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僕には好きな人がいる。
僕の名前は暗輝野(あての)砂奏(さな)。桜ノ丘高等学校の2年生である。
僕が通っている桜ノ丘高等学校は都内、いや、全国でも屈指の偏差値の高さを誇る高等学校である。
そんな桜ノ丘高等学校では、世間では塾などで行われるであろう模擬試験
通称“模試”のように大学受験の想定、共通試験を想定したシミュレーション試験が行われる。
その通称“模擬共通”に関わらず、桜ノ丘高等学校の試験やテストと名のつくものは
順位と獲得点数、氏名、クラス、学年が校内のモニターに映し出される。
1年生で上位に入り込む生徒もザラにいる。
しかしこういう順位付けというのは世間的にはいろいろ言われることがあると思う。
やれ運動会では1位を決めずに、みんなで仲良く手を繋いでゴールだの
通信簿だっつってんのに1から5で評価されることにモンペ(モンスターペアレント)が怒ったりしているので
うちの高校も全員、1年生から3年生全員の順位を表示するわけではなく
上位100位までを表示することになっている。
正直桜ノ丘高等学校に入れただけでもそこそこ自慢できることだとは思うが
その上位100位までに入ることは別格である。
行きたい大学に行けることはもう確定したも同義であるのと同時に
行く大学では重宝されることもほとんど確定しているような、それほどのことなのである。
桜ノ丘高等学校にはあまり良くない“位置付け”なるものが存在する。
これまでの話でわかる通り、桜ノ丘高等学校では「学力がすべて」といっても過言ではない。
なので生徒たちの間で“位置付け”というものが自然となされる。
この“位置付け”というものは他の高校でいうところのカースト制度のようなものである。
しかしそれは他の高校と違い、ノリが良い明るい陽キャラ、静かで暗い陰キャラなどではなく
学力によって分けられる。クラス毎でも、学年毎でも存在する。
まずは上層組。それはどの試験、テストでも常に上位に入っている人たち。
上層組は国内最高峰の大学に入る人たち、海外の大学へ行く人たち
なんならすでに大学の教授と意気投合し、研究に携わったり
大学での勉強をすでにしている、言葉通りレベチ(レベチが違う)な人たちである。
もちろん全員が全員ではないが上層組はいい人が多い。らしい。
お次は中層組。中層階は上層組が大学の勉強、研究などで試験、テストの勉強ができなかったときに
猛勉強して稀に上層組を追い抜くときがあるくらいの学力レベルの人たちである。
中層組も、もちろん都内、いや、国内ではトップクラスの学力の持ち主だが
最高峰の大学からは声がかからなかったり、迷走して他国語を学ぶために留学したりする生徒が多い。
上層組はいい人が多いと言ったが、中層組は性格が悪めの人が多い。らしい。
もちろん中層組にも性格が良い人はいると思う。
ただ桜ノ丘高等学校の中では中層組は性格が良くない人が多いとされている。
上層組に追いつけ追い越せの精神を持っているので競争心が強く
これから説明する下層組を下に見て、割と見下している。らしい。
そして下層組。言ってしまえばただの勉強好きとか勉強しか取り柄のない人たちである。
下層組にももちろん中層組に食い込みたい、願わくば上層組に行きたいと思っている人もいるだろうが
下層組は比較的、競争心が少ない人が多い。中層組は助け合いなどをしようとはしないものの
下層組は上層組と同じようにわからないところは教え合ったりする。
なので下層組は上層組と同じく、なんなら上層組より性格がいい人の割合が高い。
こんなことを言うと自分が性格が良いみたいに言っているように聞こえるかもしれないが
僕、暗輝野(あての)砂奏(さな)は下層組に位置している。友達ができるか不安だったが
ありがたいことに美神楽(みかぐら)爽咲(さく)という友達ができた。爽咲も僕と同じように下層組らしい。
桜ノ丘高等学校でテンションが高めの、いわゆる陽キャラと呼ばれる人種は珍しいが
爽咲はその陽キャラに該当すると思う。桜ノ丘高等学校でテンションが高めの
いわゆる陽キャラと呼ばれる人種は珍しいと言った通り
桜ノ丘高等学校は朝来ても、昼休みでもカリカリと机に向かっている生徒が多いため
テンションが高めの、いわゆる陽キャラの爽咲は正直浮いていた。
そんな中目が合ったのが僕で、僕は爽咲のテンションの高さが嫌いじゃなかったし
