テラーノベル
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最近、眠れなくなっていた。
緋八マナは朝方まで何度も目を覚ます。
玄関の音。
足音。
物がぶつかる音。
その全部に身体が反応してしまう。
夢の中でも、ライに怒鳴られていた。
「……っ」
びくりと身体を震わせ、マナは目を開ける。
薄暗い部屋。
隣を見ると、ライはもういなかった。
出勤した後らしい。
シーツにはまだ少しだけ体温が残っていた。
マナはゆっくり起き上がる。
身体中が重い。
鏡を見ると、首元に薄い痣が残っていた。
昨日、掴まれたところだ。
服で隠せる位置でよかった、と無意識に考えてしまう自分に、少しだけ嫌気が差した。
「……洗濯、しなきゃ」
声を出す。
そうしないと、何も考えたくなかった。
───
昼過ぎ。
スーパーから帰る途中、マナはふと立ち止まった。
ショーウィンドウに映る自分。
痩せた顔。
隠すような服。
疲れ切った目。
昔とは全然違う。
ライと付き合っていた頃は、
「マナかわいい」
っていっぱい言ってくれていた。
手を繋いで歩いて、
コンビニ寄るだけでも楽しくて、
くだらないことで笑い合っていた。
なのに今は。
帰る場所が怖い。
マナはぎゅっと買い物袋を握りしめた。
「……帰ろ」
誰に言うでもなく呟く。
帰らないわけにはいかなかった。
───
夜。
その日は珍しく、ライの帰宅が早かった。
時計はまだ20時。
ガチャ、と扉が開く音に、マナはびくりと肩を震わせる。
「お、おかえり……」
ライは無言で靴を脱いだ。
顔色が悪い。
空気も重い。
マナは急いで立ち上がる。
「ご飯、もうできるよ」
「……いらない」
「え……?」
「食欲ない」
ライはソファへ座り、そのまま深く顔を覆った。
マナは少し迷ってから、そっと近づく。
「今日、何かあった……?」
その瞬間。
「うるさい」
低い声。
208
425
ナギサノサナギ
2,783
147
マナの足が止まる。
「聞きたいなら聞きたいで、結局お前も俺のこと責めるんだろ」
「そんなことないよ……!」
「じゃあなんでそんな顔してんの」
ライが顔を上げる。
鋭い目。
マナは息を飲んだ。
怖い。
でも逃げたらまた怒られる。
「俺が帰ってくるたび怯えてさ」
ライは立ち上がる。
「そんなに俺といるの嫌?」
「ちが……」
「じゃあなんで震えてんだよ!!」
怒鳴り声。
マナの身体がびくっと跳ねる。
ライはその反応にさらに苛立ったように舌打ちした。
「……ほんと無理」
そう言って、マナの肩を強く押す。
バランスを崩し、テーブルの角に身体をぶつけた。
鈍い音。
「っ……!」
脇腹に鋭い痛みが走る。
マナは思わず床にしゃがみこんだ。
「……また大袈裟」
ライの声が遠く聞こえる。
痛い。
息がしづらい。
視界が少し揺れる。
それでもマナは無理やり笑おうとした。
「だ、大丈夫……」
「は?」
「ライのほうが、つらいから……」
その言葉に、ライの表情が一瞬止まる。
でもすぐに、苦しそうに眉を歪めた。
「……そういうのやめろよ」
「え……」
「被害者みたいでイラつく」
マナの胸がぎゅっと締めつけられる。
もう、何を言っても駄目だった。
黙っていても怒られる。
話しても怒られる。
どうしたら昔みたいに戻れるのか、分からなかった。
ライはイライラしたように髪をかき上げる。
「……風呂入る」
そう言って、乱暴に寝室のドアを閉めた。
静かになる部屋。
マナは床に座ったまま動けない。
脇腹がじんじん痛む。
触れると熱を持っていた。
ぽろ、と涙が落ちる。
「……ライ」
小さく名前を呼ぶ。
昔みたいに、
『どうした?』
って優しく返してくれることは、もうなかった。
コメント
1件
あおいです。読了しました……第3話、胸が締めつけられました。 特に辛かったのは、マナさんが過去の優しいライさんを覚えているからこそ、今の姿を受け入れられず、自分を責めてしまうところです。「帰る場所が怖い」という一文だけで、彼女の置かれた孤独と絶望が全部伝わってきました。ショーウィンドウに映る自分を見つめる場面、あの視線の重さが忘れられません。 それでも「ライのほうがつらいから」と言える優しさが、余計に切ないですね……🤍