urjp、yajp
ur(編集者)×jp(小説家)
キャラの死亡描写があります。苦手、地雷という方は見ないことを推奨します。
ご本人様とは何ら関係はありません。
かなり捏造してます、そして長いです。
r18作品です。
初めて会ったとき、唐突にこの人は死ぬのではないかと思った。そのくらいには目の前の彼の人は死にそうだった。真っ黒いヨレヨレのシャツにこれまた真っ黒いゆとりのあるズボン。ひょろりと背が高いがそれにしても体が細すぎる。色も白くて不健康に見えてしまう。しかし、顔はとても整っていた。眼鏡をかけているが、眼鏡越しでも奇麗な翡翠色の瞳がこちらをのぞいていた。目を逸らせなくなり、じっと見つめていると形のいい唇が緩やかに上がり、大人びた笑みが浮かび上がった。
「君が新しい編集者さん?」
雨音と共になんの詰まりもなくすっと耳に届いたので一瞬何もかも忘れたかと思った。柔らかくて聞き心地の良い声、しかし問いかけに答えることを忘れて早数秒。慌ててそうだと肯定するために頭をぶんぶんと上下に動かした。彼はまたクスクスと笑いながら足を組み替えて頬杖をついた。その動作があまりにも艶めかしくて、頭がくらくらしてくる。
「よろしくね」
正直、この後のことは全く覚えていない。いつの間にか自宅の天井が見えていた。しかし心臓の音だけは未だに煩く鳴り響いているのであれが夢ではないと教えてくれた。本当は、本当はあの人の担当は俺ではなかったのだが、如何せん女はだめだという結論が突然出された。その理由はあの色気、どうにも無意識で女を誑かしてしまう天性の女たらしなのだ。そして本来予定されていたのは女編集者だったが、今までの実態から急遽新人でまだ何処の担当にもなっていなかった俺が人気小説家の編集者として就くことになった。
「…はぁぁ、無理だってぇ~」
ぶっちゃけ、上層部に絶対に人選ミスだと訴えてやりたくなった。何せ俺はjpさんのファンだ。あの人の小説が爆発的にヒットした原因の一冊よりも前から彼の人の小説を見続けていた。現実にありそうな、苦しくて仕方のない小説。しかし最後にはその苦しさを奇麗に抜き取られて与えられるのはほんの小さな幸福だけ。例えばお菓子の当たりの形が入っているだとか、授業中に一度も先生に当てられずに済んだとかその程度。しかし、それでも読み終えればそれ以上の幸福感に見舞われて世界が美しく見えてしまうから、俺はその人をこっそり魔法使いだと思っている。
「…人に美しいとか、しかも同性って…」
彼を表す言葉で今最もしっくりくるのは美しいという言葉だ。どうしようもなく美しくて、どうしようもなく愛おしい。あの白魚のような形のいい手で言葉を紡ぐ姿を想像するだけで体に熱が帯びて正常な判断が出来なくなりそうなくらいには、俺は彼を愛してやまない。この愛は純愛で、間違いなくLoveだが恋愛に発展したいとは到底思っていない。
離れているから、尊敬する小説家と読者という立場だからこそ生まれる愛の形。これが友達になったら?恋人になったら?俺は今のような高揚感を抱き続けられるのだろうか。きっと俺が想像する魅惑的な彼の人と違う部分を見ては勝手に絶望して勝手に幻滅していくのだろう。
「…ほんと、魅力すぎる」
明日からあの人の家に向かうという事実に高揚感を抑えきれないままjpさんの執筆した小説を一冊取り出した。それは、俺とjpさんの初めて出会った物語だ。薄っぺらくて、たったの300円で発売されていた。他の本に挟まれて存在自体無かったかのようなものに俺はどうしようもなく惹かれて購入した。元々本を読む趣味なんて無かったが、唐突に本を読みたくなったのだ。その小説はタイトルと作者名がこじんまりと記されているだけで表紙は真っ白だった。しかも小説のタイトルは”無”だった。
「…なんだ、この小説?」
なんて思ったが薄っぺらいので読みやすそうだと判断して購入した。そして家に帰り早速本を読むと突然小説の中に引きずり込まれるような感覚に陥った。一人の男、勇斗という男が自分の進路について悩み、苦しみ、もがく話だった。勇斗は何の才能も持ち合わせていない、成績も運動も冴えない、恋人だっていたことのない平凡な高校2年生。そんな平凡な男は自分の志望した大学と現状の成績があまりにも釣り合っておらず絶望した。先生につきっきりで勉強を教えてもらっても結果は微々たる成長。報われない努力に絶望し、報われないのならと投げ捨ててしまう。結局第一志望には当たり前に落ちてしまい、滑り止めとして受けた適当な第二志望に受かった。
