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久東は、登場するや否や彼女の日本刀……もとい鈍器ちゃんをエイリアンにぶっ刺した。エイリアンの攻撃が届かぬうちに。
エイリアンは特に痛がっている素振りはない。風穴の方を見ている。
「久東さん!来てくれたんですね」
「せや。葉泣から連絡来とって、私に来とった依頼は巻きで倒してきたで」
「え、葉泣から」
「まさかこんなアホみたいな作戦が出てきて、しかも成功すると思ってなかったんだよ。だから、レーザーで咲が生き埋めになった段階で本部に増援要請した」
「そんな状態なのに喋らせちゃってごめんなさいね」
「いや、いい。……この程度、克服できなくてどうする」
「なんかよくわかんないけどさ、無理しなくていいんだよ?」
「心配には値しない」
「ふーん……」
すると、エイリアンだってぽっと出の関西人にやられて黙っていないのか、腹部の風穴を抑えつつレーザーを放つような素振りを見せた。
それに反応し、久東がしまっていた鈍器ちゃんを抜刀する。彼女の纏う雰囲気が異様に変化した。本気の戦闘モードに突入した証拠らしい。
咲は、初めてもよんマートに迷い込んだ際久東の攻撃を見た。黒い液体みたいなやつを一瞬で倒したその技巧はまさに神業だった。
しかし、それは無能力状態の話で、超異力を発動した彼女は見た事がない。そして、おそらく彼女は今回超異力を発動し、本気で敵を狩りに向かう。
店員内最強と称される彼女の実力を、この目で見させていただくことにした。
「……仕事は早くあがる方がええな。そろそろ本気でいくで、キャサリンドットコムを殺した罪、その身で償いや!」
久東の真っ黒い瞳が、そのまま黒い光を放つ。途端、久東の長い黒髪が生命を持ったかのように蠢き、うねり始める。今まで無風に等しかったのに、強い風が吹き始め、その全てが久東にとっての追い風の方向へ吹いている。
うねり出した髪は、やがて西洋妖怪・メデューサの類のように自我を持ち、そして蛸の触手のような姿に変化した。
この姿を見た瞬間、咲の脳裏にあの映像が流れだした。
『あの作戦が成功するなんて、私もびっくり……って、ん?』
『た、たたた、蛸?!何こいつキモ!!』
『蛸?何を言って……た、蛸じゃない!?』
あの気持ち悪い虫を潰した時みたいな嫌な音が、咲の脳にしばらくこびりついていた。
あの蛸ってなんだったんだろう、とずっと咲は思っていたが、ここで答え合わせが出来たのだ。
おそらく、あれは久東の超異力の一つだったんだと思う。
その事実に気付いたのが同時だったのだろう、当事者二人は駆け寄り、自分の意見を話した。
「私達、あの蛸を潰したけどさ……あれってもしかして」
「……やらかしたわね。となれば、本当にもしかしてよ、仮の話だけど……」
「久東さんがさっきから言ってる”キャサリンドットコム”って、あの蛸のことじゃ」
「キャサリンドットコムは魔性の女やってな、他の”眷属オス蛸”共を手玉にとっては仕事をサボって!!死んでせいせいする気持ちと、それはそれとして眷属をぶち殺された怒りで頭が爆発しそうや!!」
……予想は当たっているらしい。
あの潰してしまった蛸(キャサリンドットコム)は久東曰く眷属。おそらくは超異力で出現させる手駒的なポジションのものだろう。
幸い、久東はキャサリンドットコムを殺した罪をエイリアンに着せている。まあ妥当だとは思うが、普通に考えて緑色の蛸がいたら怪異だと思って殺すって。
「あーもう!また眷属補充せなあかんやんけ!……ブチ切れの私は怖いで?」
すると、久東はなんと7mもあるエイリアンの頭部の高さまでジャンプした。おおよそ人知を超えている。
そして、そこまでジャンプしたうえで触手に変貌した髪を伸ばし、
的確なエイムでエイリアンの両目を貫いた。
「……え?」
「きっしょい目しとるわぁ、ほんまに。黒色がいっちゃん好きやけど、黒目だけやと怖いもんやなぁ」
