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2月14日、愛煙家Nicoさん
じっくりことことアメ日です。1日遅れになってしまい申し訳ありませんが、お誕生日おめでとうございます!
吸い慣れているはずの煙が喉に詰まる。
口から取り上げたフィルターの先に咄嗟の動きについてこれず滑らせた指先が当たり、じゅっと鈍い音がした。
呼吸を邪魔する咳と人差し指を掠める熱さ。踏んだり蹴ったり。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
「大丈夫かよ。」
「あなたのせいですから!」
吸い進めたものを吸い続けていた自分を棚にあげて頭上の影を軽く睨むと、アメリカさんは心外とでも言うように唇を不満の形に歪めていた。
「酷いな。人が珍しく真面目な話してたってのに。」
「真面目って……」
「苦虫でも食ってんのか?」
「失礼な。そこまで食い意地張ってませんよ。」
「わかってる。……で、返事は?」
好きだ。
先ほど告げられた言葉が鼓膜に蘇った。
思わず顰めてしまった表情を真顔に貼り替えつつ、目の前の友人兼同僚の言葉の真意を汲もうと脳みそを最大速度で回す。
好き。
言っちゃ悪いがあまりにも直球すぎる。異性慣れしているであろうこの人がそんな稚拙な口説き方をするだろうか。
もちろん可能性はゼロではない。
例えば多方面から聞く色めいた噂が嘘だとか、これが告白を形どった別物であるとか。
「嫌です。」
数分の思考で弾き出した返答に、盛大に顔を顰められる。意図せず鏡合わせのようになってしまった。狭い喫煙所に寒空の下で渋い顔をする男2人。耐え難い絵面である。
「……その、職場内だとバレたり別れたりした時が嫌なので。」
沈黙に耐えかねてそう付け足すとアメリカさんの表情は更に歪んだ。壁の上方に埋められた換気扇が唸り、外から冬の風が入ってくる。破られることのない沈黙に悪手を打ったかと遅い後悔をし始めた頃、おもむろに声が落ちた。
「要は…俺のことが嫌いなわけでも他に好きな奴がいるわけでもないんだな?」
「……そうなる、んですかね?」
「なら俺にはまだチャンスがあるはずだよな。」
いつもの薄い黒越しとは違う、鮮やかなマリンブルーが視界に焼き付く。気付けば手を取られ、取り上げられたタバコは灰皿に押し付けられていた。
「なら、俺のこと試せばいい。」
「……はい?」
「1年だけ付き合って期間中誰かにバレるか、期限が来てもお前の返事が変わらないか。どっちかでトライアル終了。」
データ取ったりまとめたりそういうの得意だろ、と笑いかけられる。
こういうことってこんなふわっとした感じでいいんだっけ?あれ。そもそも僕、ちゃんと断ったはずじゃ。
あまりにも軽やかな笑みに流されかけ、かろうじて踏みとどまった。
「あの、アメリカさん。」
「頼む。……ちゃんと諦めるから。」
きゅ、と振り解けそうな力で手を握られる。端正な顔にいつもの自信満々な笑みはない。代わりに、形の良い唇が何かを飲み込むように噛み締められていた。
「ちゃんとお前を尊重する、ちゃんと諦める。今みたいに好きだのなんだの言わねぇ。今まで通りにする。」
一瞬、真っ直ぐだった視線が揺れる。
縋ると言う言葉がこれほど似合う顔を初めて見た。喉がひりつく。声が震えているのが自分でもわかった。
「……絶対、バレないようにしてくださいね。」
1年間。カチ、と見えない次元装置が動き出した瞬間だった。
***
彼が「トライアル」と称したものが始まってから1週間。