しかし、彼は第二志望の大学で思わぬ出会いをした。それが文字との出会いだった。形、色、大きさ、漢字、平仮名。それらを上手く組み合わせれば読みやすくもなれば読みにくくもなる。勇斗はその時初めて文字の美しさを知り、感動した。その後は必死に文字について学びを深め、フォントを作る会社の就職まで漕ぎ着けた。その際当時勉強を教えてくれた恩師とたまたま飲みの場で再会し、話すことにした。その際恩師は眉を下げてビールを仰ぐようにして飲んだ。
『勇斗くん、君は頑張りを途中で投げ出さなければ第一志望に受かったかもしれないのに。本当に損な道を選んだね』
『先生にはそう見えたかもしれません。でも僕は後悔なんてしていませんよ、挫折を味わった今僕はあの頃見えなかった明日が見えました』
『いつか消えるさ』
『消えませんよ、僕が文字に恋焦がれるように明日も僕に恋焦がれている』
『君は随分、狂ったね』
『みんな狂ってますよ、病名がないだけで』
その言葉を最後に小説は幕を閉じた。なんて意味の分からない小説なのだ、と問い掛けたくなる。しかしそれ以上に胸を覆ったのは酷い高揚感だ。つまり、つまりだ。この人は結局、自分の選んだ場所でどう生きていくかで全ては覆ると言いたかったのだろう。勇斗は第一志望を諦めて第二志望の大学を選択した。そしてそこで文字に魅了されてフォントを作る会社を選んだ。どこに入るかではなく、どのように足掻くか。
「…あぁほんと、懐かしい」
無だなんて寂しいタイトル、小説には全く似合っていない。似合わなすぎるのに、その無機質さが愛おしくてたまらない。明日からあの人の紡ぐ言葉を肌で感じられるという事実に胸がいっぱいで、ベッドに入ってもしばらく眠りにはつけなかった。
朝、規則的なアラームの音と共に目を覚まし、外を見てみるとまだ外は暗かった。仕方なく体をベッドから起こすと、ふと一つのメールが届いていることに気が付いた。誰かと思ったら差出人はjpさんだった。慌てて内容を見ると、今から家に来ないかという内容だった。すぐさま行きますと返して大慌てで用意にかかった。なるべく身軽な格好をし、始発の電車に飛び乗った。辺りには殆ど人のいない、無人のようなものだった。
「…」
俺の住んでいるマンションからjpさんの住んでいるマンションは駅でいうと4駅ほど離れていて、尚且つjpさんは駅からかなり離れた場所に住んでいる。都会にしては珍しく自然の多い、静まり返った場所。俺はすぐにjpさんの住む地を気に入り、早起きも苦痛ではなくなった。大好きな人に大好きな場所で会えるのだから、これ以上ないほどの幸福感に満ち溢れている。ようやく電車が到着し、早歩きでjpさんの自宅へと向かった。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
やっとjpさんの自宅に辿り着き、ドアを開けるとまたあの色気のある笑顔で迎え入れられ、心臓が別の意味で早打ちをはじめた。そんなこともつゆ知らず、こちらに数枚の原稿用紙を渡してきた。それを受け取ると、タイトルは何もなくただ万年筆でつらつらと字が述べられていた。達筆で、奇麗な字だった。
「これは、」
「ただのあらすじだけど、新しい話」
とりあえず手元の原稿用紙に目を通すと、どうやら恋愛ものらしい、それも男同士の。片方は小説家で片方は学生。小説家は外の風が浴びたくなりふらりと自宅のマンションの屋上へ足を運ぶと制服に身を包んで今にも自殺しそうな少年が居た。小説家は彼を無視すると少年が先に話しかけてきた。天真爛漫そうな声だが、カッターシャツの第1ボタンや腕からは包帯が見えた。そして左目には眼帯がされている。しかし小説家はその傷のことを尋ねないまま引き返そうとしたが、不意に後ろから大きくお腹の鳴る音が聞こえてきた。結局少年にご飯をご馳走することにした小説家。そして、少年はご飯を食べながら一生のお願いだと言い住ませてくれと懇願した。勿論小説家は断ったが、結局押しに負けて住ませた。そこから始まる2人の同居生活だった。
「これは恋愛モノにする予定でね」
「…珍しいですね、先生が恋愛小説なんて」
「おや、その物言いは俺の小説読んだことあるってことかな」
「そりゃあ、まぁ…」
「今回は、書きたくなったんだ」
その時のjpさんの目は酷く寂しそうに見えた。しかしこれを読ませたいがためだけにわざわざ朝早くに呼んだのだろうか?いや、だとすれば俺は必ず8時にここへ来るのだからその時に読ませればいい。じゃあ何故?