エイリアンは、同時に両目を潰されるという想像を絶する痛みに悶絶し、そして発狂した。瞳からは黒いどろどろとした液体を流している。……咲が最初に襲われた怪異そのものみたく感じる。
エイリアンの叫び声は、電車の強化ガラスを破壊するほどの力を有している。咲達は思わず身構えたが、彼らには明確な最強が味方についているということを失念していた。
久東は今度は毛量を増やし、触手で壁を作る。命を持った壁は少し気色が悪かったが、それ以上にあの威力を防ぎきれる触手の耐久力に驚いた。
やがて、声すらも卸されてしまったエイリアンはもうどうすることもできないのか、ただただ途方にくれている。
「こんなんで終わりか。ほんなら、さっさと終わらしたる。……定位置につけや、”マークスドットコム”!」
そう久東が命令すると、おそらくマークスドットコムと思われる赤色の蛸がエイリアンの背後からてこてこ歩いてきた。人知を超えた久東でも眷属の移動速度はどうしようもなかったのか、3歳児程度の速度で歩いている。久東は少しイラついている。
マークスドットコムがついた定位置、それは久東の目の前であった。そしてそのマークスドットコムを、久東はまるでバレーボールのサーブみたく上に投げる。投げた位置は高いなとは思うけれど、咲の高校にいたバレーボール部のサーブと同じくらいだったので超異力を発動しているわけではなさそうだ。
そして、ここまで来たらやることは一つ。久東は、マークスドットコムをボールに見立てて、エイリアンに向けてシュートした。
叫喚攻撃が来ていたがために久東はかなり距離を取っていたが、その距離から放つサーブは見事にエイリアンにぶつかる軌道を描いている。やはり物理法則を無視しているらしく、本来速度も高度も落ちているはずの距離なのにどちらも全く落ちず、最高を維持している。空気抵抗なるものは存在せず、まさに「理論値」を体現したかのようだ。
……いや、蛸をサーブするって何?
やがて、マークスドットコムはエイリアンに直撃。したかと思えば、なぜかそこにマークスドットコムはおらず、直撃しエイリアンの体を貫いたのは久東であった。そして、久東が本来居たはずの位置にはマークスドットコムが居た。……無光の転移みたく転移したともいえるし、それとはちょっと違うともいえる。
何も分からない状況に陥り、確実にチームメンバーは混乱している。無理はない。久東が人間とは言い難い強さをしている上に、戦い方が独特すぎて理解からほど遠いからだ。
エイリアンは瓜香が穴をあけた辺りから腹部が破裂し、真っ黒いあの液体を大量に噴き出し、間違いなく死亡した。両目を潰され、腹を貫通させられ。なんとも痛々しい姿だ。
流石の久東も説明が必要だと気づいたのか、髪を元に戻し、マークスドットコムを消失させると自然に集まったAメンバーに駆け寄った。
「……とりあえずあんたら、お疲れさん。あのエイリアンな、今までそんな強くないやつらを向かわせてたばっかりに、実力が測れてなかってんけど、私の想像以上に強かったみたいでな。あんたらがあのまま戦っとったら、確実に負けとった」
「そ、そうだったんですか」
「そうだったんですかも何も、人間大砲してやっとの敵よ?あれをもう一回なんて無理な話だし。店長に来てもらって正解だったわね」
「一応監視の意味も含めてキャサリンドットコムに向かわせとってん。……あ、キャサリンドットコムってのは緑色のタコな。私の超異力で操ってる子分みたいなやつらや、蛸は。キャサリンドットコムは遠隔ドローンみたいな感じで、あの子の視界を私とリンクさせることができる。仮にキャサリンドットコムが林檎を見てるとするなら、そのリンゴは私にも見えるって感じや」
「便利ですね」
「せやろ?んでもな、キャサリンドットコムはそのエイリアンに殺害されてん。無惨にも叩き潰されてもうて。そこで異常を確認したって感じやな。別の任務で忙しくて、葉泣からの通達もその時に初めて聞いてん。そっからはもう全力ダッシュや」
バレてなくてよかった。おそらくこの瞬間だけは、瓜香と心の声が一言一句同じだと思う。
