テラーノベル
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休日の昼下がり、窓から差し込む光があたたかい。
すちはベッドに寝転びながら雑誌を読み、みことはデスクに肘をついてスマホを眺めていた。
「……ねぇ、すち」
「ん?」
「……俺さ、そろそろ……親に話そうかなって思ってる」
ページをめくる音が止まる。
すちは雑誌を伏せ、少し真顔になってみことを見た。
「……俺たちのこと?」
「うん」
みことはゆっくりとうなずいた。
不安そうな顔ではない。むしろ、少し覚悟がにじむ表情だった。
「今までは、なんか……面倒なこと言われるかもとか、心配かけるかもとか……そういうのばっか考えて、逃げてた」
「でもさ、この間のお泊まりとか、ふつうに日々一緒に過ごしてて思ったんだ」
「“俺、こんなに好きなんだな”って」
「……それを、ちゃんと伝えたい。誰よりも、家族に」
その声は震えていなかった。
すちは、ゆっくりとみことの手を取る。
「……俺も一緒に行こうか?」
「……え?」
「一人で言うの、不安でしょ。俺も、ちゃんと向き合いたい」
一瞬驚いた顔をしたみことだったが、すぐに目を伏せて、小さく笑った。
「……ありがとう。でも、大丈夫。これは俺が言いたいことだから」
「でも、終わったら俺のとこ来て。ぜったい褒めて甘やかすから」
「それ、約束ね?」
「勿論」
指切りなんてしないけれど、
そのまなざしが、何よりの誓いだった。
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数日後。みことは小さなリュックに荷物を詰め、 最後に小さく深呼吸をして玄関に立った。
すちはそこに寄り添って、そっと手を握る。
「何があっても、俺は変わらないから」
「うん。俺も……」
(変わらないし、変えたくない)
(ちゃんと、この気持ちを俺の人生の中に刻みたい)
その日、みことは実家のリビングで両親と向き合っていた。
テーブルには、母が入れてくれた珈琲が湯気を立てていたけれど、手をつける気にはなれなかった。
「……話があるんだ」
真剣な口調に、父も母も自然と姿勢を正す。
「……今、大学で仲良くしてる人がいる。いや、仲良くしてるだけじゃないんだけど」
「“すち”っていう、同じ大学の人で──俺、彼のことが好きなんだ」
言葉にした瞬間、心臓の音がやけに大きく響いた。
けれど、恐れよりも先に「伝えられた」という安堵が胸を満たす。
「……男の人、なんだよね?」
母の声は驚いていたが、責めるようなものではなかった。
みことはうなずく。
「うん。でも、俺……彼と一緒にいると、自分らしくいられる」
「弱いところも、情けないとこも、変な癖も……何も隠さなくていいの。その人は、それを受け止めてくれるんだ」
「だから、俺は──将来、彼と生きていきたいと思ってる」
「卒業したら、一緒に住むつもり」
「それを、ちゃんと……ふたりに知っておいてほしかった」
しばらく、部屋の中に静寂が流れた。
父が深く息を吐いたあと、言葉を選ぶようにして口を開いた。
「……驚いた。でも……正直、お前の顔見て、嘘じゃないってわかったよ」
「お前が自分の人生を、ちゃんと考えてるってのも、伝わってきた」
みことは思わず目を潤ませた。
母も、そっと彼の手を握る。
「すちくんって子、今度うちに連れてきてくれる?」
「……え?」
「大事に思ってる人でしょ? だったら会ってみたい」
涙があふれた。
こぼれる声をこらえながら、みことは深く頭を下げた。
「……ありがとう。……ありがとう……!」
その夜、アパートに戻ったみことは、鍵を開けてすちのもとへ駆け寄った。
「……ただいま」
「……おかえり。顔……泣いた?」
「うん、ちょっとだけ。でも……大丈夫だった」
「……がんばったね」
みことは、すちの胸に顔をうずめて、ぽつりと囁いた。
「今度、来てって。会ってほしいって」
すちはしばらく無言だったが、やがてその頭をやさしく撫でた。
「……うん。ちゃんと行くよ。みことの大事な家族に、ちゃんと会う」
「だから、もう泣かないで。……俺も、嬉しいから」
その夜、ふたりは何も飾らずに、何度も寄り添い、手を握りしめて眠った。
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土曜の午後。
駅前で待ち合わせたすちは、いつもより少しだけきちんとしたシャツに袖を通していた。
「緊張してるの?」
笑いながら声をかけたみことに、すちはふっとため息をつく。
「そりゃするよ……みこちゃんの親だよ」
「……でも、来てくれてありがとう」
その言葉にすちは肩の力を抜き、小さく頷いた。
「行くって決めたのは俺だしね」
ふたりは肩を並べて、みことの実家へと向かった。
玄関で迎えてくれたのは、みことの母だった。
すちは深くお辞儀をして名乗る。
「初めまして。すちと申します。今日は、お時間いただきありがとうございます」
礼儀正しくも、どこか不器用なすちに、母はやわらかく微笑んだ。
「こちらこそ、来てくれてありがとうね。さ、上がって」
リビングにはすでに父が座っていた。
短く、無言の会釈。だがその視線は真剣だった。
すちは緊張を隠さず、正座して向かい合う。
みことは少し離れたソファに座りながら、見守っていた。
「……今日は、改めてご挨拶に伺いました」
「みことくんとは、大学で出会い……最初はただの友人でしたが、だんだんと……自分にとってかけがえのない存在になっていきました」
「彼は、素直で、優しくて……とても頑張り屋です」
「……だからこそ、俺はこれからも、彼の隣にいて……支え合って生きていきたいと思っています」
少しの沈黙。
父が口を開く。
「真剣に考えてるのは、伝わったよ」
「ただ、親としては正直、不安もある。社会の目もあるし、お前たちが思ってる以上に、大変なことだってあるだろう」
その言葉に、すちはまっすぐ目を合わせた。
「……はい。わかっています。だからこそ、俺は彼をひとりにしません」
「辛いときも、迷うときも、俺は逃げません」
「みことが俺を選んでくれたことを、後悔させたくないんです」
母が、小さく息を飲んだ。
みことの方を見ると、彼は涙を浮かべながらも、まっすぐすちを見つめていた。
その後、母が用意してくれたお茶を飲みながら、少しずつ空気が和らいでいった。
趣味の話、大学でのエピソード、将来のこと──
無理に笑わせようとせず、すちはただ静かに、真剣に話し続けた。
帰り際、父が玄関まで見送りに来た。
「……簡単には、全部をすぐに理解できない。でも──」
「……お前のことは、少しわかった気がするよ」
すちは深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
駅までの道、みことはずっと手を握っていた。
「……本当にありがとう。かっこよかった」
「かっこいいとかないよ、あんな緊張したの初めてだ」
「でも、俺の家族に……あんな真剣に向き合ってくれるの、うれしかった」
信号待ち。
みことはすちの肩にもたれかかる。
「……この人となら、大丈夫だって思ったよ」
「……俺も、そう思った」
淡い夕陽の下で、ふたりの手が離れなかった。
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