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#スプランキーOC
54
かに
11
頭を打ってから、一週間の療養休暇になった。
急に大人しくなったイソトマを心配した父親が、何人も医者を呼んだ。
特に悪い所はないと言われたが、ベッドに寝ているようにと部屋に押し込められている。
「普通の子になっただけなのに」
今までの横柄な態度から比べれば、別人だろうとは思う。
頭を打った直後の急変だから、心配するのも仕方ないのだが。
「暇だなぁ」
イソトマはベッドから起きて、本棚を眺めた。
部屋の本棚にはいろんな本が置いてある。この部屋にある本は、読みつくした。
イソトマは本を手に取ると、パラパラと開いた。
この世界は同性愛も異性愛も同等だから、同じだけラブロマンスの読み物がある。
「BL好きとしては嬉しいんだけど、漫画はないんだよね」
漫画という文化そのものがない。それがちょっと物足りない。
「久し振りに、絵でも書こうかな」
ないと思うと作りたくなるのが、クリエイターの性なのか。
前世では同人マンガを描いていた。思い出したら無性に書きたくなった。
机に向かい、羽ペンを手に取る。
「パッドがないのは痛いなぁ。仕方ないけど」
中世ヨーロッパ風の世界観だが、魔法があるから発達している部分もある。
不便なようで便利な世界だ。
機械系のものは、もちろんない。それっぽいものが魔法で代用されている。
「アナログも書けないわけじゃないけど。鉛筆と消しゴムがほしいかも」
ペン先にインクを付けて、サラサラと絵を描いていく。
(やっぱり、書き慣れてるルシリリを……)
手癖で書ける程度には完コピしている。
段々、楽しくなってきた。
(他にも誰か、書こうかな。ディルクかな)
推しカプの次にたくさん書いているのが、推しキャラのディルクだ。ピアスの位置や数まで完璧に把握している。
(本物も格好良かったなぁ。嫌われているのが、悲しいけど)
サラサラとペンを走らせる紙の上に、影が落ちた。
「相変わらず絵が上手いね。ちょっとタッチが変わった?」
突然聞こえた声に、大袈裟なほど手が跳ねた。勢いでインクの瓶をひっくり返した。
紙の上に真っ黒なインクが広がる。
「なっ、なっ……」
振り返ると、幼馴染のセイン=ローディスが立っていた。
ニコニコと笑顔を振りまいている。
「ずっと休んでいるから、心配でお見舞いに来たんだ。思ったより元気そうだね」
セインが何事もなかったように話を始めた。
イソトマは何も言えないまま、震える手で絵をかき集めた。
(見られた……オタクの絵を見られた)
エロ絵を描いていたわけではないけれど。見られていいものではない。
描いていたのはルシアンとリリーのツーショットだ。
(婚約者の僕が描いていい絵ではない。しかも、よりによってセインに見られた!)
セインは、ルシアンとノアルの従兄弟だ。
どこでどんな話になるか、わからない。
「うん、元気だよ。めっちゃ元気。お父様が心配し過ぎでね」
「なるほどねぇ。おじ様はイソトマを殊更可愛がっているからね」
セインがイソトマに顔を近付ける。
イソトマが抱える紙を一枚、摘まんで引き上げた。
「あぁ……」
情けない声をあげて、セインを追いかける。
イソトマが飛び跳ねても届かない位置で、まじまじと絵を眺めている。
「ルシアン、上手だね。さすが婚約者だ。細かいところまで、良く観ているね」
「あ、ありがと」
紙をぎゅっと抱きながら、イソトマは目を逸らした。
「ところで、どうしてリリーを隣に描いているの?」
イソトマの肩が大袈裟なほど跳ね上がった。
「呪いの絵にでもするつもりだった、とか?」
「そんなつもりないし。ていうか、描いてないし」
あからさまに嘘を吐いた。
セインが興味津々で覗き込む。
「じゃ、他の絵も見せてよ」
「インクで真っ黒だよ。見えないよ」
「なら、見せてくれてもいいんじゃない?」
フルフルと首を横に振る。
イソトマは震える手で紙をぐしゃぐしゃに握り潰した。
ぎゅっと握ると、ポケットに詰め込んだ。
「何も書いてない。この話は終わり!」
セインが、ふぅんと鼻を鳴らした。
「ねぇ、イソトマ。内緒にするって約束するから、俺にだけ教えてよ」
「だから、何も書いてないってば!」
身を寄せてくるセインを、ぐっと押し返す。
イソトマの手首を掴んで、セインが引き寄せた。
「イソトマは、本当は誰が好きなの?」
「えっ……」
セインの笑みが、淀んで見える。
その瞬間、イソトマの前世脳が働き出した。
(セインは、嫌われ者のイソトマにも優しくて、変わらない態度で接していた人だけど)
伯爵家でありながら金銭的に貧窮している本家を建て直すため、アルシュタイン家から融資を受けている。
その関係もあり、セインはイソトマの婿の座を狙っている。ゲームの中でも、そういう理由でリリーに助力していた。
(セインルートでリリーとカップルになると、貴族の位を捨てるんだ)
庶民になって慎ましく暮らすハピエンだった。
(リリーは今、ルシアンルートにいる……と思う。ということは、セインはイソトマ狙いなのかな)
ぶるると、全身に寒気が走った。
「イソトマ、聞いてる?」
セインの顔が無駄に近い。
「好きな人、いない。誰も好きじゃない!」
思いっきりセインの顔を押し返した。
「ふぅん。だからルシアンとリリーのツーショット、描いてたんだね」
しまった、と思った。
「ちがっ……ルシアンは、その、特別っていうか」
正直、好きとかそういう感情はない。
生まれる前から婚約者と決まっていた。それだけだ。
「んー、やっぱりその絵、見たいなぁ」
「見せない!」
ポケットを手で抑える。
セインがイソトマを机に押しつけた。
壁ドンならぬ、机ドンだ。逃げられない。
「ルシアンじゃなくていいならさ、俺にしなよ」
耳元で囁かれた。吐息が掛かって、ゾワゾワする。
(やっぱり、そういうつもりなんだ。お金のために愛の無い結婚するつもりなんだ!)
