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꧁ 第1話 ꧂
(サンプル/テスト用)
懐中電灯を片手に、Bは暗い廊下を進んでいた。
「……思ったより、普通だな」
Bが呟く。
「……普通じゃ、ないよ」
隣で、Aが短く返した。
同く懐中電灯で光を照らしながら、こちらではなく、どこか別の方向を見ている。
「……誰かに、見られている気がする」
「……“幽霊”、か?」
「……分からない。けど、すごく視線感じる……」
Aは一瞬だけ言葉を切って、息を整えるように続けた。
「……早く帰ろう。あんまり長くいたくない……」
Bは何も言わず、懐中電灯の向きを少しだけ変えた。
照らす範囲を広げる。
見えないものを、無理やり“見える側”に引きずり出そうと──しかし、それらしきものはいない。
──今、AとBは、日本にある孤児院、『ワイミーズハウス』にいる。
この施設は、かなりの異質だ。ワイミーズハウス出身の彼らから見ても、“例外”と言っていい。
もともと、ここは旅館だったらしい。
廃墟となったそれをキルシュ=ワイミーが買い取り、施設として再利用した。
だが──場所が悪い。
山奥。
人目につかず、外界から切り離された立地。
だからか──ここに集められたのは、“普通じゃない子供たち”だった。
外観も、内部構造も、運営の方針すら、常識外れであり、同じワイミーズハウスなのかと疑いたくなるほど。
異常。
規格外。
あるいは──逸脱。
ワイミーズハウスという枠組みの中にありながら、その枠を内側から食い破って成立している、異常な孤児院。
そして──最も重大な問題は、この施設で起きた“事件”だ。
ワイミーズハウスの子供たち。
職員。
関係者。
──全員、死んだ。
不審死が相次ぎ、原因は特定されていない。
調査に入った警察関係者も、例外ではなかった。
戻ってきた者は、いない。
やがてこの場所は封鎖され、今では立ち入り禁止の、半ば“隠された”心霊スポットとして扱われている。
噂の域を出ない話も多いが──それでも、人が寄りつかない理由としては十分だった。
そんな場所に、AとBが来ることになったのは、ここがワイミーズハウスであるという情報が、外部に漏れたからだ。
本来、外に出るはずのない施設。
その存在が知られれば、ワイミーズハウスの評判に関わる。
それだけでも無視できない問題だが──もう一つ、大きな理由がある。
この事件に──Lが興味を持った。
事件解決のため、身内である彼らが動いている。
表に出すには、都合が悪すぎる案件だ。
ならば、身内が処理するしかない。
……もっとも。
「現地調査は任せます」と、あの人はやけにあっさりと言った。
理由は大体分かっている。
こういう場所が──苦手なのだ。
幽霊だとか、そういう類のものが。
だから、推理も調査もほとんど丸投げ。
「楽してるだけじゃないですか」と言ったら、通信を切られた。
相変わらず勝手な人だ。
本来なら、A単独の調査になるはずだったのだが──“Aの体質”を考えれば、それは危険すぎる。
放ってはおけず、こうして一緒に来ている。
視線を横に向けた。
「っ……はぁ……はぁ……」
Aはすでに──限界に近い。
呼吸が浅い。
肩が震えている。
寒さのせいか、恐怖のせいか。
……おそらく、そのどちらもだ。
視線が落ち着かない。
無理をしているのは明らかだ。
「……」
どうする。
このまま進むか。
それとも──
少し、落ち着かせるべきか。
「……大丈夫か?A」
声をかける。
少し間があって。
「……こわい」
かすれた声で、Aが呟いた。
「大丈夫」
Bは短く言う。
「……いつだって、一緒にいる」
Aが、わずかに顔を上げる。
「B……ありがとう」
小さく笑った。
その笑い方は、子供の頃と変わらない。
Aは昔から、霊感が強かった。
何もない場所を見て怯える。
触れていないものが動く。
声が、聞こえる。
いわゆる怪奇現象も、Aにとっては“日常”に近い。