常より近い隣で歩く彼にはまだ慣れない。ついでに言うとカレンダーに浮かんだ「デート」の文字には、現在進行形に至った今ですら実感が湧いていない。
「これ、どこに向かってるんですか?」
「着いてからのお楽しみだな。お望み通りうちで今一番の場所だぞ。」
数日前と変わらない解答。
行きたい所を聞かれて思いつかず、旬な場所と答えたことが仇になって服装選びに手間取ったのはいい思い出だ。僕の番が来たら絶対同じことをしてやろう。普段仕事で振り回されている分の半分でも困ればいい。
まだ気候は冬のそれで風がないのが幸いと言ったところ。
目的地までの時間がわからない以上身体を冷やさないようにとなるべく日向を歩こうとしているのがバレて、アメリカさんに笑われた。
「冷え性だもんな日本。指先とか大丈夫か?」
そのままの流れで手を緩く握られた。
「うわ、冷たいですよ?」
「知ってる。……繋いだままで大丈夫そうか?」
「あ、はい。別に嫌では……すみません。こういうこと父さん以来だったので。」
骨ばった感触と温かさ、更に人目がある場所という気恥ずかしさでもぞもぞと落ち着きなく指を動かす。アメリカさんは信号の色に気を取られているらしく、そんなこちらの状況を気にせず歩き出した。
「いつも寒そうだよな、お前。衣替えも早いし。」
「あなたいつも微熱みたいな体温ですもんね。」
「失礼な。あ、筋肉量の差か?」
「失礼な。僕はそんなに貧弱じゃありません。」
ぎゅうと握る手に力を込めると、同じくらいの力で握り返される。しばらく張り合って2人でぎゅうぎゅう力を入れて歩いていたが2つ目の横断歩道を渡った辺りで揃って吹き出してしまった。
「わかった。体表面と面積の問題だろ。」
「あぁ……お風呂とマグカップですか。」
「smaller one?」
「sux……」
どれだけ異議を唱えようが、「小さい方」である僕の方が低体温なことに変わりはない。
右手が温かくなったところで反対の手に変えるかとの提案に素直に頷いた。
暖かい手に導かれるように歩いていく。自分だけ慌てているのがバカらしくなったので緊張するのはやめた。
そして左手の指先まで温もりが回った頃、アメリカさんが足を止めた。どうやら目的地についたらしい。
「ショッピングモール?」
「ん。日本も結構無茶言うよなぁ、『旬な場所』とかよ。」
「そうですか?」
ちょっと迷った、と入り口に繋がるエスカレーターに足を進めながらアメリカさんは笑う。
そうか。そもそもこの人には「旬」という概念がなかったのだ。
「丁度前借りた漫画のポップアップ2週間だけやってるらしくてな。アニメ化も決定した所だし、正に『旬』って感じだろ?」
自動ドアをくぐると早速見覚えのある等身パネルにお出迎えされた。
フロアを改造したかのような勢いで広がる物販コーナーにコラボカフェらしきスペース。
周囲から隣に目線を戻すと、アメリカさんは得意げな顔でこちらをみつめていた。
戦利品を胃と両手に携えて茜色に染まった道を戻っていく。
「はー……幸せ〜……。」
推しに貢いだという達成感と欲しかったグッズを手に入れられた満足感とでそう吐き出すと、アメリカさんはクスクスと声を立てた。
「そりゃ何より。カフェもキャラ名つけて稼ごうとするタイプじゃなくてよかったな。」
「僕としては公式にお金を入れられるならそれでもいいんですけど、原作で食べてたメニューばっかりでしたね!」
あんまり給料突っ込み過ぎんなよと宥められたがそんなことは知らない。
推しを推さずにどうやって生きろというんだ。
「やっぱアニメやるからか1、2巻で出てきたやつの割合多めだったな。」
「いい運営さんでしたねぇ。数コマしか出て来てないドリンクもありましたし。」
