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注意・これは二次創作です。腐向け、nmmn、hnnmなど、苦手な方は閲覧しないでください。
ターボー視点で進む、『もう一度』のお話です。
トライ・アゲイン
目が覚める。思わず首に手をやり、なんだ夢だったのかと息を吐いた。
ここはアメリカ、立ち上げた会社の自室だ。明日も忙しいんだ、もう一度体を休めようとして、小山隆弘はふとスマホを手に取った。
今日は……十月二日。
胸騒ぎがした。先程まで見ていた夢──とんでもない悪夢を思い出し、一気に汗が出てくる。
夢だったはずだ。現に、夢で締められた首は痛みもないし、自分は生きている。
しかし、小山はスマホのフォルダを開いた。……ない。あの痛ましい、転落死の画像は。
「あー、日本はまだ夜じゃないな」
一番に頭に浮かんだのは親友の顔だったが、小学生時代の後味が悪い別れ方を思い出す。小山は少し考えたが、いつも自分達の間に入っていた世話焼きに連絡を取ることにした。
「……よお、久しぶり、カンタロー。俺だよ、小山。ターボー」
電話向こうの声が一瞬止まり、そしてやかましくなった。久しぶりの連絡だから仕方ないのかもしれない。そう思いながら小山は、用件を口にした。
「なあ、もうすぐ学校に行くだろ?」
『学校?』
「ほら、タイムカプセルの件で」
『あー、なんだ、ターボーも知ってたのか。そうそう、同窓会も兼ねてなあ』
「その日には帰れないと思うんだけど、俺も近々そっちに行くんだよ。みんなとも話せたらいいんだけどさ」
電話向こうでは物音も聞こえている。カンタローこと桜井幹太は、今は居酒屋を経営しているはずだ。仕込みをしながらの電話対応なのだろう。少しだけ申し訳なさが過ったが、桜井の声は普段と変わらず、そして少しだけ緊張を滲ませて小山に届いた。
『それって、キングとか?』
キング。高木将。小学生以来疎遠になっているが、今なら和解できるのではないだろうか。そう考え、小山はふとまた見た悪夢を思い出す。
あの夢の中では確か和解して、一緒に事件を追っていたはずだ。ただの夢だが。
「そうだなあ、キングにも会いたいな」
そう言えば、桜井は『じゃあ、俺の店に来いよ!』と嬉しそうに言う。ふと夢で見た彼の悲惨な最期を思い出した小山は、記憶を辿りながら桜井に言った。
「同窓会の後さ、貧ちゃんは飲みすぎると思うんだよな。危ないからさ、ターボーがちゃんと部屋まで送ってやれよ」
『えー? 貧ちゃんが来るかも分からねえけどなあ』
そう言って桜井は笑う。確かに、突然そんな話をされても困惑するだろう。小山だって、夢の話を本気にしているわけではない。ただ、奇妙な気持ち悪さがある。
アメリカにいる小山には、タイムカプセルや同窓会の通知は来ていない。おそらく日本の自宅に葉書が送られているのだろう。だが、桜井の反応では、本当にもうすぐタイムカプセルの開封はあるようだった。
悪意を感じる。あの大柄な刑事の、泥のような悪意を。
「まあ、俺も日本に戻ったら会いに行くからさ。よろしくな」
『あー、楽しみにしてるよ』
二、三言葉を交わし、電話は切れる。
「早めに行けないかな、日本に」
呟きながら小山はスケジュールを確認する。Xデーは十日後だ。
強制力という物なのだろうか。
結局、小山が日本に帰国出来たのは、十四日──つまりはタイムカプセル開封の二日後だった。何度もスマホを確認する。
(大丈夫だ、あの画像は来てないし)
そう、貧ちゃんこと武田敏生の写真は送られてきていない。やはりあれは、やけに生々しい悪夢だったのだ。そう思いながら、小山は桜井に電話した。
コールが鳴る。しかし、いつまで経っても通話にならない。
(忙しいのか?)
あの夢ならば、今頃武田の死が報道されているはずだ。そう考え、ニュースを見ようとした時に。
ピコン
画像が届いた。嫌な汗が出る。いや、まさか、そんなはずはない。
非通知のアドレスからのそれを、震える指で開く。そこには、動画が貼られていた。
──縛られた男。眼鏡をかけている。これは貧ちゃんだ。彼は穴のような場所に転がされていて、もう既に半分ほど土が掛けられている状態だった。
「おいおいおい」
土を掛けられる。貧ちゃんの目は開くことはない。その表情すらも、土の中へと消えていく。すっかり見えなくなった時、動画も終了した。
小山は動けなかった。あの記憶とは違う。あの時は、自宅マンションで墜落死したはずだ。空を飛ぶ、という夢と共に。
「……こんなの、どうすりゃいいんだよ」
探し出して助けるべきだ。そうは思ったが、小山の足は動かない。まずは場所が分からない。次に、ここに駆けつけて掘り出したところで間に合わないだろう。最悪、犯人だと誤認される可能性もある。
「……カンタローは」
まだ生きているはずだ。やはりあの替え歌の通りに殺されるのならば、まだ間に合うはずだと、小山は何度も桜井に電話を掛ける。しかし繋がることはなく、スマホはソファに乱暴に投げ捨てられた。
「キングなら」
高木なら、桜井に連絡出来るかもしれない。そう考え、小山はまたスマホを取り上げる。しかし、親交を絶っている高木の電話番号を知るはずもなく、また『夢』の中での方法も使えない。
まずは、高木に会いに行くしかない。
「まあ、なんとかなるだろ」
とにかく桜井の無事が知りたい。そして、これからどうなっていくのかを知らなくてはならない。また死なない為にも、次こそは守る為にも。
「……ああ、少しだけ時間が欲しいんだ。すぐ戻る」
秘書に連絡し、小山は動き始める。行き先は高木塗装、キングがいるはずの場所だ。
突然の旧友の来訪に、高木は驚いていた。
「よ、久しぶり、キング」
「……ターボー」
その口から出た愛称に、小山は少し胸を撫で下ろす。そしてふと気付いた。
今現在、事件はまだ表面に出ていない。という事は、高木はまだ猿橋園子と行動していないという事だ。
「どうしたんだよ、急に」
