオ、ダミエ。警備局から四名」
リオが自分の右手首を見る。
袖の下には、光の途切れた副鍵がある。
アデルが気づいた。
「リオは術を抑えろ」
「分かってる」
「副鍵は使うな」
「それも分かってる」
「ならいい」
リオが少し不満そうな顔をしたが、それ以上は言わなかった。
ノノが次の地点を開く。
「候補B。深灰の森周辺。現実世界のものに似た服を着た少年の目撃記録」
ヴェルニの表情が少し変わった。
「森のどの辺だ」
「東側。前に私たちが入った区域より少し北」
アデルがヴェルニを見る。
「先行調査を頼めるか」
「いいぜ」
ヴェルニは軽く返したが、その声からいつものふざけた調子は少し薄れていた。
深灰の森。
そこはカイトが死んだ場所でもある。
ハレルもその名前を口にはしなかった。
「見つけても追い詰めるな」
アデルが言う。
「人を見て逃げるなら、距離を取れ」
「分かってるって」
「お前は突っ込むから言っている」
「俺を何だと思ってんだ」
「ヴェルニだと思っている」
会議室の一部から小さな笑いが漏れた。
ヴェルニが顔をしかめる。
「それ答えになってねえだろ」
少しだけ空気が緩んだ。
ノノは三つ目を開く。
「候補C。西部旧砦。数字を繰り返す男性」
「命令か?」
リオが聞く。
「まだ分からない。Cやカシウス側に入れられた言葉かもしれないし、本人の記憶かもしれない」
「決めつけない」
ハレルが言った。
ノノが頷く。
「うん。それでいく」
四つ目。
「王都医療棟」
イデールが画面を見る。
《身体との一致先不明》
「これは私が調べるね」
いつもの柔らかな声だった。
「医療棟の古い保管記録も見てみる。身体がないからって、もういないとは限らないから」
「頼む」
アデルが言う。
そして最後。
《候補E・旧実験区画》
地図の一角が黒く表示される。
その瞬間。
サキのスマートフォンの中で、reがわずかに揺れた。
サキが画面を見る。
「また……」
白い光が、他の四地点へは細い線を伸ばしている。
だが旧実験区画だけには伸びない。
むしろ少し後ろへ退くように動いた。
ハレルが尋ねる。
「やっぱり嫌なのかな」
「嫌かどうかまでは分からないよ」
ノノが慎重に答える。
「でも、近づこうとしてないのは確か」
アデルはしばらく黒い地点を見ていた。
「ここは最後にする」
王都軍の将校が聞く。
「危険だからですか」
「分からないからだ」
アデルは答えた。
「理由が分からない反応を、急いで試す必要はない」
セラがreを見つめている。
「案内するものが進まない時には、進まない理由があります」
「分かるのか?」
リオが聞く。
セラは首を振った。
「いいえ」
そして静かに続けた。
「だから、待つのです」
◆ ◆ ◆
会議の後半では、見つけた者を保護する場所について話し合われた。
王国警備局の南棟。
以前は負傷兵の一時収容に使われていた区画を閉鎖し、転移者のための保護施設へ作り替える。
治療室。
個室。
結界室。
本人確認を行う部屋。
外部の観測を遮断する設備。
さらに、帰還を希望する者については別の区画で準備を行う。
ノノが表示に名前を入れる。
《帰還保護区画》
ハレルがそれを見る。
「帰らない人もここに入れるんですよね」
「もちろん」
ノノが答える。
「名前は便宜上ね。帰還を強制する場所じゃないよ」
アデルも言う。
「保護が先だ」
「はい」
「高瀬も、準備ができればここへ移す」
王都軍の将校が確認する。
「何人程度を想定しますか」
アデルは地図を見る。
「分からない」
「では最大収容数を――」
「分からないなら、多めに用意しろ」
「了解しました」
ハレルはその会話を聞きながら、胸元の主鍵へ触れた。
何人いるのか。
本当に全員見つけられるのか。
帰りたくない人がいたら。
身体が見つからない人がいたら。
何も分からない。
それでも。
「全部確認するまで」
サキが隣で振り向く。
「お兄ちゃん?」
ハレルは小さく言った。
「俺たちは帰れないな」
サキは少し考えてから頷いた。
「うん」
リオが横から言う。
「勝手に俺まで入れるな」
ハレルが見る。
「帰るんだろ?」
「だから、帰らないとは言ってない」
「じゃあ同じだろ」
「微妙に違う」
