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#近未来
鳳蓮荘
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1
#心理戦
ねらち
30
揚げ物の匂い、甘い小麦粉の匂い、スナック菓子の匂い⋯
お昼休みの教室は
食べ物の匂いが混ざり合っていた。
カーテンの外では暑い陽射しが照りつける中
クーラーが効いた涼しい教室内に
ざわめきの音が響く。
みんな思い思いの席で、昼食をとった後だった。
他のクラスや食堂などに行く生徒たちもいるけど
時間の経過とともに
少しずつ教室内に、生徒たちが増えていく。
私は、グラウンド側、前から一列目の
自分の席に座っていた。
教室の中で、一番左の端っこ。
頬杖をついて、開いた本に目を落としている。
だけど、この時間は、本には集中出来ない。
意識は、耳だけに集中されていた。
「いいけどさ、お前、たまには自分でちゃんとやれよ」
とくん。
耳に連動して、心臓が勝手に反応する。
彼の少し鼻にかかった、低く甘い、癖のある声。
見てなくても、彼が教室に入ってきたらわかる。
耳で、彼を感じる。
決して大きい声ではないのに
私の鼓膜には、彼の声だけがクリアに入ってくる。
「はいよ。ノート代はアイスでいいよ」
「お前、それはケチ過ぎるって」
掠れた笑い声。彼特有のもの。
聞くだけで、胸がきゅうっとなった。
「葉月ぃー、何読んでんの?」
トイレから帰ってきた親友の花田春乃が、後ろから
背中をツンツンしてくる。
私は笑いながら振り向いて
手にした小説のタイトルを告げながら、本を見せる。
「読んでみる?」
あははと笑いながら、彼女は、その文庫本を手に取る。
「あたし、活字読むと眠くなっちゃう。
多分最初の2ページくらいしか進まないわ」
「テスト勉強どうしてんのよ」
笑いながら突っ込む。
あどけない可愛らしい笑顔が眩しい。
こうして話していると、必ず彼はやって来る。
それはお昼休みの終盤の定例になっている。
春乃と笑って会話をしながら
彼が向こうから歩いてくるのを、視界の端で捉える。
ほら、来た。
「おっ、何?花田がこんなん読むの?珍しっ」
けらけらと、嬉しそうに話す彼。
「読むように見えるぅー?」
「ごめん、全然見えない」
目の前で二人が笑う。
私も一緒に笑う。
ちりちりと
胸の奥に、小さな痛みを感じる。
「これは、葉月のだよ」
「わかってる。コレいいよな、俺も好き」
今度は、羽が生えたみたいに胸が浮き上がる。
わかってる。俺も好き──
その言葉が、胸にくる。
彼にとっては、きっと何気ない言葉。
だけど私は今日一日
この声が、この言葉が、ずっと脳内再生されると思う。
「うん。めちゃ感動するよね」
手を伸ばして、彼が渡してくる本を受け取る。
右手の人指し指と中指が、彼の手に触れる。
本を机の上に置いてから
自分の左手の指先で、右手の指に触れた。
親友に向けられる彼の笑顔を見る。
目尻が柔らかく下がった、いつも見慣れた横顔。
少しでも、こっちを向いてほしくて
私は、いつもタイミングを見計らって、声をかける。
彼が、手にしたペットボトルのジュースを飲む。
少し日焼けした首筋が浮き出る。
こくこくと、喉仏が動いて、液体が通っていくのが見えた。
「ねぇ、それ、炭酸入り?」
「うん、炭酸強め」
「美味しそう」
「美味いよ。梅好き?」
「うん、好き」
「あ、じゃあ、絶対美味い。飲んでみる?」
キャップを取ったペットボトルを、差し出してくる彼。
どくんっ。
ペットボトルを受け取る。
また、小指が彼の手に触れる。
「あたし、梅、無理だぁー」
「そーなん、梅干しじゃなくて、甘いやつも?」
彼はまた、春乃の方を向いて話し出す。
冷たいペットボトルは汗をかいて、私の手を濡らす。
さっき彼の唇が触れていたペットボトルの口を見つめながら
そっと、口元に持っていく。
震えた唇に、プラスチックの硬さを感じた。
ペットボトルを傾けて、液体を口に流し込む。
口の中で炭酸が、ぱちぱちと弾ける。
少し痛い。
甘酸っぱい冷たさが心地よく広がる。
ふわっと、少し青い梅の香りが鼻をくすぐった。
喉の奥を心地よい冷たいさが通って
胸の奥に落ちるのを感じる。
「美味しい」
「でしょ?」
彼の嬉しそうな顔が私に向けられる。
頷きながら
私は甘酸っぱい唇を噛んで舐める。
「ありがと。私も明日買おっと」
彼は笑顔で相槌を打ちながら、ペットボトルを受け取った。
また、指が触れる。
彼は気にもせずに、また親友に話しかけながら
もう一度ペットボトルを飲む。
「梅、うめぇ〜」
くだらないオヤジギャクを言う彼の声が頭に響く。
掠れた笑い声が胸を締め付ける。
その想いを隠すように
私は陽射しを受けたカーテンに目を逸らす。
そして、静かにそっと
彼に触れた指先で、自分の柔らかい唇をなぞった。
コメント
1件
読ませていただきました。第1話からすごく繊細な空気感が伝わってきました……「耳で彼を感じる」っていう表現、すごく好きです。声に敏感になる片思いの感覚がリアルで、ペットボトルの間接キスのシーンはドキドキしました。彼の“なんでもない”仕草のひとつひとつに胸がときめく感じ、とても丁寧に描かれていて、続きが気になります🌷 冬茉さんの透明感のある文章、素敵です。