「用はそれだけなんですか?」
「いいや?ここからが本題だよ」
「この小説にはセックス部分も記したくてね」
「は、はぁ…」
「でも、残念ながら俺はセックスを覚えていない。でも君は若いから経験豊富だろう?セックスのイメージを教えてほしくってね」
まぁなんて馬鹿なのだろうか、と単純に思った。俺だって分かるものか。適当に童貞卒業して以来ただの一度も女を抱いたことなどない。しかも男なんてもっと抱いたことなどない。
「男を抱いたことなんてないです」
「そうか」
「でも、先生なら抱けます」
いつの間にかそう口走ってしまった。しまったと思ったときにはもう時すでに遅し、jpさんはしばしぽかんとしたような顔をしていた。慌てて取り消そうとした途端、jpはまた艷やかな笑みを浮かべた。
「いいよ、抱いてご覧」
ベッドがギシギシと軋む音が響く。床には乱雑に捨てられた服が放置してある。汗が気持ち悪い、でもそれ以上に心を支配したのは快楽と満足感だった。うつむせになったjpさんの背中にそっと指を這わせるとピクピクと体を反応させ、微かに甘い声が響く。ゆっくりjpさんの腟内に侵入してからもう1時間ほど経過しただろう。締め切ったカーテンからもほんの少しだけ陽の光が差し込んでくる。
「先生、声だして」
「っふ…ぅ、 」
枕に顔を埋めて声を出すまいとしているのがいじらしくてかわいい。どうもいじめたくなってしまい、ゆるゆると動かしていたのをやめ、抜けるギリギリまで引き抜いた。その様子が気になったのか、涙を目に浮かべながらこちらを見てきたjpさんが愛おしくて思いっきり奥に突っ込んだ。
「っんぅ、ぁ、!?」
「つかまえた、声聞かせて?」
jpさんの中が締まり、びっくりした拍子に声が漏れ出てしまい、慌てて口を塞ごうとする手をすかさず遮って声を出させる。甘い声が部屋に響き渡ってさらに快楽に浸る。かわいい、いとおしい、もっとききたい、もっともっと。大好きな人が自分の手で善がっている、彼を気持ちよくしているのは自分だという優越感に浸った。
「かわいい、先生」
「っひ、ぃ…ぁ、!」
そのまま何度も何度も先生を抱き続け、気が付けばすっかり朝。やっとのことでjpさんの膣内から抜くと、その微量の快楽にもjpさんは溶けて射精をした。しかし、殆ど色のないものだった。仕方ないだろう、あれからどれほどヤッたかは定かではないが軽く10は越えたのだから。そのままベッドで項垂れているjpさんをひょいと持ち上げて向かい合う形にする。
「ん、」
「っん、ふ、ぁ」
そのままキスをすると、とろんとした瞳がこちらを向いてくれている。はて、本当に小説を書く参考になるのだろうかなんて思いながらもまぁいいか、なんて思いjpさんをそのまま持ち上げて風呂場へと向かう。あまりに細くて、骨という感じの強い体。色が白くて、でも最高に気持ちよかった。
「ふぅ」
「ぁー、…疲れた」
風呂に入ったからか多少回復したjpさんは、先程取り替えたばかりのシーツに身を沈めていた。俺はベッドの縁に腰掛けてお茶を飲んだ。jpさんはしばらく項垂れたあと、ベッドから起き上がり原稿用紙に先程までの感想をつらつらと書いていた。ちらりと覗き見すると中々細かく書いてあり、こんなふうに俺とのセックスを捉えたんだと言うことが分かった。
「参考になりましたか?」
「なったよ、ありがとう」
そこから幾度かjpさんを抱くことになった。jpさんも少しずつ声を出すようになり、幸せに満ち溢れていた。愛しい人を抱けることが、そして俺との体験が彼の紡ぐ小説となることが。そこからはjpさんのことを良く知れたと思う。5年以上前からここに住んでいて、この辺のことは基本分かるらしい。近くのスーパーでよく安売りしてる所はあそこだとか、まるで外国に来たことを彷彿とさせるようなお墓が近くにあるのだとか。本当は小説家になる気は無かったらしい。ただたまたまお金目当てで書いた小説が賞に引っ掛かって作家デビューを果たしたそうだ。コーラが好きで年は二十代後半、大量の本棚の中には学生の使うような参考書や赤本などもあることから今でも勉強しているのだろう。そして時折白い百合や鈴蘭などを買ってくることもある。一度だけ、意外だということを伝えてみた。
