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Side美緒
「おっ、三崎!久しぶりだな。浅木は、めちゃめちゃ久しぶり!高校の卒業以来だな。元気だった?」
木目の落ち着いたインテリアの個室居酒屋には、懐かしい顔が並んで居た。
高校の頃の面影を残し、それぞれが年齢を重ね大人になっていた。
菅生ではなく、旧姓の浅木で呼ばれ、少し心がくすぐったい。
「久しぶり。渡部君は高校の頃より、体ががっしりしたね」
「あはは、太ったって言っていいよ。奥さんのメシが美味くて、つい食べ過ぎちゃって。頼りがいがあっていいだろ?」
「うん、幸せなんだね。ごちそうさま」
「渡部は、去年結婚したんだよ」
三崎君の言葉に私はうなずいた。渡部君は照れくさそうに笑いながら、三崎君の背中を叩く。
「三崎は、結婚式にも来てくれたもんな」
「アットホームで、いい結婚式だったよ」
「三崎も結婚したくなっただろ」
「俺のことは、放っといて。それより、座ってもイイかな?」
「あっ、悪い。そこ2つ空けてあるから座って」
私と三崎くんは、空いている席に隣り合わせに腰を下ろした。
今回の集まりには、渡部君の他にも斎藤君や山本君、神崎君が来ていた。
理系クラスはもともと女子が少ないのだ。
三崎君がコソッと耳打ちする。
「アルコール平気?」
近い距離、耳から入った声にソワソワと落ち着かない。
「うん、みんなビールにするのかな? それなら私もビールで」
お酒を飲む前から、なんだか頬が熱い気がする。
「乾杯 !」
久しぶり再会を祝してグラスを合わせる。
ゴクゴクと、美味しそうにビールを飲みほす友人たちは、昔の面影を薄っすら残し、すっかりアラサーのオッサンだ。
という事は、自分もオバサンになって居るのかも……!? そう考えるとチョット複雑な気持ち。
「時間が経つのって早いなぁ。みんな大人になっていて不思議な気分」
「浅木だって、高校の頃に比べたら、ずいぶん変わったよ」
そう言ったのは、向かいの席に座る神田君だ。
自分では、中身は成長していないし、見た目も垢抜けたとは言い難いと思っている。それなのに、ずいぶん変わっただなんて……。
まさか、オバサンくさい?
「高校の頃は、メガネだったから……。印象変わるよね」
オバサンと指摘されたく無くて、予防線を張る。
すると、横から三崎君の声が聞こえた。
「うん、印象が変わったよ。再会した時、直ぐに浅木だとは気がつかなかった」
「そうそう、私は直ぐに三崎君だってわかったのに」
少しふざけて不貞腐れたように言ってみると、三崎君は焦ったように言い訳をする。
「いや、苗字変わっていたし、綺麗な人だなって……」
「ナニナニ、苗字変わったとかって、浅木ってば結婚したの?」
神田君が目を丸くしている。
「うん、一昨年ね。同じ大学の人と」
「苗字は?」
「浅木から菅生になったんだけど、やっと慣れて来た感じだったのにね」
と言ってから、しまったと口を押える。
まるで、菅生で無くなり浅木に戻るような言い方になってしまった。
でも、幸い誰も気付かなかったのか、ツッコミが入るような事はなかった。
「なぁーんだ。マジ結婚してんのか。研究職の俺には貴重な女子との出会いだったのに! 高校の頃も浅木の事、いいなって見てたんだぜ。ショック!」
なんて、神田君が騒ぐものだから、みんなの視線が一斉に私に集まった。神田君がそんな風に思っていてくれて居たなんて、どうしていいのやら……。
「高校の頃から、陰キャで地味だったのに、いいなって思ってくれて居たなんて、少しは自信が持てそう」
最近は、深紅のバラのような華やかさを持つ、野々宮果歩と陰キャで地味な自分を比べて落ち込むと言うのをくり返していた私。
神田君の言葉が、例えリップサービスだとしても、嬉しく感じられた。
「美緒さんは、もっと自分に自信を持って良いと思うよ」
三崎君の言葉に、神田君がウンウンと首を大きく縦に振る。
「そうだよ。仕事もして、結婚もして、勝ち組に入る奴に陰キャはないだろう」
「勝ち組かどうかは良くわからないけど、自己肯定感を上げてくね」
確かに、バラの花が好きな人も居れば、引き立て役のカスミソウを好きな人も居る。例え、引き立て役であっても、その花にはその花の美しさがあるのだ。だから、いつまでも俯かないようにする。
「なあ、結婚生活を続ける上での秘訣ってある? 女性の視点から意見が欲しいんだ」
そう問いかけて来たのは、去年結婚したばかりの渡部君だ。
自分の結婚生活が今にも壊れそうなのに、秘訣なんて語れない。
「あはは、そんな秘訣があるなら、私こそ教えて欲しいぐらい」
「そこをなんとかっ!」
と、渡部君は両手を胸元でパチンと合わせ、なぜか私を拝み出した。
あまりに必死な様子に、夫婦ケンカの最中なのかなと邪推してしまう。
だから、自分の事を棚の高いところに押しやって、少しだけアドバイスを送る。
