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それから一時間程経った頃、用事を済ませた由季くんが事務所へ戻って来る。
「ただいま戻りました」
「あ、由季くんお帰りなさい」
「ただいま、璃々子さん」
『お帰りなさい』と挨拶をすると、何故か少し驚いたような表情を浮かべる由季くん。
何かあったのかと思い『どうかしたの?』と言葉を掛けると、
「いや、何ていうかさ、事務所で璃々子さんに『お帰りなさい』って出迎えられるの、新鮮だなって。普段は啓介さんしか居ないからね」
なんて、笑いながら口にする由季くん。
「もう、由季くんたら。コーヒー飲む?」
「うん、お願い。啓介さんは?」
「打ち合わせがあるからって応接室に篭ってる。もう一時間くらいになるかな?」
「そっか」
会話を交わしながら、私はコーヒーを淹れる為にキッチンへ、由季くんは荷物を片付けてから手を洗う為か洗面所の方へ向かって行く。
そんな時、事務所のインターホンが鳴り響いた。
「……誰だろ。今日は来客予定、無いはずだけど……」
手を洗い終えた由季くんが不思議そうにインターホンカメラの前に立って相手を確認するも見覚えの無い相手のようで、首を傾げたまま。
希にアポ無しで直接来る依頼主もいるらしいので、その類だろうとひとまずモニター越しで応対する事にした由季くん。
すると、
「はい、どちら様でしょうか?」
『直接お伺いしてしまい申し訳ございません。私、小西 貴哉様の代理人、弁護士の石塚と申します。お話したい事がありまして、参りました』
訪ねて来たのは貴哉が雇った弁護士だった。
「――何故、杉野探偵事務所へ?」
「失礼ながら、小西 璃々子様について色々と調べさせていただいて、こちらの調査員、杉野 由季様と深い繋がりがある事が分かったので、ご本人様とお話をと思いまして」
「そうですか。少しお待ち頂いてもよろしいですか?」
「はい、それは勿論」
一旦モニターを切った由季くんは私に向き直ると、
「璃々子さんは奥に行ってて。ひとまず俺と啓介さんで話をするから」
私に奥に居るよう言うと、応接室のドアをノックして啓介さんに事の次第を説明し始めたので、私は言われた通り、奥の部屋に行っている事にした。
貴哉が雇ったという弁護士の石塚さん。
由季くんと啓介さんが対応してくれて、一時間程話をしてから相手は帰っていったのだけど、聞いた話によると、やはり貴哉に離婚をする気は無いとの事。
啓介さんが由季くんから報告を受け、貴哉が不倫をしていた事実について相手に話を聞いてみると、貴哉は素直にそれを認めただけではなく、暴力を振るった事についても申し訳なく思っていて深く反省しているというのだ。
不倫については相手に誘われて魔が差した事、暴力については仕事が上手くいかず、むしゃくしゃしていてつい手を上げてしまったのだと主張している。
何もかもが嘘だらけの主張に、深い溜め息が出る程呆れてしまう。
不倫についてはお互い好き合っているのは分かっているし、暴力についても仕事なんか関係無く、明らかに気分次第で手を上げてきたのに。
そんな嘘を並べてまで離婚をしたがらない理由……世間体が一番だとは思うけど、プライドが高く、謝ったりしない貴哉がわざわざ反省の意を示してくるとは、一体何を企んでいるのだろうか。
「とりあえず、今朝こちらの意見を纏めた書面を送った事を伝えて、それを確認したらまた改めて話がしたいと言っていたから、次の話し合いには雫も同席させるよ」
「あの弁護士、雫さんの話によると、金で動く男らしい」
「お金で動く?」
「金さえ払えばどんな事でもする、弁護士仲間からも嫌われてるって雫は話してたな。相手の男はタチの悪い弁護士を雇ったもんだな、本当に」
その話を聞いた私は、いかにも貴哉らしいと思った。
とにかく自分が有利になるような状況に持っていく為に、そういう人間を雇うのだと。
「しかし、プライド高いのは分かってたが、そうまでして離婚を拒む理由は何なんだろうな」
煙草に火を点けながら、啓介さんは言う。
それは私も知りたい。
「俺が思うに……アイツはこれからの自分の人生を考えると、やっぱり璃々子さんと別れる事はマイナスにしかならないと考えてるんじゃないかな?」
「え?」
「そんなの今更だろ? 取り繕うくらいなら初めから不倫も暴力もしなきゃいい。それなのに金のかかる弁護士まで雇って離婚を拒むっつーのが理解出来ねぇな。頭悪過ぎだろ」
「いやまあ、それはそうなんだけど……アイツとしては、こうなるのは想定外だったんじゃないかなって思うんだ」
「どうして?」
由季くんの言った、私と離婚する事がマイナスにしかならないのは分からなくもないけれど、こうなる事が想定外というのは少し納得がいかなくてそれが何故なのかを問い掛けると、
「謝罪までしてきたところを考えると、内心相当焦ってると思う。アイツは既に璃々子さんを支配下に置いていると高を括ってたんじゃないかな。璃々子さんの性格的にも、まさかここまで自分に逆らったり、自ら弁護士を雇うなんて考えてもみなかったんだよ、きっと」
そんな仮説を立ててきた。