爽咲も僕と同じで桜ノ丘高等学校の“位置付け”というものに良くも悪くも興味がなく
馬があって仲良くなった。そんな僕がその好きな人と出会ったのは高校1年生の終わり頃。
冬休みが終わり、桜ノ丘高等学校では“模擬共通”が行われ、結果が出て
僕も爽咲も興味こそないがモニターのランキングを眺めた。
「ま、知ってたけどなかったなぁ〜。名前」
「うん。満点の人多いから当たり前だよね」
「それなぁ〜。1位多すぎ」
と笑う爽咲。2人で下駄箱へ向かい、下駄箱で上履きからローファーへ履き替える。
「帰るぞぉ〜」
「うん」
桜ノ丘高等学校は校則が厳しい。髪型も、男子は耳にかかってはならない、目にかかってはならない。
女子の髪型指定、長さ指定はないが。学校にいる間は耳が見えるようにしなければならない。
髪色も毛染め、脱色は禁止。ピアス、アクセサリー類の着用はもちろん禁止。
制服も気崩し禁止。Yシャツのボタンは怪我や正当な理由がない場合は
第一ボタンまでしっかりと留め、男子はネクタイ、女子はリボンを着用。
冬服の場合、ジャケットの前のボタンを閉めなければならない。ということはない。
しかしセーターを着る場合は学校指定のものを着用。さすがにアンダーウェアまで指定されることはないが
靴下、ローファーは学校指定の物を着用しなければならない。スクールバッグも学校指定の物を使用。
なので登下校時、桜ノ丘高等学校周辺はクローンかな?と思うほど似通った生徒たちが
学校に向かったり出てきたりする。しかし
「いいなぁ〜パーカー。朝楽そぉ〜」
と爽咲が言うように、砂奏と爽咲が帰っている間にもパーカーを着ている生徒がいたり
ピアスをしてきている生徒がいたり、クラスにも学校内にもちらほらと金髪だったりピンク髪だったり
パーカーを着ていたり、青いダボダボのセーターを着ていたり
夏にはサンダルで登校してくる生徒もいる。それはなぜか。
それはテスト、試験と名のつくもので1位を取れば、校則のいずれかを緩めることができるのだ。
大抵の生徒は朝の着替えを楽にするために、Yシャツネクタイをせずに済むパーカーを選ぶ生徒が多い。
「んじゃなぁ〜砂奏ぁ〜」
「うん。また来週ね。爽咲ー」
「うい。また来っ週」
とクシャっとした笑顔をしてクルッっと回転して砂奏に背を向けて帰っていく爽咲。
砂奏も家へと帰る。家に帰って部屋着に着替えてもその日学校で学んだ部分の復習
そして応用して活用できるかどうか、そして次回の授業の予習、その応用をする。
そして母がトントンと部屋をノックして
「砂奏ー。ご飯だから水奏(みな)呼んできてぇ〜」
と言われ、兄の部屋へ行く砂奏。トントン。部屋をノックするも返事なし。
部屋を開けると部屋着のTシャツのお腹部分が捲れ、割れた腹筋が見えている兄がグースカ眠っていた。
なので砂奏は部屋の隅に転がっていたバスケットボールを兄のお腹に向かって投げた。
「ぐぶっ」
間抜けな面をして目を覚ます兄。
「兄ちゃん。ご飯」
「んん〜!」
伸びをして部屋を出て家族でご飯を食べる。
「水奏、今年は残念だったね」
母が水奏に言う。
「あぁ。までも先輩も大学決まったらしいし、ちょいちょい練習来てくれるよ。
オレら2年も3年になった途端に試合で負けたら実質引退みたいなもんだから
オレらが引退するまでに全国一位になって、先輩たちの仇も打つんだ」
そう。先程部屋にバスケットボールがあったように
砂奏の兄、水奏はバスケ部に所属していて砂奏の1個上、来年には3年生になる年。
兄、水奏は黒ノ木学園にスポーツ推薦で入学し、四六時中バスケットボールのことを考えて過ごしている。
なので言わずもがなバカ。毎度数教科赤点を取ってヒイヒイ言っている。
しかし砂奏はそんな水奏が羨ましかった。小学生の頃、一緒にバスケットボールクラブに入ったが
水奏はメキメキ上達するのに対し、砂奏はごく一般的な運動神経だった。
水奏はそこからバスケットボールに夢中になり砂奏は他のことをやってみたものの
どれもこれもそこに一緒にいた誰かが一番うまくて、砂奏が一番ということはなかった。
だから誰も好き好んでやらない勉強をやった。するとクラスで1番を取れた。
100点を取ったら先生から褒められ、クラスメイトから拍手をされ、母からも父からも褒められた。
そこから褒められるために勉強していたが、先生もクラスメイトも砂奏は100点を取るのは当たり前
母も父も褒めてはくれるが、初めて100点を取ったとき
