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✦ シーン44(夢:影が再び手を伸ばす/選択の直前)
眠りに落ちたはずなのに、
意識はすぐに“あの森”へ沈んでいった。
足元の土は柔らかく、空気は冷たく、
風は吹いていない。
昨日と同じ森。
でも、どこか違う。
静けさが深い。
まるで森そのものが、姫子の到来を待っていたかのように。
姫子はゆっくりと歩き出した。
胸の奥が、現実と同じように脈を打つ。
(……また、ここ)
光が揺れた。
森の奥で、昨日よりも強い光。
その中心に──
影が立っていた。
輪郭は、もうほとんど人の形。
姫子が近づくと、
影も一歩、姫子へ踏み出した。
距離が縮まる。
胸の奥の脈が強くなる。
影が、
静かに口を開いた。
「……来たんだね」
姫子は息を呑んだ。
「……呼んだのは、あなたでしょう」
影は少しだけ沈黙した。
その沈黙が、
肯定の形をしていた。
「来てほしくなかった。
でも……来てほしかった」
矛盾した言葉なのに、
姫子の胸にはすっと入ってきた。
「あなたは……誰なの?」
影は答えない。
ただ、姫子を見つめる。
その沈黙が、名前の形をしている。
姫子は一歩近づいた。
「森川さん……なの?」
影の輪郭が揺れた。
否定でも肯定でもない。
でも、胸の奥が強く脈を打った。
影が、ゆっくりと手を伸ばした。
「……触れたい」
その声は、
胸の奥に直接触れた。
姫子は震える声で返した。
「触れたら……どうなるの?」
影は静かに言った。
「君が……僕の中に入ってくる。
そして……僕も、君の中に」
姫子は息を呑んだ。
(……きのこちゃんが言ってた)
──触れたら戻れなくなる。
影の手が、
姫子の指先に触れそうになる。
その瞬間。
「姫子ちゃん、だめ!」
きのこちゃんの声が、森の静けさを切り裂いた。
姫子は振り返る。
きのこちゃんは、
昨日よりもずっと必死な顔をしていた。
「触れたら……本当に戻れなくなるよ!」
姫子は影を見た。
影は動かない。
ただ、姫子を見つめている。
「……戻れなくなるって、
どういう意味なの?」
きのこちゃんは姫子の手を掴んだ。
その手は小さいのに、
驚くほど強い。
「姫子ちゃんの“現実”が薄くなるの。
影に触れたら、
夢の方が本物になっちゃう」
姫子の胸が震えた。
「……でも、
あの人は……私を呼んでる」
影が静かに言った。
「来てほしい。
でも……来てほしくない」
姫子は影を見つめた。
「……どうして?」
影は答えなかった。
ただ、姫子に手を伸ばしたまま、
静かに揺れていた。
きのこちゃんが言う。
「姫子ちゃん。
次に影が手を伸ばしたとき、
姫子ちゃんがどう動くかで決まるよ」
影が、
もう一度、手を伸ばした。
姫子の胸が強く脈を打つ。
(……選ばなきゃいけない)
森の空気が震えた。
影の輪郭が光の中で揺れた。
姫子は息を吸った。
選択の瞬間が、ついに来た。
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