「何が?」
「知らないよ」
サキが笑った。
◆ ◆ ◆
【現実世界・警察関連施設/臨時合同分析室・午前】
現実側でも、同じ頃。
別の捜索が始まっていた。
城ヶ峰の前には、警察と複数の医療機関から集められた記録が並んでいる。
木崎は肩に包帯を巻いたまま椅子へ座っていた。
「こうして見ると、とんでもない数だな」
画面に表示されているのは、通常の失踪届だけではない。
身元不明者。
戸籍と一致しない保護者。
言葉が通じない状態で病院へ搬送された人物。
所持品の由来が分からなかった人物。
突然現れ、数日から数週間後に姿を消した者。
さらに、精神症状として処理された記録の中から、
《王都》
《魔術》
《軍》
《転移》
などを繰り返し話していた例を抽出している。
日下部が検索条件を調整する。
「これまでなら、ほとんど関係のない記録として扱われていたものです」
木崎が一件を開く。
「そりゃそうだろ。“異世界から来ました”って言ってる身元不明者を、本当に異世界人だと思う警察はいねえよ」
城ヶ峰が答える。
「今は違う」
「ああ」
木崎は画面を見る。
「本当にいるからな」
日下部が別の一覧を出す。
「特に確認したいのは、クロスワールドゲート関連事件の時期と前後するものです。
ただし、それ以前の記録も外しません」
「理由は」
「クロスワールドゲートが最初とは限らないからです」
城ヶ峰が日下部を見る。
その言葉。
誰も否定できなかった。
雲賀匠。
白峰律
クロスゲート社。
湾岸旧研究施設。
現在分かっているものだけでも、表に出ていたサービスよりずっと前から、世界の境界へ触れていた痕跡がある。
「対象を見つけても、すぐ連れてくるな」
城ヶ峰が言う。
「まず現在の生活状況を確認しろ」
木崎が見る。
「現実で普通に暮らしてる奴がいたら?」
「本人に話を聞く」
「異世界へ帰りたくないと言ったら?」
「帰さない」
城ヶ峰の答えに迷いはなかった。
「こちらも同じだ」
日下部が頷く。
異世界側と現実側。
離れた場所で。
同じ捜索が始まっていた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・警察協力医療機関/特別管理病棟・昼前】
一ノ瀬ユナは、病室の窓際に座っていた。
以前のように、ずっとベッドへ横になっているわけではない。
まだ長時間歩くことはできないが、看護師に支えてもらえば病室内を何往復かできるまで回復していた。
顔色も戻っている。
ベッド脇の机には、半分ほど食べ終えた昼食。
佐伯が記録を確認しながら言った。
「食べられる量も増えましたね」
「病院のご飯、薄いですけど」
「それを文句言えるなら大丈夫そうですね」
ユナが少し笑う。
村瀬が血圧計を片づける。
「無理して思い出そうとしなくていいですからね」
「分かってます」
「本当に?」
「みんなそれ言いますね」
「みんな心配してますから」
ユナは窓の外を見る。
現実世界。
道路。
車。
遠くの建物。
もう、それを見て異世界と混同することはない。
自分が帰ってきたことは分かっている。
ただ、
ところどころ、記憶が抜けている。
異世界へ行く前。
クロスゲート社にいた頃。
白峰と仕事をしていた時期。
思い出そうとすると、何かが霧の向こうに隠れるような感覚があった。
病室の外で足音がした。
城ヶ峰が入ってくる。
「調子は」
「前よりずっといいです」
「そうか」
城ヶ峰はそれ以上、医療的なことは聞かなかった。
手には紙の資料を持っている。
ユナが気づく。
「何かあったんですか」
「確認したいことがある。ただし体調が悪くなったらすぐ止める」
佐伯が城ヶ峰を見る。
「長くは駄目ですよ」
「分かっている」
城ヶ峰は椅子へ座った。
「クロスゲート社にいた頃のことだ」
ユナの表情が少し変わる。
「白峰さんのことですか」
「それも含む」
資料を机へ置く。
「古い社員記録と実験記録を洗い直している」
「何のために?」
城ヶ峰は少し考えてから答えた。
「白いコアが奪われた」
ユナの指が止まった。
「……白い?」
城ヶ峰も佐伯も気づいた。
ユナは資料を見ていない。
ただ、その言葉だけに反応した。
「どうした」
