ヒーローは夜空に散る金曜日の夜、いつもより騒がしい凪街のビルの屋上に立つ。そしてそこから下を見下ろし 、凪街の様子をじっくりと観察する。
スーツを着たサラリーマン、客を求めて外に立つ居酒屋の店員、キャバ嬢、酔っ払いなど… 。
私は一人一人観察していた。その中に、一人不審な男を見つけた。酔っ払いにしては何か おかしい。双眼鏡を取り出し、彼の顔をじっくりと見つめた。瞳孔が開き、目がおかしい 、頬も痩せこけている。そして何かにおびえているようだった。
「あれか 」
私はすぐに察した。夜の街に出回る薬、確か幻覚や幻聴も引き起こす結構危険な奴だ。
「やれやれ、まだ出回っているのかねぇ。」 私は男に声をかけるため、ビルを駆け下りていった。降りている最中ある女が私に声をか ける。
「玲子、そんなに急いでどうした?」
私は振り向いてにこりと笑みを浮かべた。 「今あれをやっていそうな人見つけたから、声をかけに行こうと思ってね。」
女は煙草の煙を吐くと「そうか」と答えた。
「じゃあ、行ってきます!」
「気をつけろよ。」
私はビルから出ると、先ほどの男を探した。きっとまだ近くをうろついているはずだ。し かし、通りを探してもいない。裏路地も見て回ろうとすると怒鳴り声が聞こえてくる。
「いいからさっさと金払えって言ってるんだよ!」
「そ、そんな大金持っていないです!」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」
怒鳴り声が聞こえた路地へ行ってみるとさっきの男といかにも危ない感じの男二人が言い争っていた。
「何しているの?」
「あ?」
まずはけんかを止めるべく三人に近づく。 「お金なら私が立て替えるよ。いくら払えばいいの?」
「いやぁ、嬢ちゃんに払える金額じゃあ…」
「いいから いいから!」
男たちは黙るとしぶしぶ指を開いた。
「五だ。五万。」
「たっか!何買ったらそんな値段になるわけ!?」
男のほうを振り向いて聞いてみる。
「く、薬です…」
私は財布から五万円を取り出すと二人に渡した。
「はい、これでいい?」
男たちは受け取ると
「嬢ちゃんに感謝するんだな!」
そう言い残し男に白い粉を渡して去っていった。
「これが例の薬ねぇ。」
私は男からその薬を取り上げるとまじまじと見つめた。
「は、はやくそれを!」
「だーめ。お金は私が立て替えたのだから、まずは私の家に来てもらうよ。」
「え、えぇっ!?」
男は驚いていたが強制的にビルに連れ帰った。
ビルの中に入り、二階に上がる。
「薬一名様ご案内ー。」
そう言って雑に連れてきた男をソファに放り投げる。
「お疲れさま、後で病院に連れていくよ。」 リビングのソファにはビルのなかで話しかけてきた女が座り、テレビを見ていた。 私は携帯を取り出し、電話をかける。電話の相手は幼馴染の獅子合だ。
「もしもし、獅子合?」
「なんだ、玲子か。今日はどうした?」
獅子合りょうが。春川組という極道の一員で私の幼馴染。 春川組というのはこの凪街を裏で守る極道だ。
「今日薬やっている人見つけて保護してさ。患者は病院に放り込んでおくから、そっちは 犯人捜しお願いね。」
「了解、特徴は?」
「今写真送っておいた。今日会ったのはその二人。」
そういうと獅子合は了解と返し、電話を切った。
「あ、あのここは…」
ソファに投げられた男は起き上がるとそう尋ねてきた。
「ここは雨宮屋。何でも屋だよ。君、危ない薬やっていただろ。今から専門の病院にぶち 込むから覚悟するんだね。」
「そ、そんな っ!」
男は絶望した顔をした。でも仕方ない。薬からは危ない薬だっていう反応も出たし、やっ ていることは犯罪だ。警察に送られないだけ感謝してほしい。おっと、獅子合に一つ言い 忘れていたことがあった。LUNEを開き
「渡した五万、取り返しておいて。」と、そうメールした。
三日後、私は知り合いがやっているバーにお邪魔していた。
「やっほー。」
「やっほー、玲子ちゃん!」
「いつものでいいかい?」
「うん」
私は軽く返事をすると席に腰かけた。ここのバーの特性のダージリン・キール・ロワイヤ ル。 ダージリンティーにカシスリキュールとスパークリングワインを合わせたこのお店おすす めのカクテルだ。ここの店に来るたび決まって頼んでいるのだ。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
そしてこのバーのもう一つの特徴。それが
「玲子ちゃんー!」
「待っていたわよー!」
キャバクラも兼ねていることである。私には無縁の世界だ。こうもかわいがられるとは私 は思っていなかったのだけれど。キャバクラの嬢たちは胸を私の顔面に押し付け私の、私 のと取り合いを始めた。 こんな胸がうらやましいぜ、全くと思ったりもしたが。
「それでどうなのよ、獅子合君とは!」
今度は恋バナがはじまった。というのも彼女たちは私が獅子合に気があると思っているら しく。
「いやそんなわけな
「それはないですよ、お嬢さんたち。」
そう言って店に入ってきたのは獅子合とその弟分速水だった。
「俺は極道。玲子は一般人です。俺たちの戦いに一般人を巻き込むわけにはいかない。」
「もー、優しいのね、獅子合さん。」
昔から彼はこうだ。幼いころ極道にあこがれ、春川組に入ったのは十五歳のころ。兄貴た
ちから厳しい指導を受け、たまに会うときはいつも傷だらけ。ろくに手当てもしないもの
だからいつも私が手当てをしていた。その時からだ。「俺は極道だから」が口癖になって
いたのは。
「ほら、取り返してやったぞ。」
「さんきゅー。あれ、多くない?」
「それは佐山の兄貴からだ。いつも世話になっている礼だとよ。」
封筒には取り返してもらった五万とプラスして三万が入っていた。
「それはどうも」
これはありがたく受け取っておかないと後で怒られそうなのでもらっておくことにする。
「やぁ獅子合君。守代だよ。」
「いつもすまないな、山城さん。」
獅子合と速水は店長さんから守代を受け取った。守代とはこの街の治安を守る代わりに対
価としてもらうもの。極道の収入源は大体がこの守代だ。