「珍しい、花なんて買うんですね」
「買うさ、俺も人間なんだから」
その時のjpさんはどうしてだかとても幸せそうな、寂しそうなよくわからない表情をしていたので俺もそれ以上聞くことはしなかった。そこからもjpさんのことについて沢山沢山知れた。どんどん仲が深まっていき、いつしか名前で呼ぶことができるようになった。その日は嬉しさのあまり家に帰ってからずっとニヤけていたので次の日は頬がつってしまった。
そんなある日、偶然jpさんを抱いたあとなかなか寝付けなかった。起き上がってjpさんの机を少し見てみるといつもは伏せてある写真立てが立てられていた。
「…は、」
そこに映っていたのは、制服を着て楽しそうにピースしている少年だった。カッターシャツの第1ボタンは空いており、その隙間と腕からは包帯が見えた。左目には眼帯がされており、とても明るそうな少年だった。まさか、そんなわけがないと思いつつもjpさんの書きかけの原稿用紙を見た。本来ならば完成するまでは見ないでくれと言われているが今はそんなこと言っていられない。
「…なぜ、どうして、こんな、」
こんなにも外見が一致しているんだ。いや、きっと偶然だ。それに外見が一致したからといってなんだ。でも、そうだそういえば彼の本棚には明らかに学生物の参考書があった。一人暮らしなのにコップもお箸もお皿も多く、まるで頻繁に誰かを招いているかのようだった。しかし、この1年間彼が俺以外の誰かを招いてるところなんて見たことがない。それに、抱いた時に思ったのはjpさんはどうにも初めて抱かれたという感じではなく、ただ忘れたことを思い出していたかのように見えた。
「…そんな、そんなわけ、!!」
そんなわけない。これが正しいという確証なんか何処にもない。今書いているこの小説が彼の経験したものとは限らない。じゃあ、じゃあ一体どうしてこんなにも辻褄があってしまうのだ。
「…」
そこからはjpさんの小説が完成するのをただひたすらに待ち続けた。幸いサラサラと書けているようで1ヶ月後には完成した。まず間違いなく大作だろう、途中を読んだだけでもわかる。あまりにも奇麗で、儚くて、年頃の女の子ならば誰しもが羨み憧れるような美しい恋。
「jpさん」
「完成したから読んでみてくれないかい?」
「読みません」
「おや」
jpさんが手渡してきた原稿用紙を宙にばら撒くが、jpさんは特段気にしたような素振りを見せなかった。その余裕そうな表情に苛立ちを隠しきれなかった。自分でも何にこんなに苛立っているのか分からない。ただどうしてだか、jpさんが過去をあまりに慈しみ、自分を誰かと重ねているような気がしていた、ずっと。この違和感を払拭するには手掛かりが少なすぎた、だからこそ本人に直接聞くいい機会だろう。
「これは、あなたの実体験ですか」
そういった途端jpさんの表情には何らかの変化があると思ったが、実際そうではなかった。何の変化もない、いつも通りの涼し気な笑顔。ただほんの少しだけ、冷めているようにも見えた。
「そうだよ」
「…何故、どうして…書こうと思ったんですか」
「こんな、何も報われないものを」
「君にはそう見えた?」
そう言って、jpさんはぽつりぽつりと話し始めた。それと同時にようやっと床に散らばった原稿用紙を拾い集めて人生に目を向けた。
元々、俺は何の夢も持ち合わせてはいなかった。特段感受性が裕というわけでもなければ語彙があったわけでも、特別な感性を持ち合わせているわけでもないただの平凡な高校生。ただほんの少し、親を失ったのが早かっただけ。適当な文学部に進学したもののやっぱり何のやる気も起きやしなかった。不意に外の風を浴びたくなったので勝手に屋上に侵入することにした。
「ん、ぁ」
そこには真っ黒い短髪を風で揺らしながら今にもここを飛び降りそうな学生が突っ立っていた。色白で、細くて、包帯に眼帯をしている如何にも病人みたいな奴。ただ、俺には自殺を止める権利なんてないのでそのまま引き返そうとしたとき。
