塔の地下は、ひんやりとした湿気に包まれていた。
松明の火がゆらめくたび、積み上げられた古い書物の影が壁に揺れる。
藤澤は、机いっぱいに広げた古文書をめくっていた。
書物の端は虫に食われ、ところどころ文字が消えている。
それでも彼は諦めなかった。
――禁忌の薬は、瘴気を力に変換し、人の心を蝕む。
根本の治療には“真なる光”が必要。
指先でその一文をなぞる。
「……真なる光、か。」
声に出すと、その響きが静寂に溶けた。
(元貴も若井も……今は休ませないと。
二人が倒れたら、もうこの街を守る術がない。)
そう思いながらも、胸の奥には得体の知れないざわつきがあった。
どこかで、何かが崩れていくような気配――。
ページを閉じ、立ち上がる。
長時間の姿勢のせいで、背中に痛みが走った。
塔の石段を登ると、夜の冷気が頬を打った。
「……元貴?」
呼びかけても返事はない。
結界の部屋にも、寝床にも、姿がない。
(……若井もいない?)
外を見回りしていたはずの若井も、まるで気配がない。
不安が胸をかすめる。
二人の気配が――ない。
塔の中を一周しても、見つからない。
焚き火の灰は冷たく、外の風だけが通り抜けていく。
(どこへ行ったんだ……)
足元の土を踏みしめながら、藤澤は外を見た。
夜の街が、黒い霧に包まれている。
その中心――大聖堂の方向から、ものすごく甘い香りが漂ってきた。
胸がざわめく。
それは、彼がもっともよく知っている香り。
禁忌の薬の、あの匂いだった。
「……まさか。」
心臓が一度、大きく跳ねた。
塔の階段を駆け下りる。
息が荒く、胸が焼ける。
(元貴……若井……!)
叫ぶように名を呼びながら、
藤澤は闇の中へ走り出した。
塔にいたはずの大森と若井の姿が、忽然と消えていた。
嫌な予感が胸を締めつける。
藤澤はひとり、息を切らしながら大聖堂へと向かう。
やっと辿り着いた大聖堂の扉を押し開けた瞬間、藤澤の視界に飛び込んできた光景は――目を疑うものだった。
漆黒の髪をなびかせ、玉座に悠然と腰かける“自分”の姿。
その両脇に縋りつくようにしているのは――大森と若井。
2人は禁忌の薬に侵され、焦点の定まらない瞳でシェイドを見上げていた。
「……っ、嘘だろ……」
藤澤は息を呑む。
大森と若井は、シェイドの中心を両側から舐めて奉仕していた。
唇を濡らし、頬を赤らめ、甘い吐息を漏らしながら。
まるで心から悦んでいるかのように――いや、薬に操られているのだ。
「あぁ……いいね。そうやって必死に舐め合う姿……愛らしいよ」
「んっ……ふ……んんっ……」
「……シェイド様……まだ……足りない……」
湿った音と荒い呼吸が大聖堂にこだまする。
藤澤は信じられない光景を前に、体が震えた。
「……ほら、来たよ。君たちの親友が」
シェイドは冷ややかに笑い、藤澤へと目を向けた。
「君の大切な仲間は、もう僕なしではいられない体になった」
「やめろ……!元貴!!若井!!目を覚ませ!!」
藤澤の叫びは虚しく響く。
「……あぁ……もっと……」
「……シェイド様……離れたく、ない……」
2人の口から紡がれる声は、藤澤が知る優しい歌声でも、力強い守りの声でもなかった。
「……そんな……二人が……どうして……」
「あの薬と瘴気が混ざるとね、心の奥底に隠した欲望をあぶり出すんだ。彼らは僕に溺れることでしか救われない」
シェイドの声は甘く、しかし残酷だった。
「はぁ……シェイド様……っ」
大森はとろんとした目で呟き、頬を紅潮させながら口を動かす。
「俺……もっと欲しい……っ」
「俺も……離れるなんて無理だ……っ」
若井もまた必死に舐め続け、喘ぎ混じりの声を洩らした。
二人の口元からこぼれ落ちる白濁を、互いの唇で分け合うように舐め合う。
「……元貴……もっと……」
「若井……んっ……」
仲間だったはずの二人が、背徳の中で互いを慰め合っている。
「やめろ……っ!!」
藤澤の叫びは震え、涙が滲む。