高木はそう言いながら机の上の封筒を手に取る。あの中には『みんなの夢』の色紙があるはずだ。差し出された物を受け取る。
「うわー、懐かしいなあ」
大袈裟に言いながら、小山はこれからどうするべきかと考える。高木も少し気まずい雰囲気だったのか、テレビをつけた。音量をおとそうとリモコンを手に取り、動きが止まる。
《昨夜未明、男性が生き埋めの状態で発見され、救急搬送されましたが、死亡が確認されました。男性は武田敏生さん三十四歳……》
画面に出た、武田の顔写真。高木はそれから目を離せないまま、顔を青くする。
「ひ、貧ちゃん……」
あの動画と同じだ。しかし、『夢』とは死因が違う。空を飛ぶ夢を語った武田は、今回は地中に埋められて殺された。
「キング、貧ちゃんは……」
「同窓会にもいたんだよ。カンタローと帰ったはずだったのに……」
項垂れた彼を見て、小山は次にどうするかを考える。武田の死が決定となったのは辛いが、次を考えなければ死は連鎖する。あの刑事の思惑通りに。
「なあ、キング。お前、カンタローに連絡取れるか?」
とりあえず訊いてみる。高木は顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。
「カンタロー? どうして」
「あ、いや……」
「まさか、疑ってるのか?」
そうではない。むしろ身を案じているわけだが、確かに最後まで一緒にいた桜井を疑っていると思われても仕方ない。
「いや、カンタローが……」
小山がそこまで言った時、呼び鈴が鳴った。高木は重い腰を上げ、扉を開ける。
「どちら様でしょうか?」
「すみません、高木将さんでしょうか? 我々は警察の者です」
警察。それを聞き、小山はこっそり近付いた。あちらからは死角になった場所から、聞き耳をたてる。
「昨夜、武田敏生さんが遺体で発見された事件についてお聞きしたいのですが、高木さんは最後に武田さんの姿を見られたと思うのですが……」
「いえ、俺は……あの日は確かに貧ちゃんとカンタローと三人で飲んで、その後、店の前で二人と別れたんです。だから、最後に見たのはカンタ、いや桜井だとおもうんですが」
「しかし、桜井さんとは連絡が取れなくて」
え、と声を漏らし、高木はスマホを取る。何度も掛け直し、それでも通話にならなかったことに苛立ちを滲ませる。
「職場の方も伺ったのですが、閉まっていまして……ちょうどいらした従業員の方も、連絡が取れずに困った様子でした」
「そんな……」
呟く高木を覗き見ながら、小山はどうしたものかと考える。
もしも小山の助言を桜井が聞いていたら、武田と共に攫われた可能性もある。しかし、酔っているとはいえ大の男を二人同時に誘拐できるものだろうか? 犯人はあの大柄な刑事、宇都見に違いない。だが、いくら奴とて……
そこまで考え、小山はふとある考えに行き着く。刑事達はその後いくつかの質問をし、去って行った。
「……キング、ちょっといいか?」
「……ああ」
疲れた様子の高木だが、小山は今浮かんだ疑問をぶつける。
「三人で飲んだのって、カンタローの店じゃないよな? どこで飲んだんだ?」
「ああ、最近よく行ってる店だよ。イマクニっていう」
なるほど、小山は内心納得する。宇津見はイマクニの常連だったはずだ。そこで武田と桜井に会い、標的にしたに違いない。
(ここまでくれば、もうあれが夢だとは思えないな……なんとかカンタローを助けないと)
「へえ、キングの行きつけか。俺も行ってみたいな」
そこに行けば、何か分かるかもしれない。確か陽気な店主と今どきな従業員がいたはずだ。
「……そうだな、行ってみるか」
高木もそう言う。しかし、小山のスマホがアラームを鳴らした。タイムアップだ。
「悪い、キング。会議が終わったら連絡する」
仕事の名目で来ているからには、疎かにするわけにはいかない。レセプションの準備もあれば打ち合わせも分単位で組まれているのだ。
「カンタローと連絡取れたら、また教えてくれよ」
「ああ、分かった」
手を上げ高木塗装を出ると、すでに車が待機している。乗り込みながら、小山は夢の内容を思い出していた。
結局高木からの連絡はなく、四日経った頃に嫌なニュースが流れた。
《昨日、〇〇川で男性の遺体が発見されました。男性の身元を確認したところ、居酒屋『北の桜』店主、桜井幹太さん三十四歳……》
(間に合わなかったか)
予想はしていた。武田の死と共に連絡が取れなくなった時点で。
「でも、なんで溺死なんだ?」
あの記憶では、桜井は最初に火事で、次に自身に放火されて焼死したはずだ。この火への執着は、桜井の夢・消防士になる、に掛けられていた。
(まるで、夢とは逆の殺され方だ)
夢を叶える事を許さない、そう悪意が言っている。しかし、小山にはそちらの方がしっくりきた。復讐だというのなら、わざわざ夢を叶えるような殺し方である必要はないはずだ。
(相手は警察だ、捜査は当てにならない。ニコちゃんを殺させないようにしないと)
覚えているうちにと走り書きしたノート。ニコちゃんこと中島笑美の死因は交通事故死、何者かに車道に突き飛ばされた可能性あり。夢はアイドル。
(仕事は抜けられないし、とにかくキングと連絡を取るか)
そう考え、小山はふと思う。
今頃、高木は猿橋と合流しているだろうか。猿橋へのイジメの直接的なきっかけは、中島とのトラブルだった。そんな二人が事件を防ぐ為とはいえ、仲良くいられるとは思えない。高木が仲裁してくれればいいが。
そこまで考え、小山はスマホを手に取った。最近登録した高木の連絡先はこの中だ。ふと、耳元で桜井の声が聞こえた気がした。
『楽しみにしてるよ』
また会えると思っていた。あの時も怪我をした姿しか見ていなかったのに、まさか会えないまま永遠の別れになるなんて。
しかし、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。
〈キング、あの頃に歌ってた替え歌、覚えてるか?〉
