テラーノベル
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朝だった。
薄いカーテンの隙間から、
白い光が部屋へ落ちている。
僕はキッチンに立ちながら、
ぼんやり味噌汁をかき混ぜていた。
鍋の湯気。
焼けるベーコンの匂い。
そんな、
いつも通りの朝。
「……葵生?」
ソファを見る。
さっきまで、
確かにそこにいた。
ブランケットに包まって、
眠そうに丸くなっていたはずなのに。
返事がない。
「葵生」
部屋を見回す。
トイレ。
洗面所。
ベランダ。
いない。
「あ……」
玄関のドアが、
少しだけ開いているのに気づいた。
葵生の靴が一足ない。
「……っ」
舌打ちして外へ飛び出した。
最近の葵生は、
時々“どこかへ行かなきゃ”という衝動に駆られることがあった。
僕を探して。
なのに、 途中で 何を探していたのかすら忘れてしまう。
いつもそのパターンだから大丈夫だろう、
と気を緩めてしまったのが悪い。
「葵生!!」
住宅街に声が響く。
通行人が驚いて振り返る。
構わず走る。
頼むから………
まだ遠くに行ってないでくれ。
⸻
その頃。
葵生は一人、
交差点の前に立っていた。
朝の車の音。
人の流れ。
赤信号。あの信号は車用だっけ?分からない。
「……あれ」
葵生は小さく呟く。
どこへ行こうとしてたんだっけ。
誰かに、
会いに行くはずだった。
大切な人。
すごく、
会いたかった人。
でも。
名前が出てこない。
顔も、
ぼやけている。
「……だれ、だっけ」
信号が青になる。
人は青に変わったのに歩き出さない。
葵生だけが歩いていた。
怖い。
分からない。
自分が今、
何をしているのかも。
クラクションが鳴る。
葵生がゆっくり顔を上げる。
眩しい光。
迫ってくる車。
その瞬間。
遠くから、
声が聞こえた気がした。
「葵生!!」
聞き慣れた声。
泣きそうな声。
葵生は目を見開く。
「あ……」
思い出しかける。
好きな人。
目にかかる髪。
煙草の匂い。
優しい手。
「……れい、く」
衝突音。
世界がひっくり返る。
空が見えた。
青かった。
⸻
交差点へ辿り着いた時には、
人だかりができていた。
嫌な予感しかしなかった。
呼吸が浅くなる。
「……どいて」
声が掠れる。
人を押し退ける。
その先で。
白いカーディガンが、
赤く染まっていた。
「……あ」
道路に倒れている葵生。
開いたままの目。
アスファルトに広がる血。
世界から音が消える。
「葵生」
近づく。
膝から崩れる。
震える手で、
葵生の身体を抱き起こす。
温かかった。
まだ若いの に。
「おい」
声が震える。
「葵生」
返事がない。
「起きろよ」
喉が痛い。
呼吸がうまくできない。
「……僕が、ちゃんと見てれば」
掠れた声が漏れる。
「目ぇ離さなきゃよかった」
血で汚れた髪を撫でる。
目を離さなければよかった。
もっと早く気づいていれば。
一人にしなければ。
後悔ばかりが頭を殴る。
救急隊の声が遠い。
誰かが肩に触れる。
でも離せなかった。
「……ごめん」
やっと出た声は、
泣いているみたいに震えていた。
「ごめんな、葵生」
葵生の指先は、
もう動かなかった。
コメント
1件
レイくんの視点で描かれる、葵生を探す焦りと後悔がひしひしと伝わってきました……。朝の何気ない日常から一転、交差点の事故の衝撃。特に「目ぇ離さなきゃよかった」と血に染まった髪を撫でるシーンは、声を失うほど切なかったです。最後の「ごめんな、葵生」という言葉に、すべての想いが詰まっていて——続きが気になって仕方ありません。本当に素晴らしいお話でした。