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朝露に濡れる舗装路を踏みしめ、デットマンたちがぞろぞろと訓練場へと向かっていた。
「こんな朝早くから呼び出すなんて……」
「何かあったのかな?」
「お腹減った……」
それぞれが思い思いに言葉を漏らしながら、眠気まじりの足取りを進めている。
「カレラくん! ケイくん! おはよ!」
明るい声が背後から飛んできて、二人の間にひょいと割り込んでくる人影があった。
「アナスさん、おはようございます」
「おはよう、アナス」
突然現れたアナスタシアに、カレラとケイは驚きながらも挨拶を返す。
「この騒動……何かあったのかい?」
ケイが声をひそめて問う。
「実は私も、何も聞かされていないんだよね……」
アナスタシアは困ったように肩をすくめた。
カレラは訓練場の入口に差しかかりながら、周囲を見渡す。
見たことのない顔が多い。にもかかわらず、全員の表情には同じものがあった。
――疑問。不安。緊張。
なぜ呼び出されたのか、誰も知らないのだ。
訓練場の中に足を踏み入れると、ケイがぼそりとつぶやいた。
「……こんなに人がここに入ったの、初めて見るな」
広大な訓練場は、すでに人で埋め尽くされていた。正面の壁には巨大なモニターと、簡素な台とマイク。
何かが始まる――そんな予感が、確かにそこにはあった。
訓練場の奥に、ようやく見覚えのある顔を見つけた。
レン、ユウマ、そしてレオナ監視官。
どこかほっとしたようにカレラが足を速めると、レオナがこちらに気づき、軽く手を上げた。
「三人とも、遅かったじゃないか」
笑みとも皮肉ともつかない口調で、レオナが言う。
「おはようございます、レオナ監視官。なんで人が集められたか、知ってますか?」
アナスタシアが一歩前に出て尋ねた。
「まぁ、そんなに焦るな。時期に始まる」
レオナはそう言うと、背を向けてモニターのある台の方へ歩き出す。
「アナスタシア、君はこっちだ」
名前を呼ばれたアナスタシアは一瞬驚いたが、すぐに頷いて、慌ててレオナの後を追っていった。
全員が訓練場に入ったことを確認すると、関係者たちはモニターの横に整列した。
その異様な光景に、場の空気がピンと張り詰める。
「おはよう。集まってくれて感謝する。今回、皆に集まってもらったのは――明日決行される、首都メルベルトへの道を切り開くための駅奪還作戦についてだ。
作戦名は――『メルベルトターミナル奪還作戦』。」
その言葉に、訓練場中がざわめいた。
「静かに!!」
一喝。どすの利いた声が場内を圧倒し、監視官たちすらも背筋を伸ばす。
「詳しい説明は、こちらの方からしていただく。」
そう言うと、モニター近くの椅子に座っていた軍服姿の「男」が立ち上がり、無言のまま台へと歩み出す。
(あの人って、確か……)
アナスタシアが心の中でつぶやく。
「こちらは、対吸血鬼世界連合――通称『VWA』の……」
レオナが紹介を始める中、男は無言で台に上がり、マイクを手に取った。
「ミカエリス・アルバート大佐です。以後、よろしく。」
男は身長こそやや高いが、肌は不自然なほどに白く、生気というものが感じなく、髪にはところどころ白髪が混じっていた。
表情はどこかヘラヘラしていて、状況にそぐわない軽さが漂っている。
そのくせ、着ている軍服はきっちりと着こなしている――が、妙に浮いて見えるのは、彼の態度と顔つきのせいだろうか。
「さてさて、じゃあ説明しちゃおうかな~。今回、我々は車両で首都高を進んで――はい、ここで分かれ道!A班とB班に分かれまーす。
A班はそのまま西口へ。途中で何人か車両を降りてね、周りを警戒しながら、ゆっくり前進。焦ると転ぶから注意して。
B班は東口へ向かってもらいます。で、こっちは全員車両を降りて歩きです。理由?つい先日、うちのVWAの子たちが偵察したんだけど、瓦礫の山でねぇ。車じゃ無理って。無理なもんは無理、ってことで。」
彼はモニターの地図を指しながら、ふざけてでもいるような口調で続ける。
「作戦の目的は、駅の奪還。西と東からアプローチして、駅の構内を押さえる。やることはシンプルでしょ?開始は明日の正午からで、期間は三日間を予定してまーす。」
ざわめきのない沈黙。だがその中で、前列の男が手を挙げた。
「はい、そこの人~。質問どうぞ!」
「三日じゃ時間が足りないんじゃないですか?」
「お、鋭いね~。よくぞ聞いてくれました!」
大佐は笑みを浮かべながら人差し指を立てる。