「あれな。ミームなってたからじゃね?」
「何で知ってるんですか。」
「好きになったらとことんなんだよ俺も。」
「ふふん。立派なオタクになりましたね〜アメリカさんも。」
「……まぁな。」
横断歩道で立ち止まると、不意にこちらの紙袋を奪われた。
長い腕の先を見やると光の加減でか少し深くなった青色にみつめられている。
ニヤリと上げられた口角が上がったかと思うと、アメリカさんはスッと僕の手を取った。
「うん。やっぱこれがしっくりくるな。」
「何ですかそれ。」
手の形を確認するように何度も手を握り直されて笑いがこぼれる。
「なぁ日本。俺、お前の旬も気になるんだが。」
「えぇー……ぼくがかんがえたさいきょうのプランですか?」
「うわそれなっつ。」
楽しげな声が跳ねる。
信号待ちに飽きたように握られたままの手がゆらゆら揺れる。
夕焼けは夜に塗り変わり始めていて、通りの向こうでは街灯がポツポツ灯り始めていた。
「合いますかね、予定。」
「いつでも合わせるぜ。下手打つとお前、トライアルが終わる頃まで休みなかったりするもんな。」
「最近は10時間くらいしか戦ってませんよ。」
「ほぼ半日じゃねぇか。」
呆れたような物言いだが不思議とこちらに向けられる視線は温かく、みつめ返すのも苦ではない。
「考える時間が欲しいので、再来月の連休のどこかでもいいなら。」
気が付くとそうこぼしていた。一瞬見開かれた後、ニッと両目が細められる。
「おう。待ってる。」
会話が途切れたタイミングで滑り込んできた電車に乗り込む。
送るというアメリカさんを近所に住んでいる同僚もいるからと諭して、緑色のシートに腰を下ろす。アナウンスを聞きながら、そういえば彼の家は真逆の方面にあるのだと思い出した。
断ったのは少し可哀想だったかもしれない。いや、でもバレないようにするって約束したんだし。そう結論づけてポケットから見慣れた液晶を取り出す。
さて、目下の問題は次に回ってくるはずのデート場所の選定だ。
うちで一番の場所。何気なく頼んでしまったが、自分に振り替えて考えてみると結構な難題だ。
どこに連れて行ってあげよう。 できればうちならではの場所。でも自分だけが楽しくてはいけない。相手も興味がある、または趣味に合いそうなもの。
つらつらと考えてみたが、すぐにこれというものは思いつかなかった。まぁ急いでもいいことはない。
ネットニュースや流れてくるリールをほほうこれは良さそうだとメモしていく。
アウトドア派で嗜好の違う彼を楽しませるプランを組むのは難問だけれど、仕事が絡まないこれは純粋に楽しい。
アメリカさんは何が好きだっただろう。
そんなことを思いながら、僕はまた画面の端をめくった。
***
連結させた2棟の高層ビルに乗っかる空中庭園がこちらを見下ろし、壁に敷き詰められたガラスが快晴の空を青々と映し出している。
「レゴっぽくて面白いでしょう?」
きっと今、僕は先月のアメリカさんと似たような表情をしている。
なるほど。確かにこれは自分が作ったかのように紹介したくもなる。
「ここ…何か見覚えあるな。」
僕が選んだのは一風変わったビル。
自分より背の高い人が何かを見上げる姿を新鮮に思いながら頷く。
「アメリカさん、SFジャンルの食いつきがいいのでこういう近未来っぽいものがお好きかなと。」
「そりゃどうも。」
「あと、この間連れて行って頂いたポップアップの原作、外伝でここモチーフの建物が出て来てるんです。」
「あー……。あの……あれか、俺の推しの過去編のやつか?……結構忘れてるもんだな。」
「漫画繋ぎで連想ゲームみたいになりましたね。」
また貸しますよと返しながらエントランスに入る。
