「新藤さん。実は光貴から音源を預かっています。渡しておくように言われました」
この音源は、北欧系のメロディアスなメタルバンドの楽曲を収めたものだ。昨日、彼らは大盛り上がりしていた。音源の交換をしようと約束していたので、光貴は早速新藤さんに渡すために用意をしていた。
「こちらも光貴さんにお渡しするCDを用意してきました。お勧め曲も入っているので、ぜひ聴いて下さい」
互いに音源を交換した。
私はもともとRed BLUE――RBが好きで音楽知ったから、あまりメタルは詳しくない。だから、二人の話には全くついていけなかった。昨日、彼らは好きなメタルバンドの話に花を咲かせていた。
しかし新藤さんの凄い所はそれだけでは終わらなかった。私はジャンルでいうとフュージョンが好きなのでその話を振ると、新藤さんはフュージョン、更にはジャズ等の楽曲にも精通していた。音楽好きと一言で表現できないほど、深く詳しい知識を持っていた。
なにより驚いたのが、私の好きなフュージョン界のレジェンドと呼ばれているドラマーの話ができたこと。
こんな話ができる人に会ったことない!!
「新藤さん、ありがとうございます。ふたりで聴いてみます」
「ええ。私も帰りの車で拝聴致します。光貴さんに宜しくお伝えください」
契約前に音源交換が先なんて、実に私たちらしい始まり方だ。これからようやく本題に入る。
新藤さんが書類を取り出して前に広げてくれた。彼が説明してくれた書類に目を通して記入をしていく。
そんな私の様子を、鋭い目線で新藤さんが見つめていた。
えっ。
どうしてそんなに鋭い目線を送り付けてくるのだろう。どこに『ドS新藤さん』に切り替わるポイントがあったのか、私には全然わからない。とにかく焦ってしまう。
しかしこの端正な顔でサディスティックに見つめられると、身体中の血液が沸騰しそうになるのは事実。嬉しい。でも焦る。
書類に書き込んだ字を見て彼が尋ねた。「綺麗な字ですね。律さんは習字をされていたのですか?」
「いいえ。昔、日ペンのみっちゃんを少しだけ。毎回自宅に送られてくる漫画につられてやっていました」
「漫画ですか」
もう一度新藤さんを見たら鋭い目線はなくなっていて、今度は楽しそうに笑っていた。
ああっ。ドSからの微笑みは反則ですよ、新藤さん!
「新藤さんは字が綺麗と褒めてくれますけど、実際はそんなに綺麗ではありません。ペン習字をやっていた時に、変なクセみたいなのがついてしまって、字が特徴的なだけですよ」
「そうですか」
優しい笑顔だった新藤さんは、またあの鋭い目つきになって私をじっと見ている。
またなにか、ドSに切り替わるポイントがあったの!?
鬼畜メガネスーツが好きという脳内乙女思考が、もしかしてバレてしまったとか!?
「あ、あのっ。できました。これでいいでしょうか?」
急いで書類を書き終わらせて声を掛けた。これ以上新藤さんの鋭い目線を受けると身が持たない。
「ありがとうございます。結構です」
新藤さんは鋭い視線を解いて営業マンの顔に戻っていた。彼はどういうつもりで私を睨んでくるのだろう。謎だ。
書類を渡した後、次回の打ち合わせ日程を決めて契約の流れを聞いた。
先ずは本契約の後、契約着手金として、百万円を振込。それから家を建設する為の打ち合わせ期間は約四カ月ほどが設けられ、設定した金額の初回の振込、決定した材料の手配に二か月程、中間に振込した後、上棟の予約。そこから工期が三カ月程、最後に残金を振込して、引き渡しとなるみたい。
スムーズに行って、約九ヵ月ほどでマイホームが完成すると聞いた。
上棟については予約が取りにくいため、今から逆算して上棟の日取りを押さえておく。打ち合わせ期間は、四か月ほどしか取れないと説明された。四か月は案外短いらしく、最終調整の折り合いがつかなくて工期や上棟が伸びたケースもあると教えてもらった。
工期の遅れを防ぐためにも、自宅に関するある程度のプランは今のうちから考えて欲しいと言われた。この予定で進めると、お盆前が最終打ち合わせになる。新藤さんから説明を受け、遅れなく予定を進めたいと思った。
大栄建設は注文住宅であるが、家の形や建設プランが決まっているため、提示された家型から選ぶようにパンフレットをもらった。
CM広告費にお金を使っていないから、クオリティーは保ちながらも坪単価を安くできているという内部事情も教えてくれた。
まずは光貴と相談しなきゃ!
光貴が仕事から帰ってきたら、たくさん相談して考えよう。
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