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マッドハッター 〜 サーカス団 内部にて 〜
白幻の森で、起きたことと経験したことをタイプライターで記録していく。部屋の中でタイプライターの機械音だけが鳴り響く。スパイキー達はシモドリとの別れの後、窓の外から見える白幻の森を見て黄昏れている。
本人たち曰く、<声>が聞こえるらしいのだが、私やクロウ達にはただのそよ風の音しか聞こえない。
出会ったときから、スパイキー達には何やら不思議な力と慈しみが人一倍…、いや。魔物一強いようだった。私が言えたことではないが、このサーカス団の団員たちは元々血の気が多かったり、考え方、価値観の違うおかしな輩がいる。
その中で、唯一。嘲笑うだけでなく慈しむのはスパイキー・スパイクだけだ。
「喜劇と悲劇の道化師、か。」
私はぽつりと呟いて、机の上にある飲みかけの酒瓶を軽くラッパ飲みした。強いアルコールが喉を焼くように通り過ぎていく。口の中にほのかに残る苦みが広がった。
「ハッター! 雪だよ!!」
ノックもせずにいきなり部屋のドアを勢いよく開けてきたスパイキー達。やれやれ、と思いつつ外に出る準備をする。今日、私達はこの白幻の森を立つ。その前に雪が降ったら最後に森を散歩する約束をしていたのだ。
「あまり離れるなよ。」
子どものようにはしゃぐスパイキー達を見ながら、私は降ってきた小さな雪の粒を片手ですくい取った。スパイキー達も私の真似をした。だが、私の手に落ちた雪は溶けず、スパイキー達の手に落ちた雪は簡単に溶けていってしまった。
「…お前は温かいんだな。」
「え?」
「いや、なんでもない。さ、帰るぞ。」
次に白幻の森を訪れるのは来年になる。それまで、しばしの別れを。
私達の別れを惜しむように風が吹いて、私達の顔を撫でるように森の奥へと吹いた。
さようなら、冬の彼方でまた、会おう。