同じ部屋で過ごしていたから、その瞬間を何度も見てきた。
だから分かる。
これは、“気のせい”なんかじゃない。
「……今回は、少し強いね」
ぽつりと呟く。
Aは、そういうものに“触れすぎる”。
近くに誰かがいれば、まだいい。
だが、ひとりになったとき。
あるいは、精神が弱っているとき。
──境界が、曖昧になる。
“向こう側”に、引きずられる。
「……大丈夫だよ」
Aが、小さく言った。
不安を押し込めるように。
「Bがいるから」
一歩、近づく。
「……ずっと、一緒だよね?」
その問いに。
Bは、迷わず答える。
「ああ」
──ずっと、一緒、かあ。
その言葉が、頭の中で、わずかに引っかかる。
視界の端。
いつものように、浮かび上がる。
名前と、寿命。●
見慣れているはずのそれが──
今は、やけに鮮明だった。
無意識に、目を逸らす。
見たくない、と思った。
それでも、視界からは消えない。
「……」
胸の奥が、わずかに痛む。
チクリ、と。
言葉にするほどでもない、ほんの小さな違和感。
だが、それは──『死期』は確かに、見えていた──
「B、上に……行ってみよう」
Aが、小さく言う。
指差した先。
廊下の奥に、古びた階段が見えた。
「うん」
短く返し、足を向ける。
ぎし、ぎし、と。
踏みしめるたびに、木が軋む。
ふたり分の足音が、大きく響いた。
階段を上がりきった、そのとき。
──キィ、……キィ。
どこかで、扉が揺れている。
廊下の先。
薄暗がりの中で、ひとつの扉が、ゆっくりと開閉を繰り返していた。
「……風?」
そう呟いた瞬間。
──バタンッ!!
激しい音が廊下に響いた。
「……っ」
思わず足が止まる。
音の余韻だけが、階段フロアにしばらく残った。
だが、立ち止まっていても仕方がない。
Bは短く息を吐き、再び歩き出す。
この先に進むなら──あの閉じた扉しかない。
ゆっくりと、手を伸ばし、軋む音を立てて、扉を開ける。
その先は──また、廊下だった。
さっきとよく似た、長い廊下。
どこまでも続いているように見える。
「……」
Bは何も言わず、足を踏み入れる。
Aも、少し遅れて後を追った。
ぎし、ぎし、と。
足音が、不自然なほど響く。
そのとき。
「ひっ……!」
小さな悲鳴。
Aが、背中にしがみつくように隠れる。
「……どうした」
振り返らずに問う。
Aの手が、震えているのが分かる。
「……“いる”」
掠れた声。
「……そこに」
Aの指が、わずかに震えながら前を指す。
廊下の先。
プレートの剥がれかけた扉──《資料室》。
「……女の人が、入った……」
Bは答えない。
ただ、わずかに顎を引き、視線を固定する。
「……、」
足を動かして、ゆっくりと、一歩ずつ進む。
「……ま、待って」
Aが手を引いた。
「何……?」
「本当に、行くの……?」
震えた声。
「人がいるかもしれないだろ……」
「……ち、違……あれは、人じゃ……」
Aの声を他所に、さらに距離を詰める。
ドアの前。
手をかける。
──行ってみるか。
そう言いかけて。
ふと、Aの方を振り返った。
「──」
その瞬間。
『──見つけた』
知らない女。
すぐ目の前。
髪が長く、頭から血を出している。
息が詰まる。
いつからいた──?
「……っ」
反射的に、Aの手首を掴む。
引き寄せ、細い肩を支えたまま背を向ける。
走る。
開いていた扉へ。
なだれ込むように中に入り、すぐに扉を引き寄せる。
──バタン!
「……はぁ、……はぁ……」
呼吸が乱れる。
静まらない鼓動を、無理やり押さえつける──
その隣で。
Aは、口元に手を当てたまま、動かない。
視線は、廊下を繋ぐ吹き抜けの窓へと向けられていた。
「……A?」
返事はない。
「あ……」
かすれた声。
「……あ、あ……」
今にも泣き出しそうな顔で、首を横に振る。
それでも、目だけは逸らさない。
窓の外を、見続けている。
「……大丈夫か?」
Bは肩に手を置く──
次の瞬間。
──ビリッ!