「さて、私もそろそろお暇するよ。いくら?」
「三千円だよ。」
私はお金を支払い、店を後にした。その後ろに獅子合もついてくる。
「玲子、常々言っているが俺たちの真似事のようなことはするな。それは俺たちの仕事だ
といつも言っているだろう。死にたいのか?」
「知っているくせに。私は死なないって。」
「あぁ、そうだったな」
獅子合は頭をがりがりとかくと煙草をふかし始めた。
「だがよ、今はいくつだ?」
「二十四歳。」
彼は舌打ちをして私を壁にぶつける。
「なんでそんな平気な顔をしているんだよ!!」
「痛いよ、獅子合。もう昔じゃないんだから。」
兄貴たちに鍛えられてきた獅子合の強さは昔の何倍にもなっている。そんな強さで壁にぶ つけられれば痛いに決まっているのだ。
「悪い…」
獅子合は懐からお金を取り出した。
「奇病に詳しい先生がいる。見てもらえ。」
「そんなことしなくてもいいんだよ。私の運命はもう決まっているのだから。」
そう生まれた時から私の運命は決まっていた。星形のほくろをつけて生まれてきたあの日 から。
「それでも、何か変わるかもしれないだろ。」
「わかったよ。そこまで言うなら行ってくる。」
私はしぶしぶお金を受け取り家路についた。
次の日私は獅子合に言われた病院へ来ていた。どこにでもある街の普通のクリニック。
「本当なのかねぇ。」
中に入り受付を済ませ呼ばれるのを待つ。私は期待などしていなかった。
「雨宮さん。」
看護師に呼ばれ診察室に入る。中には赤い髪の女性がいた。」
「はじめまして。このクリニックの院長、上荒美紀だ。」
「はじめまして」
「獅子合から話は聞いているよ。星散病なんだってね。」
どうやらあらかじめ獅子合が連絡を入れてくれていたようだ。
「星散病の患者はとっても少ない。だから色々調べさせてもらうよ。」
「はい。」
検査の間、美紀さんとはいろんな話をした。なんでも彼女は私の姉、優香と大学の同級生 でよく優香とともに酒を飲んでは遊んでばかりだったこと、よく私のように街のパトロー ルに行っていて自分は助手のようなものだったことに私は驚いた。
「そういえば美紀さんはどうして奇病に詳しいのですか?」
「ロンドンでいろいろ研究をしていてね。それでさ。さ、終わったよ。」
私は診察台から立ち上がると検査結果を見つめた。
「体内には星屑がいくつもある。これが星を吐く原因とみて間違いないだろう。そしてそ れはものすごい速さで増加している。血液にも入っているくらいに。」
そう言うと美紀は採取した血液を私に見せた。
「それで、あとどのくらい生きられるのですか?」
文献では星散病の患者が二十五より生きたという記録はない。君の場合はあと一年 。」
「そうですか。」
どこの病院でも聞かされた言葉だ。私はもう慣れていた。
「だからこの一年を有意義なものにしてほしい。どうせ寿命でしか死ぬことはないのだし
、獅子合たちのように極道として生きてみてもいい。」
美紀は笑いながらそう言った。
「どうするかは君次第だ。獅子合には私から言っておこう。」
「ありがとうございます。」
私はそういうと病院を後にした。
星散病、それは二十五になると星屑になって散る病気。さきほど美紀が言っていたように 体内に星屑がたまり二十五になるにつれ星屑を吐くようになる。ちなみにこの星屑は高値 で売れるらしい。そして顔には目印かのように星形のほくろがある。生まれた時から運命 は決まっていたようなものだ。腕のいい医者に診てもらったって二十五で死ぬことは変わ りないのだから。
「あれ、玲子じゃん。今日も病院?」
「佐山さん。」
佐山康介。春川組の狂人と呼ばれている男。ふるう剣には型というものがまるっきりなく
自由に剣を振り回すという戦闘スタイルで敵を圧倒する。
そんな彼と一緒に公園に行き二人でしばらく談笑した。
「そっかー。獅子合が気を効かせてねぇ。」
「えぇ。でもどこの医者とも同じ事を言われましたよ。」
「やっぱり二十五で死ぬんだ?」
「はい。」
佐山さんの年齢は三十。そこまで生きられることはないから正直うらやましいと感じてし
まう。
「二十五で死ぬのかぁ。なんだか悲しいねぇ。」
「佐山さんでもそう思ってくれるのですね。」
「あったりまえよぉ。玲子は妹みたいなものだし。」
そう言う佐山さんは煙草をふかし始めた。
「吸う?」
「いいえ、吸いません。」
「健康志向だねぇ。」 あと一年で死ぬというのに健康に気を使ってどうするというのだろう。
「ねぇ、玲子。一つ大きな事件があるのだけど一緒に解決してみない?」
「大きな事件?」
「そ。」
彼はそう言うとどこかに電話をかけ始めた。 「もしもしー獅子合?あの事件の資料持ってきてくれない?」
どうやら電話の相手は獅子合のようだ。
「五分で土山公園な?遅れたら殺す。」
殺さないでくれと内心思いながら電話の内容を聞いていた。 その後、佐山さんの言う通り五分できた獅子合と速水は理不尽にしめられていた。その間事件 の資料に目を通す。事件の内容は孤児院で三人の兄弟が誘拐されたというものだ。しかも 三人とも何かしらの奇病を患っている。誘拐した犯人は幸い防犯カメラに映っていて犯人特定はされたのだが。
「警察は動かないの?」
「あぁ、今回の事件に関しては動いちゃくれねぇ。なにせ事件を起こした犯人はこの街の 警察のトップだからな。」
「あー、そのパターンかぁ。」
警察は自分の身を守るために自分や自分の身内が起こした事は隠してしまう。そのせいでうやむやにされた事件、事故は後を絶たない。 「で、それに耐えかねた孤児院の院長が俺たちに依頼してきたってわけなんだ。」
「それはいいけど、どうして私が行くことに?」
「どうせ寿命でしか死なないんだし、パーっと大きなことやっちゃおうよ!」
佐山は速水をしめあげながらそう言った。つまりカチコミに一緒に行こうってことだろう 。
ため息をつき、とりあえず速水を解放してあげることにした。 家に帰る途中、獅子合と共に歩いていると彼は思いため息をついた。
「美紀さんから聞いた。やはり二十五までしか生きられないんだな。」
「まぁね」
今はこんなに元気なのに二十五で死ぬなんて考えられないだろう。無理もない.