「三日後、けっこうな豪雨が来るって予報が出てるんだよね。で、じゃあ雨が止んでから行けば?ってなるじゃん?でも~…雨で瓦礫が崩れて通れなくなったら困るし、何より君たちが滑ってすっ転んだら、僕が怒られるし?」
その場に微妙な笑いが広がるが、大佐は気にせずマイペースに締めに入る。
「他に質問は?…あれ、ない?みんな物分かりが良くて助かるよ~。じゃ、健闘を祈るね!」
にこにこしながら手をひらひらと振り、大佐は訓練場を後にした。
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「あの人、なんだか不気味だったね…」
訓練場を出た後、カレラが隣を歩くケイにぽつりと話しかけた。
「そう?」
ケイは肩をすくめて応じる。
「俺には、面白そうな人だと思ったけどな。」
いつも通りの調子で、あまり気にしていない様子だった。
「二人ともーっ!」
元気な声が背後から響き、カレラたちが振り向くと、ユウマがレンの腕を引っ張ってこちらへ走ってくる。
「監視官たち、ミーティングだって〜。だから今日はもう会えないってさー。
てかさ、明日の作戦ちょー楽しみなんだけど!僕、メルベルトって初めてでさ! 2人は行ったことある!?」
その勢いに押されるように、カレラは少し目を瞬かせる。
「僕は…ないかな。ユウマくんほど興奮はしてないけど。」
「俺は、小さい頃に一度行ったことがある。」
ケイも淡々と返すが、2人とも明らかにユウマのテンションにはついていけていない様子だった。
ふとカレラは、隣にいるレンがずっと黙っていることに気づいた。さっきから視線をそらし、何も言わずにいた。
「レンくんは…メルベルトに行ったことあるの?」
カレラがそう尋ねると、レンは一瞬ぎょろりとカレラを睨みつけた。だがすぐに目を伏せ、少し俯いて口を開く。
「…メルベルトは、俺の育った場所だ。」
その一言に、周囲の空気がふっと静まった。
「ご、ごめん…」
思わず口から出た謝罪の言葉に、レンがぴたりと足を止めた。
「謝んな!…別に、気にしてねぇ…」
その声は荒く、怒鳴るような勢いだった。目をそらしたままのレンの背中には、どこか刺々しいものがにじんでいる。
「行くぞ、ユウマ。」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ〜!」
ユウマは慌ててその後を追いかけていく。
残されたカレラは、その場に立ち尽くしたまま、レンの背中を目で追った。
気にしてないって…言ってたけど。
あの目は、どう見ても——
「カレラ、どうかしたか?」
隣にいたケイが、カレラの様子に気づいて声をかける。
「いや、何も…」
カレラは微かに笑ってみせたが、その目はどこか沈んでいた。レンの最後の表情が、頭から離れない。
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「以上で詳しい作戦内容は終わり〜。それじゃあ、みんな明日は頼むよ」
そう言ってアルバートは会議室を後にした。
「アナス!」
呼ばれた声に、アナスタシアは周囲を見渡す。
「ヴァンデッタさん!」
そこには、車椅子に座ったヴァンデッタが手を振っていた。
「ヴァンデッタさん、あの人って…円卓のところにいた…?」
「ああ、そうよ。見た目はあんなだけど、仕事はできる人なの」
「ヴァンデッタじゃないか。久しぶりだな」
アナスタシアの後ろからレオナが歩み寄ってきて声をかける。
「あら、レオナ!ほんと久しぶりね!」
ヴァンデッタは嬉しそうに笑った。
「お二人は……?」
アナスタシアが首をかしげる。
「ヴァンデッタとは同期だ。なあ、足の調子はどうだ?」
レオナが珍しく心配そうな顔で尋ねる。
「まだリハビリ中よ。もう少しかかりそうかな」
ヴァンデッタは穏やかに微笑んだ。
「お二人とも、すごく仲が良いんですね!」
アナスタシアが目を輝かせて言う。
「昔、レオナとは肩を並べて戦ったのよ」
「そうだったな。……もうあの戦はごめんだが」
レオナとヴァンデッタが目を合わせる。その瞳には深い信頼と友情が宿っていた。
「それで、班の分け方はどうなったの?」
「私はA班だ」とレオナ。
「私は……B班です」アナスタシアはやや不安げに答える。
「あら、別れちゃったのね。残念だわ」
ヴァンデッタが少し残念そうに肩をすくめる。
「でも大丈夫よ、二人とも強いし!それにデッドマンのみんなもいるんだから!」
ヴァンデッタは両手で小さくガッツポーズをしてみせた。
