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僕の存在を証明できる通行証を、初めて手にして感動していたけど、ふとあることに気づいて顔を上げた。
目を細めてずっと僕の髪を撫でていたリアムが、僕と目が合うと「ん?」と首を傾けた。
「どうした?」
「ねぇリアム…名前の最後にバイロンって書いてあるよ…」
「うん、それが?」
「僕の本当の名前はフィル・ルナ・イヴァルだ。王族だから最後に国の名前がつく。…ということは、リアムはバイロン国の…」
「あれ?言ってなかった?俺はバイロン国の第二王子だ」
「えー…」
僕は驚くよりも呆れて脱力する。
リアムの持ち物は高級品ばかりだし、高貴な者にしか現れない金髪だし紫の瞳だし、自信たっぷりだし、王を支える大臣の息子かなぁくらいに思っていた。だって王子が家来も連れずに他国を旅する?しないでしょ?大切な跡継ぎだよ?何かあったらどうするの。
そんなことを考えていたら、つい口に出してしまった。
「王子なのにリアムは一人で旅をしてたの?いいの?」
「いいの。王子といっても俺は第二王子だ。跡継ぎの兄には自由がないが、気楽な俺は好きなことができる。兄には悪いが…」
「でも家来も連れないで…」
「家来よりも俺の方が強いからな。連れて行くと邪魔になる。それに俺はあの城に…」
「なに?」
「あ、いや。なんか腹が減ってきたな。フィー、早く宿に行こう」
「そうだね。どこに泊まる?」
「当然、この辺りで一番高級な宿だ」
「ええっ?」
普通の宿でいいよと口を開く前に、リアムに抱えあげられてロロに乗せられてしまう。
僕が手綱を握ったのを確認すると、リアムも軽やかに馬に乗り「こっちだ」と走り出した。
「結局ほんとに一番高級な宿に来ちゃった。リアムがこういう所じゃないと休めないとかじゃなくて、僕のためなんだろうな…」
ブツブツと呟きながら全身を綺麗に洗って身体を拭き、ついでに風呂場に置いてあった香油も塗りこんだ。旅のせいか所々かさつく箇所ができていたからだ。
城にいた頃は、姉上の代わりとして常に綺麗にしていなければならなかった。だから毎夜、僕を男と知るラズールに香油を塗ってもらっていた。今はもう女のふりをしなくてもいいのだから、少しの肌荒れくらい気にしなくていい。だけどリアムの前では、綺麗な肌でいたいと思った。
「ん、いい香り…」
ベッドでうつ伏せになっていた身体を仰向けにして、腕の匂いを嗅ぐ。香油の花のような甘い香りがとてもいい匂いで、気持ちが落ち着く。
リアムが高級な宿を選んだのは、たぶん僕をちゃんと休ませるため。動けるようになったけど、まだ腹の傷が痛む時がある。リアムに心配をかけたくなくて「大丈夫だよ」と言ってるけど、リアムはわかってるんだ。だから「俺が泊まりたい」と言ってこの宿に来た。リアムは野宿だって平気だったのに。むしろ楽しそうだったのに。
「本当に優しい…。かっこよくて優しくて強くて、しかも王子だよ?きっと国ではたくさんの女の人に囲まれてたんだろうな」
ふ…と目を細めた僕の脳裏に、女の人に囲まれていたラズールの姿が浮かんだ。
そういえばラズールも人気があった。日に当たると青く光る黒髪で、少しつり目の大きな琥珀の瞳で見つめられると嬉しかったな。いつでもどこでも僕を見ていてくれて、安心したな。
「ラズール…今、幸せ?」
「その男の名は口にするな」
「リアムっ」
ズシリとベットが沈んで、リアムが隣に寝転ぶ。そして僕の方を向き肘を立てた手で頭を支えながら、空いた方の手で僕の頬に触れた。
僕の頬に触れる温かい手の上に僕の手を重ねる。リアムの顔がまるで子供のように拗ねてるから、僕はおかしくて吹き出した。
「ふふっ、なんて顔してるの」
「…面白くない」
「ラズールのこと?」
「またその名を口にした」
「ごめんね?」
僕が謝ると今度は眉尻を下げて困った顔をする。そして僕の頭を抱き寄せる。
「リアム?」
「俺の方こそごめん。フィーを突き放すような態度を取ったくせに他の奴の名を聞いて怒って…勝手だよな」
「ううん…嬉しい。国では僕のことを気にかけてくれる人なんて、ラズール以外いなかったから…。僕のことでそんな風にしてくれるの、嬉しい」
僕も遠慮がちにリアムの背中に腕を伸ばす。
するとリアムが「もっとくっつけよ」と言って、僕の頭にキスをした。
僕は頷いて腕に力を込める。リアムと身体が密着して体温が心地いい。
「眠いのか?」
「…こうしてると気持ちいい。安心する。僕、リアムにこうされるの、好き」
「フィー…おまえは色々と気をつけないと危ないぞ」
「なんのこと?」
少しだけ顔を離して見上げると、リアムが更に困った顔をしていた。
僕よりも大きな指で目の下を撫でられて、たまらず目を細める。僕の好きな紫の瞳が近づき鼻先にキスをされる。
「ん…」
「フィーはまだ、俺のことを好きかわからないだろ?なら不用心なことを言ったらダメだ。俺に襲われるぞ」
ふっ…と笑ったリアムの息が、僕の頬に当たる。それがこそばゆくて僕は肩を竦めて笑った。
「ふふっ、くすぐったい。大丈夫だよ。リアムは僕の気持ちを無視して襲ったりなんかしない」
「おまえな…」
「それにね、幸せな気持ちがどういうものかわからなかったけど、今こうしてリアムの腕の中にいるの、胸の中が温かくて気持ちいいんだ。これが幸せってことなのかな?」
「…俺はフィーが好きだ。だから触れたくて抱きしめてしまう。だが少しでも嫌だと感じたら突き飛ばしてくれていいんだぞ?」
「少しも嫌じゃないよ?」
「うっ…、俺は試されてるのか?」
「なにが?」
リアムが困った顔から凛々しい顔つきになって、僕の頬を両手で包んで見つめてくる。
あまりにも真剣に見つめられて、僕は恥ずかしくなり俯こうとする。でもリアムの両手がそれを許してくれない。
「はあ…おまえは本当に不用心すぎる。なあフィー、これは嫌か?」
「え…」
リアムの顔が近づき、僕の額と頬にキスをする。
ちっとも嫌な感じはなくて、むしろ触れる唇が柔らかくて気持ちがいい。そのことを素直に口にする。
「嫌じゃないよ…。リアムの唇は柔らかいね」
「はあ…ほんとに…」
「ん?」
リアムが俯いて何か呟いている。でもすぐに顔を上げて、今度は僕の唇にキスをした。