脳の奥に、ノイズが走った。
視界が、重なる。
見たことのない景色。
月明かり。
庭園。
木に打ち込まれた──《藁人形》。
「……っ」
息が詰まる。
映像が途切れたと同時に、現実に引き戻される。
「なんだ?……今のは」
ふと、視線を上げると──Aの姿がない。
「……A?」
──いない。
さっきまで、確かにいたはずの姿が、どこにもない。
「A……?どこだ……」
部屋の中を見回す。
机の下、棚の奥、ドア付近。
いない。
「……どこ行った……」
わずかに声が低くなる。
そのとき。
──チリン。
小さな鈴の音。
反射的に顔を上げる。
音のした方へ、ゆっくりと視線を向けると、窓の向こう──
廊下に──Aがいた。
「……A!」
すぐに窓へと近づく。
だが──
Aは、こちらを見ていない。
両手を、引かれている。
小さな手に。
左右から。
子供が、二人。
「……」
子供の顔は見える。
だが、何も浮かばない。
名前も。
寿命も。
──空白。
(死人……──幽霊か)
理解が追いつくのと同時に、Aは導かれるようにゆっくりと前へ進む。
引かれている。
自分の意思じゃない。
「……っ」
考えるより先に、体が動いた。
扉へ。
取っ手を掴み、乱暴に引き開けた。
「A!」
廊下へ飛び出す。
だが──
Aの姿は、もうない。
「……ッ」
視線を走らせる。
奥。
わずかに、影が動いた気がした。
「そっちか」
走って、角を曲がるが──
──いない。
ついさっきまで、そこにいたはずなのに。
「なんで……」
反射的に足を止める。
目の前に広がっていたのは、いくつもの扉。
床には人形や鞠が落ちている。
壁には左右に並ぶ、同じ形のドア。
数が、多い。
雰囲気から読み取るに──
「……子供部屋?」
あるいは、旅館時代の客室。
名残だけが、そのまま残っている。
「……A……どこだ」
呼びかける。
返事はない。
ゆっくりと歩きながら、視線を配る。
懐中電灯の光で、一つずつ扉を照らしながら。
「……A……」
静かすぎる空間。
舞っている埃だけが光に照らされてよく見える。
さっきまでの気配が、嘘みたいに消えていた。
そのとき。
──ギィ。
背後で、小さな音がした。
「っ……!」
反射的に振り返る。
ひとつの扉が、半分だけ開いている。
さっきまでは、閉まっていたはずのドア。
その隙間から──
Aが、こちらを見ていた。
無言で。
じっと。
光も当たっていないのに、顔だけがはっきり見える。
「……A」
手を伸ばし、一歩、近づく。
その瞬間──
──バタン!
扉が、勢いよく閉まる。
続けて。
──ガチャ。
内側から、鍵がかかる音。
「……ッ!」
Bはすぐに扉へ駆け寄る。
取っ手を掴み、引く。
開かない。
「A!」
叩く。
返事はない。
その代わりに。
扉の向こうから、かすかな声が漏れた。
「……もうすぐ……奴が、来る……」
ぞくり、と背筋が粟立つ。
「……早く……逃げないと……」
「……っ、A?」
問いかけるが、返答はない。
次の瞬間──
──キィィン。
高い耳鳴りが、鼓膜の奥を突き刺した。
思考が一瞬、白く飛ぶ。
「ッ!──なんだ?」
空気が、急激に冷える。
皮膚の上を、何かが這うような感覚。
「鬼が……来る……」
気配は後ろから──
反射的に、振り返る。
すると──
そこに──“自分が、立っていた”。
見た目も。
服も。
何もかも、同じ。
なのに──
──“目だけが違う”。
布で、覆われている。
ぐるぐると、隙間なく巻かれたそれは、“見えないはず”なのに。
──見られている。
「……あ」
声が、漏れた。
目の前のそれが、“自分だ”と認識した瞬間──
視界の上に、浮かび上がる。
名前と、寿命。
反射的に、視線を上げた。
だが──
読めない。
文字が、酷いくらい歪んでいる。
滲み、崩れ、引き伸ばされて。
赤い糸がグシャグシャに絡み合っているみたいに。
(なんだ、これ……)
人間なら、ありえない。
いや──
人間“じゃない”。
「……違う」
これは。
もっと、別の。
言葉にできない何か。
(……やばい)
理解より先に、本能が告げる。
ダメだ……。
見ては……。
見ては……ダメだ。
「……逃げないと」
足が、わずかに後ずさる──
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ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
本作はまだ序章に過ぎません。
現在、本編を少しずつ書き進めております。
もしよろしければ、コメントなどいただけるととても嬉しいです。
また次の頁で、お会いしましょう。
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