そしてそこから10回ほど100点を取ったときの反応ではなくなっていた。
そして気づけばいつの間にかそれしかすることがなくなっていた。
勉強というものは一度できたらただそれが続くだけ。側から見ていたらなにも楽しいことはない。
しかしスポーツにはそれがある。上手くなったとしても、その日、本人の調子が抜群でも
団体競技であれば、チームメイトのミスで勝てなかったり
その逆も然り。自分がダメでも、チームメイトが引き上げてくれることだってある。
弓道や射撃、屋外で行う競技は風の強さ、トラックの湿気
得点、勝利、敗北が自然の手によって左右されたりする競技もある。なので見ている側も熱中する。
兄、水奏のように熱中できるものもなければ目指す夢も、なりたいものもない。
食事が終わって兄、水奏はバスケの練習着に着替えて
「ちょっと走ってくるー」
といつものようにランニングに行った。砂奏は変わらず予習をし続ける。
休憩がてらに見る動画も、アメリカ人が本場の英語を教えてくれる動画。
砂奏と同じ高校生で、日本人、アメリカ人、イギリス人が英語で話して
日本人が日本人向けに日本語で解説する。
アメリカ人やイギリス人も、その日本人から日本語を教えてもらっているのか、多少は日本語を話せるようで
視聴者には本場の英語を、そのアメリカ人やイギリス人には本場日本語を教えているような動画。
視聴数は今まさに徐々に人気が出てきているような感じで
1万回を越えることは珍しくなくなったが、3万回を越えることは珍しいくらいの人気。
しかし砂奏はそんな世間の人気などはどうでもよくて、ただ本場の英語が学べるという理由で見ている。
お風呂に入って出てくると、じんわり汗をかいた兄、水奏が帰ってくる。
玄関でTシャツを脱ぎ、廊下を歩きながら短パンも脱ぐ。
水奏は黒ノ木学園、男子校に通っているため、恥じらいというものが多少欠けている。
「風っ呂っ風呂ぉ〜」
そんな兄の欠点といえるところまで砂奏は羨ましかったりする。
次の日、朝から勉強をし、休憩がてらに動画を見て
本を読んだり、資料集に目を通したりして、気になったところをネットで調べる。
兄の砂奏は大あくびをしながら朝練をしに行くと練習着などを持って高校へと行った。
お昼になり、お昼ご飯を食べ、散歩がてらに外に出る。
外に出ても疑問などを見つけて、まずは自分で考えて
スマホで答え合わせをするという、セルフクイズ番組をして過ごす。
人間観察も嫌いではないが、どうしても自分と比べてしまう。
この人もあの人も夢があって、目指すものがあって、それに向かって努力したりしている。
自分は夢も目指すものもない。特に優しさが秀でた人間でもない。
…自分には特出すべきところがなにもない…
そんな考えを振り払うように首を横からに振って立ち上がり
気分転換にコンビニでチョコでも買おうと思った。
チョコレートに含まれるテオブロミンと呼ばれる物質が
リラックス効果、さらには集中力、記憶力の上昇に働いてくれると言われている。
なので夜中勉強するときもチョコを食べることで、カフェインの効果で眠気を抑え
先程の集中力に加え、記憶力の上昇という、勉強するときにはもってこいなのである。
コンビニに入った。すると見覚えのある店員さんが。金髪でウェーブのかかった髪。いわゆるギャルである。
いかにもダルそうな顔をしながらレジにいて、お会計もダルそうに行っている。
土曜日のお昼過ぎからいるし、平日も夕方頃からいる。
砂奏自身ギャルと関わったことはないが、おそらく苦手な部類。
しかし店員と客としての関係ならギャルのほうが淡白に済ませられるので良いかもしれない。
夜の勉強のこともあるので小さなチョコの詰め合わせを手に取る。
なにか飲み物も買おうと悩んでいると、ふと視界の左端が気になってそちらをチラッっと見た。
前腕、そして手の甲、指にもタトゥーの入った男の人が立っていた。
うわっ。怖っ
と思うのと同時に
日本でタトゥーって。バカなのかな。ま、きっとバカなんだろう
と思った。ミルクティーを手に取り、レジに向かう。
友達同士で遊んでいたのか、砂奏の前には子どもがレジに並んでいた。
最前列の大人の人が会計を終えて、子どもたちの先頭の子どもがレジに行こうとしたところで
「105番」
と大人の人が入ってきた。
うわ。ちゃんと並んでたのにね
と目の前の子どもたちを見る砂奏。こんなときに
「ちょっと!この子たちは並んでいたんですよ!