メッセージを送れば、少しして既読になる。
〈替え歌?〉
〈ほら、俺が作ったやつ。もりのくまさんの〉
歌ったデータも送る。
〈ああ、あったな〉
ようやく高木も思いだしたようだ。しかし、本題はここからだ。
〈貧ちゃん、カンタロー……不思議だよな、やられた順になってるみたいだ〉
〈まさか〉
高木の返答は簡潔だったが、前の記憶からこれは間違いないはずだ。次に狙われるのは中島だ。
〈じゃあ、次はニコちゃんかもしれない〉
高木も同じ考えに行き着いたようだ。
〈最近、猿橋園子といろいろあってさ。一緒に犯人を探してるんだ。ターボーも気を付けてくれよ〉
やはり、猿橋も事件を追っている。その事に少し安心しながら、小山はさらに送信する。
〈ああ、こっちのプロジェクトが落ち着いたら、俺も合流する。猿橋園子って、どの子だろ?〉
〈覚えてたのか。貧ちゃんの事件の時、この事を記事にしたいって俺の所に来たんだよ。ただ、俺はそれだけじゃないと思ってる〉
〈どの子が犯人ってことは?〉
〈それはない。あいつはそんなことしない〉
ここ四日程で、ずいぶん信用しているようだ。ただ、あの記憶を持っている小山も同じ意見だから、これ以上は言わない。
犯人は宇津見啓だ。そして奴は、おそらくドの子・瀬戸紫苑の関係者に違いない。
(その辺も探ってみないとな……とにかくニコちゃんを助ける事で連鎖が止まれば、この先の事件も起こらないかもしれない)
ぴょんぴょん跳ねる前髪を思い出す。これ以上事件が起きなければ、彼と関わる事もないのかもしれない。
〈とにかく、俺はしばらく動けないからさ、後は任せた〉
〈分かった〉
タイミングよく秘書がやってくる。自分が狙われるのはあの新規事業の会見の場であるはずだ。まだ時間はある。
そう考え、小山は一息ついた。
「……頼むぞ、キング」
どうか、これ以上の被害者が出ないように。
高木と猿橋は、どうやら中島との接触は出来たようだ。今はホステスをしているという彼女は、事件もどこか他人事のようだったらしい。
〈気のせいだって言われたよ。考えすぎだって。カンタローは確かに事故の可能性も疑われてるけど、貧ちゃんは確実に殺されたっていうのに〉
〈猿橋園子は?〉
〈途中で出て行った。まあ、あの頃あった事を考えりゃしょうがないよな〉
あの頃。小山の記憶では、中島は猿橋に何か大事な物を取られたと疑われ、中傷されたはずだ。その仕返しにあのイジメが始まったのだが、もしかしたら真相は別なのかもしれない。
〈そっか、とにかくニコちゃんに気を付けてくれよ〉
そう返せば、高木からは〈分かった〉とだけ返ってくる。高木も猿橋も仕事や家庭、生活があり、ずっと中島に張り付くわけにはいかない。それは小山も同じで、それ以上を言うつもりはなかった。
(キングは忠告はしたはずだ。後はニコちゃんが自衛してくれれば……)
会見さえ終われば時間が出来る。時間が出来れば、宇津見のことを調べられる。
「やられっぱなしでいられるかよ……これ以上、好きにさせるか」
仕事の合間に調べられるだけは調べているが、どうにも手が足りない。
「失礼します、社長。取材の申し込みが来ておりますが」
秘書の言葉で我に帰る。取材といえば猿橋園子を思い出すがと確認すれば、やはり彼女からの話だった。
「分かった、受けておいて」
そう伝え、会議に向かう。
(やっぱり疑われてるのかね)
あの時はお互い様だったが、今の小山に猿橋を疑う気はない。それよりも和解して、協力者になる方が先決だ。
応接室に入ると、待っていた猿橋が立ち上がった。
「取材を受けてくださりありがとうございます。週刊アポロの猿橋園子といいます」
「どうも、小山隆弘です。……ってか、今更そんな挨拶はいらないだろ、どの子」
小山の言葉に猿橋の表情に緊張が走る。
「覚えていたんですね、私の事」
「ああ、それにキングからも聞いたから」
そう言えば、猿橋の表情に少しだけ納得の色が乗る。
「では、私が何を調べているのかはご存知ですね」
「貧ちゃんやカンタローの事件だろ? 俺やキングも狙われてるはずだ」
「はい。そこで疑問なんですが、小山さんはどうして日本に帰国されたのですか? 記者会見はこちらの社員の方がされる予定でしたよね?」
「自分で発表したかったんだよ。約束だったからさ」
デジャヴが過ぎる。いや、確かに過去にしたやり取りだ。猿橋はまだ疑いを捨てきれないのか、窺う眼差しを向けている。
「それより、ニコちゃんの事なんだけど」
小山が切り出せば、猿橋は少しだけ口の端を下げた。
「中島さんなら、この間お会いしましたが」
「きっと次はニコちゃんだ。なんとか助けてやってほしい」
小山の言葉に、猿橋は視線を逸らさない。
「こちらもそのつもりです。どんなに『悪い子』だったとしても、私はあなた達に死んでほしくない」
その言葉の強さに、その固い決意に、小山は思わず目を細める。
「この会見が終われば、俺も犯人を探す」
「……会見、やめませんか? 危険だと思いますが」
「いや、これだけはしなくちゃならないから」
中島に何かあった場合、次に狙われるのは自分だ。ならば、会見に犯人を誘き寄せ、なんとか捕まえてみせる。
「……会見、私も参加します。おそらく高木さんも」
もう高木を巻き込むなとは言わない。むしろ近くにいた方が安全かもしれないから。犯人とて、常に多人数で動く相手を狙いにくいだろう。
「ああ、楽しみにしてくれ」
出来れば、何事もなく会見に臨めるように。
そんな小山の小さな願いも、すぐに裏切られる事になる。
中島の遺体が見つかったのは、地下倉庫だった。暗く閉ざされた場所で凍死していた中島は、スポットライトを浴びる事なく冷たくなっていたらしい。
その報道を受け、小山は机を叩きつけた。
結局、殺人を防ぐ事はできなかった。しかも、やはり小山が知っている殺害方法とは違う。このままでは、小山自身もガラスが降ってくるという方法以外で襲われるだろう。
(くそっ、どうなってるんだ……!)