「んー、月並みだけど、パートナーに感謝を忘れないようにかな。些細な事でもありがとうって、感謝されたら嫌な気持ちしないもの。奥様に感謝の気持ちを伝えてあげてね」
「そうだな。何かやっても何も言われないと、やる気が失せるよな」
渡部君は良い助言もらえたとばかりに、目をキラキラさせている。
大した事は言っていないのに、ちょっと困る。
「うん、夫婦なんて、元は他人だったんだから、言葉にするって大事だよね」
私の言葉に、ウンウンとうなずく渡部君は、パートナーを大事にする良い旦那さんだと思う。
渡部君だったら、奥さんを裏切って泣かせたりはしないのだろう。
「独身の俺が言うのもヘンだけど、結婚ってお互いがお互いを支え合って行くものだと思うんだ。どちらか一方にばかり、負担になるようだと、続かないんじゃないかな」
「おっ、三崎の言う事にも一理あるな」
「オレんちは家事分担なんだけど、仕事が忙しいとなかなかねー。そうすると、奥さんから”妻は母親じゃありません”って、叱られちゃって」
そう言いながら、斎藤君はバツが悪いのか頬をポリポリと掻いている。
確かに、妻に母親の役割を求める男性は多い。
健治も家事分担の約束をいつの間にか反故にして、私がすべての家事を引き受けるようになっていた。
でも、いつも心の中に不満をため込み、健治に嫌われないように顔色を窺っては、斎藤君の奥さんのようにハッキリと意思表示をしていなかった。
夫婦なんだから言いたい事は言って、お互いの出来る事、出来ない事をすり合わせていれば、不満もたまらなかったはず。
それに、私には何をしても許されると、健治に軽んじられる事もなかったのかも……。
そんな考えに囚われている私の耳に山本君の声が飛び込んで来る。
「斎藤|家《ち》は共働きだろ。そりゃ、奥さん怒るって!」
思わず私は、そうだそうだと、強くうなづいてしまう。
すると、三崎君も同調してくれる。
「そうだよ。斎藤が仕事の後に家事をするのがキツイって思うなら、奥さんだって同じだろ。子供が出来る前に改善しないと、奥さんがワンオペで切り盛りしないと行けなくなる。そのうち、旦那が居ない方が楽だって気づいたら大変だぞ」
三崎君の結婚に対しての考え方が、私の考え方と似ているような気がして、そっと、横に居る三崎君を見つめてしまう。
するとその気配に気づいたのか、三崎君がこちらを向き、彼の優しい瞳と視線が絡んだ。
「今日は、みんなに会えて楽しかった」
「楽しんでもらえたなら、誘って良かったよ」
プチ同窓会も次回の開催を約束してお開きになった。
2次会が無いのは、幹事の渡部君が奥さんとの仲直りのためにそそくさと帰って行ったから。
それを笑顔で見送って、 それぞれが家路についた。
私は三崎君と一緒に大通りへ歩きだす。
ネオン煌めく夜の街。
ふわふわとした気持ちになるのは、きっとお酒のせい。
「せっかく久しぶりに会ったのに、相談会みたいになったよな」
「ふふっ。なんか、みんな色々言っていても、なんだかんだ幸せそうだったね」
「そうだな。急いで帰って行く渡部が、特に幸せそうだった」
絶対に仲直りするんだと言う気持ちが、伝わるような焦り具合で、渡部君は駅へと走って帰ったのだった。
「うん。渡部君、奥さんを大好きなのが滲み出ていて、ちょっと羨ましかったなぁ」
そう口にすると、ナゼか寂しさが一気に胸へ押し寄せて、鼻の奥がつんと痛くなる。
私も幸せな結婚をしたはずだったのに、何処で間違えたのだろう……。
その様子に気が付いたのか、三崎君の大きな手がスッと伸びて、寂しい私をなぐさめるように頭をクシャリと撫でる。
「渡部、幸せオーラ全開だったもんな。俺もいいなって思ったよ」
「うん……」
同調してくれる三崎君の優しさが、ジンっと心に沁みて、その腕に縋りたくなってしまう。
この気持ちに、名前をつけたなら……。
それは、世間的にみれば、きっと「浮気」になるのだろう。
既婚者の私が、夫以外の男性に気持ちが動くなんて、許されないはずだ。
もっと一緒に居たいとか、考えたらダメだと自分でもわかっている。
それなのに、このまま朝まで一緒に居たいと思ってしまう。
こんな邪な考えをしてしまうのは、きっと、お酒を飲み過ぎたせい。
「ふぅっ」と息を吐き出し、空を仰ぐと、ビルの隙間から暗い空が見える。
そして、暗い空には、一つの星が輝いていた。
「美緒さん、タクシー来たよ」
三崎君が手を上げ、タクシーを停めた。
「三崎君……」
もう少し一緒に居たい。その言葉を飲み込み、私はタクシーの後部座席に腰を下ろした。
「今日は誘ってくれて、ありがとう。すごく楽しかった」
「俺も楽しかった」
三崎君とは、また月曜日に会えるというのに、なんだか離れ難く感じて、じっと見つめてしまう。
「……おやすみなさい」
すると、三崎君の瞳が優しく弧を描く。
「やっぱり、送って行くよ」
そう言って、三崎君がタクシーに乗り込むと、なめらかにタクシーは夜の街へと走りだした。