僕はいいですが、この子たちのためにしっかり並んでください!」
なんて言えたらカッコいいだろうし、人間性としても人に自慢できるだけの人間になれるだろう。
しかしできない。そんなことできる人間の度量はない。
ただ黙って見ているだけ。この世の不条理というものを。まるで子どもの頃の自分と兄のように。…。
「あのぉ〜…。並んでもらえますか?」
そんな僕のドロドロとした負の感情を切り裂くように、ダルそうな、でもどこか芯の込もった声が聞こえた。
「あ?」
「だからー。並んでもらえますか?って」
体を傾けて見ると、その声の主は金髪のギャル店員だった。ギャル店員に言われて振り返り
後ろに並んでいる子どもたちを見る客。しかし
「いや、別にいいでしょ。タバコ1箱だけなんだし」
と軽く笑いながら引き下がらない。
「…。あのぉ、子どもの前なんですよ。これからの日本を担う子どもたちなんですよ。
世界に羽ばたくかもしれない子どもたちなんですよ。
そんな子どもたちに「タバコ1箱なんだから割り込んでも許される」なんて最低のことを
学んでほしくないんですよ。日本を代表するかもしれない子たちがそんなこと学んで
世界に「日本って落ちたな」って思われたら、お客さん、責任取れますか?」
と言われ、ぐうの音も出せない様子の客は
「…ギャルのくせに」
と呟いた。
「はい?」
「ギャルのくせになにが子どものためにだよ!なにが日本のためだよ!
どうせお前もパパ活とかして体売ってる尻軽なんだろ!?ビ○チのくせになにが」
と続きを言おうとしたところで先程のタトゥーまみれの手がその客の肩に伸びた。
「な」
その客が手の主を見る。そのタトゥーの持ち主は怒るわけでも、威圧感を加えるわけでもなく
ただ微笑んでいた。しかしその微笑みは殺気に満ちており、その客が怯んで1歩下がるほど。
「この店員さんがなんですって?」
「あ、え、いや…」
「謝っていただきましょうか」
無言の客。
「謝って、いただきましょうか」
口調、トーンは変わらないが、ゆっくりと区切って強調して言う。
その客はその手を振り払ってコンビニを出ていった。
「あ。行っちゃった。紗夜(さや)ちゃんをあんな風に言うなんて。世の中にいらないよね。消そうか」
綺麗な顔で微笑みながら恐ろしいことを言うタトゥーの男性。
「い、いいっすよ。ありがとうございます。助かりました」
「いーえー」
その金髪のギャルの店員さんはレジのカウンターから乗り出し、子どもたちに向かって
「ごめんねぇ〜。さっきのお兄ちゃんもきっと悪い人じゃないんだよ。
たぶん嫌なこと、うまくいかないことが重なって
イライラしちゃってただけなんだと思うんだ。許してあげてね?」
と言う。子どもたちは
「うん!わかった!ありがとう!お姉ちゃん」
と笑顔で言った。
「いーえー」
と笑顔で言うギャルの店員さんに、僕は心が動かされた。すると先程のタトゥーのお兄さんが
子どもたちの手から子どもたちが持っていた商品を取っていき、レジに置く。
「いいんですか?」
と言う店員さんに
「うん。お願い」
と言って会計を済ませる。そしてそのタトゥーのお兄さんが振り返り、しゃがんで
「はい。これ」
とレジ袋を子どもたちに差し出す。
「え?」
「怖がらせちゃったお詫び」
「いーの?」
「うん。でもお母さんとかには言っちゃダメだよ?」
「なんでー?」
「知らない人に物貰っちゃダメって言われてるでしょ?」
「あ、そうだ」
「これ買おうとしたお金は別の好きなことに使いな」
「うん!」
「ありがとうございます!」
「「ありがとうございます!」」
「どういたしまして」
「お兄ちゃんの首にお月様あるぅ〜」
「左の手は骨が見えてるぅ〜。宇宙みたい」
「触ってみてもいい〜?」
