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かんな
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寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
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頭を打ってから、一週間の療養休暇になった。
急に大人しくなったイソトマを心配した父親が、何人も医者を呼んだ。
特に悪い所はないと言われたが、ベッドに寝ているようにと部屋に押し込められている。
「普通の子になっただけなのに」
今までの横柄な態度から比べれば、別人だろうとは思う。
頭を打った直後の急変だから、心配するのも仕方ないのだが。
「暇だなぁ」
イソトマはベッドから起きて、本棚を眺めた。
部屋の本棚にはいろんな本が置いてある。この部屋にある本は、読みつくした。
イソトマは本を手に取ると、パラパラと開いた。
この世界は同性愛も異性愛も同等だから、同じだけラブロマンスの読み物がある。
「BL好きとしては嬉しいんだけど、漫画はないんだよね」
漫画という文化そのものがない。それがちょっと物足りない。
「久し振りに、絵でも書こうかな」
ないと思うと作りたくなるのが、クリエイターの性なのか。
前世では同人マンガを描いていた。思い出したら無性に書きたくなった。
机に向かい、羽ペンを手に取る。
「パッドがないのは痛いなぁ。仕方ないけど」
中世ヨーロッパ風の世界観だが、魔法があるから発達している部分もある。
不便なようで便利な世界だ。
機械系のものは、もちろんない。それっぽいものが魔法で代用されている。
「アナログも書けないわけじゃないけど。鉛筆と消しゴムがほしいかも」
ペン先にインクを付けて、サラサラと絵を描いていく。
(やっぱり、書き慣れてるルシリリを……)
手癖で書ける程度には完コピしている。
段々、楽しくなってきた。
(他にも誰か、書こうかな。ディルクかな)
推しカプの次にたくさん書いているのが、推しキャラのディルクだ。ピアスの位置や数まで完璧に把握している。
(本物も格好良かったなぁ。嫌われているのが、悲しいけど)
サラサラとペンを走らせる紙の上に、影が落ちた。
「相変わらず絵が上手いね。ちょっとタッチが変わった?」
突然聞こえた声に、大袈裟なほど手が跳ねた。勢いでインクの瓶をひっくり返した。
紙の上に真っ黒なインクが広がる。
「なっ、なっ……」
振り返ると、幼馴染のセイン=ローディスが立っていた。
ニコニコと笑顔を振りまいている。
「ずっと休んでいるから、心配でお見舞いに来たんだ。思ったより元気そうだね」
セインが何事もなかったように話を始めた。
イソトマは何も言えないまま、震える手で絵をかき集めた。
(見られた……オタクの絵を見られた)
エロ絵を描いていたわけではないけれど。見られていいものではない。
描いていたのはルシアンとリリーのツーショットだ。
(婚約者の僕が描いていい絵ではない。しかも、よりによってセインに見られた!)
セインは、ルシアンとノアルの従兄弟だ。
どこでどんな話になるか、わからない。
「うん、元気だよ。めっちゃ元気。お父様が心配し過ぎでね」
「なるほどねぇ。おじ様はイソトマを殊更可愛がっているからね」
セインがイソトマに顔を近付ける。
イソトマが抱える紙を一枚、摘まんで引き上げた。
「あぁ……」
情けない声をあげて、セインを追いかける。
イソトマが飛び跳ねても届かない位置で、まじまじと絵を眺めている。
「ルシアン、上手だね。さすが婚約者だ。細かいところまで、良く観ているね」
「あ、ありがと」
紙をぎゅっと抱きながら、イソトマは目を逸らした。
「ところで、どうしてリリーを隣に描いているの?」
イソトマの肩が大袈裟なほど跳ね上がった。
「呪いの絵にでもするつもりだった、とか?」
「そんなつもりないし。ていうか、描いてないし」
あからさまに嘘を吐いた。
セインが興味津々で覗き込む。
「じゃ、他の絵も見せてよ」
「インクで真っ黒だよ。見えないよ」
「なら、見せてくれてもいいんじゃない?」
フルフルと首を横に振る。
イソトマは震える手で紙をぐしゃぐしゃに握り潰した。
ぎゅっと握ると、ポケットに詰め込んだ。
「何も書いてない。この話は終わり!」
セインが、ふぅんと鼻を鳴らした。
「ねぇ、イソトマ。内緒にするって約束するから、俺にだけ教えてよ」
「だから、何も書いてないってば!」
身を寄せてくるセインを、ぐっと押し返す。
イソトマの手首を掴んで、セインが引き寄せた。
「イソトマは、本当は誰が好きなの?」
「えっ……」
セインの笑みが、淀んで見える。
その瞬間、イソトマの前世脳が働き出した。
(セインは、嫌われ者のイソトマにも優しくて、変わらない態度で接していた人だけど)
伯爵家でありながら金銭的に貧窮している本家を建て直すため、アルシュタイン家から融資を受けている。
その関係もあり、セインはイソトマの婿の座を狙っている。ゲームの中でも、そういう理由でリリーに助力していた。
(セインルートでリリーとカップルになると、貴族の位を捨てるんだ)
庶民になって慎ましく暮らすハピエンだった。
(リリーは今、ルシアンルートにいる……と思う。ということは、セインはイソトマ狙いなのかな)
ぶるると、全身に寒気が走った。
「イソトマ、聞いてる?」
セインの顔が無駄に近い。
「好きな人、いない。誰も好きじゃない!」
思いっきりセインの顔を押し返した。
「ふぅん。だからルシアンとリリーのツーショット、描いてたんだね」
しまった、と思った。
「ちがっ……ルシアンは、その、特別っていうか」
正直、好きとかそういう感情はない。
生まれる前から婚約者と決まっていた。それだけだ。
「んー、やっぱりその絵、見たいなぁ」
「見せない!」
ポケットを手で抑える。
セインがイソトマを机に押しつけた。
壁ドンならぬ、机ドンだ。逃げられない。
「ルシアンじゃなくていいならさ、俺にしなよ」
耳元で囁かれた。吐息が掛かって、ゾワゾワする。
(やっぱり、そういうつもりなんだ。お金のために愛の無い結婚するつもりなんだ!)
