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「瞳子さん、お昼はどこで誰に会っていたのですか?」
黒川さんと別れて会社に戻ると、エントランスのソファーに朝倉くんが座っていた。
私の姿を見つけるなり、すっと立ち上がる。
そして、私の行く手に立ちはだかった。
「銀行に用事があって……」
私は短く答えた。
すると、朝倉くんの顔がさらに険しくなる。
腕まで組み始めた。
「十三時から十四時まで、時間休を申請していましたよね。この時間、一体何をしていたのでしょうか?」
私は目を丸くして、それからじっと彼を見つめた。
「……スケジューラーで調べたのね」
相変わらずの監視魔だ。
「当たり前です。瞳子さんが突然、理由もなくいなくなるんですから」
不機嫌そうな顔をしている。
でも、よく考えれば当然かもしれない。
私は彼に何も告げず、秘密で黒川さんと会ってきたのだから。
(言うなら、今だ)
私は表情を引き締めた。
「……実は、黒川さんと会っていたの」
「黒川と?」
朝倉くんの腕が、ぱっと解かれた。
「なぜ、瞳子さんが二人で会う必要があるのですか?」
さっきまでの不機嫌さとは違う。
明らかに動揺している。
「来社された時、美麗さんが忘れ物をされてね」
私は説明しながら、職場へ向かって歩き出した。
すると、朝倉くんもすぐに私の真横についてくる。
「忘れ物を届けただけですか?」
「あと……朝倉くんを実家に連れてきてほしいと頼まれたわ」
「黒川もしつこい。関わるなと伝えたのに」
吐き捨てるような言い方だった。
(そこまで母親を拒絶する理由は、いったい何なの?)
私は足を止めた。
「瞳子さん?」
朝倉くんも立ち止まり、私の顔を覗き込む。
私はそんな彼を見上げた。
口角が下がり、不満そうな顔をしている。
だからこそ、私はあえて満面の笑みを浮かべた。
「朝倉家には、私一人で挨拶に行ってくるわ」
「……瞳子さん一人で?」
「そうなの」
私はわざと間を置いた。
「だって、朝倉くんが絶対に見られたくない写真を、黒川さんに見せてもらう約束だから」
その瞬間だった。
朝倉くんの表情から、すっと色が消えた。
「…………なんの……写真ですか?」
声まで微妙に震えている。
これは、かなり心当たりがあるらしい。
数秒、わざともったいぶってから答える。
「朝倉くんの、富士登山の写真よ」
「──────────」
朝倉くんは瞬きもしなかった。
ただ、私を見つめたまま完全に閉口している。
(やっぱり……無反応だわ)
私は少し拍子抜けした。
(黒川さん、やっぱり写真はネタとして弱すぎたみたいです……)
肩を落としかけた、その瞬間。
朝倉くんの頬が、ピクリと引きつった。
「ダメダメダメッ!! ぜーったい、ダメです!!!」
「えっ?」
突然、取り乱した朝倉くんが私の腕を掴んだ。
顔はだいぶ青ざめている。
「それは絶対に見せません!!」
「……そ、そんなに見せたくない写真なの?」
いつもは何が起きても冷静な彼が、たった一枚の写真でここまで動揺するなんて。
黒川さんの言っていた通りだった。
むしろ、ここまで必死になられると、怖いくらいだ。
(いったい、どんな写真なのよ! 逆に気になるじゃないのっ)
朝倉くんは毛を逆立てた猫のように、私へ詰め寄ってくる。
「僕も一緒に行きます!」
「え?」
「だから、絶対にあの写真だけは見ないと誓ってください!」
「う、うん。わかった……」
私は思わず頷いた。
(簡単に約束、取れちゃったよ……)
あまりの呆気なさに、私のほうが驚いてしまう。
ようやく朝倉くんが私の腕を離した。
すると彼は胸元からスマホを取り出し、くるりと踵を返す。
「瞳子さん、先に戻ってください。僕は黒川に文句を言ってきます!」
「え、ちょっと……」
呼び止める間もなく、朝倉くんはむすっとした顔でエントランスを出ていった。
私は生返事をしながら、その背中を見送る。
(あの朝倉くんに、実家へ行くことを了承させた……)
あまりにもあっさりしていて、拍子抜けしてしまう。
(さすが黒川さん。仕事ができる執事だわ)
弱い交渉カードだと思っていた「禁断の写真」の威力は、私の想像をはるかに超えていた。
(焦っている朝倉くん、可愛かったな……)
思わず頬が緩む。
見ないと約束したけれど、黒川さんにお願いして、こっそり見せてもらおうかな。
あれほど朝倉くんが必死になる写真なら、どんな顔で写っているのか、どうしても気になってしまう。
何はともあれ、私たちは朝倉家へ結婚の挨拶に行けることになった。
美麗さんが私たちの結婚を許してくれるとは限らない。
それでも、私は筋を通したかった。
そして、もう一つ気になっていることがある。
美麗さんは、何か大きな問題を抱えている。
美麗さんの側近である黒川さんが、あれほど必死になって私にメッセージを伝えてきたのだ。
それを見なかったことには、どうしてもできなかった。
きっと今の朝倉家では、私たちの結婚話よりも深刻な何かが起こっている。
私はそう思いながら、朝倉くんが消えていったエントランスを見つめた。
湊未来
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夏目莉央
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