⚠ 寧々えむ、類司表現
この感情を友愛だと思っていた。大好きな仲間として、大切な友達として、「えむが好き」という感情は、皆が抱くような、なんの変哲もないものなのだと。そう、思っていたのに。
(あ、そっか)
(私…えむのことが)
気づいてしまった。この「好き」が友愛だなんて、綺麗で可愛らしいものではないと。それよりももっとドロドロして、ぐちゃぐちゃしたこの感情は。
(恋愛的な意味で、好きなんだ)
えむの特別になりたい。友達も相談相手も恋人もそれ以外も、えむの全部が欲しい。大好きで大好きで、どうしようもない。
「あはは‥…バカだな、わたし」
知らなかった、知りたくなかった。自分がこんなに醜い欲を隠し持っていただなんて。しかも、よりによってえむに。えむにこの気持ちを伝えたら、どんな反応をするだろう。
(急に「えむが恋愛的な意味で好き」だなんて…びっくりするよね)
きっと、えむに「好きだ」と言ったところで、優しいえむを困らせてしまうだけだ。それだけは絶対に嫌だった。えむにはずっと笑顔でいてほしい。自分がえむの笑顔を曇らせる要因になるだなんて、絶対に許せない。
…だから、この気持ちは大事にしまっておこう。誰にも分からないように、悟らせないように。ずっとえむの横で一緒に笑っていられるように。
「ねえ、えむ」
「ほよ?どうしたの、寧々ちゃん」
「えむ、最近いいことでもあった?」
「えっ…」
「なんだかえむ、いつにも増して楽しそうっていうか…嬉しそうっていうか」
「…えへへ、分かっちゃった?そうなの。あたし、実はね」
「好きな人ができたんだ!」
え。と思った。口から同じ言葉が出ていたかもしれない。えへへ、内緒だよ、とはにかむえむは心から幸せそうで。
「……よかったね、えむ」
なんとか絞り出した声は、震えていなかっただろうか。ちゃんと、笑えていただろうか。その後えむとどんな話をしたか、どうやって家に帰ったかは、何一つ覚えていなかった。
(すき、だなぁ)
ぼんやりと類の横顔を眺めた。贔屓目を抜きにしても、やはり美しい顔立ちをしている。その見た目から好意を寄せられている姿をみることもあった。そのたびに、現実から、見ているものから目を逸らしたものだった。
「司くん?どうしたの、ぼんやりして」
「…え?」
「手が止まっているよ。具合でも悪いのかい」
「っあ…すまない!少し考え事をしていたんだ。数学の課題がまだ終わっていなくてな」
「ああ、そういえば苦手だと言っていたね。君さえよければ手伝おうか?」
「なに、いいのか!?助かる!」
「ふふ、お安い御用だよ」
いつにしようか、と類が楽しそうに話すのを尻目に危なかったとひとりごちた。最近、こういう事が増えてきている。察しのいい類のことだ、違和感を感じるのも時間の問題だろう。
早めに、何とかしなければ。
「司くん、来たよ」
「…類」
…どこだここは。風がびゅうと吹く。外だろうか。それに、自分の立つ床はコンクリートで冷たく、壁の代わりにフェンスが辺りを覆っている。
(屋上?どうしてこんなところに)
「それで、話というのは?」
「ああ、そのことなんだが。類に、言わないといけないことがあって」
「言わないといけないこと?」
自分の意志とは裏腹に、言葉がするすると口から出てくる。話、話ってなんだ?オレは類にそんな事言っていないのに。不意にオレは俯いて、視界はコンクリートを映した。
「…類が、好きだ。仲間愛とかじゃなく、ハグしたいとかキスしたいだとか、そういう意味で」
「………。」
「ずっと隠していてすまなかった。でも、これだけは伝えたくて、それで」
何を言っているんだ。思いを伝えるつもりなんてなかったのに。嫌な汗が背中を伝って、拳をぎゅうと握りしめた。怖い、怖くてたまらない。それなのに、体はまたしても勝手に動いて、俯いていた顔をゆっくりと上げた。
「…………そう」
冷たい、冷たい顔だった。今までに見たことがないくらい。違う、オレはこの表情を見たことがある。
『君は、スターになんてなれない』
同じだ。あの時と同じ、オレの事を心底軽蔑した顔。怒っている、顔。
類の口が動くのが、やけにスローモーションに見えた。あ、と思うと同時に視界が暗転して。
パチリ。
「……ゆ、め?」
気づけば、ベットに自分は寝転がっていて。時計の針の音と、自分の心音だけが真っ暗な部屋に響いていた。
ゆっくりとセカイを見回し、どこへ向かうでもなく歩き出した。どこか、遠くに行きたい気分だった。
あのあと、我に返った時には自室に自分は立っていた。えむの言葉が頭の中にずっと響いて、頭がどうにかなりそうだった。ひとしきり部屋で泣いたあと、頭を冷やすためにセカイにやってきたのだ。
