テラーノベル
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「おはよ。」
「おはようー。」
「おはよ〜。」
8月も、もう終わりに近付いてきているのに、まだまだ猛暑を叩き出している今日この頃。
太陽はまだ休む気はないようで、おれ達は今日も三人一緒にリビングで目覚めた。
エアコンの風に包まれながら、布団の中でもぞもぞと動くおれと元貴を横目に、涼ちゃんは一足先に布団から抜け出して、リビングの大きな窓をガラガラと開ける。
涼しさとは無縁の朝の空気が流れ込み、遠くで蝉の声がかすかに聞こえてきた。
「わぁー、流石にもう限界…かもぉ。」
涼ちゃんは、窓の外から入ってくる熱気に顔をしかめているのかと思いきや、視線はだいぶ下を向いていた。
その目線を追っていくと、目に入ったのは、手入れもされず伸び放題になった庭の雑草達だった。
花壇に植わっている外国を思わせる植物と相まり、まるで庭全体が小さなジャングルみたい。
住み始めた頃のあの綺麗に整った庭は、もう見る影もなかった。
正直、おれ達みんな、この状況には気付いてはいた。
でも、気付かないふりをしていた。
だって、この暑さの中で草むしりなんて…
誰もやりたくないに決まってるから。
それでも、流石に見て見ぬふりが出来なくなってきた今日。
ついに涼ちゃんが“それ”を口にした…
「二人共…草むしりするよ…!」
・・・
朝食をサッとすませ、全然気が乗らないながらも、おれと元貴は、涼ちゃんに急かされるようにして庭に向かった。
涼ちゃんは物置からおじいちゃんが使ってたという草刈り鎌を引っ張り出してきていたけど、それは1本しかない。
つまり、三人中二人は、素手てこの青々と生い茂った雑草達と戦うしかないという事だった。
「真剣勝負だからね…!」
「おっけ。」
「いくよ…せーの!」
「最初はグー!じゃんけんぽん!」
「うあー!もうやだあー!」
「元貴…まだ全然進んでないじゃない…。」
「いやー、楽だわー!」
「若井うざい!もう、お前はうざ井だ!」
「うざ井ってなんだよ!」
「はぁ〜…二人共元気だねぇ…。」
庭の端から、それぞれ同時に真っすぐ雑草を刈り始めたおれ達。
今のところ、じゃんけんで勝利し、見事、鎌を手に入れたおれが一番進んでいて、その次が涼ちゃん、そして最後が元貴だった。
「うぁー、腰イタっ。」
「ぼくは腰も手も全部痛いよ…」
「暑い…死んじゃう…」
元貴は、ブーブーと文句を言いながら、涼ちゃんは暑さにやられそうになりながら…
そして最後は、おれが二人を手伝う形で。
数時間後、ようやく庭の草むしりが完了した。
リビングの窓際に腰掛け、久しぶりに本来の姿を取り戻した庭を眺める。
すごく大変だったけど、それ以上に、なんとも言えない達成感があった。
ぼーっと庭を見つめていると、視界の端に、元貴が玄関側の壁にある蛇口に繋がれたホースを手にする姿が映った。
綺麗にしたついでに、花壇の草花に水でもあげるのかと思って見ていると、急に悪巧みモードに変わった。
そしてそのまま、日陰で休んでいた涼ちゃんに向かって、いきなりホースで放水し始めた。
「おいっ、元貴…!」
流石に普段温厚な涼ちゃんも、急に水を掛けられたら怒るだろうと思い、慌てて止めようと立ち上がった。
「うわぁ!…ぷはっ、わぁ〜!めっちゃ気持ちい〜! 」
が、しかし、おれの予想は外れ、最初、見事顔面に命中したのにも関わらず、涼ちゃんはまるで歓迎するかのように、両手を広げて気持ち良さそうに浴びていた。
「元貴も水浴びしよ〜よぉ。めちゃくちゃ気持ちいいよぉ。 」