「今は本当に何もないのか?」
「星屑を吐くこと以外何もないよ。」
「それならいい」
そう言うと獅子合は私の頬にあるほくろにそっと触れた。
「このほくろがうらめしいぜ」
「そういうこと言うんだね、獅子合も。」
「まぁな。」
そんなことをしながら歩いているとビルに到着した。
「夜迎えに来る。支度して待っていろ。」
「わかった、待っているね。」
獅子合はビルの階段を上がる私の姿をじっと見つめていた。獅子合は速水が運転してきた 車に乗り込み一度アジトに戻る。
「獅子合の兄貴、本当なんですか、星散病に玲子の姉貴がかかっているって。」
「本当だ。あいつは来年死ぬ。」
「あんなに元気そうなのに不思議だよぇ。」
車には佐山さんも乗っていた。
「まるで神様に連れ去られるように死んじゃうなんて。」
速水は黙り込んでしまう。信号に差し掛かった時、
「神様っているんですかね。」
そう話しながら空を見上げた。
「さぁ、どうだろうな。」
俺はそう返すしかなかった。「美しい奇病」世間ではそう呼ばれている奇病の数々。星散 病だけじゃない。今回連れ戻しに行く三兄弟もなにかしらの美しい奇病にかかっている。
その奇病はまるで神様から授かったギフトのように本当に美しく希少だ。獅子合は考えて いた。もし神様がいたとしたらなんで俺たちを引き合わせたのだろう。二十五で死ぬ彼女 と、極道に入った以上、いつ死ぬかわからない俺を
一方、ビルの中では玲子と優香がくつろいでいた。
「へぇ、そっか。美紀に会ったんだね。」
「うん、きれいな赤髪の人だったよ。」
玲子はコーヒーを飲みながら優香が見せてくれたロンドンでの写真を見ていた。優香もロ ンドンの大学出身で英語はペラペラなのである。確か美紀は医学部で優香は考古学出身だ とか。玲子も大学は卒業したが優香や美紀のような海外の大学ではなく日本の普通の大学 に通った。
「それで検査結果は?」
「やっぱり二十五で死ぬんだって。体中に星屑があるみたい。」
「そうか」
優香はそう言うとカランと氷の音を立てる。
「もし君が二十五よりも長生きしてくれるのなら雨宮家の財産をすべて継がせようと考え
ていたのだが…」
「むしろ私が財産になるんだよ、優香。」
「そうだな」
優香は涙を流しそうにそう言った。優香も私を引き取った時から私が星散病だということ を知っていた。それなのに私を引き取って育ててくれたのだ。いつか奇跡が起きると信じ て。だが、現実はそう甘くはないのだ。コーヒーを飲みながら私はそんなことを考えてい た。
星散病だと知る人は少なくはない。この星形のほくろのせいで今まで会った人たちには知 られていた。なので、いつも「死ぬのは怖くないのか」と問われることがあった。私はも う覚悟が決まっていたのか「怖くない」と返していたのだが。ヤクザには金目的で命を狙 われた。 「死ねば金になる」
「貴族様に売りつければ高値で買ってくれる」そう思ってい たのだろう。だがたくらみは春川組の手によって阻止された。そしてそんな私を引き取っ たのが優香だった。優香の父、卓蔵は有名な剣術の師範。身を守るためと剣術を私に教え てくれた。おかげで春川組に負けず劣らずの剣術を身に着けることができた。ここまでし
てくれた雨宮家には礼をしてもしきれないのに。優香の言葉に答えられないのはとても残
念だ。
その夜、獅子合たちが約束通り迎えに来てくれた。カチコミメンバーは私、獅子合、佐
山の三人。目標は誘拐された三人の救出。獅子合は敵アジトに向かって車を走らせている
間、作戦内容を教えてくれた。今回敵メンバーは全員殺すことになるのだが私は殺しには 参加せず三人を素早く探して保護する。気絶させておけばあとは自分たちがやるとのこと 。殺しに行くなんて穏やかじゃないなぁと思いつつ聞いていると敵アジト近くに到着した 。
「じゃ、ここからは歩きだ。用意はいいか?」
「もちろんです。」
私は竹刀の入ったバッグを持ち、車を降りた。敵のアジトがある場所は繁華街の一角にあ るビル。この中に三兄弟もいると見て間違いないだろう。
「じゃあ、行くぞ。」
「はい!」
佐山の一言で中に入る。
「どうもぉ!ぶっ殺しに来ましたぁ!」
「てめぇら全員生きて帰れると思うなよ!」
二人が奴等の注意を引いている間私は別の部屋に入り誘拐された三人を探し始めた。
「どこにいるんだろ。」
窓から外を見ると倉庫が見えたのでそこへ行ってみる。見張り二人のみぞおちを思いっきり殴って気絶させ、見張りが持っていた鍵で中に入った。
「だ、誰!?」
どうやら中に誰かいるようだ。電気をつけるとそこには二人の男の子がいた。手錠をつけられ逃げられないようにされている。
「大丈夫?怪我はない?」
「は、はい 」
二人の子供のうち一人は体中に薔薇のような痣があり、一部の痣からは薔薇が咲いていた。
もう一人の足元には宝石のかけらが散らばっている。
(これって)
きっと奇病の症状だろう。しかしこんなことをしている暇はない。もう一人がいないのだ。
「ねぇ、君たちのほかにもう一人いるよね?どこにいるか知らない?」
二人は顔を見合わせると私に縋り付いてきた。
「きっといつもの部屋だよ!」
「案内するからついてきて!」
いつもの部屋とは何のことだろうと思い二人の手錠を外して外に出ると全身返り血まみれ の佐山がそこにいた。
「あ、見つかったんだね、よかった、よかった。」
「それがもう一人いなくて 二人に聞いたらいつもの部屋ってことだったんですけど 。」
薔薇のあざのある子が私の腕を引っ張り急かしているのでついていってみるとある部屋の前にたどり着いた。
「きっとここにいるはずだよ!」
佐山は剣を構えゆっくりと扉を開いた。そこには鎖につながれた男の子とその男の子に鞭を撃つ男がいた。
「コウタ!」
コウタと呼ばれた男の子がゆっくりと顔を上げる。その顔と体は赤い結晶に覆われていた 。
「あ、何逃げてんだてめぇらっ!」
倉庫から逃げ出している子供に気付いた男は拳銃を取り出して子供たちに向ける。それに気づいた佐山がすぐに日本刀で男の体を切り裂いた。
「ぐえええええっ!」
「まだ一匹残っていたのか。」
「お見事。」
二人の子供がコウタの鎖を解き「大丈夫か」と声をかける。
「この結晶は一体…」
「これも奇病の一つなんじゃない?」
彼らの奇病について知るためにも三人を早く病院へ連れて行かなければならない。
「三人とも早く車に乗って。病院へ行こう。」 「お姉さんも俺たちにひどいことをするの?」 幼い目でこちらを見つめてくる。私は三人に近づいた。
「ひどいことはしないよ。病院に行って君たちの傷を見てもらわなきゃ。あとその病気ね。」
私たちで三人を運び出し、車に乗せ、美紀さんがいる病院へ急いだ。 車で二十分ほど車を走らせると美紀さんの病院についた。
