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時計の針が正午を指そうとしている頃、デットマンと監視官たちは続々と車両デッキへと集まりはじめていた。
カレラとケイも足を運ぶと、見慣れない車両が目に飛び込んでくる。
「なにあれ!」
カレラが指を差して驚きの声を上げる。
そこには巨大な砲台と機関銃を備えた、厚い装甲の戦車が鎮座していた。車体の側面には大きく「VWA」の文字が刻まれている。
「戦車だよ。知らないのかい?」
ケイが隣で言うと、カレラは一瞬目を細めて、
「知ってるよ!でもあんなでかいのは初めて見たよ!」
そのとき、少し離れた場所からアナスタシアの声が響く。
「B班はこちらでーす!」
カレラとケイがそちらを見ると、見慣れた移送用車両が三台並んでいた。
「……なんか、拍子抜けだな。」
二人は目を合わせ、少しだけ肩の力が抜けたような表情でアナスタシアのもとへ歩いていく。
「よく寝られた?――って、何よその顔」
「いいや」「なんでもないよ」
「……変なの」
そのとき、後ろから聞き慣れた声が飛んできた。
「よぉ!お前ら!」
「バンスさん!」
アナスタシアがぱっと笑顔になる。
「基地のことは俺たちに任せて、思いっきり暴れてこいよ!」
そう言ってバンスは三人を片腕で引き寄せ、背中を思いきり叩く。
「バンスさん、痛いよ!」
カレラが苦しそうに言うと、
「おっと、すまんすまん!」
と笑いながら離れる。
「もうそろそろ時間よ! 二人とも装備持って、車両に乗って!」
アナスタシアが振り向きざまに声をかける。
バンスに軽く手を振り、カレラとケイは車両へと向かっていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
車両の中。窓の外には、いつものとは違う風景が広がっていた。
遠くに見える崩れたビル、雑草が生い茂る線路沿いの荒れ地――それでも、空だけは青かった。
ケイとカレラは並んで座り、向かいの席には見慣れない少年たちが2人。
制服からして同じ所属のようだが、顔を合わせるのはこれが初めてだった。
そのうちのひとり、金髪に明るいブルーの瞳をした少年が、身を乗り出して声をかけてきた。
「君たち、第2行動隊だよね?」
「あぁ、そうだよ。俺はケイ。こっちはカレラ」
ケイが答え、カレラは小さく手を挙げて軽く会釈する。
「ふーん、君がケイか!噂は聞いてるよ。戦闘成績がすごいんだってね!」
少年は目を輝かせながら続けた。
「僕はエデン。よろしくね! それでこっちは…」
「シュウ」
エデンの隣に座っていた黒髪の少年が、無表情のままぼそりと名乗った。深い青の瞳は、どこか冷めたような光を宿している。
「……よ、よろしく」
カレラがちょっとだけ引きつった笑みを浮かべながら言うと、シュウはわずかに頷くだけだった。
エデンが小声で苦笑する。
「気にしないで。シュウはいつもこんな感じだから」
「そういうの、嫌いじゃないよ」
ケイが肩をすくめて言い、車両の中には少しだけ笑いがこぼれた。
しばらくして、言われていた分かれ道に到着する。
車両が停まり、運転席にいた監視官のジークが後ろを振り向いて声をかけてきた。
「俺たち監視官はこれからブリーフィングだ。少し休憩しててくれ」
カレラたちは扉を開けて外へ出る。
カレラが伸びをしていると、聞き慣れた声が耳に届いた。
「2人ともー!」
そこには、A班になったレンとユウマの姿があった。
手を振るユウマの隣で、レンは大きなあくびをしている。どうやらさっきまで寝ていたらしい。
「別れちゃって残念だね〜」
「本当に残念だよ」
ケイは軽く笑ってユウマとハイタッチし、レンに声をかける。
「レン、調子はどうだ?」
レンは少し目を逸らしながら、
「ぼちぼち」
とだけ答えてそっぽを向いた。
「それで横にいるお二人さんは?」
ユウマがカレラの隣に立っていた2人に目を向ける。
「僕はエデン!こっちはシュウ!ケイくんたちと同じB班だよ!」
エデンはバンザイのポーズで元気に答える。
「それじゃあ、うちの2人をよろしくね〜」
ユウマがエデンと握手しながら言った。
「こちらこそお世話になるよ!」
そんなふうに軽く談笑していたとき――
「全員集まれ!」
レオナの声が周囲に響き渡る。
周りにいた者たちは、すぐに駆け足で集まった。
「これより作戦を開始する。A班は西から、B班は東から進入。吸血鬼はそこら中にうじゃうじゃいる。決して警戒を怠るな! そして――死ぬことは絶対に許さん!!」
「「はい!!」」
デッドマンたちが一斉に声を上げる。