「ちょっと何の声掛けもないわけ!?」
「なんだ、死なないの?」
「死ねないわ!」
先ほどの雰囲気とは真逆の子供らしさ全開の声でギャーギャー叫ぶガキに変わった。しかし関わるのも面倒なのでそのまま屋上を降りようとすると不意に後ろから大音量で腹の虫が鳴る音が響き渡った。振り返るとガキはお腹が空いたのかほんの少し寂しそうな顔をした。その顔が、誰かに似ていたので思わず声をかけてしまった。
「飯、食う?」
果て、あの時何故あんなことを言ったのかを考えながら簡単に塩おにぎりに海苔を巻き付け、お味噌汁とともに差し出した。するとガキは目をキラキラと輝かせながらがっつくように食べ始めた。あんまりにも勢いよく食べるので喉に詰まらせないようお茶を用意しているとガキが突然アホなことを抜かしてきた。
「なー俺今日からここに住む」
「何言ってんだクソガキ」
「ガキじゃねぇし、俺高校生だわ!」
「高校生も立派なガキだわ。さっさと食って帰れ」
「ね、ね、一生のお願い!!」
と土下座されてしまったがそれでも断り続けたが全く出ていく気配が見えなかった。それでも食い下がらずに30分くらい格闘の末結局俺が、折れることとなった。その代わりと出した条件は高校卒業するまでの間のみ、家賃は折半なのでバイトすること、この2つだった。ガキは気にもとめないように分かったと叫んだ、うるさいな。
「名前、名前教えてよ」
「…jp、お前は?」
「俺はyan、よろしくjp」
「…よろしく」
そこから始まった不思議な同居生活。ガキはゲームが上手くてプログラムを作るのが好きらしい。パソコンに詳しくて幾度となく教えてもらったが全く理解できなかったので俺が早々に諦めた。逆に絵心もなければ勉強もさほどできない奴だった。良く言えば子供らしい素直な奴で悪く言えばガキが抜けていなかった。高校2年生で市内の高校に通っていることまでは分かったが家族構成も学校生活も教えようとはしてくれなかった。話したくないのだろうとそのことについて触れることはなかった。
「ただいまーって…何してんの」
「おかえり」
「いや、何してんの?」
「捨ててあった原稿用紙読んでる、お前文学部だっけ?書いてるんだ」
このガキは勉強を放って俺の暇つぶしで書いては捨てていた大量の小説のあらすじを掘り起こして読みふけていた。それも何十枚掘り起こしたのだろうか、彼の周りにはくしゃくしゃになった原稿用紙が多く置かれていた。
「そんなもの読んだってつまらないだけだろ」
「いや?全然面白い」
「あっそ」
「なーなー、なんで捨てたの?てか文学部なんだろ?小説家とかにならないの?」
「うるさいな、俺は才能とか無いんだよ」
才能がない人間が才能ある人間に勝てるなんて夢物語を破り捨てたのは小学生の頃だ。どんなに頑張ったって才あるモノに勝てはしない。勝てないと分かっている勝負にわざわざ身を乗り出すほど正義感に溢れているわけでも、何処かの漫画の主人公のようにカッコいいわけでもなかった俺は簡単に土俵を降りた。
「俺好き、全部好き」
「はぁ?」
「jpの書く小説、俺絶対好き。だってあらすじだけでこんなに面白いんだよ?これがつまらなくなるなんてこと、絶対ない」
「俺普段本なんて全く読まないけど、jpの本読みたいよ。買いたい」
そんな風に言われたのは初めてで、ほんの少しだけ気恥ずかしくなったので思わず目を逸らしてしまった。目の前に飛び込んできたのは今考えている話のあらすじ。確か昨日書いて、そのまま今日講義に出たんだっけ。そういえば先生から一度でもいいから応募してみないかと声を掛けられたな。それも丁度、あらすじを募集しているし選ばれればあらすじを元に本を出版できるんだっけ。
「…じゃあ、このあらすじ評価してよ」
「評価って、俺別に賢くないよ」
「いいから」
本当にこのあらすじは心底つまらないと思う。努力しても結果が出なくてすべてを投げ出したやつが、結果目標の場所には届かなかったが行った先で恋焦がれるほどの愛おしいものを見つけたという話だ。オチなんて考えていない、ただこんな未来があったら良かったのにと言う願望から作っただけのなーんの工夫もない駄作。それでもガキは原稿用紙から顔を出すとキラキラした目でこちらを見てくる。