吹き抜けの空間に足を踏み入れた瞬間、温かな空気がふわりと頬を撫でた。ガラス越しに差し込む光が床に反射して、白と銀のコントラストを描いている。
現在時刻午前10時過ぎ。アメリカさんに感づかれないよう、日が暮れるまで上階に近づかないように誘導しなければ。
僕は意趣返しとして作った秘密にそわそわしながらアメリカさんの手を引いた。
地下に広がる飲食店やその少し上の専門店街のエリアをうろついて時間を繋ぐこと数時間。
スマホに示された時刻を見て、僕はアメリカさんに声をかけた。
「行きましょう。上に名物があるんです。」
「名物?」
チケットを受け取り、案内表示に従って進む。視界の端でアメリカさんがきょろきょろと天井を見上げているのがわかり、餌を探すミーアキャットのような動きに笑いを堪える。
そうこうしていると目的のそれが姿を現した。
ガラス張りの筒の中を、ゆっくりと上昇していくエスカレーター。ビルの外壁に沿って斜めに伸びる空へとセッティングされた発射台のような姿は、事前に写真で見ていたとはいえ自分の中の少年心がくすぐられる。
「シースルーか。」
「丸見えですね、外。アメリカさん高いところ平気でしたっけ?」
「ジェットコースターで一番前を狙うタイプだ。」
「わかります。前に行けるか数えちゃいますよね。」
一段、また一段とステップが上昇していく。
少しずつ地面が遠ざかり、車がミニチュアのように小さくなる。風は遮られているはずなのに視界の開け具合が錯覚を起こして身体がふわりとする感覚があった。
「何かいいな。乗ってるだけなのにワクワクする。」
「昔のロボットアニメっぽいですね。」
「へぇ。」
「あ、そろそろ着きますよ。」
ガラス越しの空は夕焼けを少し残した藍色。我ながら完璧な時間調節に胸を撫で下ろす。
上界に辿り着くと2棟を繋ぐ空中庭園に繋がる回廊に出た。円形にくり抜かれた中央部から真下の景色が覗ける。
「屋上?」
「はい。空中庭園です。下、覗き込んでみます?」
「煽んなよ。」
ニヤリと好戦的な笑みを浮かべたアメリカさんは身を乗り出して真下を眺めた。
そしてはしゃいだような声をあげる。
「やべぇな!浮いてるみてぇ!」
ほら日本も、と手招きする横顔が子供のように無邪気で思わず笑ってしまった。
「うわぁ……人がゴミのようだ。」
「いきなり大佐になるな。」
しばらく揃って上半身の半分を空に投げ出していたけれど、流石に風が辛くなって顔を引っ込めた。少し歩いて有料エリアに向かう。勘付かれないようにとポケットにしまっていたチケットを取り出して係員に渡すと、アメリカさんが納得したように頷いていた。
「この先のためのチケットだったのか。」
「あれ、バレてました?」
「何かポケットに突っ込んでるなーとは。」
少し悔しい。半年後には彼の隙をつけるくらいにはなっていたいものだ。
ちょっとしたゲートをくぐると、いきなり足元が明るくなった。
「すげぇ……。」
「ふふ、ここは夜が本番ですからね。ポスターとかで気づかれないか心配でした。」
さてはこの間の仕返しか、とアメリカさんに小さく笑われた。
さらさらと水のように足元を流れていく光に沿って足を進める。
「竣工30周年だそうで、記念の光のスカイウォークです。リニューアルしたてで結構話題になってるんですよ。」
「へぇ。それで旬か。」
宝石をばら撒いたように淡く照らされる足元が夜闇の中で円形の通路を浮き上がらせ、さながら宇宙船のデッキだ。
「これはSF好きにはたまんねぇな。月のあたりで自転車でも飛んでそうだ。」
低い声が風に混じる。
「楽しんでいただけて何よりです。」
円を描く通路をゆっくり歩く。この前のように暖を取ろうと握った手を妙に強く握り返されたことが、やけに頭に残った。