「そうだな。……おっと、もうこんな時間か。私はこれで失礼する。足、早く治るといいな」
「ありがとう。あなたも気をつけてね」
レオナが別れを告げて会議室を後にする。
「あなたも頑張ってね!」
「はいっ!」
アナスタシアも明るく返事をし、会議室を後にした。
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明日の作戦について、仲間たちにどう伝えるか思いを巡らせていたアナスタシアは、廊下の角でふと人影と出くわした。
「おや、奇遇だね。君も今から食堂へ?」
声の主はアルバートだった。
「いえ、私はこれから仲間とミーティングを…」
そう言いかけたアナスタシアの言葉を、彼がさらりと遮る。
「君のチームには期待しているよ。特にカレラくんにねっ」
そう言ってアルバートは口角を歪め、不意にアナスタシアの肩に手を置いた。
「…っ!」
ぞわりと、体中から血の気が引いていくのがわかった。
言葉にならない得体の知れない恐怖が、頭の中を支配する。
「わ、私はこれで…失礼します!」
アナスタシアは震える脚で小走りにその場を後にした。
「若い子は本当にかわいいねぇ〜」
後ろでねっとりとした声が響く。
「アルバート大佐っ!」
鋭い声が彼の背後から飛ぶ。
振り返った先には、車椅子の上で凛とした視線を向けるヴァンデッタがいた。
「私の部下をいじめないでください」
その声音は冷静を装っているが、目の奥には怒りの炎が確かに宿っていた。
「いじめだなんて、人聞きが悪いなぁ。ただのスキンシップさ」
アルバートはとぼけたように笑ってみせる。
「……次はないですよ」
ぴしゃりと告げると、ヴァンデッタは彼の横を静かに通り過ぎていく。
「おー、こわいこわい」
アルバートは相変わらずヘラヘラと笑っていた。
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「アナス! 大丈夫か!? ひどい顔色だ!」
「大丈夫ですか、アナスさん!」
2人の部屋に入った瞬間、カレラとケイが駆け寄ってきた。アナスタシアの様子を見て、すぐに声をかける。
「……大丈夫。少し、疲れただけだから……」
アナスタシアはそう答えるが、顔色は青ざめ、声にも力がなかった。
「どう見ても大丈夫には見えないぞ」
ケイはそう言いながら椅子を引き、そっとアナスタシアを座らせる。肩にブランケットをかけ、安心させるように微笑んだ。
「お水です」
カレラが差し出したグラスを、震える手で受け取る。
「ありがとう……カレラくん、ケイくん……」
アナスタシアは静かに礼を言い、水を一口飲むと、少しだけ落ち着いた表情を見せた。
「いったい、何があったんだ?」
ケイが心配そうに顔をのぞき込む。
「……いいの。本当に大丈夫。だから……それより、明日の作戦について話しましょ」
無理に笑みを浮かべるアナスタシア。だが、その瞳はどこか遠く、まだ恐怖の余韻に縛られていた。
ケイとカレラは目を合わせる。
「……わかった。それで、明日の作戦ってどんな感じだ?」
すぐにアナスタシアの気持ちを察し、話題を切り替えるケイ。
「まず、私たちはB班になったよ。あの人――アルバート大佐が言ってた通り、ここで分かれて……」
「――これが、今回の作戦」
アナスタシアが説明を終えると、ケイが顎に手を当てながら言った。
「言葉では簡単に言ってるけど、メルベルトは首都だ。かなりの数の吸血鬼がいるんじゃないか?」
「五年前のやつだけど、雑誌で見たよ。確か、当時は100万人くらいいたって……」
カレラは床に置かれた雑誌を手に取りながら答える。
「その点は少し安心かも。まだワクチンができる前、大きな戦いがあったのは知ってる? そのとき、メルベルトに爆弾が落とされて、大半が片付いたって資料にあったの。」
「それでも、かなり残ってそうだな……」
「……そうね。でも今は、できることをやるしかないわ」
ふと時計を見て、アナスタシアが立ち上がる。
「あら、もうこんな時間。明日に備えて、たっぷり寝ておきましょう!おやすみなさい!」
そう言って、机に広げていた資料を手早くまとめ、部屋を後にした。
扉が閉まり、部屋に静けさが戻る。
カレラとケイが顔を見合わせる。
「……アナスさん、大丈夫かな」
「本人は“大丈夫”って言ってたけど、そうは見えなかったな」
「何かあったら、僕たちが力になろう!」
「――ああ、そうだな」
ベッドに入り、灯りが消える。暗闇の中、2人は静かに明日を想いながら目を閉じた。