年齢も国籍も異なる者たちが、今はただ一つの目的のために集っていた。
レオナの言葉は、確かにその胸に響いていた。
それぞれが車両へと戻り、再び進み始める。
「いよいよだな」
車両の中で、ケイがつぶやく。
「ちょっと緊張してきた…」
カレラは胸に手を当て、深呼吸をする。
「そんなに緊張しなくても大丈夫! 僕たちなら、きっとやり遂げられるよ!」
エデンはガッツポーズをしながら励ます。
その隣を見ると、シュウが――わずかに、笑っていた。
(……笑ってる)
カレラは思わず、目を丸くする。
そのまま時間が過ぎ、やがて車両が停まった。
「よし、やってやる!」
カレラはそう言って、勢いよく車両から飛び降りた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
街は、かつて栄えていたことを偲ばせる高層ビルの残骸に包まれていた。
割れたガラス、剥がれ落ちた外壁、骨組みだけが空に向かって突き刺さるように残るビル群。
道路はひび割れ、土が盛り上がり、アスファルトの表面は瓦礫で埋め尽くされている。
そして、言われていた通り——いくつものビルが横倒しに崩れ、道を完全に塞いでいた。
まるで巨獣が眠るかのように、無数のコンクリートの塊が横たわっている。
一部は途中で折れ曲がり、車両の通行どころか、人が通るのも困難なほどだ。
壁という壁には銃痕や血の跡が残され、人の営みがいかに突然終わったかを物語っていた。
空は灰色の雲に覆われ、冷たい風が吹くたびに紙くずや枯葉が舞い上がる。
この街は、確かに死んでいた——それでも、何かが、まだ潜んでいる。
「ここがメルベルト…」
カレラがあたりを見渡しながらつぶやく。
「B班、ポイントに着きました。」
無線機に向かってジークが報告する。どうやらA班と通信しているようだった。
アナスタシアが皆の前に出てきて、腕に抱えた見慣れない機械を掲げる。
「目的地には、この飛行ユニットが先導してくれます。」
そう言うと、アナスタシアはユニットをそっと投げ上げた。
それはふわりと浮かび、淡く光を放ちながら電子音を発する。
「飛行ユニットNo.2。これより目的地に案内します。」
ユニットは瓦礫の山へ向かってゆっくりと上昇を始めた。
「さ、行きましょ!」
アナスタシアの声とともに、B班の面々は無言で飛行ユニットの後を追い、沈黙した街へと足を踏み入れていく。
瓦礫の山を乗り越えると、飛行ユニットがピタリと停止し、電子音を発した。
「吸血鬼を発見。対象は5名。」
ユニットから放たれたレーザーポインターが、瓦礫の影に潜む複数の目標を正確にマークする。
「これ、すごい便利だな。」
ケイが感心して声を上げる。
「VWAが提供してくれたの。試作機だけど、十分に動いてくれると思うよ。」
アナスタシアは少し誇らしげに微笑みながら説明した。
「それじゃあ、肩慣らしをしようか!」
エデンが腰の刀に手を添え、腕をぐるぐると回して準備運動をする。
カレラとケイも構えを取りかけたが、エデンが片手を挙げて2人を制止する。
「みんなはそこにいて!ここは僕とシュウがやるよ!」
そう言うと、エデンとシュウは躊躇なく前へ飛び出した。
グギャアァァ!
吸血鬼の叫びがこだまし、刃が振るわれるたびに鮮血が舞う。
一瞬で距離を詰め、次々と敵を切り伏せていく2人。まさに圧巻だった。
「…あの2人、すごいね。」
カレラが驚いたように、戦う姿を目で追いながら言う。
「あぁ、口だけじゃないみたいだな。」
ケイが腕を組み、静かに頷く。
「それに、シュウさん…すごく楽しそう。」
カレラはシュウに目を向ける。
普段の無愛想な彼とはまるで別人のような、鋭い眼差しと躍動感。
戦いの中で初めて見せるその表情に、思わず息をのむ。
やがて最後の一体が倒れ、静寂が戻る。
「終わったみたいだ。行こう。」
ジークが言い、瓦礫の山を降り始めた。
ケイはジークの隣に並び、問いかける。
「あの2人は、いつもあんな感じなのか?」
ジークは肩をすくめ、口元を緩める。
「あぁ。でも今日は特に元気がいいな。」
その直後、元気いっぱいの声が飛んでくる。
「ケイくん!見てた!?僕、すごいでしょ!」
エデンが走り寄ってきて、胸を張って言う。
「あぁ、すごかったな。」
ケイが微笑んでエデンの頭を軽く撫でると、彼はさらに嬉しそうに笑った。
「……シュウさんも、すごかったよ。」
カレラが隣に立つシュウに声をかけると、彼はいつもの無愛想な表情に戻り、静かに刀を鞘に収めながら言った。
「うん。」
(……僕、なんか気に障ること言ったかな?)