***
連想ゲームみたいだと言った僕の言葉を覚えていたのか、次のお出かけでアメリカさんは律儀に光繋ぎだと体験型のVR美術館へ連れて行ってくれた。
そこから何となく自分で何繋ぎかを決めて出かけ先を変わるがわる決めることになった。縛りのある選定法はゲームのようで楽しく、ここ数ヶ月で外出回数が急激に増えている。
当然ながら外出回数と共に歩数も増え、なんだか会社と自宅の往復ばかりだった以前より身体が丈夫になっている気がしている。
しかし、なぜだか気分が晴れない。理由は、何となく察している。
好きだ。
丁度8ヶ月ほど前、彼は僕にそう言った。大人の言う「好き」は「あなたに知りたい」とか「あなたに触れたい」とかいう意味を含んだ言葉じゃないのか。
最近、1人になるとそういうことがぐるぐるぐるぐる頭の中を回るようになったのだ。
吐き出したため息と共に出したばかりのコタツの天板へ頬をくっつける。
どうせ1年で終わるお遊びだと思っていたのだ。手を繋ぐだけだろうが何もしなかろうが、別に問題ないではないか。
あぁ、きっと僕は悔しいんだ。そうだそうだ。その先に進みたくなるような魅了がないと暗に言われているような気がして悲しいだけなんだ。
違う。アメリカさんは関係ない。最近ずっともやもやした天気なせいだ。今度晴れたら布団を干して、部屋中掃除しよう。部屋が明るくなれば曇りでもこんなに心を蝕まれることはない。
次の晴れが休みに被っているといいと良いと思いながらスマホを手に取ると、見計らったかのようなタイミングでスマホが震えた。
近頃残業続きだったので生存確認のつもりなのだろうか。動物動画らしいリンクと共に見覚えのあるキャラのスタンプが送られてきた。
リンク先に飛ぶと、子猫たちが身を寄せ合っていた。まだ目が開いたばかりらしく、手前の一匹がキトゥーンブルーのとろんとした目でこちらを見ている。
耳はまだペタンと垂れていて、鼻はかわいらしいピンク色。小さく開いた口は当然のように歯など生えていない。みゅぅ、とかわいらしい声で鳴きながらお互いにちょっかいを掛け合う毛むくじゃらたちに心が和んでいるはずなのに、どこかにもやりと霞がかかっている。
ぐるぐると頭を回り出した例のことはどうやっても脳から追い出せそうにない。
だめだこれは。余計なことを考える暇を与えてはいけない。忙しくしていればそのうち頭から抜け落ちてくれるだろう。
あと2ヶ月もすれば年末。仕事は嫌でも増える時期なのだ。少しくらい他人の仕事を貰ったって、あの人にはバレない。
「0か100しかないのか」なんて呆れる彼の顔が浮かんでいる時点で、僕の負けなのかもしれないけれど。
***
年末から年始にかけての一連の行事は確かに大変だったが、例年通りの内容だし特に問題もなく終わった。つまり。
この疲労は肉体的なものでなく精神的なものだ。
もう年も明けてしまった。アメリカさんのせいで咳き込んだあの日まで、もう2ヶ月もない。秋の暮あたりから継続中の胸のモヤは収まるどころか日を追うごとに酷くなっている気がする。
最近は、頭のどこかで常に時限装置が音を刻んでいる。
身体が怠い。頭が痛い。目がかすむ。しっかり湯船に浸かるべきなのはわかっているけれど、どうにも億劫でシャワーだけ浴びる。熱めのお湯を使ったが、次々と皮膚の上を滑り落ちていくだけで指先すら温めてはくれなかった。
気化熱ですっかり下げられてしまった体温で廊下を歩き、ソファへと向かう。ベッドが遥か遠くに感じて手近にあったブランケットを二重に被って誤魔化した。