「美紀さんいる?」
「ここは救急病院じゃないんだがねぇ。」
あくびをしながら美紀さんはそう言った。 「実はさっき誘拐された三人を見つけてきて、どうも奇病みたいなの。」
「ほう、どれ、見せてみな。」
三人を診察室の中に入れると美紀さんは診察を始めた。私たちは待合室で待つ。
「ねぇ、獅子合。」
「どうした。」
「怪我してないの?」
「あぁ、俺たちは無傷だ。」
「あいつら弱すぎたからな!」
まぁ、本物には勝てないかぁと苦笑いした。三十分もすると美紀さんが診察室から出てきた。
「終わったよ。」
三人の子も一緒だった。咲いていた薔薇はすっかり無くなり、体を覆っていた結晶も美紀さんの手によって取り外されていた。
「こいつは薔薇咲病、こいつは宝石病、こいつは狂獣病だ。」
どれも聞いたことのない病気だった。
詳しく聞くとこうだ。薔薇咲病は体中に痣があり血 と共に咲く病気。
宝石病は流した涙が宝石に代わる病気。感情によって流す宝石が変わる 。
狂獣病は怒ると狂ったように暴れだす病気。傷つけても流した血が硬化し結晶にかわる病気だ。
「玲子みたいに何年で死ぬとかは?」
「ないよ。三人共治らないけど人と同じように死んでいく。」
「よかったなー坊主たち。」
佐山さんは三人の頭をわしゃわしゃとなでくり回した。私は優香に電話をかけた。
「もしもし、優香?」
「あぁ、どうした?もう終わったのか?」
「うん、終わったよ。それで一つ相談なんだけどさ 今日保護した三人、私名義で保護 していいかな。」
「ほぉ?お前あと一年も生きられないんだぞ?」
「わかっている。でも、自分の星屑を誰かのために使いたいって思える子たちだったの。それに優香、雨宮家の財産を渡す人が欲しいって話していたじゃない。」
優香はため息をつきながらやれやれというと 「わかった。いったん家に連れて帰ってきなさい。いいね?」
「わかった。」
電話を切ると獅子合が驚いた表情をしていた。
「玲子、お前正気か!?」
「えぇ。」
「養育費はどうするの?」
「それなら私の星屑を使えばいい。有り余っているし。高値で売れるし。」
前から決めていたのだ。自分の星屑はほかの人たちのために使おうと。
「君たち、私の家に来ない?」
三人はきょとんとした顔をした。 三人を連れて家に戻り優香に会わせた。彼らのことを説明するとあっさり了承され雨宮家が管理する一軒家があるから好きに使えと言われた。その一軒家に向かう途中、私と三兄弟は改めて自己紹介をしあった。三兄弟の名前は上からヒロト、アキラ、コウタ。ヒロトとアキラはすぐになついてくれたがコウタはそうもいかなかった。きっと散々痛い目にあったからだろう。大人は危険なのだと、その身と心に刻まれたのかもしれない。しかし、今度は大丈夫だろう。なぜなら新しい家は凪街から電車で三十分程かかる田舎街。そう簡単にほいほい行けるような場所ではないからである。 それに三人を守れるよう警備システムも張り巡らせた。
「見えてきたぜ。」
「わあっ!」
新しい家はなんとも大きく立派な二階建てだった。住宅街の中でもひときわ目立っている。
「これは 目立つのでは。」
「大丈夫だろ、警備システムもあるし、交番も近いし。」
歩いて十分くらいのところに交番があるのを確認し、車から荷物を取り出した。
「広い広―い!」
三兄弟のうち二人はまだ幼いからかはしゃいでいる。コウタはそれに入っていないが。三兄弟の中でもそれが大きな差だった。
「コウタ君の精神年齢は大人だねぇ。」
「ふん。」
いやただ単にクールなだけでは。
「ほら、荷物入れるから手伝って。」
「はーい!!」
二人は元気のいい判事をすると車から荷物を取り出すべく走っていった。
「おい、ここは本当に安全なんだろうな?」
コウタは私にそう聞いてきた。
「そうだけど、どうして?」
「別に… あの二人が危害にあわないかそれだけだ。」
なんだ、二人を守りたかっただけなのか。そう思い知らされた私はコウタの頭をなで、も う一度ここなら大丈夫と言い聞かせた。彼は「それならいい」と一言残し車に戻っていっ た。そしてすべての荷物を運び終わり優香たちと別れると、近くのホームセンターで必要なものを買い、スーパーで夕食の買い物を済ませて家に帰った。夕食後、私は大事な話を三人に伝えることにした。
「ねぇ、三人共。私ね、あと一年もしないうちに死ぬんだ。」
「えっ。」
「そういう病気でね。」
ヒロトとアキラは動揺していたがコウタは冷静に聞いていた。
「じゃあなんで俺たちを引き取ったんだよ。いくらなんでも無責任すぎるだろ。」
「うん、ごもっともだね。でもね、三人に私のすべてをささげたいって思ったんだ。」
これは私のエゴだ。まったくなんて自分勝手なんだろうと自分でも思ったがそれでも三人を守りたいと思ったのは事実だ。
「 私は死ぬと星屑になって散る。その星屑は高く売れるからそのお金で今後も生活していけるし、君たちを大学まで行かせることもできる。」
「そんなっ。」
「私が死んだあとは優香に任せてあるから安心して。」
「それならいいけどよ…」
するとヒロトがすっと立ち上がる。
「じゃあ、それまでいっぱい思い出作らなきゃ!」
「そうそう!新しい遊園地とか水族館とか行こうよ!」
「ふふ、そうだね。」
この子たちには私のエゴに付きあわせるお詫びにたくさんの思い出を作ってやらないとと思っていた。しかしコウタは私たちが楽しく話している間こちらをじっと見つめ、まるで品定めをするかのような目をしていた。
次の日曜日、浜浦駅に近くにできたというテーマパークにやってきていた。春川組の親父さんが気を利かせ護衛として獅子合をつかせてくれた。佐山さんが荷物持ちでもなんでもやらせてやってと言ってくれたので、ここはご好意に甘えることにした。
「三人共、よろしくな。」
「よろしく、兄ちゃん!」
ヒロトとアキラはすぐに打ち解けたようだ。だが問題はコウタのほうで
「コウタ、このお兄さんは大丈夫だよ。」
「あぁ。」
コウタの警戒心は最大だろう。仕方ない。彼は獅子合のことをじっとにらみつけている。
「ほう、俺をにらみつけてくるとはな。なかなか肝の座ったガキじゃねぇか。」
獅子合はコウタの頭をわしゃっと撫でてやった。
「なでんなっ」
そう抵抗するコウタもかわいく見える。
「どこから行く?」
「俺ジェットコースターに乗りたい!」
ということでジェットコースターから順に乗っていくことにした。コウタは乗りたくない そうなので獅子合と共にいてもらい、私とヒロトとアキラで乗ることに。
「俺たちこれ乗ったことないんだよー!」
「そうなの?」
ジェットコースターは比較的すいていてすぐ乗ることができた。まぁ、平日のテーマパー クなんてこんなもので。