カレラは心の中でそう思いながら、気まずそうに苦笑する。
「ポイントCまでの道のりは長い。日没までに着くぞ。」
ジークがそう告げると、飛行ユニットが再び前方に浮上し、一行は静まり返った街の奥へと歩を進めていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
A班の車列は、瓦礫と砂塵にまみれた大通りをゆっくりと進んでいた。
舗装は崩れ、傾いた信号機や放棄された車両が点在する。戦車のキャタピラがアスファルトを軋ませ、重低音とともに車体が揺れる。
「デッドマンは外に出て、周囲を警戒しろ!」
レオナが無線機越しに鋭く指示を飛ばす。声には一分の迷いもない。
「やっとか……」
レンが小さく呟きながら車両の扉を開け、荒れた大地に足を下ろす。
その後に続くようにユウマも外に飛び降りた。
ほかのデッドマンたちも次々と降車し、手慣れた動きで周囲を確認しながら配置に着いていく。
総勢12名。
戦車を中心に円を描くように陣形を整え、360度どこからでも対応できるよう、全方位への警戒が張られる。
誰もが武器を構え、視線を走らせる。風が吹き抜け、廃墟の残響が耳に刺さるような沈黙をつくる。
かつての都市の中心――メルベルトの大通り。
今やその姿は影も形もない。だがここは、敵の根城の入口でもある。
「……目を離すな。何かいる。」
小声で呟いたレンの視線の先に、倒壊した建物の隙間から何かが蠢いたような気配があった。
レンとユウマは並んで進みながら、ひび割れた地面や倒壊した建物の隙間に目を配っていた。緊張の糸を張ったまま、わずかな音にも神経を尖らせている。
そのとき——
「君たち、新人だよね〜。」
不意に背後から両肩に腕が回され、2人は驚いて振り返る。
そこにいたのは、他のデッドマンたちより一回りは大きな体格の青年だった。
背は高く、がっしりとした肩幅に、のんびりとした口調。だがその目には、どこか底知れぬ光があった。
「わっ……ちょ、急にやめてよ!」
ユウマが身をよじって腕を外そうとするが、相手は笑っているだけで離す様子はない。
「新人って、危なっかしいじゃん?つい、気になっちゃってさ。」
「……なんだこいつ」
レンが警戒を露わにしながら睨みつける。
その様子に、デッドマンの青年はようやく腕を外して軽く手を挙げた。
「悪い悪い、自己紹介してなかったね。俺はノア。A班所属、ちょっとした古株ってとこ。」
ノアはニッと笑いながらも、その背には巨大な金属バットのような武器が背負われていた。
のんびりとした態度とは裏腹に、ただの陽気な男ではないことが、その存在感からも明らかだった。
「……ノア。」
低い声が背後から響いた次の瞬間、ノアの首根っこが容赦なく引っ張られた。
「ぐえっ!メアリ!?ちょ、首、首がもげるって……!」
後ろに立っていたのは、赤縁のメガネをかけた女性のデッドマンだった。ピシッとした軍服に身を包み、髪は一切乱れのないポニーテール。冷ややかな目元に、眉ひとつ動かさず、静かに怒りのオーラを纏っている。
「任務中にふざけるなと言ったでしょう。何度言わせるの、バカ。」
「いやいや、ちゃんと交流っていうか、ほら、チームワークを……」
「不要。」
バッサリと切り捨て、さらに首を捻る。
「痛いってばメアリィィィ!!」
その様子を、レンとユウマはやや呆然と見ていた。
「……あの2人、ある意味すごいコンビだね。」
「というか、よくあれで生きてるな……あの男。」
ユウマが半笑いでつぶやくと、レンも小さく頷いた。
メアリはようやくノアの首を放し、レンとユウマの方を向いて一礼する。
「失礼しました。私はメアリ=ウィルバー。彼のペアです。問題を起こしたらすぐに報告してください。」
「……了解、です。」
その隙のない動作に、思わず姿勢を正してしまう2人だった。
耳にしているイヤホンから、鋭く切り込むようなレオナの声が響く。
「総員!前方に多数の吸血鬼を確認。数人はここに残り、他は奴らを制圧しろ!」
声に呼応するように、戦車のエンジン音が唸りを上げる。デッドマンたちは一斉に動き出した。
「おい、新人!ついてこい!」