「私は結構色々できんねんで?髪を蛸っぽくすんのもできるし、ただの蛸を眷属にすんのも私や。あいつら、元はスーパーとかで売っとう蛸やから。……んでな、眷属と私の位置を入れ替えることが出来んねん。んで、最後の攻撃が生まれたってわけやな。あんたらの人間大砲に感銘を受けて、同じような事しようと思て」
「ま、今回は体内に入ったマークスドットコムから急に私に位置を入れ替えて、腹を破裂させるっていうかなりグロイ方法とったけど。なんせ、エイリアンの腹の中にいる死体をいまだに回収できてへんから」
「あ、そう言えば……」
討伐目標の話をされている時、久東がそんなようなことを言っていたような気がする。長らく放置されている上に誰も倒せていないから、エイリアンに食われたものは帰ってきていないと。
「……結果は惨敗、やな。溶解液を吐き出してくるエイリアンの体内は、当然やけど溶解液でいっぱいやった。骨の髄まで溶かされたんやろな、中の奴らは」
なんだか、自分まで中身を吐いてしまいそうな感覚がした。骨まで溶かす溶解液。走馬灯らしきものがエンドロールを迎え、意識が終わりを告げようとする時。自分の体内でかぽかぽと音が鳴るのだけ聞こえて、周囲には仲間だったものが浮いている。かぽかぽが頭蓋骨を伝っていくとき、まるで美容室でシャンプーをしてもらっているみたいな、なんともいえぬ眠気と解放感と快感と、そこに存在してはいけない、ほんの少しの不快感があって。それを払拭しようと頭に手を伸ばすけれど、手なんてもう溶かされていたことに気付いて。失笑恐怖症で発動した歯がない口の笑顔が、どんなにどんなに気色が悪いかを想像しながら、自分たちを溶かした液体に帰還する。
その全ての光景が、なぜか鮮明に脳裏に浮かんだ。まるで体験したことがあるみたいな心地がした。必死に吐き気を抑えて相槌を打った。久東も少しみんなをいたわる様子を見せたが、ほどなくしていつもの調子に戻った。
「……ま、それはこっちの仕事やし、あんたらは気にせんでええで。それより、Aチーム初戦は大勝利でええんちゃうか?私がポータル出すからそれで帰って、本部で祝勝会でもしたらどや」
「おー!パーティーしよ、パーティ!」
「パーティーって……何するんだ」
「みんなでコーラ飲んだりとかさ!えっと、あとは……うん……」
「それだけかよ……」
無事、咲達Aチームは任務に成功……してはいないけれど、かなり健闘した。
そして、ゲートをくぐった先で行われる祝勝会とやらに思いを馳せつつ、咲らは本部へ帰還した。
*
「パーティーとか言いつつ、結局みんな体ボロボロだったから中止になったね」
そう言うのは、保健室でぶつけた背中の辺りを包帯でぐるぐる巻かれている咲である。
すっかり変身も解け、瓜香の何倍にも見えた莫大な存在が今となってはただの傷ついた少女となっている。
最近クーラーが壊れたらしく、治せる超異力を持ってる人が任務中なので今日中は30度で過ごさなくてはならない。包帯には汗が滲みまくっている。その度に包帯を交換するので、いちいち服を脱ぐのが面倒だからと咲は服を脱いだまま待機している。
そのせいで仕切りを作っており、窓からの涼しい風を仕切りの向こうにいる葉泣に届けられず仕舞いだ。彼はそこまで重症でもないので、寝たら帰るらしいし大丈夫だろう。……別件で熱中症になりかけているらしいが。いまだに頑なに長袖を着ているのなんて彼くらいしかいない。
窓から風が吹く。上体を起こした咲の結んだ長い髪が揺れる。かなり茶色がかっているが、染めたわけではなく太陽に当たってばかりの生活の影響なんだそうだ。
瓜香は咲の一つ上で、しかも少しばかり背が高いから、咲はまるで妹みたいな存在だと思った。
だけれど、それは咲という存在を言い表すのに最もマッチしない言葉だと、なぜか感じる。
「大丈夫なの?その……怪我の具合は」
「全然平気。佐鳥さんに聞いたら、あと3日もすれば完全復活だってさ。……あなたのおかげで!」
