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「おうおうおう!お前が五条悟か!!」
「────は?」
黒い目隠しで顔が半分覆われた白髪の男、五条悟はしばし唖然とした。五条の目の前にいる亜麻色のおかっぱ頭に、特徴的なツノが生えた子供はそんな五条の様子には目もくれず、続けて言い放つ。
「最強のお前を倒せば、つまりわしが最強ってことじゃ!いざ尋常に勝負じゃ勝負ぅ!!」
「………はあ」
五条は状況を飲み込み結果、深いため息を吐く。
「なんじゃあ?わしの強さに畏れを成したか人間!ひれ伏せひれ伏せ、ガッハハハハハ、がっ、」
頭を抱える五条を見て高笑いを放つ子供を手刀で強制的に黙らせ、首根っこを掴む五条。
「あー、こいつ呪霊になってもなーんも変わんないな」
むしろ安心したよ。そう独りごちて五条は家入のいる解剖室に足を向けた。
「で?どうすんの、そいつ。てか人間として扱うの?」
後輩の遺体が届いて1日もしない内に、後輩の顔をした呪霊が高専内の結界アラートに引っかかったという頭の痛い話を、五条から手土産付きで聞かされた家入はこめかみを手で押さえながら言う。後輩は元から人権がギリギリ無い扱いを受けてきたとはいえ、肉体は人間であったし、破壊的な性格はともかく呪霊側に加担したことはこれまでなかった。呪霊に連れ去られ魔改造されたっぽい後輩を、呪術界は果たして認めるのだろうか。それは五条が破格の条件を付けたとしても難しいことのように思えた。
そして、そもそもこの後輩は、人間なのだろうか。
「まあ、戻らなかったら僕がなんとかするし。大丈夫、大丈夫」
家入の心配をよそに、五条は機嫌が良い。学生時代から長く可愛がっていた後輩の処刑も、五条は難なく行うだろう。既にその確信を得ている家入には、五条自身の精神面が危うい方向に転がることもまた危惧していた。
「……しっかし、血管を傷つけずに死体から心臓取り出せとか、無茶言うよ。反転術式フル稼働だぞ、全く」
家入は解剖台に乗った首と心臓が無い遺体を見て、疲労困憊を訴える。どこぞの無免許医みたいな芸当をほいほい要求するんじゃない、とぼやく家入に五条は衝撃的な事実を口にする。
「ごめんごめん。これ、突っついたら多分オート反撃で死ぬからさあ。仕方なくね」
「……おい。不発弾処理なら先に言え」
できたんだからいいじゃーん、と笑う五条をギロリと睨付ける家入。
「さてと」
五条はトレーの上にある心臓を手に取る。手の内のそれは未だに脈打ち、命の鼓動を伝えてくる。体がずっと生きてるわけだ、と頭の方を見る。体はほぼ呪霊だが。
「ほら、さっさと帰ってきな」
殊の外優しい響きの声で、子供の口にそれを押し込んだ。
「………んぁ?」
特徴的な模様の入った瞳がゆっくりと開き、五条達を映す。
「おはようこの馬鹿。どこまで覚えてる?」
「はあ?起き抜けになん、じゃ……わあ゛!?縮んどる!!!??」
自らの変化に驚く少年のリアクションを無視して五条は尋ねる。
「自分の名前は?直前までの出来事は何?」
「身長がっ!!わしのせっかく伸びた身長があっ!!!」
身長2億メートルあったはずじゃろ!!!!とあらん限りの力で叫ぶ少年。
「………」
ドゴッ
「ほら名前は?」
器用にツノを避けたゲンコツを食らい、ツノの生えた少年はようやく質問に答える。
「禪院、傷人……あー、特級呪霊っぽいやつとの戦闘中に、首を落とされて…うーん、後は……わからん!」
ふむ。と五条は顎に手を当て考える。呪霊化(?)していた時の記憶は無し。それ以外の矛盾はない。傷人は腫れた頭を摩りながら五条に向かってシャドーボクシングをしている。隙あらば一発入れようとしてくる言動も一致。つまりは。