先頭を行く筋骨隆々のデッドマンがレンとユウマに合図する。
武器を構えながら、大通りの先――崩れかけたショッピングモールの前に吸血鬼の影が見える。
「いたな……!」
ユウマが拳を強く握り、レンも呼吸を整える。
「ノア、前に出過ぎないで」
「なんでさ!暴れるチャンスだ、やるしかないでしょ!」
「勝手な行動は厳禁よ。」
メアリが冷静に告げ、すでに薙刀を構えていた。
そのとき、瓦礫の影から飛び出してくる吸血鬼の群れ。血のにおいが風に乗って広がる
「撃てぇッ!!」
先に動いたのはレオナの乗る戦車だった。砲弾が放たれ、道路の先で大きな爆発が起こる。
「レン、左側を任せる!」
「了解っ!」
レンは瞬時に前に出ると、刀を手にして吸血鬼の一体に飛びかかる。ユウマもその背に続いた。
混戦の火蓋が切って落とされた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ドオォォォン!!
遠くで爆発音が鳴り響き、ジリジリと鼓膜を揺らす。
「向こうも始めたみたいだな。」
ケイが音の方角を見ながら静かに呟く。
「この音って、戦車? こっちにいた吸血鬼、全部あっちに行きそうだね!」
カレラが少し嬉しそうに笑う。
「なんで? 吸血鬼が向こう行ったら戦えないじゃん!」
エデンがケイとカレラの間に割り込んで、じっとカレラの顔をのぞき込む。
「もしかして、弱いから戦いたくないの?」
その言葉にカレラは口ごもる。
「僕は……」
「エデン!」
シュウの低く鋭い声が背後から飛ぶ。
「失礼だ。謝れ。」
「えー、だってぇ――」
シュウの視線が鋭くエデンを射抜く。その一瞬で空気が凍りついた。
「……ご、ごめんなさい。」
エデンはしぶしぶ顔を深く下げる。
「い、いいよ。それに……僕は弱いから……」
カレラはそっと目を逸らしながら、か細い声で言った。
すかさずエデンが顔を上げ、シュウに向き直る。
「ほら! 自分で言ってるじゃん!」
シュウは深くため息をつき、カレラの方へ頭を下げる。
「うちのがすみません。」
「えぇ……君もぉ……」
困ったようにカレラは視線をケイとアナスタシアに向けて助けを求める。
「さ、さぁ、先を急ぎましょう!」
アナスタシアが空気を変えるように明るい声を上げ、そのままズカズカと前へと進んでいった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日が沈み、夕焼けが赤く街を照らしていた。
B班は道中、数体の吸血鬼を退けながらも順調に前進していた。ジリジリと体力を削られつつも、足取りは確かだった。
ふと、先頭を歩いていたジークが立ち止まり、道沿いのマンションを指差す。
「ここがポイントCだ。」
他の建物と比べて、そのマンションはまだ原型を保っており、壁の亀裂も少ない。比較的“まとも”と言える外観だった。
階段を登って一室に入ると、そこには誰かが以前暮らしていた痕跡が残っていた。家具の一部はそのまま残され、窓際にはVWAの偵察班が設置したと思われる簡易バリケード。安全とは言えないが、今の状況下では充分な拠点だ。
「今夜はここで一夜を明かす。俺はA班と連絡を取る。」
ジークはそう言い残し、さらに上の階へと向かった。
「ここで寝るの? ボロボロでカビ臭いよ……」
エデンが顔をしかめて文句を言う。
「僕たちはこっちで寝るね。」
カレラとケイは部屋の右手に荷物を下ろす。
「じゃあ、こっちー。」
エデンとシュウは反対側に場所を取った。
「アナスもこっちに来なよ。」
ケイが軽く手を振ってアナスタシアを呼ぶ。
「ありがとう、ケイくん。」
アナスタシアは笑顔で荷物を置き、小さな缶詰をいくつか取り出して立ち上がる。
「それじゃあ、ご飯作るね!」
手慣れた様子でカセットバーナーを取り出し、火を灯す。鍋にトマトの缶詰を開けて流し込み、そこに鮭と豆の缶詰、さらにマカロニとスパイスを加えると、部屋中に食欲をそそる香りが広がっていった。
「いい匂〜い!」
エデンが匂いに釣られて鍋の中を覗き込む。
「器に盛るから、ちょっと待っててね。」
アナスタシアは鼻歌を口ずさみながら、嬉しそうに手を動かす。
「にしてもアナス、料理できたんだな。」