「いってらっしゃい!」
ゆっくりと上昇していく。二人は平気そうな顔をしていた。
「お姉ちゃん手を上げて!」
「え?うん。」
ジェットコースターではこれが二人にとって定石らしい。まぁほかに人もいないし思いっ
きり手を上げてみる。そして一気に降下する。
「わぁーっ!!」
本当に楽しそうだ。連れてきてよかった。と心からそう思う。 そのころコウタと獅子合は近くのベンチで休憩していた。
「なぁ、あんたって玲子さんのなんなんだ?」
「あんたって 可愛げがねぇなぁ。」
コーヒーを一口飲み、空を見上げる。
「幼馴染だよ、ただの。」
「ふーん」
コウタもコーラを一口飲むと今走っているジェットコースターのほうを見た。
「玲子さん、昨日あんたの話をしていたけど、とてもそんな風には聞こえなかった。」
「そうなのか?」
「うん。」
獅子合は考えるとこう切り出した。
「きっと幼いころからずっと一緒にいるからだろうな。」
「そういうもんか?」
「そうだろ。俺は極道だ。あいつに俺は釣り合わない。あいつもそう思っているだろうさ 。」
獅子合は自分にそう言い聞かせるようにそ言った。
「それ、玲子さんに聞いたのか?」
「いや」
「そこは聞けよ」
コウタはあきれたようにため息をついた。
「気持ちくらい聞いてやればいいんじゃねぇの。そうじゃねぇと俺たちが奪っちまうぜ 。」
「はっ。生意気言いやがって。」
獅子合はまたコウタの頭をわしゃっと撫でた。
「だからなでんなっ」
その後帰ってきた私は青い顔をしていたと思う。
「死ぬかと思った」
「どうやら玲子にも怖いものはあるらしい」とつぶやいた獅子合をにらみつける気力なん
て残っていなかった。一方、ヒロトとアキラはコウタを連れてもう一度乗る気満々だ。
「今度は三人でいってこい。俺たちはここで待っているからよ。」
「はーい!!」
そう返事をすると三人はジェットコースターのほうへ行ってしまった。
「ねぇ、獅子合。」
「んー?」
「コウタとなに話していたの?」
「別に大した話はしてねぇよ。」
私は「ふーん」と、獅子合のことを見つめていた。なにも話していない割には 顔が赤い。
「何照れているのよ。」
「ばっ、俺が照れるわけねぇだろ!」
「にしては顔が赤いよ?」
獅子合はそっぽ向いて煙草をふかし始めた。
「なぁ玲子。」
「なぁに?」
獅子合は先ほどコウタに言われたことを聞いてみることにした。
「お前はさ、その、俺のことどう思っているんだ。」
「危なっかしくてよく怪我してくるやつ。」 そう答えると獅子合はずっこけた。
「でもねー。かっこよくて強くて優しい人だなって思っているよ。」
そう言うと獅子合は照れくさそうにまたそっぽを向いた。
「また照れた。」
「だから照れてねーって!」
そんなことを話している間に三人が帰ってきた。
「玲子さん、大丈夫?」
「大丈夫。もう平気だよ。」
「あんたは何やってんだ?」
「なんでもねぇよ!」
そしてまたほかのアトラクションにも乗るべく私たちは動き始めた。お化け屋敷やコーヒ
ーカップ、メリーゴーランドを周り、最後に観覧車へ乗った。
「よかったね、買ってもらって。」
「うん!」
ヒロトとアキラとコウタの手には獅子合に買ってもらったぬいぐるみが大事そうに握られていた。外を見ると日はもう落ちそうで夕焼けがきれいに見える。
「きれいだね。」
「あぁ」
獅子合と二人で見つめているとその様子をじっと見つめていたヒロトたちも夕焼けのほうを見る。
「なんだか玲子お姉さんがきれいに見える!」
「えーそう?」
「見えるって!な、獅子合お兄さん!」
「ん?あぁ、そうだな。」
獅子合もヒロトとアキラの言葉に同意した。私は照れくさそうにヒロトの頬をぐりぐりする。
「もーやめてよ、三人とも!」
コウタは獅子合の顔が赤く染まっていることに気が付いた。ほかの人なら夕焼けと間違えるほどほんのりとした赤色だ。
(あとでからかってやろう)
その夜パレードを見た五人は獅子合の車に乗って家へ向かっていた。三人は疲れ切って いたのか彼の車で眠っていた。
「そういえばこいつらの学校っていつからなんだ。」
「予定では明日からだね。」
「本当に大丈夫なのか養育費。」
「大丈夫!私の星屑が高値で売れるってことは知っているでしょ。」
実は優香が今まで私から集めた星屑を海外や日本のバイヤーに売りに出しており、それが一千万ほどで売れたのだ。
「それならいいが」
「私のお給料もあるしね。」
お給料というのは今まで私が優香の事務所で働いてきた分のお給料である。ほとんど使わないため貯蓄してあるのだ。獅子合はハンドルをぎゅっと握りしめた。
「いいか、お前の星屑はこの三人のためだけに使えよ。」
「ん?そのつもりだけど、どうして?」
「お前の星屑の金が汚いことに使われるのが嫌なんだよ。」
おもいっきり怖い顔をした獅子合は鬼のような顔をしていた。
「う、うん」
一瞬たじろぎながらもそれだけ思ってくれているんだと少し安心した私なのであった。
「りょうが。」
「あ?」
ぶっきらぼうに返事をする彼の頬をつねる。
「そんな怖い顔をしないでよ。」
「あ、あぁ 悪い。」
極道になったからか顔つきが昔よりもっと悪くなっている。昔のような笑顔を見せてくれることはもうないのだろう。
「りょうが、これから予定は?」
「あぁ、これから兄貴たちのところに戻って報告する予定だが。」
「そっか、じゃあ明日この子達送っていってよ、初日だしさ。」
彼はふっと微笑むと「あぁ、わかった。」とそううなずいた。
次の日、みんなで朝食を済ませた後、獅子合は三人を学校まで送り届けた。彼らが帰ってくるまでにいろいろやることをやっておかなければ。布団を干したり、食器を片付けた り、掃除をしたりやることは多い。ふうっとため息をつくと急に吐き気を催し、洗面台へ走る。吐いたのはいつも通り星屑。しかも前より量が多い。二十五歳の誕生日まであと九か月。
「もう長くはないか」
死ぬ前にやることはすべてやっておかなければ。吐いた星屑をかき集め袋に詰める。袋も
もうすぐ満タンだ。早く優香に頼んで売り払ってもらわないと。そのとき携帯が鳴った。
「はい、玲子です。」
電話に出ると相手は春川組の首領、春川直也だった。
「玲子か、明日の予定は?」
「子供たちを見送った後は暇ですけど。」
「そりゃあいい。夏海組の首領。夏海文雄殿が病死してな。葬儀と次の首領を決める襲名 式が行われる。優香と共に参加してくれないか。」
夏海文雄。年は確か八十代後半だ。亡くなってもおかしくない年齢だ。
「わかりました、参加します。」
「頼んだぞ、明日の十一時からだ。」
そういうと彼は電話を切った。なぜ参加することにしたかというと夏海組と雨宮家にはつ ながりがあるからだ。都市にあるすべての極道と雨宮家はつながりがあるのだ。