「ん〜?いいけど、お兄ちゃん以外で肌に絵描いてある人に話しかけちゃダメだよ?」
「なんでぇ〜」
「お兄ちゃん以外の人はこわぁ〜い人ばっかだからねぇ〜」
などと話して子どもたちは笑顔でコンビニを出ていった。僕は今目の前で起こったことが信じられなかった。
僕が思っても言えなかったこと、いや、それ以上のことを言ったのが
世間的には常識を知らない、バカというイメージが強いギャルの店員さん。
そしてそのギャルを助けたのが、世間的にはアングラ(アンダーグラウンド)な印象が強く
恐い印象が強いタトゥーまみれのお兄さん。そんな世間的には一般より下に見られているであろう人たちが
桜ノ丘高等学校のクラスメイトより、そして自分より人間らしく、慈愛に満ちた人たちだった。
タトゥーのお兄さんが僕に気づいて
「あ、すいません。どうぞどうぞ」
とレジまでの道を開けてくれた。
「すいませんね。なんかゴタゴタがあって」
と商品を読み取りながらギャルの店員さんも謝ってくれた。
「あ、いえ…」
「普段はないんですけどね。あまりにも手に(×:○目に)余ったんで」
「…あの」
「はい?なにかホットスナック」
「ファンです!弟子にしてくだだい!好きです!」
自分の気持ちがまとまらなかった。人間として見習いたいとも思ったし
人間性が好きだったし、人生で初めて誰かのファンになった気持ちでもあった。
「…は?」
店員さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
その顔を見た僕はなぜか急に恥ずかしくなって、スマホ決済をしてもらって逃げるように帰った。
「紗夜(さや)ちゃん。好きって言われてたねぇ〜。一目惚れ?」
「はあ…。うちまったく知らんけど」
「いいじゃぁ〜ん。出会いないんでしょ?」
「いや。まあ。てか漆慕(うるし)さん楽しんでるでしょ」
「んー?」
家に帰った僕は部屋に戻った途端、心臓が激しく動き始めた。
心臓を落ち着けるために本を読んだ。資料集にも目を通した。
しかしなにも頭には入らず、心臓が落ち着くこともなかった。
いつものように母が部屋をノックして、兄を起こすように言われ、兄の部屋に行って
寝ている兄のお腹にバスケットボールを投げて起こす。家族で夜ご飯を食べる。
「砂奏どうしたの?」
母に言われる。
「え?なにが?」
「なんかあった?」
「え?いや?なんもないけど?」
「…そ?ならいいんだけど」
どうやら母には僕に違和感を覚えたようだった。
「砂奏もバスケ部入ればよかったんに」
唐突に水奏が言う。
「砂奏がバスケ部入れば多少はサクオカと戦ってみたいと思えるんだけど」
「なに?砂奏の高校はバスケ部弱いの?」
母が水奏に聞く。
「弱い弱い。話にならねぇ」
「そうなの?同じ五ノ高校なのにね」
「サクオカは頭でっかちだからな。考えて考えてやってる。
たしかに考えるのも大事だけど、咄嗟に体が動く、フィーリングも大事。それがねぇ」
「へぇ〜」
「五ノ高校だったらうち(黒ノ木学園)の一強だな」
「でもコーミヤ(黄葉ノ宮高校の略称)も強いって言わない?」
「あそこはムラがある。強い年もあるけど。…ま、うちの目じゃない」
「すごい自信」
そんな兄の言葉に反論ができなかった。桜ノ丘高等学校は一応文武両道を掲げているものの
外部から見ても、そして通っている生徒から見ても学力重視なのは目に見えてわかる。
勉強ができる人たちの気分転換、あわよくばいい結果を出せたら表彰をされるし
自分の価値を高めることができる肩書きが1つ増える。
そのための部活であって、青春のほとんどを捧げたりすることはない。
なので兄の言うことは十中八九当たっているのである。
土曜日でも日曜日でも食事後のランニングを欠かさない兄。