「なにこれなにこれ、クソつまんない」
「だろうな」
「クソつまんないのに、日本語が奇麗で読みやすくて面白いよ」
「それはどうも」
「出してよこの本!出版しよーぜ!」
「あのなぁ…」
結局あらすじをダメ元で出してみると結果は見事出版となった。とりあえず原稿用紙でいう30枚分ほど書いたところで適当なオチを作って提出した。タイトルは考えるのが億劫で”無”というものにした。結果的にその本は爆発的にヒットというわけではないがそこそこ売れたのでデビューしないかと誘われた。勿論断ろうと思ったがガキがギャーギャーうるさかったので結果的にデビューを果たした。
「すげー、jp小説家になったじゃん」
「うるさい」
「ファンは俺が第一号な」
「…そうだね」
ここから、yanくんとの接し方が変わったと思う。前までは全く楽しくなかった文学の授業に興味が湧いてきた。本屋に寄って片っ端から文豪と呼ばれる人達の小説や詩を買い漁り読み耽る日々が続いた。yanくんはそんな俺をニヤニヤしながら見ていたが最終的には2人揃って朝から夜まで読みまくる日々へと変わっていった。
「あー、楽しかった 」
「てゆーか、そろそろ真面目に勉強しなよ」
「やだよ面倒くさい」
「ほら、参考書買ったから」
「参考書?」
「俺が大学受験の時に見てたやつ、結構面白おかしく書いてあって分かりやすい」
そういうと、yanくんはパラパラと捲ったかと思いきやいつの間にか問題をとき始めていた。あまりにも熱心に見ているので邪魔しないように読書を再開した。何時間か経った頃、もうすっかり外も暗闇に包まれた頃に参考書を閉じる音が聞こえたので本から視線を外すとyanくんが伸びをしていた。
「楽しかった?」
「うん、悔しいけど楽しかった」
「ならよかった」
「なぁjp」
「なに?」
「俺もjpみたいな小説家になりたい」
「なればいいじゃん」
「教えてくれる?」
その時のyanくんは、迷子の子供のような不安そうな顔をしていた。その顔に思わず笑みが浮かんできてしまい、yanくんをふんわりと抱き締めた。混乱しながらも抱き締め返してくれるのが少し可愛いなと思った。
「いいよ、別に俺すごくも何ともないけど」
そこからは自分の持つ本の知識をひたすら教えてyanくんが原稿用紙3枚くらいの短編小説を書いては俺が読んでの繰り返しになった。その身、この楽しい日々を記したくなって原稿用紙に書いてとりあえず担当編集者の人に手渡すといつの間にか本になることが決定して、あっという間に書店に置かれた。
「jpすげーな、本屋大賞じゃん」
「ありがと」
「…yanくんのおかげだから」
そういった時、yanくんはとても嬉しそうに笑ってくれた。結果的に日常というタイトルのただ淡々と俺の日常を記した言わば日記のような小説が爆発的な人気作品になった。しかし、俺は別に小説家になりたいわけではない。でも今は売れたら売れた分だけ喜んでくれる人がいるから心地よいと思えた。
「これ、お祝い」
「なにこれ、開けていいの?」
「勿論」
そう言って開けると、そこには高そうな万年筆が入っていた。パソコンを教えてもらったものの結局万年筆で書くのが好きだったので今も変わらず適当な場所で買った万年筆を使っていた。
「これからはそれ使って書いてよ」
「いいけど、高かったんじゃない?」
「いーの!!」
そう言ってくれたのが嬉しくて、大切にすると溢して大事に机の上に置く俺を見て、ふんわりと穏やかに笑うyanくんはいつもよりずっとずっと大人びて見えた。
「俺、やっぱりjp好きだよ」
「そう」
「信じてねぇだろ、ほんとだってば!」
「はいはい」
そう言っていつものように受け流したが、今日はほんの少し違ったみたいで。いつの間にかyanくんの顔が目の前にあって、唇に柔らかい感触がしてその数秒後にキスされたことが分かった。
「本気だから、抵抗しないなら抱くから」
「…」
