ガルーナ村の入口。
木で作られた古い門には、赤い布が高々と掲げられていた。
辺りは静まり返っているため、風に煽られる布の音が小さく聞こえ続けてくるけど――
「……あの布って、何か意味があるの?」
「危険だから、無関係の者は近付くな……という合図の旗です」
「ということは、この村……本当に疫病が?」
「他の理由かもしれませんが、先日の大蛇を見る限り……」
「それじゃ急がないと! 早く様子を見に――」
「アイナ様、お待ちを!」
村の中に駆け出そうとした瞬間、ルークに肩を掴まれて静止させられる。
「え……? どうしたの?」
「仮に疫病だとするなら、村の中は危険です!」
「あ、そうなんだけど……。
私の作った薬を飲めば、とりあえずは大丈夫だよ?」
「え……? あ、そうでしたか! 失礼しました!!」
ルークは慌てて、私の肩から手を除ける。
「ううん、私の説明不足だったよね。
それにおかしいと思ったら、ちゃんと止めてくれるのはありがたいよ」
おかしいとは思っても、そのままにする人間は世の中には結構多い。
私に従ってくれながらも、ただのイエスマンではないルークは本当に心強いのだ。
「――でも、本当にその通りだね。慎重にいくことにしよう」
そう言いながら、辺りに向かって鑑定スキルを使っていく。
取得情報を調整して、病原体に限定する。
私は錬金術師だけど、ここまで来ると『鑑定師』として生きるのもありかと思ってしまう――
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【ガルーナ村近辺で検出される病原体】
疫病8172型、疫病8173型、疫病8174型
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……数分使って検出されたのは、この3種類だけだった。
すべてが大蛇の血液に含まれていたものだから、これなら対応は可能だ。
でも疫病が3種類も同時に発生するなんて、一体どうなってるの……?
「ルーク、大丈夫だったよ。
でも、新しい病原体が流行っていたらマズかったから……さっきは止めてくれて、ありがとね」
私は私で自信過剰だった。
ここは素直に反省するところだ。
「いえ、まったく問題ありません! さて……それではどうしましょう」
「そうだね――」
周囲を見まわしても誰もいない。
まさに静寂に包まれた村……といった感じだ。
「とりあえず、民家をまわってみる?」
「分かりました。それでは近くの民家からにしましょう」
私とルークは覚悟を決めて、村の門をくぐり抜けていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「すいません、どなたかいらっしゃいますか!?」
ルークが民家の扉を叩いてまわる。
少しうるさいくらいだけど、場合が場合だけに、何か問題があっても許してくれるよね。
しかし、しばらく待っても返事は無い。
「返事はありませんが……扉は開いていますね」
ルークは扉を少し開けて、その言葉を証明してくれる。
「申し訳ないけど、入ってみようか」
私が言うと、ルークは静かに扉を開けた。
「どなたかいらっしゃいま――
……アイナ様、少々外でお待ちを」
ルークは突然私の身体の向きを反転させて、民家の外に追い出した。
「む……?」
しばらくするとルークが出てきて、静かに首を横に振る。
ああ……、人はいたけど、遅かった――そういうことなんだね。
「えっと……ありがとう。
もしかして、この村全部……そうなのかな」
不意に恐ろしくなって、最悪の事態を想像してしまう。
自分たち以外が亡くなっている村……これは単純に、怖い。
「一軒ずつ当たるのは効率が悪いですね……。
それでしたら、大声で呼んでみましょう」
なるほど、それは良い考えだ。
でも私は……ちょっと、声が出そうにないや。
困りながら、ルークをちらっと見てみる。
「お任せください。大声には自信があるんですよ」
私を安心させるため、こんなときではあるが、ルークは笑顔を向けてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――どなたかいらっしゃいますか!!!!?
私たちはこの村の疫病を解決できる者です!!!!!
どうか、返事をしてください!!!!!」
……確かに大きな声。
めちゃくちゃ響く……けど、とっても助かる!
声の余韻がようやく消えた後、村の奥から初老の男性がよろよろと杖をつきながら歩いてきた。
「ごほっ、ごほっ……。あなたたちは一体……?」
ルークの顔を見上げると、彼は同意するかのように頷いた。
それじゃ、ここからは私が出ていこう。
「初めまして、私は旅の錬金術師でアイナと言います。こちらはルーク」
ルークはその言葉を受けて、黙って会釈をする。
「おお……錬金術師殿か……!
そ、それではバイロンはどこに……?」
「……バイロン?」
バイロンってなに?
そう思っていると、初老の男性は続けた。
「はて……? バイロンはこの村の者なのですが……。
一昨日、村の外に助けを呼びに行ったのです……」
ああ、なるほど。
バイロンさんが私たちを連れてきたと思ったんだけど、当の本人がいないからどういうことだ……ってことかな?
「私たちは旅の途中、この村の近くに住むという大蛇に襲われまして……。
その大蛇が疫病を持っていましたので、この村は大丈夫かと立ち寄ったのです」
「おお……なんと、なんとありがたい……」
初老の男性は震えながら、嗚咽を漏らした。
「ごほっ、……失礼。私はこの村の長、ランドンと申します……。
知る限り、この村の半分の者が……すでに命を落としております……」
「は、半分!?」
「残った者も、もう満足に動けず……。
アイナ殿には折角ご足労頂いたのですが、おひとりでは薬を作るのも難しいでしょう……。
この村のことは忘れて、どうかお帰りくだされ……」
疫病が猛威を振るう中、確かに時間は無いのだが――
……でも、私には薬を作る時間は要らないんだよね!
細かい説明は後にして、今はさっさと治していこう。
とりあえずランドンさんを、かんてーっ!
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【状態異常】
疫病8172型、疫病8173型、疫病8174型
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……って、疫病3つ持ち!?
この村は一体、どうなってるのよ……。
手持ちの薬は無いから、作ってすぐに渡してしまえ!
「出でよ (バチッ)、抗菌 (バチッ)、薬 (バチッ)!」
音を響かせながら、薬を3つ作り出す。
「え……? 今のは……?」
「私、収納スキル持ちなんです。
この薬はアイテムボックスから出したのです」
……まぁ、嘘ですが。
「そうでしたか……って、薬、ですか……!?」
ランドンさんの顔には驚きが混じる。
「ランドンさんはこの3つを飲んでください。
他の人のことは考えないで良いです。人数分、渡しますから」
「は……? な、何を――」
私の意味を理解できず、ランドンさんは薬と私を交互に見る。
「いいから飲む!!」
「は、はいっ!!?」
私のテンション高めのお願いに、ランドンさんはすぐに薬を飲み干した。
それじゃ、かんてーっ!!
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【状態異常】
衰弱(小)
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……よし、疫病が無くなって衰弱になったね。
「はい、ランドンさんは今ので治りました!」
「……は?」
「体力が戻りきってないでしょうけど、休息を取れば大丈夫なので!」
「……た、確かに、急に苦しさはなくなったような……?
いや、無くなりました……っ!?」
「それでは、お身体はまだ辛いと思うのですが……。
治療場所の準備と、治療が必要な方を集めるのを手伝って頂けますか?」
「はい……っ!!」
……それにしても、生きているのは村人の半分……くらいか。
具体的に何人なんだろう……と考えてしまったが、ここまで来たら細かいことはどうでも良い。
ここはもう、全員を助けてしまうことにしよう。
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