セカイは相変わらず夜でも明るく賑やかで、しかしながらいつも笑顔で出迎えてくれるバーチャル・シンガー達は一人も見つからない。おかしいなと思いつつ歩き続けている内に、見覚えのある背中を見つけた。
「…司?」
驚いて声に出してしまったが、ベンチにぼんやりと座っていたのはやはり司だった。なんの反応も返さないのを不思議に思い、自分もベンチの方に回って司の顔を覗き込む。そしてぎょっとした。
「っえ…司!?」
「む…?」
司の目元は真っ赤になっていて、頬にはまだ涙の跡が残っていた。あまりにもらしくない司の表情に、慌てて側に駆け寄った。対する司は、逆に寧々の顔を見て驚いたような顔をした。
「寧々…どうかしたのか」
「えっ?」
「目、腫れてるぞ」
「え、あっ……」
そういえば、自分も部屋で散々泣いてきた後なのだったと思い出し、まだ火照る頬に手をやった。いや、それよりも。
「司こそ…泣いたあと、残ってるけど。どうしたの」
「な、なにぃ!?ちゃんと目元は冷やしたはず!!ぬおお、オレとしたことが!」
「え」
え、なんか急に騒ぎ始めたんだけど。何。
目元を真っ赤にしているから何事かと思ったのに、本人は至って通常運転である。いつものごとくやかましい…いや、本当にやかましい。セカイとは言え今は夜だというのに。なんだか無性に笑えてきて、思わず吹き出した。
「……ぷっ、あははっ、もう、こっちは真面目に心配してるのに!」
「む?それは…すまん?」
「まったく…まあ、司らしいけど。はー、なんか気が抜けちゃった。隣、座るよ」
ベンチにゆっくりと腰を下ろした。どうやら、訳ありなのは自分だけではないらしい。なんだか妙に安心感を覚え、思わずため息をついた。
「そっか、司は類が好きなんだ」
「う……面と向かって言われると、中々恥ずかしいな。そういう寧々はえむが…」
「うん。まあ…伝える前に振られちゃったようなもんだけどね」
そう、えむには既に好きな人がいる。叶わぬ恋だ。早く諦めてこんな感情捨ててしまえばいい、分かっているのだ。
「司は、伝えなくていいの。司の気持ち」
「…怖いんだ、」
「え…」
「類に軽蔑されるのが怖い…っ類は、そんな事しないって分かってるんだ!それなのに…想像しただけで、足がすくんで…」
「司…」
類は、きっとオレと同じ分の気持ちを返してはくれない。同性愛だなんて、気持ち悪いだろう。分かっている、自分が我慢すればいいだけの話だ。
分かって、いるのに。それなのに、
「…どうして、どうしてオレ達は…ただ、誰かを好きになっただけなのに」
「あ……」
そうだ。えむが好き、類が好き。それだけだ。それだけなのに、これほどに苦しくて痛い。辛くて辛くて、罪悪感に押しつぶされそうになる。好きだと気持ちを伝えるだけで、相手の笑顔を奪いかねない。関係性を崩しかねない。
「ねえ、司…わたし、えむがすき。司は、どう?」
「…オレも、類が好きだ。世界で一番、愛してる」
一度言葉にしたらもうだめで、せきを切ったように口から感情が転がり落ちて。それに嗚咽が混じって、二人して子供のように声を上げて泣いた。こんなふうに泣くのはいつぶりだろうと、ぼんやりとした頭で思った。
相手と結ばれたいだなんて、そんな傲慢なことは思わないから。その代わり、相手を想う事だけは許してほしくて。明日にはいつも通り、友達でいるから、仲間でいるから。だから、だからどうか。
その夜は、ずっと二人で泣いていた。周りは誰もいなかった。辺りを静寂がそっと包んで、月明かりが二人を優しく照らした。
「ねえ、司。同盟組まない?」
「同盟?」
「そう、片想い同盟。二人でこの気持ちを墓場まで持ってくの。片想いは辛いけど…仲間がいるなら頑張れる気がしない?」
「それは…なるほど、一理あるな」
「でしょ?お互いに協力しよう。相談ならいつでも乗るから」
「ああ。寧々も、辛くなったらすぐ呼んでくれ」
二人は頷き、がっちりと固く握手を交わした。その様子はさながら百戦錬磨の戦士のようだった。一晩泣いて吹っ切れた二人は、この片想いを隠し通すことを決意したのだ。
☆ネガティブが限界突破し、一周回って超絶ポジティブになった2人によるドタバタシリアスコメディが今、幕を開ける___!!!!
こんなかんじのえむ寧々と類司が見たいってだけ。プロローグ。
このあとめっちゃ勘違いされたりすれ違ったり泣いたり怒ったり二人で逃避行して大騒ぎになったりする。恋は盲目って、よく言ったもんだよね!!!
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