断ればいいのに、どうしてだか強く心を惹かれてしまいそのままyanくんに抱かれた。勿論俺は処女で相手も男を経験したことなんて無かったのだろう。痛いは苦しいわ上手く快楽拾えないし全くやり方が分からなくて双方あたふたしたが、どうしようもなく幸せだった。そこで実感したんだ、あぁ俺yanくんのこと好きなんだなって。
「どぉ?本気って分かった?」
「うん」
「好き?」
「うん」
たった一言しか零せなかった、でもとてつもない満足感に支配されて、頭のてっぺんから爪先まで真っ赤なワインで満たされていた。体内のワインが燃えるように熱くなって、それを分け与えるようにyanくんと重なった。
そこからは恋人というには愛の言葉が少なすぎてセフレというには愛が満ち溢れすぎて何とも型に収められない関係へと発展した。
「なぁなぁ、いつか旅行しようよ」
「どこに?」
「どこでも、いっそ月とか行っちゃう?」
「馬鹿か」
「でも、jpとなら何処へでもいいよ。きっとどこでも楽しいからな」
その時、本当に何処か逃げてしまおうかと手を取ろうとしたが辞めた。何故辞めたのかは未だにわからないが、何となく頭に警告文が現れたような気がした。その数日後、俺の家に警察官が現れた。
「この少年を知りませんか?つい最近この辺りで発見したという目撃情報が入りまして」
「いえ、知りません。その少年がどうかしたんですか?」
「彼の父親が行方不明届を出されていてね。この近くの高校に通う3年生のyanという人です。目撃されたらすぐご連絡ください」
「分かりました」
そう言って警察が階段を降りるのを見届けてから玄関を閉じてお風呂場へと向かった。そこには浴槽の中に隠れて震えているyanくんが居た。
「yanくん」
「俺、おれ…帰らなきゃいけないんだ、学校にも行ってないし、携帯とか全部捨てたから、でも…でも、帰りたくないんだ、」
その声はあまりにも悲痛で、18歳というには幼すぎる声だった。俺は何も知らない、yanくんが何故死のうとしていたのかも、体に巻き付けてある包帯の意味も眼帯の意味も、何故学校に行かないのかも、帰ろうとしない理由も何もかも、知らない。話したくないのなら話さなくていいというスタンスで有り続けたからだ。
「でも、でもっ…このままじゃjpは誘拐犯になるんだろ、?そうしたら、折角小説家として有名になったのに…俺が、潰すことになる」
「yanくん」
「そんなの、そんなの嫌だ、俺のせいでjpの人生を奪うのなんて絶対に嫌なのに、!!」
「yanくん」
どうにも俺の声は届いていないようで、一人で勝手に俺の心情まで憶測し始めたので思いっきりyanくんの頬を引っ叩いてやった。そこでやっとこちらに目を向けてくれたyanくんの顔は、捨てられた子供のような絶望だった。
「帰りたくないなら帰らなければいい。別に俺は気にしない」
「でも、でもっ」
「最初から分かっててこの家に置いてるんだから、今更だよ」
親が捜索届を出さないことは全く考えていなかったわけではない。頭の隅では分かっていても、その時だけは警告文を無視して手を取った。今ではそれが正しかったと言い切れる。
「ほら、ご飯作るから手伝って」
「…うん、うん」
「今日は何にしようかな」
「蟹」
「阿呆か」
その後も結局変わることのない日常を終えて、遂に3月になった。今もyanくんの捜査は続いているらしく街にはポスターが貼られている。それを見て罪悪感が湧かないわけではないが、本人が望むことを尊重しているのだと自分に言い聞かせて早足に帰った。
「ただいま」
「おかえり、jp」
そこには初めて会ったときと同じ格好をしているyanくんが立っていた。一つ違うとすればあの時のような今にも死にそうな顔はしておらず、代わりに随分と生き生きとしているように見えた。
「ねぇjp」
「なに?」
「俺、ほんとは今年で高校卒業なんだよ。まぁ学校行ってないから留年確定だけど」
「そうだね」
「…jpと同じところに、あらすじを送ってみたんだ。ダメ元でね」
「そうなんだ」
「結果は駄目だった」