涼ちゃんが、ホースを持つ元貴に楽しそうに両手を広げて誘ってくる。
最初は『やだよ、びしょ濡れになるじゃん…』と渋っていた元貴だったが、照り付ける太陽と、あまりにも気持ち良さそうな涼ちゃんの様子に、ついに根負けしたらしい。
「若井!パス!」
そう言って、元貴はおれにホースを渡すと、涼ちゃんの横にちょこんと並んだ。
「早く早く!」
目を輝かせて急かしてくる元貴に、『はいはい』と笑いながら、おれは二人に向かって勢いよく放水した。
「ぎゃあー!冷たっ!気持ちいー!!!」
「ふぁ〜!生き返る〜!」
キャッキャとはしゃぐ二人の声が、夏の空に響く。
びしょ濡れで笑い合いながら水を浴びる元貴と涼ちゃんを見ていると、羨ましいような、なんとも言えないモヤモヤとした気持ちが胸に渦を巻いた。
(…楽しそうで、何よりなんだけどさ。)
そんなふうに思いながら、完全に“放水係”に徹していたその時、
ふいにビショビショになった元貴がこっちに向かって歩いてきた。
「ちょっと!若井も早くおいでよ!」
そう言って、満面の笑みで手を差し伸べてきた元貴に、 おれは内心ドキドキしながら、その手を取った。
冷たい手の感触に更に胸が高鳴りながらも、引かれるままに庭へと踏み出す。
照りつける陽射しの下、二人の笑い声が響く中に、おれの足音も加わった。
「あっ、若井やっときた〜!」
涼ちゃんは、おれの姿を見つけるなりぱっと笑顔を咲かせて、おれが 手にしていたホースをサッと奪い取った。
「はいっ、次は若井の番だよぉ〜!」
そう言うが早いか、涼ちゃんは容赦なくホースの先をおれに向けて…
「わっ、ちょ、ちょっと待っ…!」
言い終わる前に全身ずぶ濡れになって、思わず目をぎゅっとつむる。
そんなおれを見て、涼ちゃんと元貴の笑い声が弾けた。
気づけばおれも一緒になって笑っていて、
冷たい水がシャツにしみ込んでいくのに、
胸の奥は、じんわりとあったかかった。
ひとしきり、水浴びを楽しんで疲れ果てたおれ達は、庭のリビング前にある小上がり部分に並んで腰を下ろした。
ふと、隣に座る元貴を見ると、元貴の肌は例年通り、日焼け対策を怠らなかった成果か、見事なまでに焼けていなかった。
その白い肌に、水で濡れた白いTシャツがぴたりと張り付き、胸元が少しだけ透けて見えている…
何度も一緒にお風呂に入った仲だと言うのに、何を今更…と思うけど、おれは元貴のその姿の目のやり場に困り、慌てて目線を庭に戻そうとしたのだけど…
「元貴、えっちぃ。」
涼ちゃんが、からかうような声でそう言った。
そのひと言で、完全に視線を逸らすタイミングを逃しまった。
最初はなんの事か分からず、首を傾げていた元貴だけど、涼ちゃんの目線の先を追い、透けている胸元を目にすると…
「えっ、あ……ぼく、先に家に入ってる!」
顔を真っ赤にして、勢いよく立ち上がり、そのまま逃げるようにリビングの中へ駆け込んでいった。
元貴の後ろ姿を見送りながら、おれの胸の奥がチリ、と痛んだ。
おれの知る元貴なら、胸元が透けてたくらい『男同士なんだから別にいいじゃん!』と言うはずだ。
だけど、元貴は顔を真っ赤にして逃げていった。
その顔が向けられていたのは、おれじゃなくて、 涼ちゃんだった…
『えっちぃ』と笑った涼ちゃんに向けられた、あの反応。
その意味は…
そんなことを考えた自分に、思わず眉間にシワが寄った。
何をそんなことで、と自分に言い聞かせようとしても、 浮かんでしまったその疑問が、胸のどこかに引っかかったまま、消えてくれなかった。
「僕達も戻ろっか?」
涼ちゃんの声が聞こえ、ふと我に返る。
「え、あ…うん、そうだね。」