月曜日を迎え、兄は学ランの下にパーカー、リュックにスニーカーという素晴らしく自由な制服
反面僕は学校指定の制服にYシャツも第一ボタンまで閉め
学校指定のネクタイをしっかりと閉め、学校指定のセーターを着
学校指定のスクールバッグを持って、学校指定の靴下を履いて、学校指定のローファーを履く。
そんな正反対と言ってもいい兄と家を出る。
「はあぁ〜…あ。眠っ」
兄が大あくびをする。
「夜中まで起きてるからだよ」
「砂奏だって夜遅くまで勉強してんだろ。あぁ〜…あ。よくそんな勉強できんな」
あくびをしながらも僕によく兄が言うことを言う。
「んじゃ。勉強頑張れよぉ〜」
「うん。兄ちゃんもバスケ頑張って」
「おう」
と笑顔で答えて伸びをしながら歩いていく兄。
「よくそんな勉強できんな」
たまによく兄が言うセリフ。もちろん兄からすれば
「よくおもしろくもない勉強自主的にするよな」という意味だろう。きっと他意はない。
しかし僕からしたら「よくそんな勉強できんな」ではなく「それしかすることがない」のだ。
いつものように他意がない言葉に他意を見つけようとして、勝手に落ち込みそうになるので
ワイヤレスイヤホンをつけて、よく見ているMyPipeのチャンネルを聴き流す。英語を学びながら登校する。
駅で電車を待つ。ふと周りを見た。スーツ姿の会社員、私服の、おそらく大学生。
そして様々な高校の制服で溢れている。そんな中1人の女子高生と目が合った。
それは金髪のウェーブがかかった髪、紅(あか)ノ花水木女学院のセーラー服を着ていた女子高生。
「あ」
遠目でもそう言っているであろうというのがわかった。僕も
「あ」
と言う声が漏れた。その女子高生がワイヤレスイヤホンを外しながらゆっくりと僕に向かって近づいてくる。
「おぉ。高校生だったんだ?」
ワイヤレスイヤホンから聞こえる英語の向こうからコンビニで聞いたあの声がする。
ワイヤレスイヤホンを外す。
「あ、はい。おはようございます」
「おぉ。おはよ。てか、その制服、サクオカか」
「あ、はい」
「なんだぁ〜インテリくんだったわけだぁ〜」
「インテリってほどでもないですが」
「インテリっしょ!サクオカなんてうちじゃどう頑張っても入れないし」
「いや、で勉強さえすれば誰でも行けますよ」
「“勉強さえすれば”でしょ?それができねぇ〜からなぁ〜。
あ、そうだ。うち猿移木(さるすき)紗夜(さや)。紅女(べにじょ)の1年。よろしく!」
「あ、はい。よろしくお願い…紅女?」
「うん。え、サクオカなら紅女知ってるっしょ。同じ系列の高校なんだし」
「いや、アカハナって認識だったので」
紅ノ花水木女学院の略称は2パターンある。一般的に知れ渡っているのが
紅(べに)を「あか」と読むため「紅(アカ)」と花水木の「花(ハナ)」を取って「アカハナ」
そして主に紅ノ花水木女学院の内部、そして一部女子の間で使われているのが
紅(べに)を「あか」とは読まず、そのまま「べに」と読む「紅女(べにじょ)」
「あぁ。そうね。そうか。すまんすまん」
と眉をへの字に曲げ「てへっ」っという顔で笑う紗夜。
「で?」
「はい?」
「そっちは?名前。うちの弟子になりたいんだろぉ〜?」
とニマニマした顔で言う紗夜。
「あ、すいません。僕は桜ノ丘高等学校1年、暗輝野(あての)砂奏(さな)です。よろしくお願いします」
と頭を下げる砂奏。
「堅っ!」
「堅い?」
「堅い堅い。肩凝るわ」
と言いながら肩を回す紗夜。
「すいません」
「暗輝野砂奏。砂奏か。いい名前じゃん」
「あ、ありがとうございます」
「つかうちら名前似てね!?」
「…あぁ。たしかにそうですね。紗夜さん。母音同じですしね」
「ボイン!?おいやめろよ。うち軽い女じゃねーから!ギャル舐めんなし!」