じたばた藻掻いて、セインの手から離れようとする。
「離してよ」
涙目で抵抗するが、離してくれない。
セインの肩を引く手があった。
「セイン様、御戯れが過ぎるかと」
真後ろにディルクが立っていた。目が怒っている気がする。
イソトマに圧し掛かっていたセインが、ぱっと身を離した。
「いやだなぁ、ディルク。冗談だよ」
やっとセインが離れて、イソトマは肩の力を抜いた。
「イソトマの元気な姿も見られたし、帰ろうかな。イソトマの好きなクッキー、お土産に持ってきたから、食べてね」
ひらひらと手を振って、セインが扉に向かう。
途中、ディルクを振り返った。
「俺の可愛い恋人候補に勝手に手を出さないでくれよ、黒騎士様」
「何のことでしょう」
ディルクがよくわからない顔をしている。
「さすが、とぼけ方も一流だ。本気なら、そのままでいいよ」
イソトマに笑顔で手を振って、セインが今度こそ帰って行った。
「はぁ……」
イソトマは脱力して、椅子に身を投げ出した。
(セインって、あんなキャラだったっけ? ゲームではチャラい感じだったけど。イソトマにあんな風に迫るシーンなんか、なかった)
ゲームになかっただけで、主人公目線以外ではそういうやり取りがあったのだろうか。
(この世界のセインは、イソトマに対して、ちょっと強引だとは思うけど。それにしても壁ドンはダメだよ)
何だか、どっと疲れた。
前世を思い出す前までは普通だったことが、引っ掛かって仕方がない。
カサリと乾いた音がした。
ポケットから、ぐちゃぐちゃにした紙が落ちていた。
「イソトマ、何か落ちた」
ディルクが丸まった紙を拾った。
「あっ、あー!」
イソトマが手を伸ばすより早く、ディルクが紙を開いた。
描かれた絵をまじまじと見詰める。
ディルクの腕に掴まって、思いっきり手を伸ばす。
背が高いディルクには、どう頑張っても届かない。
「これは……俺の絵?」
「……え?」
確かに、ディルクの絵も描いた。けれど、インクを零して半分以上、真っ黒になっている。
(どうして、わかったんだろう。ディルク、凄い)
それに、気になるのはルシアンとリリーの絵のほうだと思う。
「あ、あの……勝手に描いて、ごめんなさい」
「謝る必要はない。相変わらず、絵が上手いな。けど……」
言いかけた言葉を、ディルクが飲み込んだ。
ディルクが、ルシアンとリリーの絵を見詰めた。
「……話したくなったら、話せ。その時は、聞く」
ディルクがイソトマの頭を撫でた。
トクン、と鼓動が小さく跳ねた。
(あれ……なんだろう、これ)
自分の胸に手を当てる。少しだけ、ドキドキしていた。
ディルクが絵を丁寧に畳んで内ポケットに仕舞った。
「これは、他の誰かに見られないほうがいいだろう。俺が処分しておく。いいか?」
「うん……あ、ありがと」
「折角、描いた絵を処分して、すまない」
「いや、別に……」
ポン、ともう一度頭を撫でると、ディルクが部屋を出て行った。
出て行ったディルクの背中を、イソトマは呆然と眺めていた。
コメント
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いやあ、セインの登場シーン、めちゃくちゃ生々しかったですね。あの「机ドン」からの耳元囁き、寒気がするほどゾワゾワしました。ゲームではチャラいだけのキャラだったのに、この世界だと金策のために強引に迫ってくるのがリアルで怖い。逆にディルクのフォローの仕方、あの「話したくなったら話せ」の距離感と頭ポンポンは、イソトマがドキッとするの、すごくわかります。幼い頃から設定を完コピしてる絵師視点の地の文も、オタク心が伝わってきて好きです。