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王都へ向かう馬車は、ゆるやかに石畳を刻んでいた。
窓の外では、ノクスグラートの城壁が小さくなっていく。
向かいに座るレオニスは、腕を組み、どこか落ち着かない様子で外を見ている。
その向かいで、セレナは膝の上に手を揃え、にこやかに微笑んだ。
「皆さん、本当にお優しくて……ノクスグラートを離れるのが少し寂しいです」
「……そうか」
短い返事。声が硬い。
「フェンも王都に来てくれますし、あの方、本当に真面目で、怪我人の手当てもよく手伝ってくださって」
レオニスの眉がぴくりと動く。
「ほう」
「魔物討伐のときも、真っ先に前に出ていて。勇敢で、誠実で……みんなから慕われているのも納得です」
無垢な賛辞。
悪意は一欠片もない。
だが。
「……やけに詳しいな」
「はい? ええと、よくお話ししましたから。ノクスグラートのことも教えてくださって」
ガタン、と馬車が大きく揺れる。レオニスが足を組み直し、視線を真正面からセレナへ向けた。
「楽しそうだな」
「はい、とても」
セレナの即答に、沈黙が落ちる。
馬車の車輪の音だけが響く中、レオニスはふっと息を吐いた。
「……他の男のことを話すな」
「え?」
きょとん、とセレナは首を傾げる。
「王の前で、別の男を褒めちぎるとはいい度胸だ」
「褒めちぎってなど……事実を申し上げただけです」
「それが余計だ」
レオニスの声は低い。だが頬はわずかに赤い。
セレナはしばらく考え込み、それからぱっと顔を上げた。
「では、陛下のお話をいたしましょうか?」
「……は?」
陛下は、強いだけではありません。戦場では誰よりも先に前に出て、けれど無謀ではなく、必ず帰ってこられる。あの背中は、みんなの希望です」
「……」
「兵たちの名前を覚えていらっしゃるでしょう? 怪我をした者の家族のことも。あれは、簡単なことではありません」
レオニスの視線が、わずかに揺れた。
「王である前に、一人の人として誠実であろうとなさる。私は、それが何より尊いと思います」
「セレナ」
「それに――」
彼女は少しだけ身を乗り出す。
「陛下は、誰よりも国を愛しておられる。だからこそ、私に『国を見せたい』とおっしゃったのでしょう?」
レオニスの喉がわずかに鳴る。
「……あれは、」
「私は、あの言葉がとても嬉しかったのです」
セレナの声は、柔らかく、けれど迷いがない
「待て、セレナ」
名前を呼ばれ、セレナは口を閉じる。
レオニスは片手で額を押さえ、深く息を吐いた。
「お前は……」
「はい?」
「無自覚というのは、罪だな」
「何のことでしょう?」
本気で分かっていない顔。
レオニスは席を詰め、セレナの手首をそっと掴んだ。逃がさないように、だが強くはない。
「俺をそんな目で見るな」
「そんな目……?」
「俺が勘違いする」
静かな告白。
セレナの頬が、ようやく染まる。
「陛下が、何を勘違いなさるのですか?」
それでもなお、無垢に問いかける。
レオニスは一瞬だけ目を閉じ、観念したように笑った。
「……お前が、俺のものだと思ってしまう」
馬車の中の空気が、甘く張りつめる。
セレナは小さく瞬きをして、そして。
「それは、いけないことなのですか?」
無自覚の、とどめ。
レオニスの理性が、音を立てて軋んだ。
「少し黙ってくれ」
「はい?」
レオニスは髪をかきあげ、手で顔を隠した。馬車は王都へ向かって進み続ける。甘く、危うい距離を乗せたまま。