と自分の体を守るように自分の腕で自分を抱き、砂奏から少し離れる紗夜。
「…はい?」
「あ?今ボイン言ったじゃん」
「はい。母音。あいうえおですね」
「ボイン?あいうえお?何言ってんの?」
話が噛み合わない2人。
「ま、いいや。弟子のこと詳しく聞かせてよ。あれ、どーゆーことなん?」
「あれは…その、なんて言いますか」
「つか呼び方暗輝野でいいっしょ?」
「あ、はい。なんでも」
「暗輝野はあそこら辺に住んでんの?」
「あ、はい。近くに」
「へぇ〜。地元も一緒か。よく行くん?うちのコンビニ」
「あ、はい。猿移木(さるすき)さんのことは以前から知ってました」
「あぁ!なるほど。ファンってそーゆーことか」
「いえ。そういうことではないんですが…」
「そうだ。ニャンスタ(ニャンスタグラムの略称)やってる?」
「ニャンスタやってないです」
「おぉ〜。マジか。ま、いっか。LIME教えるからスマホ貸して」
「あ、はい」
砂奏は紗夜にスマホを手渡す。
「感謝しなよぉ〜。ほんとはニャンスタのDMでやり取りするところをLIME教えてあげるんだから」
「?はい。え。LIMEが普通なんじゃないんですか?」
「んー…。ま、暗輝野はいいけど
LIMEはマジ仲良い人とか兄弟、姉妹、家族くらいしか入れないんよ」
「へぇ〜。いいんですか?そんな中に僕が入っても」
「…ほい完了」
スマホを砂奏に返す紗夜。
「あ、ありがとうございます」
「ま、暗輝野はな」
紗夜は砂奏を見て…見て
「…」
両手の人差し指と親指を立ててフレームを作って、そのフレームに砂奏を入れて片目で見て
「うん。無害そうだしおっけ」
と言った。
「無害?」
「うん。なんか…クセなさそうじゃん?」
「クセ?ですか」
「なんてぇ〜の?嫌いになる要素がなさそう」
「そうですか?」
「…。あ、ごめん言い過ぎた。勉強強いられたら嫌いになるわ」
「そんなことはしませんよ」
電車が到着して2人で乗る。
「誰かと電車乗るってひさびさだわ」
と紗夜が電車なので少し小声で、ニカッっと笑いながら言う。
「僕もそうですね。猿移木(さるすき)さん友達いないんですか?」
ド直球なことを言う砂奏。紗夜に脛を軽く蹴られる。
「いたっ」
「いるわ。舐めんなよ」
「すいません。誰かと電車乗るのひさしぶりって仰ってたので」
「いますー。ま、高校には3人しかいないけど」
「同じ高校に3人も友達いるんですか」
という砂奏の言葉に「えぇ〜…」という顔を向ける紗夜。
「…」
紗夜が砂奏の肩に手を置いて
「…うん。うちが友達になってやるよ」
と言った。
「ほんとですか。これで2人です」
「そうかそうか…。良かったな」
降りる駅も同じで一緒に電車を降りる。
「サクオカ向こうだろ?」
「あ。はい。よくご存知で」
「まあ。毎朝見かけるしな」
「あの…」
「ん?」
「友達って件なんですけど」
「ん?あぁ。心配すんなって。うちは割と約束は守るタイプだから。
…あ、夜瑠(よる)が言ってたアニメ見てねぇや。ま、それはいいか。見ないでも」
「いやっ」
僕はこれから言おうとしていることが、世間ではどういう意味なのか理解していた。
なので心臓が肋骨を折って飛び出してくるんじゃないかと思うほどに激しく動いていた。
しかし止められなかった。止めようという意識がなかった。
「僕が猿移木(さるすき)さんの友達以上になることは可能でしょうか」
紗夜はまた鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
うちは人生でおろらく初めて面と向かって告白というものをされた。
…小学生のときに好きな男子がいた。自分に自信が持てず告白できずにいたら
その間にその男の子に彼女ができていた。自分に自信が多少でもあれば