身体を伸ばして寝るとつま先が外気に触れて寒い。だから手足を縮めてダンゴムシのような姿勢を取った。惨めな格好に泣きたくなってくる。
やっぱり最初に嫌だと押し通すべきだった。
大体こういうので本気になるのは年上の方だ。世間様はやはりよく物事を心得ている。
みんな言うじゃないか。若いのと恋愛しない方が良い、火遊びのつもりで火傷するのはこちらの方だ、って。
ぐしゃぐしゃの思考を整理できないまま目を閉じる。悪い夢で目が覚めませんように。
がたりと自分のものではない物音がしたような気がして目が覚めた。くたくただったおかげで夢は見なかったらしい。頭がガンガンと痛む。ぼんやりしたまま身体を持ち上げて時計を確認した。予想に反した手元の感触にバランスを崩す。
「……あれ?僕、ソファに……。」
ガチャリと扉が開いて、誰かが入ってくる。咄嗟に強張らせた身体がふわりとした温かさに包まれた。
「日本〜!」
「……あめりか、さん?どうして…」
「……薬飲ませたこと記憶にないな?2時間くらい前なんだが。」
記憶にございません。そんな文言が頭に浮かぶ。
よっぽど間抜けな顔でみつめてしまっていたのだろう。アメリカさんは面白そうに両目を細めた。
「にゃぽんから連絡来てな。『帰省するって言ってたのに帰ってこない』って。そんで心配なって連絡しても既読つかねぇし、家来てみたら鍵もかけ忘れてるしで。死亡フラグ立ちまくっててビビったぜ?」
実家に帰ると伝えていたのは12月30日。ということは僕はほぼ2日眠りこけてしまったわけか。
「お前はもうちょっと労働環境見直せ。」
労働状況については例年通りでこうなったのは別の要因があるのだけれど、勿論それを彼に伝えるわけにもいかず、殊勝に頷いておく。働き方について珍しく従順な僕に気をよくしたのか、アメリカさんはゆっくりと僕の頭を撫で始めた。
「何か食べるか?ゼリーとか…冷凍で悪いがうどんもあるぞ。」
「……いらない。」
「わかった。」
お腹が空いていないわけではなかったが、もう少しだけこのぬくぬくとした時間に浸っていたかった。あと2ヶ月もすれば消えてしまうのだから。
目を瞑って大きな手のひらの感触を楽しみながらもう少し早く撫でて貰えばよかったと思う。いや、流石にそれはない。向こうだって急に頼まれたら困るだろう。
暖をとる以外の触れ方をしてこなかった彼は、きっと友達の延長のような感覚でいるのだろうから。
思えば1年と期限をつけた時、彼も自分でホッとしたのかもしれない。1年間自分で自分を観察して、勢いで吐き出した気持ちが親愛なのか恋慕なのか見極められる、と。
「……そういえば、もうすぐ1年ですね。」
たった今思い出したように口に出す。声が掠れているのは起き抜けなせいだ。
「だな。」
返ってきたのはいつも通りの平坦な声だった。
「……どうするんですか?」
「そうだな。」
しばらく待ったけれど、アメリカさんの言葉はそれだけだった。止まった会話の代わりに往復のペースが速まった手が頭を撫でる。
「あの、アメリカさん?」
「……まぁ、俺には元から選択権ないしな。」
「……え。」
「日本が決めることだろ?」
思わずアメリカさんを見上げる。自分史上、最も間抜けな顔をしていると思うのだが、アメリカさんは困ったように眉尻を下げただけだった。
「……悪い。あんま喋らせないでくれ。約束破っちまう。」
「……やくそく……。」
『ちゃんと諦める。今みたいに、好きだのなんだの言わねぇ』。
再び目を瞑る。頭に感じる温もりは、小刻みに震えていた。
「…アメリカさん。嫌だと思ったら言ってくださいね。」
「日本?」
ずっと温もりを与え続けていてくれた手を取り、きゅっと握る。反応なし。
次に、そっと指を絡めてみた。
