テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「おい、また来たよ、“お人形さん”。」
朝の教室。
いつものように机に座ろうとした○○の足元 に、水の入ったバケツが仕掛けられていた。 制服の裾がびしょびしょになる。
笑い声が上がる。
「相変わらず無表情で気持ち悪いんだよ」 「ねえ、なんで来るの? いなくなればいい のに」
何も言い返せなかった。 言葉は全部、喉の奥で固まって、声にならな かった。
学校では、○○は“空気より透明”な存在だっ た。
でも、見つけ出されて、壊される。 机の中に入れられる汚いゴミ、 トイレの壁に書かれる落書き、 机の上の消された名前。
「うちに帰れば大丈夫」 そう、何度も心の中で繰り返す。
だけど、心はもうずっと前から崩れかけてい た。
昼休み、トイレの個室に閉じこもって、袖の 下の傷跡に爪を立てる。 生きている感覚が、そこにしかない。
「ただいま…」
小さな声で玄関を開けたとき、リビングから 顔を出した遥楓が「おかえり」と笑った。
「おかえり。今日、夕飯はカレーにしたよ。 ○○ちゃん、辛いの大丈夫だっけ?」
○○は、小さくうなずいた。
○○は、小さくうなずいた。
「うん….. ありがとう」
笑ったふりをしたけれど、心は全然追いつい てこなかった。
ズボンの裾はまだ少し濡れていて、足元が冷 たい。
誰にも言えなかった。 言ったら壊れてしまいそうで。
ご飯のあと、遥楓はふと思いついたように言 った。
「今週末、海に行かない? ドライブも兼ね て。最近、空気が重いからさ」
「……海?」
「うん。行きたくなかったらもちろんいいん だけど」
「…… 行きたい 」
遥楓は、にっこり笑った。 「よし。じゃあ、早起きして出発しよう」
その笑顔を見て、○○はほんの少しだけ、体 から力が抜けた。 学校では壊れていく一方なのに、この家では 少しだけ“安全だった。
けれど、次の日。
○○の袖の下には、新しい傷が増えていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!