全てを過去の体験通りに進める気はない。そうすれば、あの惨劇が繰り返されるだけだ。だが、このままでは彼に会う前に自分が殺される危険がある。
守ると約束した、しかし目の前で息絶えてしまった、もう一人の仲間。
(ちょんまげに、会うべきか)
ちょんまげこと羽立太輔は、今は引きこもりをしているはずだ。生きる気力もなく心を閉ざしていたあの姿を思い出せば、早く救い出したい気持ちになる。しかし、下手に事件に巻き込まなければ、死ぬ事もないのではないだろうか?
少し考え、スマホを手に取る。
「……あ、キングか? ちょんまげに連絡取りたいんだけどさ」
突然の電話に高木は驚いていたが、やがて申し訳なさげな声が返ってくる。
『悪い、ちょんまげの家とか連絡先とか、分からないんだ。誰か知ってそうなヤツを探してみるけど』
高木は高木で、中島の死を受け止めて次の対策を探しているようだ。小山は羽立の家は知っているが、何故知っているのか理由を付けなくてはならない。とりあえず電話を切ろうとすれば、高木の声がそれを阻止する。
『ターボー、会見は誰かに任せられないのか?』
「……悪い、これだけはダメなんだ」
これは、お前との約束だから。
「会見、来るんだろ? 猿橋と」
『あ、ああ……』
「じゃ、大丈夫だ。何かあったら、お前が助けてくれるだろ」
お前はヒーローなんだから。そう思い小山が言うと、向こうからは『いや』『危ないだろ』と小さな反論がくる。しかし、もうタイムアップだ。明日の準備がスケジュールにぎっしり詰まっている。
「じゃあな」
それだけ言うと電話を切る。とりあえず明日を乗り切らなくては。
「さ、さっさと終わらせるぞ」
気合いを入れ直し、小山は仕事に向かう。会見はもうすぐだ。
会場には記者が集まっている。中には猿橋園子の姿もあり、その隣にはかつてイマクニで見た女性記者もいた。
(あー、ちょんまげの家って委員長が知ってたんだっけ)
その委員長・小林紗希が起こした一連の騒ぎを思い出す。あの一件は、猿橋をひどく傷付ける結果となった。しかし強い彼女の事だ、それも糧として立ち上がるに違いない。
PR会見が始まる。小山は夢を叶えた事を会場中の人々に語る。そう、その場にいる高木にも伝わるように。
絶交するきっかけは、夢の存在だった。高木が応援してくれた夢を叶える為に高木と絶交する事になったのはなんとも皮肉な話だったが、今は胸を張って言える。
宇宙飛行士にはなれなかったけど、俺がみんなを宇宙に連れて行ってやるよ。
暗い中で見えた高木の目が、少し輝いたように見えた。
会見を終えると、次は囲み取材だ。今思えば、こんな場所であんな殺害方法を取るなんて、犯人──宇津見は他人が巻き込まれてもいいと考えているのだろうか? どうしても気になり何度か上を見ながらの不思議な取材になったが、意外にもこの場は何事もなく終えた。
(今回狙われるかと思ったけどな……こりゃ結構キツいぜ)
つまり、この先も警戒しなくてはならない訳だ。ただ、あの替え歌になぞらえているはずだから、次に狙われるのは自分のままだ。
(今のうちに、ちょんまげにコンタクト取らないとな)
日本での大仕事は終わった。後は本社へはリモートで指示すればいいし、ここでやるべき細かい事は合間に済ませればいい。大仕事を終えた自分には、休暇を取る権利がある。
「よお、キング」
久しぶりに高木塗装のガレージに足を運ぶと、クラスメイト達の写真が貼られたボードが目に入った。
「ターボー、気を付けてくれよ。次は多分……」
「大丈夫だって。今日もここまでは車で来たし、襲われるような隙は作らないって」
出迎えた高木の早速の小言を受け流し、小山はボードの前に立つ。
武田、桜井、中島。そして小山、羽立、高木の写真が並べられている。そして、後に協力してくれる土屋ゆきと豊川賢吾。小林の写真もある。
「ちょんまげ、連絡取れたか?」
訊けば、高木の顔が暗くなる。
「ああ、あの後委員長に訊いたんだ。アイツのアパートにも行った。でも、ちょんまげのヤツ……俺達とは友達じゃないって、自分を殺さないんなら出ていけって……」
確か、その後に猿橋が説得して、羽立は立ち直るはずだ。その場に自分がいなかったことに歯痒さと少しの安堵がある。小山は高木の肩を叩き、ニヤッと笑ってみせた。
「じゃあ、俺が行ってみるわ」
「え? でも」
「まあまあ、キングは猿橋の事を気に掛けとけよ」
この後、彼女は苦境に立たされる事になる。随分とストーリーは変わっているからどうなるかは分からないが、強い彼女にも支えは必要だ。いじめていた自分達がそうなれるのかは微妙だが。
羽立のアパートの場所を聞き、小山は高木塗装を出た。
「ここだな」
見覚えがある古いアパート。小山はその扉を叩いた。一度、二度。続けていれば、やがて中から声が聞こえてくる。
「……誰?」
警戒している。肌でそれを感じながら、小山はなるべく穏やかな声を出す。
