ナジュ父がずんずんと歩いている。まずは村の中にいくつか仕掛けを置き、村の周りに向かおうとしているところだった。彼は偶然知り合い2人と出会う。
「あ、げん……き……」
「あぁ、おはよう」
知り合いの1人は何の気なしに挨拶をしようとして声を掛けると、ナジュ父が振り返った瞬間に彼のあまりの気迫に2人とも固まる。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
知り合い2人は斜め45度のビシッとしたお辞儀をする。ナジュ父はそれに構うわけでもなく、歩みを止めずにずんずんと進んでいった。
「……親分、どうしたんですかね」
「さあな。だが、昔の親分に戻ったようだな。思わず昔みたいに挨拶しちまったよ」
知り合いはナジュ父を親分と呼んだ。
「あー、若かりし頃、当時の魔王たちの5人ほど一撃で半殺しノックアウトにしたって凶鬼伝説のときくらいですかね」
「あぁ……いや、あの時よりも形相がやべぇな。鬼のような形相ってのは、俺たち鬼族が怒った時に他の部族から見て恐怖の対象だったからだが、今の親分の形相は鬼の俺らでもビビり散らかすわ」
「たしかに心臓が止まりそうでした。つか、一瞬止まってしまいました」
「あの様子じゃ、相手を半殺しどころか挽肉にしかねない。一体、誰が何をやったんだか」
「一族郎党根絶やしにする顔つきでしたね。ちょっと奥さんとこ行って聞いてきます」
「じゃあ、俺は昔の仲間呼んでくるわ。広場に集合な」
そうして知り合いの2人はそれぞれが行動し、ナジュ母から話を聞いた男は急いで戻り、集まった10人弱の仲間に事の顛末を話す。すると、全員が一度家に戻った後、重装備で集まり、ナジュ父の向かった方へ走り出す。
その後、村の外には低姿勢で動き回るナジュ父がいた。かなり地味ではあるが、手際よく蛇を見つけては1匹1匹を漏れなく狩っているようだ。
「親分」
「もう親分ではない」
ナジュ父はただ一言、そう返す。視線はどこかにいるであろう蛇の方に向いており、知り合いとは目も合わせる気がないようだ。
「水臭いですよ。何年掛ける気ですか、俺らも手伝いますわ」
「要らん。自分たちの仕事に戻れ」
知り合いたちはお互いに顔を見合わせる。そして、ふと笑った。
「はいはい。要らんのですね? じゃあ、一緒にじゃなくて、こっちも勝手にやらせてもらうだけですわ」
「……勝手にしろ」
ナジュ父はやはり視線は変えずに、諦めたかのようにゆっくりとそう小さく呟いた。
「おー、聞いたか? みんな、勝手にやるぞー! 目標は蛇なら全部だ! 全部、狩れ!」
10人弱の屈強な男たちは一斉に雄叫びを上げた。今から合戦でも始まるかのような気合の入れ方だ。
「……ありがとう」
そして、ナジュ父を含む全員が日曜以外の全ての時間を蛇狩りに当てた。時には数百年を生きた大蛇とも戦ったが、もはや修羅と化したナジュ父の敵ではなかった。数か月も経った頃には、村はもちろん、四方にある山や川でさえも蛇を見かけることはほぼなくなった。
もちろん、蛇の被害はなくなった。蛇がいなくなったことでカエルやネズミなどの小動物が一時的に増えてしまったが、蛇以外の捕食者も増えたことで順繰りに調整していった。
仕事の調整も大変だった。男手が一時的にでも激減した結果、村人どうしで協力して、何とか本来の畑仕事などをこなした。この間にナジュ母が頭を下げた回数は数えきれない。だが、誰一人として責める者はいなかった。
これは本当に身勝手な行為に間違いなく、決して褒められないことであり、非難されるべきと言われても仕方ないことである。ただ、ナジュ父の意志は鋼よりも固く、そして、遂行できるほど粘り強かった。
「お父さん! お帰り。遅かったけど、また何をしていたの?」
「少しな」
ナジュ父は、畑仕事の始める前と終わった後に村に仕掛けた仕掛けを確認することが日課になった。ナジュミネは蛇のことを思い出すと震えるようになり、完全にトラウマだ。だから、ナジュ父は絶対に怠らない。
「お父さん、最近、少しな、ばかりー。教えてよー」
「少しな」
「もうー」
ナジュミネの質問にまともに答える雰囲気はなく、ナジュミネが仕方なく折れる形で話が終わる。
「うふふ。そういえば、ナジュの魔力と膂力がね、かなり高くなったみたいなの」
「そうか」
「鬼族は死の淵から戻ってくると強くなるって噂もあるけど、本当かしら?」
「どうだろうな」
ふと、ナジュ父は昔の過酷な修行を思い出す。
「いつか、お父さんを倒せるくらいに強くなるからね!」
「そうか」
ナジュ父はポンと軽くナジュミネの頭に手を当てた。
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