バレンタイン用BOXの展開図と立体図を画面上で確認していると宇座課長が「どうだ進んでるか」と言いながら肩に手を置き一緒に画面を覗き込むように屈んだ為、頬にかかる息がナマあたたかく顔を背けたくなり慌てて上半身をひねるように外側に移動させると宇座課長は私の肩を撫でた。
一瞬にして鳥肌が立ったが下手に反応すれば宇座課長の思うツボだと思うと必死に堪えた。
「はい、かなり形ができて来てますのでデザイン案が上がって来た時に報告します」
さすがにこの状態からではポケットに入れたボイスレコーダーは起動できそうもない。
「相談があればいつでも言ってくれ」
そう言うと肩を撫でていた手をポンポンと軽く叩くと自分の席に戻っていった。
セクハラの度合いがどんどんひどくなっている気がする。
一度、総務に相談した方がいいだろうか?
そんな事を考えているとスマホに通知音が入ったタイミングで里中くんからの社内チャットの着信がパソコン画面の右下に表示された。
やましいやり取りは無いけど、課長が覗き込んでいる時じゃなくて良かった。
Ryoと会う予定があるとのことで、食事会の日時を決めるため私のスケジュールの確認だった。
里中くんにはRyoの予定を優先して構わないと返事をした。
先ほどの課長の行動は里中くんに直接、話をした方がいいだろう。
スマホを確認すると、凌太からのメッセージが入っていた。
「大丈夫か?」
未読無視をしているからだろう。
夜にでも、もう会わないとメッセージを送ろう。
挨拶をして退社していくスタッフを見送っていくうちに気がつくと周りには人がおらず課長と私だけだった。
これはマズいと思い、慌てて片付けを始めると課長がおもむろに席から立ち上がった所に
「奥山さーん」と能天気な声が聞こえてきた。
「里中くん」
急いでパソコンの電源を落とし、デスクの上の資料を引き出しに無造作に入れて鍵をかけた。
「宇座課長、お疲れ様です。じゃあいきましょうか奥山さん」
明るくハキハキと話をすると課長は「お前らは付き合ってるのか?」と聞いてきたのでちがうと答えようしたところに
「まさか、違いますよ。一緒に仕事をしているのに変な下心を出したりしないですよ。課長だってそうですよね」
と、しれっと答えると課長は何度か咳払いをした。
「なんだかいつも里中くんに助けられてる気がする。っていうか、里中くんいつも帰りが遅いよね」
「そうですか?たまたまです」
そんなわけ無いでしょってツッコミたい気持ちもあるが、あの日総務部長と二人で食事をしていた事を考えると何かあるのではないかと勘ぐってしまう。
「Ryoのことよろしくね」
「奥山さん苦手なものはありますか?」
「特に無いけど」
「じゃあ海鮮ランチでいいですか?」
「ええ、食事もRyoさんに会うのも楽しみ」
「ですね。じゃあ僕はこっちなんで」
話しながら歩いているとあっという間に駅に到着してお互いの乗る電車が違うため改札前で別れる。
電車を待ちながらスマホを確認すると凌太からの着信とラインへのメッセージを知らせる通知の個数が増えていた。
逃げていても仕方がない。
里子に聞いたfumingのSNSを見てみると、料理の写真だったり、景色などの投稿に紛れ愚痴などもある。
さらに見ていくと
【無事に着いたかな〜】
という投稿があり、それに対して彼氏さんですかとか、心配ですよねなどと返信があった。
凌太のことかしら?
こう言うのっていわゆる“匂わせ”ってやつだろうか?
彼女は誰に対して匂わせているんだろう。
凌太?それとも里子に知らされるまで気が付かなかった私?
そんな事を考えながらぼんやりしていると凌太からのメッセージを知らせる通知が届く。
無視をしていても問題が消えていくわけじゃ無い。
LINEを開くと最初はお休みとか、香港の景色とか他愛のないメッセージが並び、私を気遣うメッセージ、そして何かあったんじゃ無いかとの心配をするメッセージが続いた。
そして、既読がついた事で私が数々のメッセージを見たと確信したんだろう。
[何かあったのか?大丈夫か?]とすぐにメッセージが入った。
何かあったのか?じゃないわ!
昔の私は許してしまった。
引き返せないほど凌太が好きだったし、あの頃の凌太はなにか放っておいてはいけないと思ったから。
でも今の私は何も知らない学生じゃない。
結婚して裏切られて離婚して上司にセクハラを受けている。
ここに凌太の女からの攻撃なんてまっぴらだ。
[平気です]とだけ返信をする。
[瞳の平気は平気じゃないだろ]
[金曜日の夜に会おう]
誰のせいだと思っているのか、さも私を心配しているという物言いにイラッとしてきた。
[私じゃなくて会うべき女性がいるのでは?その女性に恨まれるのは迷惑だからもう会うつもりはないです]
そのメッセージを送るとすぐに電話が入った。
凌太の名前を確認すると通話ボタンを連続タップして通話を切ると[電車の中なので迷惑]とメッセージを送った。
[電車から降りたら電話が欲しい]
[そんな暇あるなら松本ふみ子さんに連絡したら、もちろんしてるよね深い関係なんだから。今日は疲れているからラインも電話もお断り]
一旦スマホをバッグの中に入れると目を瞑る。
目を瞑っていても光の痕跡は瞼の裏に残る。
凌太は変わっていなかった。
自分だけは特別なのかもしれないと思っていたけど、本当は隠れて何人もの女性と関係を持っていたのかもしれない。
そして今も
浮気されて離婚した哀れな元カノを性欲処理の一人にしようとしてるのかも。
最悪
先ほどしまったスマホを取り出してRyoのイラストを見る。
人物のようなものは描かれておらず動物や小物などのイラストが多い。
うさぎがハートを抱えているのが可愛い。
過去にどんなものを描いているのかが気になって画像検索をすると複数のうさぎのイラストが表示されていて、そのうちの一つのデータ元を見つけることができた。
イラストの投稿サイトで動物や小物の可愛らしいイラストが続き、アニメ風の可愛い女の子のイラストがアップされている。
Ryoさんの好みはこんな感じの可愛い系なんだろうか?
絵が描ける人は好きなものをイラストという形で表現できるのが羨ましい。
どんどん遡っていくと今のうさぎイラストの原型のようなイラストを見つけた。
今ほど洗練されていないが可愛らしい?
疑問符がついてしまうのは、可愛いとは思うけど何となくモヤっとして、どうにも形容し難い気持ちになるイラストだからだ。
子うさぎの前で子供の虎が泣いている。
力関係逆転のモチーフなんていくらでもあるけど・・・
なんというかとあるウサギの一家を彷彿とさせる構図だけど、母親らしき者はきつねで父親が虎、窓の外にはブチのある犬?
ざわざわするイラストだ。
降りるべき駅に付き、慌てて立ち上がる。
スマホをタッチして改札を抜けた時、ブチのある犬のイラストを思い出した。
あれは
ハイエナだ。
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