「俺。小山。ほら、ターボーだよ」
沈黙。少しすると、チェーンを掛けたままの扉が開いた。
「……ターボー?」
「よ、ちょんまげ」
急いではいけない。そうすれば、二度とこの扉は開かない。
「……何?」
暗い目が小山を見ている。一体どうやって猿橋は羽立の心を開いたのか、今更ながら訊いておけばよかった。
「久しぶりだな、ちょっと話さないか?」
小山の提案に、羽立はじろじろと目を動かした。
「ターボー、一人?」
「ああ」
少しして、チェーンが外れる。
「どうぞ」
小さな扉を潜れば、以前見た散らかった部屋がそこにはあった。以前入った時にこの状態だったら、あの携帯電話を見つける事は出来なかっただろう。掃除は大事だと改めて思う。
「で、何の話?」
靴下を履きながら羽立が訊く。そっとダイニングの椅子の荷物を移動させ、小山も座った。
「事件の事、キングから聞いただろ?」
切り出せば、羽立はパソコンとタブレットを指差す。
「聞かなくても知ってるよ。当たり前でしょ」
「……じゃあ、次は俺だと思うか?」
この質問には、羽立は答えなかった。散らかった辺りを探っている。ただ、小山を見たくないだけかもしれない。
「覚えてるか? あの時歌った替え歌」
ワンフレーズくちずさめば、羽立がちらりと小山に視線を向ける。
「♪〜」
「ねえ」
「♪〜」
「やめてっ」
羽立の制止に、小山は口を閉じた。その手で羽立の肩を叩く。
「怖くないよ」
「……え?」
「俺は死なない。やられたりしない。だから、ちょんまげも無事だし、もう一人じゃない」
グッと力を入れる。羽立は少しよろけ、そして目を伏せた。
「……でも、僕は君達に何もしてあげられない。友達になんかなれない」
「そーかあ? 俺はお前の事、結構気に入ってたんだけどな」
小山の言葉に羽立は首を振る。しかし、小山は止める事はなかった。
「お前さ、どの子をいじめてた時、これは悪いことだと思ってただろ? 分かるよ、ランドセル投げた時も躊躇ってたし、何する時も俺達の後を着いてきてたもんな」
羽立の肩が揺れる。いじめを悪いことだと自覚し、後悔し、その中でそのメンバーが殺されていった。どんなにか怖かっただろう。
「でもさ、俺はそれが嬉しかった。だって、悪いことをしてでも俺達と友達になりたかったんだろう? 下手したらクラスの連中に後ろ指さされるような事したって、お前は俺達を友達に選んだんだろう?」
いじめを見て見ぬ振りをしてきたクラスメイトとは違い、羽立は自分の選択でこちら側を選んだ。良いか悪いかは置いておいても、それは彼の中の強さだと小山は思う。だからこそ、その行動力で羽立は一人で森に会いに行き、命を落とすわけだが。
「だからさ、もう友達じゃないなんて言わないでくれよ、ちょんまげ」
今度こそ守る。そう誓いながら肩を叩くと、羽立は何かを言いかけては口を閉じる。そしてグッと眉を寄せた。
「……僕、お母さんも死んじゃって、みんなも……。このままみんな居なくなるくらいなら、もういっそ……」
「ああ、大丈夫だよ。俺はいなくなったりしないから。もう一人にしないから」
そのまま胸を貸してやる。震える肩が落ち着くまで、小山は羽立をそっと支えてやった。
高木に連絡を取ると、地図が送られてくる。羽立を連れてその場所に行った小山は、懐かしい店の前に辿り着いた。
「こ、こって?」
「キングの行きつけの店らしいぜ」
入り口を開ければ、若い従業員が「いらっしゃいませー」と声を上げる。中にいた高木が、二人に軽く手を挙げた。その奥にいた猿橋も頭を下げる。
「悪い、遅くなった。ちょんまげんち、なかなか片付かなくてよぉ」
「キング、猿橋さん……」
おどおどしている羽立に、高木は「気にすんなよ」と声を掛ける。猿橋は特に何も言わなかったが、羽立はその前に行き頭を下げた。
「ごめんなさい。僕は……君を利用した。悪い事だって、分かっていたのに」
「……私は、あなた達を許す事は出来ません。……でも」
猿橋は強い瞳を向ける。
「今の自分から変わるには、自分で変えるしかないんです。……私に出来たんですから、あなたも出来ますよね?」
それは羽立に向けられた言葉だ。しかし、静かになった店内に響いたそれは、二人にも届いた。
「……強いな、あいつ」
「だな」
二人で顔を合わせて笑う。
「あー、高木の友達?」
そこにひょこりと店主の今國一成が顔を出し、笑顔をみせた。
「どーも、イマクニですー」
「どうも、小山です。いやあ、良い店だなあ」
今日は宇津見はいないようだ。辺りを見回し、それを確認する。ごちゃごちゃとした店内はノスタルジーに溢れ、まるであの時代に取り残されているようにも感じた。
「あざーす!」
店を褒められた今國は、上機嫌でグラスを拭いている。とりあえず酒を頼めば、四人分出てきた。
「乾杯する? あ、店長さん達もご一緒に」
「えー、いいんですかあー?」
「マジ? あざーっす!」
酒が増える。グラスを手にした高木は、呆れたように小山を見る。