いや自信なんてなくても少しの勇気があれば、振られたかもしれないけど気持ちを伝えることはできた。
そんなことがないように自分に少しでも自信を持てるように
テレビで見たギャルタレントに憧れてマネをし始めた。
ギャルの真似事をするようになってから関わってくる人が変わった。悪い意味で。
中学生のとき先輩に呼ばれて「おっぱい見してよ」と言われたことがあった。
「見せるわけないじゃないですか」と笑って言ったら「ギャルなのにノリ悪っ。シラけるわぁ〜」と言われた。
そしてたった数回だけ遊んだだけだし、仲良くもなく、その1件で関わりを断ったのにも変わらず
先輩と遊んだことが噂で広まり「先輩とヤリまくってる」「頼めばヤラしてもらえる」などの噂が広まり
その噂に尾鰭がついて「パパ活してるらしい」「おっさんに下着売ってるらしい」などの噂が広まり
先生に呼び出されるほどにまでなった。先生にはそんな事実ないと信じてもらえたが
先生に呼び出されたという事実が噂に信憑性を持たせた。そのせいで同級生の友達はほぼいなかったし
「スカート短くしてるのはパンツ見てほしいかららしい」「誘ってんのか」と
階段を上がるときに男子が覗いているのがわかったので
先生に事情を説明してスカートの下に短パンを履くようにした。
そんなことがあってうちは女子しかいない紅ノ花水木女学院に行った。
男子がいないから女子校に行ったのだからこんなこと言うのもおかしなことだが、男子と出会う機会がない。
コンビニでバイトしてても出会いなんてないし
外で唯一出会った漆慕さんも優しくてイケメンで可愛い顔してて素敵でも
妹くらいにしか見られてないのはわかるし
そもそもうちも漆慕さんのことを恋愛対象として見てないし、ま、冗談で
「今度デート連れてってくださいよぉ〜」
とか
「あれ?惚れちゃった?」
とかは言うけど
「いいよ?どこ行こっか?」
とか
「オレは惚れてるかもしれないけど、紗夜ちゃんはオレみたいなやつに惚れちゃダメだよ?」
とか笑顔であしらわれる。漆慕さんはうちが高校生になって
いや、中学生から出会った男性の中でトップクラスにまともな人だ。
でも歳は離れてるし、それこそうちも漆慕さんをお兄ちゃんのように慕っている。
なのでまともな男子高生というものと話したのが
いや、まともな男子と出会ったこと自体ひさびさだった。
別に暗輝野を恋愛対象として見ているわけではない。
もしかしたらこれからそうなるかもしれない。でもさっき言った通り
まともな男子と出会ったのがひさびさで、いい友達になれそうな気がしている。
地元も同じだし、なにより無害そうだし。だから失いたくない。嫌われたくない。
「だったら付き合えばいいじゃん」
と思うかもしれない。たしかにそうだ。うちも暗輝野のことは嫌いじゃない。
でもここで「嫌われたくない」という理由で付き合うという選択肢を下したら
あのとき、中学のとき「おっぱい見せて」と言ったあの先輩が
「清楚ぶってるけど結局はノリ悪く思われたくない。嫌われたくないって理由で付き合うただのビ○チじゃん」
と鼻で笑われ、蔑まされるような気がするし、なによりも
「おっぱい見せて」と言われて見せなかったあの時の自分を裏切る気がする。なので
「ふっ。ガリ勉くんがうちのようなギャルを好きになるなんてやめたほうがいい。火傷するぜ?」
と少し冗談混じりに回避することにした。
「あ、じゃ。学校行くわ!じゃー!またなぁ〜」
と笑顔で手を振って走っていく猿移木(さるすき)さんを引き留めたいと思った。
もっと猿移木さんと話したい、もっと猿移木さんのことを知りたい。明確にそんな感情が湧いたのがわかった。
そんな猿移木さんを好きになった僕の
恋の物語。
暗輝野に好意を寄せてもらっているうちの