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伊織
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翌日。会議室の扉の向こうから、カイル殿下と高官たちの声が聞こえていた。
「やはり食料配給を増やすしかないのでは?」
「しかし、それでは国庫が持たん!」
「だからといって放置もできない!」
堂々巡りの議論が続く中――。
カツン、カツン。ヒールを鳴らして入室する。
「お待たせいたしましたわ」
カイル殿下の隣まで歩き――。
ドサッ!!
抱えていた資料の束を机へ置いた。
「……何だ、それは」
「事業計画書でございますわ」
1枚目を広げる。
「まずは5000人のうち500人を対象に、1か月間の職業訓練を実施します。期間中の食事、教材、作業着は――全部無料よ」
「食事まで!?」
財務大臣が目を見開いた。
「そこまでする必要がございますかな?」
「必要ですわ」
即座に言い切る。
「今日のパンにも困る人へ『1か月勉強しに来なさい』と言って、誰が通いますの? 途中で脱落されたら――投じた費用が、全部無駄になるでしょう?」
「そこまで民の生活に寄り添っておられたとは……」
(いや、投資効率の話なんだけど)
次のページをめくる。
「コースは事務、調理、清掃の3つ。そして――学校と託児室も併設します。幼い子を家へ残したまま、親だけ毎日訓練へ通わせるわけにはいかないでしょう?」
「学校まで!?」
大臣たちが顔を見合わせる。
「親が仕事を学んでいる間、子どもは隣で読み書きと計算を学ぶ。制服、教材、給食も無料よ」
私は資料を指で叩いた。
「調理コースは施設内食堂を運営。実習で作った料理を、訓練生の昼食と子どもたちの給食へまとめて提供します」
「なるほど……!」
「清掃コースは、実習を兼ねて施設や貧民街の道路を清掃」
「人件費を抑えながら、食事を提供し、街の衛生まで改善できると……!?」
「その通りですわ。大人には仕事を。子どもには教育を――それが、この事業の基本方針ですわ」
「し、しかし妃殿下!」
一人の大臣が手を挙げる。
「食堂、学校、託児室まで整備するとなれば、1000万ルクでは到底足りませんぞ!」
「ご心配なく」
待ってましたとばかりに、次の資料をめくる。
「食堂と訓練施設には、撤退した大手商会の倉庫を再利用します。昨日、80万ルクで買ってまいりましたわ」
「80万!?」
「底値ですわ」
「い、いつの間に……」
「そして、必要な増築部分の工事には――皇室騎士団を使いますわ」
「…………は?」
会議室が凍りついた。
「ああ」
横から、カイル殿下が平然と口を開く。
「俺が許可した」
「で、殿下まで!?」
「毎日重い剣を振り回して走り回っている屈強な集団ですもの」
私は優雅に微笑んだ。
「資材を運ばせたところで、訓練内容が少々実践的になるだけでしょう?ギルバート団長たちの防御魔法で、魔法コンクリートを急速硬化させます」
「国家最高峰の防御魔法を土木工事に!?」
「使えるものは使わないと損でしょう? 騎士団は既存戦力ですから――建設要員の追加人件費は、ほぼゼロ! 浮いた予算はすべて『人』へ投資いたします」
「……人へ」
最年長の大臣が、目頭を押さえた。
「今日のパンを与えるだけでなく、自分の手で明日のパンを買えるようにする……なんという……なんという慈愛……!」
(このおじいちゃん、めっちゃ泣いてるんだけど!……)
「さて」
私は次のページを開いた。
「では、投資回収の話ですわ」
試算表を示す。
「第一期500人。目標就職率は70%――350人。平均月収20万ルク、所得税10%と仮定すれば……」
財務大臣が数字を追う。
「……単純計算で、月700万ルクの税収。訓練期間を除いて5か月稼働すれば、最大3500万ルクですわ」
「3500万ルクの税収!?」
「さらに、企業の人手不足解消による法人税増。衛生改善による医療費削減。治安が良くなれば、商業の活性化も見込めますわ。――稼げる人間を増やして、国庫へ戻す。これほど利回りのいい救済が、ほかにございまして?」
「……異議なし!」
「全面的に採用だ!」
「必要な人員と物資を、ただちに手配しよう!」
割れんばかりの拍手が、会議室を包んだ。
(勝ったわ……! これだけ国庫を潤わせれば、今度こそ1000万ルクのボーナスをもぎ取れるはずよ!)
「……ソフィア」
ふと隣を見ると、カイル殿下がじっとこちらを見つめていた。いつもの涼しい無表情。けれど、瞳がほんの少し潤んでいる。
「大人には仕事を、子どもには教育を、か。……そうか」
それだけ言って、会議机の下で私の手を取った。ぎゅっ。
(……えっ?)
指先を絡められる。
「お前は……俺が思っていたより、ずっと大きな未来を見ているんだな」
手を、なかなか離してくれなかった。
一方、私の瞳の奥に映っているのは――。
(ボーナス! ボーナス! 金貨の山♡)
黄金に輝く金貨の幻影だけだった。
こうして、悪女による「貧民街再生プロジェクト」が幕を開けた。
――この時。騎士団宿舎で束の間の休息を満喫していたギルバートたちは、まだ知らない。
自分たちの次の訓練場所が――地獄の建設現場になることを。
コメント
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ひよりさん、第37話読み終えました! ソフィアの事業計画、めちゃくちゃ緻密で驚きました…「投資効率」と言い張りつつ、大人に仕事・子どもに教育をセットで回す設計、本気で貧困を終わらせようとしてるのが伝わってきます。会議室を黙らせる手腕が気持ちいい! それ以上にときめいたのが、机の下で手を絡めてきたカイル殿下。「大きな未来を見ている」って一言が、彼の静かな信頼を感じさせて…一方でソフィアの頭の中は金貨の山(笑)その温度差がもう愛おしいです。騎士団が次に知る「地獄の建設現場」にも期待が高まります…!