「何に乾杯するんだよ」
「んー、再会に? とか?」
ちらりと羽立に目を向ければ、猿橋との話は終わったようだった。二人にもグラスを渡す。
「じゃ、ちょんまげとの再会に、かんぱーい」
「えー、何それ……」
そう言いながらも、羽立もグラスを合わせる。猿橋は軽くグラスを上げ、口を付けた。
「ですが、三人とも油断はしないでくださいね? 狙われている事には変わりないんですから」
「はいはい……って、乾杯の後に言うことか?」
和やかな時が流れる。せめて、これ以上の事件が起きないように。小山はそう願い、一気に酒をあおった。
それからしばらく、気が抜けるように何もなかった。猿橋が犯人扱いされる事もない。それどころか、事故死だと断定された桜井の事を挟んだせいか、まだ連続殺人だという報道もなかった。その間にと、小山は宇津見啓について調べる。褒められない方法も使って調べたが、宇津見と瀬戸紫苑の決定的な繋がりは見つからなかった。
(だけど、血縁関係でもない男女なら、関係は恋人か婚約者か……どっちにしろ、そういう関係だろう。やっぱり瀬戸紫苑は亡くなっているし、あのホールはその名前で予約してある)
正直、法ギリギリを攻めている自覚はある。そして、この情報を得るのと同時に首の辺りが苦しくなってくる。
(社内だって安心出来ない。ちょんまげだって……)
身を守る為と説得しこの会社に就職させたが、しばらくは勉強に徹する事になるだろう。余計な事をさせない為に、専門書は山のように積み上げてある。
「……ん?」
スマホが通知を知らせる。確認すれば高木からで、かつての担任である大谷典代に会いに行くという内容だった。
〈俺も行く〉
そう打ってから、やはりと付け加える。
〈ちょんまげも連れて行く〉
やはり一人にしてはおけない。順番でいけば小山が狙われるはずだが、社内が安全でない事は身をもって知っている。
「おーい、ちょんまげ」
「あ、社長……」
「何だよ、気持ち悪い。ターボーでいいよ」
社内で特別扱いはしない方がいいのだろうが、ただでさえ中途採用で目立ってはいるのだ、今更だろう。
「今からキング達が小学校に行くらしいからさ、俺達も合流するぞ」
「学校って……誰かに会いに?」
「ああ、大谷先生。今は校長になってるらしいぞ」
羽立は頷き、パソコンを閉じる。読み散らかされた専門書もそのままに、二人は会社を出た。
鷹里小学校前には、高木と猿橋が待っていた。
「悪い、遅くなった」
「いえ、私達も今来たところです」
四人で校門をくぐる。かつて猿橋がトラウマを作った体育倉庫、いじめの発端となった昇降口、いつもからかっていた階段……懐かしいと思うと同時に、彼女には辛い思い出だろうと足早に進む。出迎えた大谷も、立ち止まって話をする事はなかった。
「花音?」
高木の娘、花音が男子と喧嘩している。いや、もしかしたらいじめなのだろうか? 一瞬高木の顔が強張り、そして娘に駆け寄った。
「……やっぱり」
猿橋が小さく呟く。花音は教室に入っていき、残された高木は戻ってきた。
「どうぞ」
穏やかな顔のまま、大谷が校長室に招き入れた。
結局、大谷からは有力な話は聞けなかった。小山は棚を見て、やはり自分達の年の卒業アルバムはない事を確認する。
「ん?」
校長室を出た時、小山は羽立が壁を見ている事に気付いた。何を見ているのか、後ろから覗いてみる。
(これか……!)
壁には、学校行事の写真が貼り出されていた。生き生きとした生徒達、サポートしている教員達。その中には、確かに七人目の仲間・森智也の姿があった。
(これを見て、ちょんまげは森を思い出したのか……けど、あそこに行かせるわけにはいかないな)
「あ、ごめんターボー。帰るんだよね?」
背後に気付いた羽立が言う。
「おう、会社に戻らないとな」
そう言ってその背を叩く。羽立はちらりと写真に視線を戻したが、小山の後を追いかけた。
あれから何度かイマクニに行ったが、なぜか常連であるはずの宇津見には会えなかった。
(おかしいな……前は何度か会ったはずなのに)
会社で仕事をしていても、不快感が増していく。狙われているのは自分であるはずなのに、近くに殺気を感じない。
「あー、もう!」
ガリガリと頭を掻き、小山は立ち上がった。部屋を出て、羽立がいるスペースを目指す。だが。
「あれ? ちょんまげ?」
普段いるはずの場所に、羽立はいなかった。使っていたパソコンの履歴を確認すれば、やはり『鷹里小の森』のホームページが表示される。
「おい、ここにいた羽立……ほら、ここ括った男、どこに行った?」
そばで作業をしていた社員に訊いたが、首を振られる。
「嘘だろ、あのバカどこに行きやがった」
ホームページ内の掲示板に目を走らせる。
〈誰も覚えてない〉
〈覚えてるよ、博士だよね?〉
〈もしかして、ちょんまげ?〉
やりとりを見るが、まだ二人が会う約束はしていない。ならば、羽立はどこに行った?