「分からないです」
ユナが額へ手を当てる。
「白い……コア……」
頭の奥で。
何かが動いた。
古い開発室。
机がいくつも並んでいる。
モニター。
キーボード。
夜。
自分より少し年上の女性が、隣の席に座っている。
『またエラー?』
声。
ユナが画面を見せる。
『ここ。変数一個ずれてる』
女性が笑う。
『ユナちゃん、急ぐとこれやるよね』
一瞬。
景色が消えた。
「……先輩」
ユナが呟いた。
村瀬が近づく。
「一ノ瀬さん?」
「いました」
「誰が?」
「会社に」
ユナは自分でも戸惑っているようだった。
「私より先に白峰さんのところで働いてた人」
城ヶ峰が身を乗り出す。
「名前は」
ユナは目を閉じた。
だが。
出てこない。
顔も。
今見えたはずなのに、もうぼやけている。
「分からない……」
無理に思い出そうとすると、頭が痛む。
佐伯が止める。
「今日はここまでです」
「でも」
「ここまで」
ユナは少し悔しそうな顔をした。
城ヶ峰は資料を閉じる。
「思い出す必要はない」
ユナが見る。
「でも、その人……」
「何だ」
「いなくなったんです」
病室の空気が変わった。
「会社から?」
「たぶん……」
ユナはゆっくり言葉を探す。
「ある日から、来なくなって」
「退職したって……誰かに聞いたような……」
そこまで言って、
首を振る。
「でも」
城ヶ峰は待った。
「変なんです」
「何が」
ユナの中に
ほんの短い映像が浮かぶ。
女性。
白い部屋。
実験用の椅子。
その横に立つ白峰律。
そして。
女性の声。
『白峰さんが大丈夫って言うなら――』
そこで記憶が切れた。
ユナの呼吸が少し速くなる。
村瀬が肩へ手を添える。
「もう止めましょう」
ユナは頷いた。
それでも。
最後に一つだけ言った。
「その人……辞めるって、言ってなかったと思う」
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深層】
白いコアが、わずかに光った。
Cが反応を拾う。
『白色コア・変動』
オルガが振り向く。
「何に反応した」
『不明』
白峰は少し離れた場所から白い光を見ていた。
ラストもいる。
以前のように触れてはいない。
ただ、近くに立っている。
ヴァルドがコアを囲む境界を見る。
「外からの刺激じゃない」
カシウスが尋ねる。
「なら何だ」
「内側だ」
ヴァルドはそれだけ答えた。
白いコアが、もう一度光る。
先ほどより弱い。
何かを。
遠い場所から呼び起こされたように。
白峰の目がわずかに細くなった。
だが。
何も言わなかった。
◆ ◆ ◆
【異世界・王国警備局/正面広場・昼】
地下捜索班の準備が終わった。
アデル。
ハレル。
サキ。
リオ。
ダミエ。
警備局員四名。
ノノは分析室に残り、各班の通信と反応を監視する。
ヴェルニは別部隊とともに深灰の森へ向かう準備をしていた。
イデールも医療棟へ戻る。
一つの場所を全員で追うのではない。
今日から、いくつもの捜索が同時に始まる。
アデルがハレルたちを見る。
「行くぞ」
「はい」
サキがスマートフォンを確認する。
reの白い線は、王都地下へ伸びていた。
ただし、一直線ではない。
何度か曲がりながら。
古い王都の下へ。
さらに深い場所へ。
ハレルはその線を見た。
昨日まで、自分たちは帰る道を探していた。
今日からは違う。
帰れなくなった誰かを探す。
その人がどこへ帰りたいのかを聞くために。
石段を下りるアデルの背中を追い、ハレルたちは王都地下へ向かった。
コメント
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第271話、読み終えました。五つの候補地点それぞれに異なる性質があって、しかも旧実験区画だけreが避けるような動きを見せるのが気になりますね。ユナさんの記憶に出てきた「先輩」も、白峰さんの周りで人が消えている感じがして、不気味さが増してきました。アデルとヴェルニの軽い掛け合いで一瞬空気が緩むところも好きです。みんながそれぞれの場所で同時に捜索を始める——この展開、続きが気になります。
眠狂四郎
409
206
上野文
7,990
こはる
1,321