五条は知らず入っていた力を抜き、ほっと息を吐く。
────殺さずに済んでよかった。
五条には確信があった。とはいえ、確証は無かった。六眼が五条に伝える情報は、傷人の本体が心臓であるということと、傷人の異常な丈夫さだけだ。傷人自身が記憶や自己同一性を保ったままでいられるのかは、実際やってみるまで分からなかった。なお、首のない死体で発見された傷人を見た五条は当初、無くなった首を死体に物理的にくっつけて蘇生するつもりだった。
────レゴブロックじゃないんだから、と突っ込む声が聞こえる気がする。
どういう理屈でこんな無法が通るのか。まったくもって訳が分からないが、ひとまず傷人だけにしか効果がないトンデモ心肺蘇生法は成功と見ていいだろう。
「なんか大丈夫っぽそうじゃん。硝子どう思う?」
家入にも性格の一致を確認する五条。
「ふつー人間は首とれたら死ぬんだよ!あと身長も縮まないしこんな急激に伸びない!!だろ!!!」
目の前で起こった衝撃映像に、呆然としていた家入は混乱しながら医学的見地を叫ぶ。五条は何も話していないので、その混乱も当然である。
「そうじゃそうじゃ!!わしの身長をどこへやった!?お前が持っていったんじゃろ返せ悟!!!」
「なんもそうじゃねーよ」
混乱の極みにいる家入に便乗し傷人は謎の要求をするが、五条は即座にボディーを狙う。
「ッ、オ゛ェ〜〜〜〜」
床に胃液を吐く傷人を見て、学生時代からノリが一切変わっていないやりとりに、もしくは仕事場に胃液がぶちまけられたショックから、家入は一瞬で正気に戻り決意した。
────絶対に床を掃除させる。
馬鹿二人を叱り飛ばし床を掃除させながら、激怒した家入に過去のトラウマを刺激され萎縮している傷人を見て、家入もまた傷人の記憶の連続性を認めた。
「……まあ、人格面は大丈夫そうだけど。一応誘拐?されてたときの記憶ないの?」
家入は真剣な顔で問いかける。実際、戦闘力だけを見れば高専におけるNo.2の実力者である傷人を殺害したと思しき特級呪霊、という脅威について、傷人の死亡を知る全員が懸念しているところである。しかし、傷人は「誘拐」という単語に聞き覚えがないような、とぼけた顔で首をかしげる。
「誘拐…?知らん。それより腹が減った血液パックはどこじゃ。わしの身長の糧にするぞお!」
「あーこれもうダメだわ。聞くだけ不毛、解散解散」
食糧と血液を要求し始めた傷人の様子に質問するだけ無駄と諦めた家入を余所に、五条は今後の対応について考えを巡らせる。
「報告、めんどくさいなあ…もう死亡届出しちゃってるし……あっ禪院家…あ〜〜〜」
傷人の出自が出自だけに、今回の人外じみた蘇生経緯を表沙汰にした場合を考え、なにもかもが面倒になり五条は頭を抱える。
────トンデモない生き返り方だし若返ってるし一瞬呪霊に寝返ったけど、今は味方で人間でーす!は、通らないんだよなあ…。
「飯じゃ飯!ステーキを出せ!わしはステーキで身長を伸ばす!」
んんんあああ〜〜〜〜と奇声を発する五条を無視し、傷人は家入に肉を催促する。「人肉ならそこにあるぞ」とブラックジョークを炸裂させる家入に、傷人は「自分のでも生は嫌じゃ」と神妙に断りを入れる。
「心臓はさっき食わせてたけどな」
「なぁにぃ~~~???」
そんな風に五条の結論が出るまで、しばらく2人が雑談に興じていると、
「……そうだ!お前今日から五条傷人になってね」
と、五条が「閃いた!」と言わんばかりに宣言する。
「は?いいぞ」
「いいのかよ……」
二つ返事で了承する傷人の生家への無関心さに、禪院家ってほんとさあ、と額を抑えつつ家入は深いため息を吐いた。