「……いや、ちょっと席を外してるだけだろ、うん」
どっかりと椅子に座り、戻りを待つ。とりあえずスマホでも見るかと取り出せば、猿橋からの通知を見つけた。
〈先程、警察の方が来ていました。ようやく事件として調査するようです。皆さんの話も聞きたいそうですよ〉
警察。まさか。
〈こっちにも来てた。まさか知り合いだとは思わなかったから驚いたよ〉
次は高木。その知り合いという言葉に、小山はどきりとした。
まさか……
〈知り合いって?〉
指が震える。しかし、やはり答えは予想通りだった。
〈ウッチャンって、イマクニの常連だよ。えーと、宇津見、だったかな〉
ガタリと立ち上がり、小山は受付に向かう。
「あ、社長」
「おい、警察は来たか?」
受付は通していない可能性はある。むしろ通していれば、もうなりふり構っていないという事だ。受付嬢はパソコンを確認し、静かに首を振った。
「いえ、いらしておりませんが」
「ああ、ありがとう」
もしも、宇津見が羽立に接触していたら。漠然とした不安が形になっていく。
「ちょっと出てくる」
出入り口のカメラチェックも考えたが、とにかく居ても立っても居られない。ビルの外に出て辺りを見回したが、当然その姿はない。
「どこだよ、ちょんまげ……」
ふと、視界の隅に目が止まる。駆け寄れば、落ちていたのはイマクニのコースターだった。
「なんで、こんな所に」
拾い上げ、その向こうに目をやる。この先には確か公園があったはずだ。足早に近づく。
公園はほとんど人がおらず、閑散としていた。ビル街の中にあるオアシスとなるはずの場所だが、誰もがそんな暇すら無いようだ。ベンチ、花壇、揺れる遊具と視界は良い場所が多いが、脇にあるトイレの付近は鬱蒼とした木々が陰を作っている。
ガサリ。茂みが動いた。
「誰か、いるのか?」
小山はそう言うと近付いていく。踏み込んだ場所には大柄な人物と、探していた人物。二人は向かい合っていたが、物音に視線を向ける。
「ちょんまげ!」
「え? ターボー?」
振り返った羽立の背後で、大柄な人物が腕を振り上げた。
ドゴッ
何が起きたか、小山は一瞬分からなかった。羽立の身体が崩れ落ち、その背後の人物があらわになる。
「……なあ、お前だったのか?」
「テメェ……宇津見!」
その言葉に、宇津見は笑みを深くする。
「おやおや、あなたと俺は『今回は』初対面なはずだ……ねえ、小山さん」
羽立を跨ぎ、宇津見は小山の前に出る。倒れた羽立は動かない。血も出ているようだ。宇津見の手には木の枝があり、あれで殴られた事は明確だった。
「テメェ!」
「まだ生きてるかな……まあ、騒がなければいいや」
宇津見は木の枝を捨て、ジロリと小山を見る。
(生きてるだろうな……ちょんまげ)
「小山さん、次はあなたの番だ。本当なら、もう少し後がいいんだけどな……いや、とりあえず黙らせればいいかな」
キュ……仕込んでいたワイヤーを取り出し、宇津見が笑う。
「見覚えあるんだろ? いや、『あの時』は見えなかったかあ、あのゴーグルで」
ヒクリ。喉が鳴る。思わず喉に手をやった小山を見て、宇津見の笑みが深くなる。
「……驚いたよ、あの日の朝に戻った時は。またやり直しか、もう少しで全てが上手くいくはずだったのにってな。ただ……武田を狙った時、前回とは違うシチュエーションになってな」
ジリ、距離が縮まる。
「前回は一人でマンションに帰ってきた武田が、今回は桜井と一緒だった、それでピンと来たよ。誰か、俺みたいに記憶を持っているそっち側の人間が、入れ知恵したんだってな」
「じゃあ、今回順番を変えたのは……」
歌の順だと思っていたから、自分の身を守ることを最優先にしていた。裏をかかれたと思った小山だったが、宇津見は首を傾げる。
「順番? そんなのは気にしてなかったよ。俺にとっての大事な事は高木将以外の『悪い子』の始末、それだけだ」
ワイヤーが伸びる。思わず一歩下がる小山だが、宇津見は余裕を崩さない。
「逃げるのか? それなら、羽立とはここでお別れした方がいいぞ」
倒れたままの羽立は逃げられないだろう。自分が逃げれば彼は殺される。だが、逃げなくても助かる術はない。効率を考えれば、逃げる以外に選択肢はない。
それでも。
「そうだよな、お前は逃げない」
その躊躇を、宇津見は見逃さなかった。ワイヤーが小山に襲いかかる。
「もし、お前が『死んだやつは運が悪かっただけ』なんて本当に考えてたら、前回武田の写真を見たって帰国しなかっただろう? なあ、お前みたいなヤツだって、仲間を見捨てる事には躊躇する。……どうして、どうして紫苑にはその少しの思いのカケラすら向けられなかったんだよ」
ワイヤーが喉を圧迫する。なんとか抵抗しようともがくが、宇津見の力は容赦ない。
「心配するな、多少遅れるが、必ず仲間のところに送ってやる」
苦しい。意識が白くなっていく。力任せに引き倒そうとしても、宇津見は体勢を変えて更に締め上げる。
(あー、約束守れそうじゃねえな。悪い、ちょんまげ……)
守る事も、死なない事も。せめてもと羽立の方に目を向けると、小山は掠れゆく視界に幻を見た。
(……侍?)
「あ、わああああああっ」
身体が激しく揺れ、締めていたワイヤーが緩む。咳き込みながら転がる小山に覆い被さるように、宇津見の重い身体が倒れてくる。
「ゲホッ、ゲホッ……」
空気が肺に入ってくる。小山が滲んだ視界で見上げれば、そこには木の枝を振り下ろす羽立の姿があった。
「うわあっ、わああああっ!」
二度三度と振り下ろされる木の枝は、まるで侍の刀のようだ。そこまで考え、小山は我に返る。
「ゲホッ、待て、ちょんまげ! 止めろ!」
羽立の動きが止まる。木の枝を鞘に戻すかのような仕草に、ふとあの頃の彼を思い出す。
「やり過ぎだって……」
元引きこもりで非力な羽立とはいえ、頭部への何度もの殴打に宇津見も気を失っている。生きているか、小山が確認しようとすると、ぽたりと血が落ちてきた。
「やべ、死んでないよな?」
しかし、血は宇津見の顔に落ちているだけで、彼からは出ている様子はない。見上げれば、青白い顔で立っていた羽立が、ふらりと倒れた。
「うわっ、マジかっ」
何とか這い出て、小山は羽立を衝撃から守る。ほとんど下敷きの形になったが、頭は打っていないようだ。
「きゃあっ」
物音を聞きつけたのか、犬を連れた女性が悲鳴を上げる。
「すみません、警察と救急車を……」