そう淡々と話すyanくんに何処か違和感を覚えて近寄ろうとするも、何故か上手く足が動かなかった。一体何がしたいんだ、今日という日に。
「約束通り、俺はここを出てく。家に帰るよ」
「帰りたくなかったのに?」
「今はそんなことないから」
それだけ言い残してyanくんは出ていってしまった。この時、やっぱり俺は自分の思いより彼の思いを優先して後を追うことをしなかった。後にこの行動を後悔するなんて知らないまんま。
数日後、ある一つのニュースが目に飛び込んできた。行方不明となっていた男とその父親が心中したそうだ。それも近くの教会で、まるで結婚式のように真っ赤に染まった薔薇に包まれて死んだそうだ。
「…ぁ、ぁ、」
そんなわけない、そんなわけがないと画面に食いついていると何十枚もの原稿用紙に足を取られてこけてしまった。見てみるとそれは俺の字ではなくてyanくんの字だった。彼が書いていて、俺は途中から見るのを辞めた作品が何枚も何十枚も。
それを手にとって読んでみれば、彼の人生と思われる文がいくつもいくつも出てきた。幼少期に母親を失い、父親は絶望し酒に溺れた。どうやら母親に似た息子を性対象と捉え毎日の性暴力。ときにはガラスで目を叩かれる日もありその結果常に片方の目は傷まみれで到底人には晒せない。学校に行っても教師の上辺だけの心配にやられて疲弊して行くのを断念した。しかし学校に行かなければ行けない分父親に抱かれる時間が増えた。そんなある日、死のうとした目の前に現れたのは今にも死にそうなヒョロガリの男だった。男は不器用で冷たくてそれでいて酷く美しいものだった。
そして男は文才があり、読むものを引きつける魅惑の語彙を持っていた。強く惹かれ、愛し、手に入れられた時の幸福感は忘れられなかった。それと同時に彼を犯罪者に染める自分が醜くて仕方がなかった。そんなどろどろで汚れたものを小説にしようと書き上げ、これが選ばれたら何処かへ逃げようと提案するつもりだったが結果は惨敗。潔く彼から離れることを決意した。きっと彼は止めない、さよなら俺の初恋の人。
それで終わっていた。
「…馬鹿か、馬鹿だ」
最初から聞けば良かった。嫌がっていたとしても無理にでも聞き出せばあんなことにはならなかったのに。後悔しても後悔しきれない。きっとyanくんは父親に無理やり殺されたのだろう、そしてそれを俺には一切言わなかった。彼なりの優しさが身にしみて、あまりにも痛すぎて今にも死にたくなった。そこからはよく覚えていない、この喪失感が小説にもまんま表れたが世間には事情なんて分かりはしない、適当な感想が並べられて讃えられた。俺には何一つ響きもしなかった。もう誰も必要とすることはないだろう。
「俺はね、あれ以来誰のことを愛してないんだ。 君に抱かれたのは本当に感覚を思い出すためだけ」
その話を聞いてから、俺はどうやって自宅に帰ったのか覚えていない。ただ胸を支配したのはよくわからない喪失感だった。胸にぽっかりと大きな穴が空いて、それを埋めようにも上手く埋まらない、埋められない。孤独感に支配されて気が付けば朝だった。愛していた、今もきっと愛している。報われない愛、恋、手を差し伸べれば届くのに心の距離はずっと遠い。
「…あなたはずっと、想い人に会っていたんだな」
あの花は彼のお墓に添えたものだろう。俺との行為もきっと懐かしかったのだろう。参考書もきっと彼の為、すべてがすべて彼だけの為。俺の好きだと言った小説を出すきっかけになったのも彼。俺は彼について何も知らない、jpさんから見聞きした情報しか分からない。ただ漠然と羨ましいと思った。あんな素晴らしい人に愛されてるなんて、と。死んだ相手に醜い嫉妬を覚えた。
そして、jpさんは死んだ。
皮肉にも、彼の命日と同じ日に死んだ。
彼の小説は世に発行されなかった。だから俺はその原稿用紙を燃やしてやった。
彼と彼の恋は報われなかったのではなく、ただ言葉が足りなかっただけで。
決して可哀想で悲劇の恋物語なんかではない。
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