都市は四つの街で構成されている。凪街、燐街、阿奈街、香里街。この四つをそれぞれ極 道たちが守っている。凪街を春川組、燐街を夏海組、阿奈街を秋葉組、香里街を冬木組と いうように。もちろんちゃんと警察もいる。だが、夜の街は危険が多すぎて警察も対処し きれない。そこで極道たちが夜のお店から守代をもらって街を巡回し、守っているという わけだ。
それぞれの組には特徴がある。
春川組はかなりの武闘派で剣術を使う者が多い。凪街は昔ヤクザがたむろしてかなり荒れ
たそうで雨宮家と協力して今の春川組ができた。首領は春川直也。
夏海組は春川組の次に強い武闘派。こっちは体術と剣術を使う者が多い。夏海流と呼ばれ
る体術まであるほど。かなり昔に結成された極道であるため、古きを重んじた組であると
言われている。首領は夏海文雄。先ほど亡くなり、明日新しい首領が決まる。
秋葉組は頭脳派。ハッキングやスパイ活動を通して情報を仕入れる。戦い方は人それぞれ だが、優れた頭脳を発揮して戦うほうが得意だったりする。爆弾づくりもお手の物で、警 察の爆弾処理班でも対処できない。首領は秋葉紅葉。
冬木組は春川組、夏海組の次に強い武闘派。こちらも戦い方は人それぞれだが、個性的な 奴らが多く、いつも戦い方が読めない。この都市を守る極道の中でも一番舎弟が多い。首 領は冬木京介。
どこの組も以前は敵同士だったらしいが、先代雨宮家当主が組を一つにしてこの都市を守 っていこうと決めたらしい。そこからはみんな仲良くしている。まるで薩長同盟のような
ことを先代当主はやったのだ。雨宮家の一人として夏海文雄殿の葬儀にでないわけにはい かない。
私は帰ってきた三人にそのことを話し、次の日三人のことを獅子合の弟分速水に任せ、
優香と共に葬儀に出席した。
「優香。」
「よ、玲子。あの三人は?」
「速水が見てくれている。安心して。」
私たちは夏海組の屋敷の中に入っていった。中では夏海組の人たちが亡くなった文雄殿の死を悼んでいた。
「おぉ あなたは雨宮優香 !妹の玲子も 真っ先に気付いたのが、人望が厚い夏海組のカシラ間宮伊蔵さんだった。
「このたびはご愁傷さまです。」
「来てくれてありがとうな。親父も最後はきっとあんたたちに会いたいと思っているだろうよ。」
文雄殿は父に厳しい稽古をつけてもらっているときによく遊びに来てくれておまんじゅうやせんべいを食べさせてくれた 懐かしいなと思いながら文雄殿の顔を見る。安らかな顔をしていてまるで眠っているかのようだった。
「焼香の後、襲名式だ。まずは見送ってやろう。」
「そうだね。」
そして焼香のあと、襲名式が執り行われた。
「間宮伊蔵殿、当代、襲名の儀を!」
文雄殿の遺書には次の首領には伊蔵さんなる旨が書かれており、それが読み上げられいよいよ襲名というときだった。チャキッという音が聞こえた。
「危ないっ!」
咄嗟に伊蔵さんに覆いかぶさった瞬間、銃声が鳴り響き、それと同時に背中に強い痛みが走る。
「っ!」
「玲子!?」
舎弟の中に何者かがまぎれており、そいつが伊蔵さんをめがけて撃ったのだ。
「捕まえて!」
その一言で周りにいた舎弟たちがそいつを捕まえその瞬間ナイフをつきさした。
「いや、何も殺さなくても」
「玲子大丈夫か!?」
「大丈夫です。背中をかすっただけなので」
背中から流れる血には小さな星屑が混ざっている。それを見てようやく痛みを自覚した。 「いったぁ…っ」
「誰か!医者に運べ!」
ということで私は美紀のいるクリニックに運ばれた。この日は一日検査入院ということに なった。 病室で空を見上げていると獅子合と一緒に子供たちが飛び込んできた。
「玲子!大丈夫か!?」
「お姉さん!」
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。」 星散病のおかげで傷の治りは早い。しかし、四人には心配かけたと思う。
「まったく 無茶しやがって!」
「ごめんごめん」
「優香さん、彼女の血は!?」
「血に混ざって流れ出た星屑は全部回収してきたよ。もう残っていないはずだ。」
血に混ざって流れ出た星屑も実は売れる。吐いたものより少額だけど。
「そんな神経質にならなくても大丈夫だよ。」 「馬鹿!言ったはずだ!汚いことに使われるのは嫌だって!」
すごい大声で叫ぶものだから子供たちが怖がってしまった。
「大丈夫?痛くない?」
「大丈夫。安心して。」
子供たちはほっとした様子でこちらを見つめていた。
「速水、子供たちを別室に。優香もついていて。」
「了解。」
別室に子供たちが移動するのを見送ると私は獅子合に向き合った。
「伊蔵さんは?」
「お前のおかげで無事だよ。それで、子供たちを別室に移動させつぁのは訳があるんだろ う?」
「まぁね。」
まずはこの事件の詳細を聞かなければ。
「実行犯は夏海組の舎弟の一人だ。だが、そいつの家からこんなものがでてきた。」
ベッドのテーブルの上に書類などの写真がおかれる。それを見るとなんと久利組の書類が写っていた。
「久利組?」
「隣県の組だ。夏海組の舎弟が寝返ったんだよ。」
「そんな !久利組って隣県じゃあとても大きな組織よね!?確か危ない薬とかも出回っているって!」
獅子合の話によれば先週捕まえた奴らも久利組の配下連中だったらしい。なぜそんなところがうちの都市にちょっかいをだしているのだろうか。
「近々あるかもな。抗争が。」
「そんな っ!」
抗争が起これば一般市民に危害が及ぶこともある。非常に危険だ。なにより、子供たちが 心配だ。今は都市から離れたところに住んでいるので安心できるが、万が一春川組の者が 気にかけていることを知れば子供達にまで危害が及ぶかもしれない。
「当分は、春川組の人たちは家に来ないほうがいいかもしれないね
「そうだな 玲子も子供たちを守ることを優先しろよ、いいな?」
「わかった。気を付けて。」
そういうと獅子合は部屋を出ていった。それと入れ替わりで子供たちが入ってくる。
「何の話していたんだ?」
「大人の話。気にしなくていいよ。」
コウタは気にかけてくれている。きっといろいろ察しているのだろう。しばらく子供たち を送り迎えすることにした。そうしたほうが私も子供たちも安心するだろう。とにかく今 は子供たちを守らなければ。
それから八カ月が過ぎた。いつものように子供たちと共に学校から帰り、その足で食材 の買い物を済ませる。今日は子供たちのクラブ活動があり少し遅くなった。もう宙は茜色 に染まっていた。
「早く帰ろうか。」
「賛成!」
「急ごう!」
この日は私も少し油断していたのかもしれない。子供たちと曲がり角を曲がろうとした次
の瞬間。
キキーッ!
