テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◇◇◇◇
レオニスがノクスグラートを発つと聞いたとき、フェンは正直ほっとしていた。
王が去れば、城壁の空気も少しは軽くなる。
それに何より、セレナがいる。
白の魔女セレナ。
彼女に命を救われたのは、一度や二度ではない。
呪いに侵された仲間を助け、傷だらけの兵を治し、文句ひとつ言わず夜通し働いた。
ノクスグラートの衛兵で、彼女を嫌う者などまずいない。
フェンも、その一人だった。
いや、それ以上だった。
だからこそ、聞いた瞬間、胸が冷えた。
「……は?」
帰還の日、ノクスグラートに広まった報せ。
セレナも共に、バリスハリス王城へ向かう。
レオニスの客人として。
胸の奥が、ざわつく。
王の客人。
それはつまり、王の手の届く場所に行くということだ。
面白くない。
まったく、面白くない。
出立前の式典。
広場には兵と民が集まり、魔物討伐の功労者が一人ずつ名を呼ばれる。
「フェン」
名を呼ばれ、前に出る。
片膝をつき、頭を垂れる。
「見事だった。望む褒美を言え」
簡易的な玉座の前で立つレオニスは、王の顔をしていた。
堂々とした声。揺るがぬ威圧。
フェンは一瞬、視線を横へ向ける。
少し離れた場所で、セレナが困ったように拍手していた。
自分のことのように、嬉しそうに。
その笑顔が、胸を締めつける。
「……陛下」
「言え」
フェンは顔を上げた。
「俺も王城へ連れて行ってください」
ざわざわ、と空気が揺れる。
レオニスの目が細くなる。
「理由は」
「俺はまだ、セレナに恩返しをしていません」
真っ直ぐな声だった。
飾らない。取り繕わない。
だが、その視線は一瞬だけセレナへ向く。
柔らかく。
守るように。
レオニスは、それを見逃さなかった。
「セレナか」
空気が変わる。
王の瞳が、わずかに冷える。
「……そうか」
鋭い声。
だが口元は、わずかに笑っていた。
「受けて立とう」
静かに、挑むように。
フェンの背筋がぞくりとする。
二人の視線がぶつかる。
火花が散る。
王と兵。
間に流れるのは、無言の宣戦布告。
『俺の女に触れるな』
言葉にしなくても、伝わる圧。
フェンも引かない。
守りたいと思った。救われた恩以上に、隣に立ちたいと願ってしまったから。
広場の空気がぴりりと張り詰める。
その中心で。
「……?」
セレナだけが、小首を傾げていた。
「フェンも来てくれるの? それは心強い」
にこり、と笑う。
何も知らない。
何も気づかない。
その無垢さが、さらに火に油を注ぐ。
レオニスはゆっくりと椅子に座った。
「良いだろう」
フェンは頭を下げる。
「はっ」
視線だけは逸らさない。
式典は再び進み始めた。
だがその日、ノクスグラートを出る隊列には、見えない火種がひとつ増えた。
そしてセレナだけが、最後まで気づかなかった。
自分を巡って、男たちが本気で張り合っていることに。