羽立の下敷き状態の小山を見て、彼女は慌てて電話を掛け始めた。途端にやたら身体の重みを感じ、胸に乗った羽立の頭をとりあえず撫でる。
(あー、生きてる)
首は痛むし、指からは滲んだ血を感じる。しかし、とにかく生きている。それを実感した途端、小山の意識は薄れていった──
小山が目を覚ましたのは病院のベッドの上で、駆け付けた高木に思いきり泣かれてしまった。後ろで見ていた猿橋はため息をついていたが、それも安堵なものだろう、そう信じたい。
高木の話だと、三人は意識を失ったまま搬送された。今はその翌日で、小山はまだ入院が必要だという事だった。
「ちょんまげは?」
掠れた声で訊けば、高木は少しだけ表情を暗くする。
「後頭部を殴られて出血してたから、ターボーよりは入院が長くなるらしい。まだ意識も戻ってないから、面会謝絶になってるんだ」
「そっか……」
まだ会えない、それを聞いた小山はふうっと息を吐く。
「ウッチャン、いや宇津見はもう目を覚ましたみたいだ。まだ聴取はしてないらしいけど、ターボーにも話を聞きたいって警察が……」
「それなら大丈夫だ」
小山は寝たまま目を動かし、椅子に掛かった上着を見る。
「キング、あのジャケットの内ポケットにペンがあるんだけど、取ってくれるか?」
「ああ」
小山は受け取り、カチリと動かす。
「これ、ボイスレコーダー。これにやりとりは入ってるはずだから」
「……準備いいな」
当然、これは次に自分が狙われると思ったから用意した物だ。結果的に役にはたったかと、小山はペンを振る。
「事情聴取ならいつでもいいぜ」
「……とりあえず、先に診察だと思いますよ」
猿橋はそう言い、やってきた看護師と話を始める。痛む喉を休めておくか、と小山はゆっくり息をついた。
それからしばらくは、騒動の渦の中に放り込まれた気分だった。
この一連の連続殺人が明らかになる前に、宇津見は雑誌記者に自白めいたメッセージを送っていたようだ。それを元に書かれた『犯人の動機と過去のいじめ』の記事は、ほぼ個人を特定できるような内容だった。犯人を擁護する声すら上がるような騒ぎになり、高木塗装もTURBO incの東京支社も一時休業に追い込まれた。
有名人だった小山は、連日マスコミに追われた。面白おかしく囃したてる彼らに憤慨はしたものの、小山は反論はしなかった。いじめをしていたのは事実であり、その結果一人の女性が命を絶った。それを言葉で誤魔化すのは、過去の自分に言い訳をするように思えたからだ。
「……でまあ、今は日本で暇してるってわけ」
椅子に座った小山を、羽立は半笑いで迎える。
「それ、暇じゃないでしょ」
ここは病院内で、さすがにマスコミはやって来ない。ようやくゆっくり出来るかと、小山は大きく伸びをした。
羽立が目を覚まして一週間ほどになる。様々な検査の結果退院が決まり、身元保証人となった小山はその手続きに追われていた。疲れもあり、自然とあくびも出る。
「寝る?」
「えー、ここのベッド、硬いじゃん」
「椅子の方が硬いと思うけど」
まあそうなんだけど、と小山はまたあくびを漏らす。それを見た羽立はクスクスと笑った。
何度か事情聴取を受けた羽立だったが、頭部を殴られた後遺症か、あの日の事ははっきりと覚えていなかった。相手が犯人とはいえ何度も棒を使って殴りつけた彼の行為は正当防衛というにはギリギリのラインだったが、宇津見が軽傷だった事と記憶がなかった事により、罪に問われる事はなかった。
事件は終わったが、まだ余波は残っている。特にいじめの厳罰化を訴える署名活動や教育機関の可視化など、徐々に過激になる世論に、これからどうなるのだろうと考える。しかし、もう自分に出来ることなどないだろう
。
(もしかしたら、瀬戸紫苑が戻したかもな……時間を)
もしもそうなら、きっと彼女は宇津見を救いたかったのだろう。そう出来なかったのは、同じく時が戻った宇津見の固い決意がもたらした結果だから、小山が責任を感じる必要はない。ただ、仲間を亡くしたのはやはり辛い。
「ターボー?」
ぼんやりしていた小山に、羽立が呼びかける。その遠慮がちな声に、小山は大袈裟に言った。
「いやあ、マジでちょんまげにも見せてやりたかったよ。木の枝構えた侍」
「見せたいって、それ僕なんでしょ? 見れるわけないし」
「まー、そうなんだけど」
あの時止めなければ、もっと大事になっていたかもしれない。そう思えば、宇津見の頑丈さだけには感謝せざるを得ない。大声を上げながら枝を振り下ろしていた羽立の姿を思い出し、小山はぽつりと呟いた。
「そう言や、昔からちょんまげってそんなとこあったよなぁ」
「え?」
仲間になった時、瀬戸紫苑の作品を滅多刺しにしたり、猿橋に嫌がらせにランドセルを投げ合っていた時に、それをゴミ箱に投げ込んだり。いつもは後から追ってくるチビで痩せっぽちの少年だったが、時折見せるその意外な攻撃性は、当時の自分には……
「いや、やっぱりちょっと変わったヤツだなって」
「そうかな……」
一応褒めたつもりの小山だったが、やはり羽立にはそう思えないようで声が重くなる。その肩をなるべく優しく叩き、小山は立ち上がった。
「なあ、ちょんまげ。退院したらさ、続けてウチに就職してくれるか?」
それは最近ずっと考えていた事だった。当然、羽立の次の言葉も予測している。
「え、でも、もう犯人は捕まったんでしょ? 僕を雇う理由、もうないんじゃないの?」
自己評価の低さはすぐに変わるものではない。だが、小山はニヤリと笑った。
「理由はある。俺が、ちょんまげに近くにいてほしいだけだから」
「?」
「俺さ、今までいろんな恨みを買ってるんだわ。会社や夢の為に、強引な事も色々やってきたからな……正直、今回の事をキッカケに、社内からも俺から会社を奪い取ろうってヤツが出てきてもおかしくない。っていうか、多分いる。だからさ」
そう、だからこそ。
「絶対的な味方に、そばにいてほしいんだよ」
小山の言葉に、羽立は困ったように眉を寄せる。
「ターボーが悪いことするなら、僕も味方じゃないかもよ?」
「そんなの今更だろ。いっつもついて来てたくせに」
「いつの話、それ……」
言いながらも、羽立の顔も笑っている。
きっと、こいつは自分が悪いことをしてもついて来るだろう。だからこそ、これからも守っていく。約束通り、もう一人にしない。
「行くぞ、ちょんまげ」
あの頃のように声を掛けると、羽立が「まずは退院だけどね」と笑う。パスポートの手配もしておかなくちゃな、と小山は笑顔を見ながらそう思った。