左からまっすぐ車が突っ込んできた。
「うわあっ!」
「大丈夫!?」
幸いコウタが尻もちをついて手がかすり傷を負ったくらいだ。だが問題は突っ込んできた
車のほうで。
「奇病持ちだ!連れていけ!」
コウタの手に赤い結晶がでていることで奇病持ちだとバレてしまった。しかし狂獣病はた いして金にもならないし狙われにくい奇病のはずなのになぜ誘拐しようとするのか。
相手は二人。この曲がり角を曲がればすぐ家だ。家に入ればセキュリティシステムが作動
して奴らは入ってこれない。
「皆走って!!」
「うわあああっ!」
大声を出しながら家まで走る。すぐ近くが家で本当に助かった。三人を家に入れ、すぐに セキュリティシステムを作動させる。
「お姉さんも早く!」
私も家に入ろうとした瞬間、銃で肩を撃たれた。
「っ!」
「残念、奇病の子はセキュリティシステムの中ですか。」
「あんたは…!」
糸目の男がにやりと微笑む。片手には拳銃。奴が私を撃ったのだ。
「確か秋葉組の須藤幸喜…」
秋葉組のカシラの右腕。伝説のハッカーとして秋葉組で名高い奴まで寝返っていたとは。
「ご明察。久しぶりですね、玲子。」
「あんたなら私が二十五まで死ねないこと知っているでしょう?」
「えぇ。もちろん知っていますよ。ですが、無力化させることはできると思いましてねぇ
。」
彼がぱちんと指をはじくと周りから一斉に敵が現れあっという間に囲まれる。
「あなたに敵に回られて一緒に戦われちゃ厄介なのでね。ここで捉えさせてもらいますよ 。」
「っ!」
本当にまずい。後ろが壁だから全方位を囲まれたわけではないがこのままでは助けなど呼 べない。だが、それはこの壁が私の家の壁でなければ絶体絶命というわけではない!
私は壁をよじ登り家の敷地にとびこんだ。すると警報音が鳴り響く。
「なるほど、さすが玲子ですね。」
「家のセキュリティシステムを把握していない家主がどこにいまして!?」
この警報音で警察はすぐに来る。やつらは逃げるしかないというわけだ。
「仕方ない、引きあげますよ。」
奴等は車で退散していった。家の中では警報システムが鳴り響いている。その音で住宅街 に住む人たちがなんだなんだと顔を出し、警察も到着した。
「お姉さん、大丈夫!?」
「え、えぇ、大丈夫。すぐに警察が来るからね。」
そして警察の事情聴取が終わると私たちは優香の車で凪街にある事務所へ向かった。
「怪我はないかい?」
「大丈夫。この子もかすり傷程度。」
そのとき事務所の扉が思いっきり開き、獅子合が入ってきた。
「お前たち大丈夫か!?」
「獅子合お兄さん!」
獅子合は私たちに怪我がないことを確かめるとほっと胸をなでおろした。
「それで、なにがあった。」
「秋葉組にいた須藤幸喜が私たちを誘拐しようとしたの。家が近くて助かったけど 「須藤幸喜だって!?」
獅子合は驚いてすぐにどこかに電話をかけた。 「もしもしカシラですか!?秋葉組のカシラの右腕が裏切りました!」
どうやら春川組のカシラに電話しているようだ。多分この事実はこの都市にいる極道たちに衝撃が走るかもしれないな。とか思いつつお茶を飲んだ。
「これでよし。しかしまさかあいつが裏切るとは」
獅子合も驚きのあまり顔が青くなっていた。
「で、そっちはこれからどうするのよ。」
雨宮家に手を出したんだ 近々冬木組にも何かしら動きがあるだろう。
久利組がある場所は冬木組が縄張りにしている香里街に近い。何か動きがあるとするならまずは冬木組のはずだ。一気に凪街などに来るようなことがなければの話だが。
「久利組のやつらは八カ月前からマークしている。お前たちはしばらくこの事務所で過ごすんだ。」
「獅子合、私も戦う。」
「馬鹿!下手したら戦争になるかもしれないんだぞ!」
「相手は少なくともそれをご所望よ。」
雨宮家に手を出し、わざわざ戦いなんて言葉を発している時点で奴らは戦争をご所望だ。
それなら乗ってやろうではないか。
「久利組がどういう組織なのかは知らないけれど、うちのシマに手を出している時点で容 赦はできない。安心して。私は二十五の誕生日まで死ぬことはないから。」
「だとしてもなぁ!」
「それに狙われているのは私だけじゃない。子供たちもよ。」
そう、これが私だけ狙われているというのであれば私だけ逃げればいい話。しかし、子供 たちが狙われているのなら話は別だ。
「シマを守るために戦うんじゃない。子供たちを守るために戦うの。」
獅子合は私の本気度に押され深く考え込んだ。
「じゃあ、これならどう?私の狙いはただ一人、須藤幸喜。そいつさえ殺せればあとは何
もしない。久利組の親玉はお任せするよ。」
「本当にそれだけなんだな?」
「えぇ。それが私の最後のやりたいこと。」
そういうと獅子合ははっとした顔をした。
「忘れたの?来月の今日は私の誕生日だよ。」
「わかった。なら来月の今日、この時間に須藤と会わせられるよう手配する。」
「よろしく。」
獅子合は何も言わず事務所を去っていった。
「本当に戦うんだな?」
「えぇ、やられっぱなしで終われるわけないもの。」
「そうか。なら最後くらい子供たちと一緒に過ごしてやりなさい。」
「うん」
私はそう返事をすると子供たちを抱きしめた。
最後の日まで子供たちは学校を休み、私と優香、子供たちでいろいろな場所を巡った。 水族館や遊園地、公園、動物園など 子供たちは楽しそうに遊び、私もその笑顔につら れて笑顔になる。 そして、最後の日の前日、獅子合から連絡があった。須藤が香里街西通りにあるビルに滞 在していると。明日の決闘は午後九時。それがいつも須藤の外出時間らしい。その電話のあと、私は撮った写真を現像し、一枚一枚丁寧にアルバムにしまった。もちろんひとことコメントも添えて。