「思い出せ! お前らはそんなやつじゃないだろ!!」
その声に一瞬、大森の瞳が揺れた。
若井の手もわずかに震えた。
「……りょう……ちゃん……?」
「そうだ!! 俺だ!!」
藤澤は涙を流しながら叫ぶ。
「元貴……お前は音で街を守っただろ!? 若井、お前は子供たちに慕われてたじゃないか! ……俺たち、三人でここまで来たんだろ!しっかりしろよ!!」
一瞬、ビクッと二人が動揺する。
だがシェイドはすぐに二人の頭を押さえつけ、甘く囁いた。
「大丈夫……僕だけを見ていればいい。ほら、もっと深く……」
「あぁ……っ……!」
「んんっ……しぇいど……さま……」
再び声が甘く溶け、二人は闇に引きずり戻される。
だが藤澤は諦めなかった。
「なぁ、覚えてるか……元貴」
藤澤の声は涙で震えていた。
「10年前、俺が魔物に囚われた時……誰が必死に手を伸ばしてくれた? 『絶対に離さない』って言ってくれたのは……お前だろ?」
大森の唇が小さく動いた。
「……離さない……」
虚ろな瞳の奥で、何かが揺れた。
「若井……お前もだ。俺が副作用で苦しんでた時……誰が一晩中そばにいてくれた? 『大丈夫、俺たちが守る』って……笑ってくれたじゃないか」
若井の手がわずかに震え、シェイドの衣を掴んでいた指先が緩む。
「……守る……」
シェイドは眉をひそめ、二人の顎を強く掴んだ。
「惑わされるな。お前たちが欲しいのは僕の愛だけだ」
「違う!!」
藤澤は叫んだ。
「お前らが欲しいのは、俺との絆だろ!? 三人で生きてきた日々だろ!? あの夜、焚き火を囲んで笑ったじゃないか! 三人、肩を並べて戦ってきたじゃないか! それが俺たちだ!!」
声が大聖堂に反響する。
子供の頃から積み重ねた日々、守護神としての誇り――そのすべてを、藤澤は言葉にのせた。
「俺はお前らを信じてる!! だから戻ってこい!! 元貴!! 若井!!」
その瞬間。
二人の瞳に、一筋の光が差した。
「……俺たち……三人で……」
シェイドの腕の中で、二人が苦しそうに胸を押さえる。
禁忌の薬に蝕まれた体が、藤澤の言葉に反応して軋んでいた。
「やめろ……僕から離れるな!!」
シェイドが怒声を上げる。
だが、大森は震える声で、はっきりと呟いた。
「……俺は……涼ちゃんがいないと……」
若井も、額に汗を浮かべながら言葉を重ねる。
「……守るって……約束したんだ……俺は……」
シェイドの目が憎悪に燃える。
「裏切るのか……僕を……!」
「……違う……」
藤澤は立ち上がり、涙を拭った。
「俺たちは、もともと三人で一つだ。お前なんかに、奪われたりしない!」
次の瞬間、大森と若井の体がふらりと崩れ、藤澤の胸に倒れ込んだ。
三人の体温が重なり合う。
「……戻ってきてくれた……」
藤澤は二人を強く抱きしめた。
まだ完全に薬の影響が抜けたわけではない。
けれど、確かに二人の瞳に光が戻っていた。
「……ごめん……」
「……俺たち……」
「いいんだ……」
藤澤は泣き笑いを浮かべ、二人の頭を撫でる。
「これから一緒に戦おう。……三人で」
シェイドの怒りに満ちた視線が、三人を射抜く。
だが藤澤の胸には、もう迷いはなかった。
――いよいよ最終決戦が始まる。
コメント
3件
おおう…ついに…最終フェーズってところ!ドキドキハラハラが最高値です! でも、なんでですかね?なんとなくでシェイドが寂しそうに見えて…。シェイド、ホントにナニモノなんだろうか…?そして、過去とか気になってしまう。(すいません、悪役見ると出てしまう私の悪い癖です…。) この物語がどんな結末を辿るのかしっかり見届けようと思います! 長文になってしまいましたが、いつも更新ありがとうございます&これからも私なりに応援しています✨️
めちゃめちゃ楽しみ〜 3人の絆がもっと深まった感じする〜 この後はどうするのかな? シェイドを倒したりでもするんかな?
うわあああああっ?! もう大好き!ゾワッてくる!