テラーノベル
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冷たい雨が、ネオンに彩られた近未来都市「ネオ・ピーチ」の路地裏を濡らしていた。
ゆあんは愛銃のグリップを握りしめたまま、壁に背を預けていた。心臓が早鐘を打っている。息を吸い込むたび、胸の奥が引き裂かれるように痛んだ。
対テロ特殊治安部隊「カラフル」。それがゆあんの所属だ。市民をテロから守る正義の味方――そのエースと呼ばれるゆあんには、背中を預け合える唯一無二のバディがいた。
うり。
寡黙で、合理的で、射撃の天才。戦場では常に冷徹だが、不器用な優しさで何度もゆあんの危機を救ってくれた、実の兄のような存在。
『全部隊へ。スパイ――コードネーム「黒音」を視認。ただちに確保、抵抗せよ』
通信機から流れる冷酷な音声が、ゆあんの淡い希望を無慈悲に打ち砕いた。部隊の最高機密データを盗み出した犯人は、やはりうりだった。
「なんでだよ、うり……!」
ゆあんは飛び出した。激しい雨の中、薄暗い廃棄工場の最上階へと駆け上がる。
鉄扉を蹴り開けると、そこにはホログラムPCからデータを引き抜き終えたうりが立っていた。いつもと変わらない、端正で冷たい横顔。
「そこまでだ、うり!」
ゆあんは銃を構えた。銃口が、かつての相棒の胸を捉える。うりはゆっくりと振り返り、ゆあんを見た。その瞳には、一切の動揺も、申し訳なさもなかった。
「遅かったな、ゆあんくん」
「嘘だと言えよ! お前がカラフルのスパイだったなんて……俺たちと過ごした時間は、全部偽物だったのか!?」
ゆあんの声が震える。うりはふっと冷たい笑みを浮かべ、自身の銃をゆあんへ向けた。
「偽物に決まっているだろ。お前たちの『お正義ごっこ』に付き合うのは退屈だった。俺の任務は、この組織のデータを手に入れること。お前はそのための、都合のいい盾なんだよ。」
「うり……ッ!」
引き金にかかったゆあんの指が躊躇する。しかし、うりの指に躊躇はなかった。
――乾いた銃声。
ゆあんの右肩に衝撃が走り、その場に崩れ落ちた。痛みが走るが、急所は完全に外れている。うりほどの狙撃手が、この至近距離で外すはずがない。
だが、うりは冷酷に言い放った。
「動くな。次はお前の眉間をぶち抜く」
うりはデータを懐に収めると、割れた窓から雨の夜空へと飛び降り、闇に消えた。ゆあんは肩を血で染めながら、ただ叫ぶことしかできなかった。
◇それから三日後。ゆあんは謹慎処分を無視し、単独でうりを追っていた。
うりが残したわずかな痕跡――それは、かつて二人で「もしもの時の合流場所」と決めていた、旧市街の廃教会だった。
ギィ、と重い扉を開ける。
祭壇の前に、うりが一人で座っていた。すでに傷だらけで、息が荒い。
「しつこいな、ゆあんくん。殺されに来たのか」
「理由を教えてもらうまでは、死ねない」
ゆあんが銃を構えたその時、教会の天井が爆音とともに崩落した。降り注ぐ瓦礫。煙の中から現れたのは、反政府組織ではない。ゆあんたちの所属する「カラフル」の、上層部直属の暗殺部隊だった。
「スパイのうり、および反逆者ゆあんを処分する」
暗殺部隊の放った容赦ない銃撃が、二人を襲う。
「しまっ――」
ゆあんが身を固くした瞬間、うりが猛烈な勢いでゆあんを突き飛ばし、代わりにその身に数発の弾丸を浴びた。
「ガハッ……!」
「うり!?」
ゆあんはうりを抱き抱え、礼拝堂の柱の陰へと滑り込んだ。なぜ、裏切り者であるはずの自分を庇うのか。血を吐きながら、うりは力なく笑い、ゆあんの手に一枚のデータチップを握らせた。
「これを見ろ……ゆあんくん」
ゆあんが携帯端末にチップを差し込むと、そこに映し出されたのは、カラフル上層部が極秘裏に進めていた『人体実験計画』の全貌だった。そしてその実験体のリストの最上段には、ゆあんの名前があった。
「な……に、これ……」
「政府は、お前たち部隊員を『使い捨ての兵器』として処理するつもりだった。今回のスパイ騒ぎも、お前たちをまとめて処分するための自作自演だ……」
うりの声は途切れ途切れだった。
「俺は、それを止めるために潜入した。……だが、お前と出会ったんだ。真っ直ぐで、馬鹿みたいに他人を信じるお前を……。お前を、あの地獄に巻き込みたくなかったんだよ」
ゆあんの目から、大粒の涙が溢れ出た。
「じゃあ、あの時の言葉は……!」
「お前を巻き込まず、組織から遠ざけるには……俺が裏切り者になるしかなかった。お前を撃ったのも、任務失敗に見せかけて前線から外すためだ。……下手くそな芝居で、悪かったな」
うりは優しく微笑んだ。その瞳は、いつもゆあんを守ってくれていた、あの頼れるバディのプロのものだった。
暗殺部隊の足音が近づいてくる。うりは最後の力を振り絞り、ゆあんの胸を押し返した。
「行け、ゆあんくん。そのデータを世界に公表しろ。お前はそのまま……本物の、正義のヒーローになれ」
「嫌に決まってるだろ! うり、一緒に逃げるんだ!」
「背中を預けるって……約束しただろ」
うりは立ち上がり、壊れた祭壇の上へ進み出た。両手に銃を構え、暗殺部隊の前に立ちはだかる。
「来い、操り人形ども! 亡霊がお相手してやる!」
激しい銃撃戦が始まった。うりの身体が幾度も弾けるが、彼は倒れない。ゆあんを逃がすための、絶対の盾としてそこに立ち続けていた。
「うりーーーーーーー!!」
ゆあんは泣きながら、教会の隠し通路へと飛び込んだ。背後で、巨大な爆発音が響き渡り、教会が完全に崩壊していくのが分かった。
◇数ヶ月後。
政府の闇を暴いた告発データは世界中を駆け巡り、腐敗した上層部は失脚、「カラフル」は解体された。
みあ🎸🍪
杏音《低浮上中⤵》
4,489
9
新しく設立された治安組織の長となったゆあんは、かつて教会があった更地に立っていた。
手には、一本の青い花。
「俺は行くよ、うり」
ゆあんは花を置くと、前を見据えた。
もう隣に相棒はいない。けれど、背中には今も、あの暖かく、少し不器用なぬくもりが残り続けている。真の正義を胸に、ゆあんは新しい世界を守るため、歩き出した。
END
コメント
1件
読み終わって、胸がぎゅっとなりました。うりの「下手くそな芝居で、悪かったな」の台詞、あれが刺さりすぎて……。最後まで相棒を守り抜く背中、ちゃんと約束を果たしたんですね。「背中を預ける」の言葉が最初と最後で泣かせにくる構成、好きです。ゆあんが青い花を添えて前を向くラストも、喪失と決意の両方がにじんでいて沁みました。短い中にぎゅっと感情が詰まったお話をありがとうございます。