咲は、語尾をわざとらしく強調して声のトーンを上げた。彼女はおそらく、瓜香が咲とのいざこざを気にしていると考えて、気遣ってくれたんだろう。実際瓜香も気にしている点ではあったが、解消していると見える。瓜香が出方を伺っていると、咲は少し瓜香の顔を覗き込むような素振りを見せ、さらに付け加えた。
「あなたには本当に感謝してるんだよ。あなたとは色々あったけど、ほら、私ってやっぱ単純じゃん?だからさ、私がケガした時に手当てしてくれたり、私の変な作戦に乗って、攻撃してくれたり。瓜香には助かったよ、だから仲直り、ね!」
出来るなら一発で伝わってほしかったな、と今にも言い出しそうなほど辛い顔をしている。笑顔を浮かべてはいても、やはりあの出来事はショックだったらしく、どちらかと言えば許せない気持ちがあるというよりも触れてほしくないんだろう。
それでも、彼女の笑顔は間違いなく輝いていた。快活な彼女の笑顔を見ていると、本当に元気をもらえる。励ましてもらっているような感覚になれる。瓜香は一瞬の逡巡を経て、こう切り出した。
「咲は、本当の私のことも許してくれたの?」
「え?」
「本当の私は、貴女のことを……その、恨めしい気持ちでいっぱいなのに」
「そんなことないでしょ?だって、瓜香はもう私の事恨んでないもん」
図星だった。
咲を恨む気持ちが、今はこの体のどこにもない。
あれほど取り除けなかった黒い何かはもうはびこらず、むしろ女神様のおかげで温かい何かが瓜香の心を占領している。
「だって、今の瓜香はとっても強いじゃん!エイリアンに穴空けてさ。だから、私と比べて落ち込む必要ないよ。……しかもさ、私が傷ついたとき、瓜香は真っ先に助けてくれたし。だから本当に、気にしてないよ」
そう言って、咲はもう一度笑った。今度は心からの笑顔だと感じる。
「……そうね、ありがとう。でも、咲は氷?出せるようになったじゃない。追いつけるように、お互い頑張りましょ」
「そうだね!これからもよろしく!」
「あ、そうだわ、咲。部屋帰れるようになったら、ちょっとした退院祝いにクッキーでも焼こうと思うのだけれど、どう?」
「え、本当!?嬉しい、ありがと!」
「また二人で色々話しましょうね。それじゃ、ジムにでも行ってくるわ」
そう言って、保健室を去った。
正直、もっと話したいことはいっぱいあった。でも、これ以上いたらおそらく気が持たない。
咲は超異力の性質から、よく女神だと呼ばれている。
でも、他の人から女神と聞くと、なぜか胸がざわめく。
それで、いつも思う。見かけだけで女神と呼ぶな、と。
咲は、内面まで女神だ。
あんな酷い事をしたのに、平然と許してくれて。
本当の心境は複雑なのに、それでも瓜香を第一に考えてくれる。
咲のあれだけ美しい内面を、内側にいる女神を、知っているのは私だけで十分。
唐突に、扉の前の葉泣を見て、瓜香は現実に引き戻される。
「あ、葉泣じゃない。どうしたの?」
返事がない。今回の活躍を評価されてか、葉泣からは名前で呼ばれている。東支店の経験から、雑魚扱いされていないのであればイヤホンの影響で聞こえていない可能性が高い。
瓜香は軽く肩を叩く。少し面倒そうに葉泣はイヤホンを外した。
「何だ?……お見舞いはもう終わったのか」
「ええ。……あ、特に用事があったわけでもなくて。ただ、何してるのかなって思っただけよ」
「別に、何も。俺も特に用事はないが」
と言いながらも、葉泣はスマホの画面を凝視している。
「何見てるの?」
「……無光が、帰ってきてなくて」
「え?」
「外出してる。普段外になんて滅多に出ないし、どこ行くのかって聞いても応えてくれなくてな。少し……心配なだけだ。まぁ、何とかなるとは思ってるが」
「随分、あまのじゃくなのね?探しに行けばいいじゃない」
「……見当もつかないな。あいつがどこに行ってるのかなんて」
「まぁそうね……」
結局、探しに行くことはなかった。確かに普段外出しない人間がどこに行くのかと問われれば、何も返せない。
しかし、なんだかもやもやした気持ちが瓜香たちの中に蔓延していた。