テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ー 交わり始める ー
夜の駅。
屋根の下に光る蛍光灯が、薄く色褪せたベンチを照らしていた。
あやねはその端に座って、ペットボトルの麦茶を握っていた。
バイト終わりの制服のまま。
汗の匂いが、自分でも少しきつかった。
(電車早く来ないかな。)
今日もいろいろあった。
体も心もぐったりして、足元は少しふらついていた。
そのときーー隣に、誰かが座った。
ベンチの端から伝わる、微かな体温。
香水のような、服の柔軟剤のような、清潔な香り。
(……男の人…かな。)
過去のあやねの経験が蘇る。
ーー
「おい笹原。」
「ぎゃはははは!!!」
涙を流す、幼いあやね。
その記憶が、男の人が近づくたびに、
フラッシュバックするのだった。
あやねが立ち上がろうとした瞬間、横目で隣の男性を見るとそこには、
思わず目を見開いた。
黒いシャツにすらりとした手足。
目鼻立ちのはっきりとした、 スマホを無造作にいじる、涼しい横顔。
間違いない…。
(神谷 湊…。)
教室の中心に居て、どこか違う世界の人間みたいだった。
テレビにも出ている、大人気モデル。
(神谷くんが…隣にいる…。)
驚きと緊張が混じって、
思わず声が漏れた。
「…あっ…。。」
その声に、湊がちらりと横を向いた。
無表情のまま、あやねを見た。
けれどーー
「あぁごめん。隣、居たんだ。」
その目は、まるで”人”として見ていなかった。
ただそこに”誰かいた”というだけ。
あやねは何も言えなかった。
うつむいて、小さく首を横に振った。
(私のこと…わかんないんだ、同じクラスなのにな…。)
それが、少しだけーー
安心でもあり、
少しだけーー
悔しかった。
「すみません…。退きますね。私の隣座らない方がいいと思うので。」
「あぁ、ごめん。気にしないで。俺のこと知ってたんだ。雑誌とか読まなそうなのに(笑)なんかごめんね。いいよ、俺が退くから。」
(ファンか…?優しくして株あげとくか。)
そう言って立ち上がろうとした時、湊は制服が同じことに気づいた。
「あ、ごめん。気づかなかったけど、桜野高校だったんだ。先輩ですか?」
あやねは胸がぎゅっとなった。
同じクラスなのに、存在を知られていなかった悔しさがこみ上げる。
小さな声で呟く。
「同じクラス……。」
聞き取るのが難しかった。湊が聞き返す。
「…なんて言いましたか?」
あやねは少しだけ声を張って言った。
「同じクラスなのっ……。」
湊は苦笑いを浮かべながら、少し申し訳なさそうに言った。
「あぁ、そーだったんだ。忘れっぽくてごめんね笑。俺別に気にしないから、隣座ってていいよ。」
あやねは少し照れくさそうにしながら、またベンチの端に腰掛けた。
自分の汗の匂いを気にしながら、ぐっと鞄を握った。
ーーだが、優しそうな湊の言葉とは裏腹に、心の中はーー
本当は論外なだけだった。それだけだった。
(こんなんが俺の隣に座れるなんて奇跡だな。)
彼の瞳は冷たく、けれどその事実は決して口には出さなかった。
ーーしばらくしてアナウンスが流れた。
「まもなく3番ホームに電車がーー」
アナウンスと同時に電車が3番ホームに止まる。
あやねも、湊も、この電車に乗る。
だがあやね立ち上がらない。
湊はスマホをいじりながら、あやねと出会ったことは無かったかのように電車に乗り込む。
最後、一言もない湊の冷たさに胸が苦しい。
(まぁ、当然のことだよね…。私と神谷くんなんて…。)
春のまだ冷たい夜風が、ひどく肌に染みた。