「さっ、行こ〜。」
そう言って、いつものようにニコッと笑う涼ちゃん。
…でも、その笑顔がなぜか今日は、ほんの少しだけ違って見えた。
どこか意味深に感じてしまって、思わず反応が一瞬遅れてしまった。
『早く〜!』と呼ぶ涼ちゃんの声に、慌てて立ち上がり、おれは涼ちゃんの後を追うようにして玄関へと向かった。
家の中に戻ると、元貴はすでに着替えを終えていて、何事もなかったようにテレビを見ていた。
でも、その背中は、どこかぎこちなくて…
いつもの元貴が戻ってきたのは、それから数時間も経ってからのことだった。
・・・
時刻は、午後4時。
遅めの朝食を食べたおれ達は、草むしりと水遊びに夢中になり、すっかり昼食を食べ損ねていた。
かといって、今さら昼ごはんという時間でもなく、夕飯にはまだ早い。
そんな微妙な時間帯にどうしようかと、三人でソファーに座りながらグダグダしていたら、涼ちゃんが急に立ち上がり、タタタッとキッチンの方に向かった。
そして、戸棚を開け閉めする音が聞こえたと思ったら、両手にポテチを数袋抱えて、得意げな顔で戻ってきた。
その袋を良くみると、前に、おれと元貴の二人で食べ尽くしてしまった涼ちゃんのポテチと同じフレーバーのものだった。
「ポテチ食べよ〜!…この前は二人に食べられちゃったからねぇ。」
最後の一言で、おれは全てを察した。
涼ちゃん、あの時は笑っておれ達を咎める事はなかったけど、実はずっと、根に持っていたんだと…
元貴が、『どうせならゲームもしようよ!』と言い出し、この前のゲームを涼ちゃんも加え、三人でやる事になった。
おれがキッチンに向かい、冷蔵庫からコーラを取り出して戻る頃には、既に 何袋かのポテチは開封され、ソファの上には準備万端の二人が、にこにこと座っていた。
・・・
涼ちゃんのゲームの腕前はなかなかのもので、時折見せるプレイの上手さに『やるじゃん!』なんて声が漏れることもあった。
だけど、目標のボスはそれ以上に手強くて、三人でワーワー言いながら、何度も作戦を立て直し、協力して挑み続けた。
そして、ようやくボスを倒した頃には、5時間も経っていて、外はすっかり夜の帳に包まれていた。
「お腹空いたー!!!」
ボスを倒した瞬間、いつの間にかソファーではなく床に座っていた元貴が、大の字になり寝転りながら、そう叫んだ。
まだまだ食べ盛りの大学生。
流石にポテチだけではお腹は膨れる訳はなく、おれも涼ちゃんも元貴に続いて、『おれもお腹空いた!』『僕も!』と叫んだ。
「そうだ!ピザ頼もうよ!」
この時間から何か作るのは面倒くさい。
でも、カップラーメンは気分じゃない。
そんな微妙な空気の中、元貴がパッと顔を上げて、ひらめいたようにそう言った。
たしかに、この夏休み中はみんなバイトも自炊も頑張ってる。
節約だって、ちゃんとしてる。
たまには…
いや、今日くらいは贅沢してもバチは当たらない!
そう結論づけたおれ達は、チーズを倍にして、トッピングも思いつく限り盛った“贅沢ピザ”を注文することにした。
数分後、届いた贅沢ピザに大興奮しながらも、再びゲームの続きを始めたおれ達。
ピザを片手にコントローラーを握り、チーズが伸びようが指が汚れようが、そんなの関係なしに白熱の戦いが続いた。
『あれ…明日バイトだよねぇ…?』なんて誰かが言いかけた気もするけど、すぐに笑ってかき消された。
結局そのまま、時計の針が0時を回ってもゲームは止まらず、
空が白んできた頃になって、ようやく三人共眠りについた…。
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