「……。」
身を寄せて、胸板に寄っかかってみる。またしても反応なし。
意を決して広い背中に腕を回す。ぴっとりとくっつくと、心臓がトクトク等間隔で揺れていた。目を閉じて口を開く。
「あの、アメリカさん。嫌だったら『やめろ』って言うんですよ?」
「……。」
そう言うと、アメリカさんは無言で僕の腕を掴んでゆっくりと身体から引き離させた。
「嫌じゃない。」
「……何で。……触って、こなかったのに。」
一瞬見開かれた目が愉快げに弓形になった。にぎにぎといつかのように手を握り込まれる。
「手繋いだだけで真っ赤になるようなパーソナルスペースが広くておぼこい奴に、軽々触れられると思うか?」
「まっ、真っ赤になんてなってません!ちょっとはびっくりしましたけど!」
「そうだったか?」
手の甲を撫でていた指先が今度は頬を撫でる。
この心地よさを素直に受け取っても良いのかもしれない。無意識に入れていた肩の力を抜く。
「で?どうすんだ、日本。」
いつもの薄い黒越しとは違う、鮮やかなマリンブルーが視界に焼きつく。
そんな真剣な表情に言い訳ができないほど胸が高鳴ってしまって、癪だったのでアメリカさんの頬を右手で包むことで応えた。
「好きだ、日本。……愛してる。」
唇が触れ合ったかと思うと、かぷりと下唇を甘く食まれた。
息の仕方がわからなくなってきた頃に離されて、今度は頬に当てていた手の甲でちゅっ、と軽い音が鳴る。眉間に、こめかみに、頬に、首筋に。
お返しに彼の頬に唇を当てて、同じようにリップ音を立てようとする。
「……あれ?」
ぷへ、とかぱへ、とか。
数回やってみてもアメリカさんのようにかわいらしい音は立てられず、間抜けな音が部屋に積もっていく。
「ねぇ、それどうやってやってるんですか?」
「どうやってって……。」
こう、と彼が頬に触れた。
ちゅ。くすぐったくて、懸命に頭を捻って教えてくれようとしているアメリカさんが愛おしくて、甘い空気を察しながらもついつい笑ってしまう。
「そんなんじゃわかりません。」
ぱへ。今度はアメリカさんがクスリと笑った。やっぱり変な音しか鳴らない。
肩を小さく震わせて笑い合いながら、互いの肌にキスをする。
馬鹿なことをしていると思いながらも、飽きずに何度もおかしな音を立てる。僕の感触が写ってしまったのか、段々アメリカさんの立てる音も下手くそになってきて笑いが止まらなかった。
繰り返し繰り返し、輪郭が混ざり合うまでお互いに触れる。
ちゅ、と軽い音を立てて頭の中の次元装置は爆破した。もう必要ないものだから。
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鍵で妄想していたじっくりコトコト🇺🇸🇯🇵ですね!?ありがとうございます!✨ 欲しかったものをピンポイントで頂けて嬉しいです!!本当に性癖ドストライクでした︎💕︎︎ 始めの喫煙🇯🇵さん大変好きです...🇺🇸さんへの好感度低めからスタートするのも大好きです!そして、もしかしてですが末端冷え性🇯🇵さんの設定は過去ツイからですか!?そうなら嬉しいです!異議を唱えるとか...も今ハマっている作品の要素かなと...!いっぱい小ネタが仕込まれていて考えすぎてしまいます💖 策士で完璧でスパダリな🇺🇸さんも好きですが🇯🇵さんに縋って恋を諦めようとしてる仄暗い🇺🇸さんも大大大好きです💞 そんな🇺🇸さんに悩まされちゃってる🇯🇵さんにもときめきました! 読んでる間も読み終わった後もすごく幸せでした...こんな神作品に気付くのが遅れてしまってすみません。私の好きなシチュが沢山詰まっていて最高でした🙏本当にありがとうございました!