じたばた藻掻いて、セインの手から離れようとする。
「離してよ」
涙目で抵抗するが、離してくれない。
セインの肩を引く手があった。
「セイン様、御戯れが過ぎるかと」
真後ろにディルクが立っていた。目が怒っている気がする。
イソトマに圧し掛かっていたセインが、ぱっと身を離した。
「いやだなぁ、ディルク。冗談だよ」
やっとセインが離れて、イソトマは肩の力を抜いた。
「イソトマの元気な姿も見られたし、帰ろうかな。イソトマの好きなクッキー、お土産に持ってきたから、食べてね」
ひらひらと手を振って、セインが扉に向かう。
途中、ディルクを振り返った。
「俺の可愛い恋人候補に勝手に手を出さないでくれよ、黒騎士様」
「何のことでしょう」
ディルクがよくわからない顔をしている。
「さすが、とぼけ方も一流だ。本気なら、そのままでいいよ」
イソトマに笑顔で手を振って、セインが今度こそ帰って行った。
「はぁ……」
イソトマは脱力して、椅子に身を投げ出した。
(セインって、あんなキャラだったっけ? ゲームではチャラい感じだったけど。イソトマにあんな風に迫るシーンなんか、なかった)
ゲームになかっただけで、主人公目線以外ではそういうやり取りがあったのだろうか。
(この世界のセインは、イソトマに対して、ちょっと強引だとは思うけど。それにしても壁ドンはダメだよ)
何だか、どっと疲れた。
前世を思い出す前までは普通だったことが、引っ掛かって仕方がない。
カサリと乾いた音がした。
ポケットから、ぐちゃぐちゃにした紙が落ちていた。
「イソトマ、何か落ちた」
ディルクが丸まった紙を拾った。
「あっ、あー!」
イソトマが手を伸ばすより早く、ディルクが紙を開いた。
描かれた絵をまじまじと見詰める。
ディルクの腕に掴まって、思いっきり手を伸ばす。
背が高いディルクには、どう頑張っても届かない。
「これは……俺の絵?」
「……え?」
確かに、ディルクの絵も描いた。けれど、インクを零して半分以上、真っ黒になっている。
(どうして、わかったんだろう。ディルク、凄い)
それに、気になるのはルシアンとリリーの絵のほうだと思う。
「あ、あの……勝手に描いて、ごめんなさい」
「謝る必要はない。相変わらず、絵が上手いな。けど……」
言いかけた言葉を、ディルクが飲み込んだ。
ディルクが、ルシアンとリリーの絵を見詰めた。
「……話したくなったら、話せ。その時は、聞く」
ディルクがイソトマの頭を撫でた。
トクン、と鼓動が小さく跳ねた。
(あれ……なんだろう、これ)
自分の胸に手を当てる。少しだけ、ドキドキしていた。
ディルクが絵を丁寧に畳んで内ポケットに仕舞った。
「これは、他の誰かに見られないほうがいいだろう。俺が処分しておく。いいか?」
「うん……あ、ありがと」
「折角、描いた絵を処分して、すまない」
「いや、別に……」
ポン、ともう一度頭を撫でると、ディルクが部屋を出て行った。
出て行ったディルクの背中を、イソトマは呆然と眺めていた。
コメント
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いやあ、セインの登場シーン、めちゃくちゃ生々しかったですね。あの「机ドン」からの耳元囁き、寒気がするほどゾワゾワしました。ゲームではチャラいだけのキャラだったのに、この世界だと金策のために強引に迫ってくるのがリアルで怖い。逆にディルクのフォローの仕方、あの「話したくなったら話せ」の距離感と頭ポンポンは、イソトマがドキッとするの、すごくわかります。幼い頃から設定を完コピしてる絵師視点の地の文も、オタク心が伝わってきて好きです。