「ふふ 懐かしいな。」
写真を見ていると涙が出てきてしまう。
「玲子お姉さん。」
「ん?どうしたの、みんな。」
子供たちが私を扉の外からじっと見つめている。
「本当に明日死んじゃうの?」
「うん。」
「そんな そんなの嫌だよぉ…!」
子供たちはボロボロと涙をこぼした。アキラは悲しみの宝石を落としている。
「皆泣かないで。」
「どうしてお姉さんが死ななきゃいけないの !こんなに元気なのに!」
元気かと言われればそうではないことは自分自身よくわかっていた。吐く星屑の量が明らかに多いし大きい。星屑はとがっているので何度かのどを怪我したりもした。そして明らかに体が重い。
「皆、最後に私のお願い聞いてくれる?」
「うん…!」
私は子供たちを抱きしめる。
「あなたたちも自分の人生を悔いのないように生きて。なにをしてもいい。そのためのお金は十分にあるから。だから、自分のやりたいことをやりなさい。いいわね?」
子供たちは大きくうなずきまた泣いた。
次の日、朝から私は獅子合のもとへ向かった。そして獅子合と最後のドライブをする。この生まれ育った凪街を最後に目に焼き付けておきたかった。
「ふふ、あそこの公園懐かしいね。よくあそこで待ち合わせていたっけ。」
おう。」
こんな話をしても獅子合は返事しかしない。目の下にクマもある。もう何日も寝ていない のだろう。
「大丈夫?」
あぁ。
やはり返事しかしない。私は窓の外の景色を見ながら思い出に浸っていた。
そして、ある峠について二人で車を降りる。「ねぇ、獅子合。最後に何か伝えたいことない?」
峠のてっぺんに立つ私を獅子合は煙草をふかしながら見ている。その目にはうっすら涙が浮かんでいた。彼は煙草の火を消しこちらへ近づく。そして私のことを抱きしめた。
「まったく、こっちの気も知らねぇで…」
「へへ、ごめん。」
獅子合はしばらく考え込むとこういった。
「好きだ。今までもこれからも。お前がいなくなっても、お前のことを考え続ける。」
「ありがとう、りょうが。」
力いっぱい抱きしめる彼を私はそっと抱き返した。
そして午後九時。須藤が時間通りにビルから出てくる。
「須藤。」
「おや、これはこれは。雨宮家の玲子じゃないですか。」
「よくも私たちを襲い、このシマを荒らしたわね。」
「それが親父の指示なんでねぇ。」
最後に聞くことだけ聞いておこう。
「このシマを荒らしたのはなぜ?」
「…全部雨宮家前当主のせいですよ。久利組は雨宮家がこの都市の極道をまとめ上げた時に反対した者の集まりでね。雨宮家があの時現れなければ彼らはまだこのシマに居続けられていたんだ。」
「なるほど。でも、獅子合が調べたらあなたたち守ることを優先せずお金儲けを優先で動いていたわよね?」
そう、久利組のメンバーは全員薬や拳銃などを売りさばきお金を得ていたのだ。雨宮家前当主はそんなことを許すはずもなく。彼らはまとまることに反対しみごと負けたというわけだ。 「僕はそんな彼らをまとめ上げた。彼らを守るためにね。だから君と戦うよ、雨宮玲子 。」
「私も、子供たちを、このシマを守るために最後まで戦うわ。」 同時に剣を向けあい斬りかかる。刀と刀が激しくぶつかり合う。
「そういえば君も剣は得意だったね!」
そう言うと幸喜は拳銃をとりだし発砲した。サイレンサー付きのため、周囲には聞こえない。私はそれを防ぎ、剣を振る。もう体が重い、昔のように拳銃の弾を避けることなんてできなくなっている。防いでは斬り、防いでは斬りを繰り返し やがて互いの体力は底をついていた。
そして最後互いに剣を振りかぶり斬りかかる。倒れたのは幸喜だった。
「すごいな 君もう体のなかが星屑でいっぱいで思うように動けないはずだろうに… っ」
そういうと幸喜は絶命した。 そして私もその場に倒れ、星屑を大量に吐いた。
「玲子!」
車の中でこの決闘を見ていた獅子合は私を抱きかかえた。
「獅子合、私、勝ったよ」
「いいからしゃべるな!すぐに美紀さんを呼ぶ!」
私は獅子合が出した携帯を取り上げた。
「最後くらい 二人でいさせてよ、馬鹿」
「奇跡が起きるかもしれないだろう!?」
奇跡なんて起きない。そんなこと獅子合だってわかっているくせに。
「ねぇ獅子合、私、あの時返事していなかったね。」
私は彼の肩を抱き寄せて彼の耳元に口を近づけた。
「私もね、好きだよ、子供たちも好きだけど 獅子合と一緒に、家庭を築きたいって思えるほどに」
「!玲子…!」
「愛しています、ずっと、どうか、幸せになって」
私の意識はそこで途絶えた。きっと疲れ切っていたのだろう。刻一刻と時間が迫ってくる。
獅子合はずっと私の名を叫び続けていた。
午前零時。私の体は星になってその場にはじけ飛んだ。 彼の泣き声だけが街中に響いていたという。
二十年後、星散病の薬がようやく開発され星散病の人でも二十五歳よりずっと長く生き続 けられることが証明された。
この薬を作ったのは雨宮ヒロトだった。
そしてアキラとコウタはヒロトと共に奇病に苦しむ人たちを救わんと一生懸命 医療に携わっていた。
久利組は無事首領が倒れ組も倒れた。
この凪街は今日も平和が続いている。
「終わったよ 玲子」
一人の男が墓の前で手を合わせ、その墓に一つの星を置いていった。
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