ケイが器を手に、感心したように言う。
「まぁね。ひとり暮らししてた頃、毎日自炊してたから!」
ちょうどその頃、階上からジークが戻ってきた。鍋を覗き込んで、わずかに口元を緩める。
「それじゃあ、いただきましょうか。」
「「いただきます!!」」
火を囲みながらの食事が始まる。
「これ、おいしー!」
「あったまるな……」
それぞれが自然に言葉を漏らし、笑い合い、今だけは戦いを忘れる。
部屋の空気は、ほんのひととき、静かで温かかった。
「それじゃあ、夜は交代で屋上から見張りながら就寝するぞ。俺たち監視官は夜目が効かないから、すまないがデッドマンに見張りは頼む。」
ジークはそう言って、灯りを落とす。
闇が部屋を満たす。月すら雲に隠れ、ただ風の音だけが、夜の帳を揺らしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そろそろ交代の時間だな……」
カレラは目をこすりながら静かに立ち上がり、屋上へと向かう。風は冷たく、階段を登るたびに眠気が吹き飛んでいく。
「シュウさん、交代だよ……」
小声で呼びかけるが、返事はない。屋上の一角、壊れた街を見下ろすように座るシュウの背中。
カレラはそっと隣に腰を下ろす。
「シュウさん……?」
声をかけると、少し間を置いて、ようやく口を開いた。
「……もう少しだけ、居させてください。」
「う、うん……」
静かな時間が流れる。風が吹き抜け、髪が揺れる。
やがて、口を開いたのはシュウだった。
「昨日は……エデンがすみません。昔から、あんな感じで。」
「いいよ、全然。だって、エデンくんの言ってたこと、正しいから……」
「それでも、彼は無礼でした。それに変わりはありません。」
優しいけれど、真っ直ぐな声だった。
だが、その空気を突き破るように――
「……っ!! シュウさん、待って! 今、あそこに……!」
カレラが立ち上がる。
「……何も見えませんが?」
「いや、こっちに気づいた。シュウさん、刀を……!」
言い終える前に、数体の吸血鬼が屋上に姿を現した。
「よく見えましたね。」
静かに刀を抜きながら、シュウはカレラを見る。
その瞳がゆっくりと閉じられ、そして――開かれた。
真紅に染まった双眸が、闇夜に溶け込む吸血鬼たちを正確に捉える。
「優先順位は……」
次の瞬間、カレラの姿が掻き消え――
吸血鬼の喉が音もなく裂けた。
「お前だっ……!」
咆哮すらできぬまま、一体が崩れ落ちる。
(あの距離を……一瞬で!?)
シュウは動けず、ただその姿を見ていた。
カレラは音もなく、吸血鬼を――切って、斬って、斬り伏せる。
静かな死が、夜の屋上に広がる。
気づけばそこには、血溜まりの中に立つカレラの姿。
真紅の瞳は、ふと伏せられ、元の色へと戻っていく。
「ごめんね……」
その声は小さく、けれど確かに、亡骸に届いていた。
「カレラさん……さっきのは、本当にすごかったです。でも……どうして、音を立てないように戦っていたんですか?」
静かな声で問うシュウに、カレラはわずかに目を見開いた。けれどすぐに視線を落とし、少し照れたように答える。
「だって……下でみんな寝てるから……」
その言葉に、シュウは驚きで目を見開いたまま、しばし黙る。そして、突然、まっすぐにカレラを見つめ口を開いた。
「カレラさん……いえ、先輩!先輩って呼ばせてください!」
「えぇっ!?」
思わず大きな声を出してしまい、カレラは慌てて自分の口を両手で押さえる。
(しまった……!)
屋上にしばし静寂が戻る。
その沈黙を破るように、シュウがにこっと笑いながら一礼する。
「それじゃあ、先輩。おやすみなさい。」
くるりと踵を返し、軽やかに階段を下りていくシュウ。
屋上にひとり取り残されたカレラは、どういう顔をすればいいのか分からず――ただぽかんと、その背中を見送っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
朝日が昇り、部屋の窓から柔らかな光が差し込む。
8:00
「あと10分で出発だ。荷物をまとめて準備しろ。」
ジークが腕時計のタイマーをセットしながら淡々と告げる。
「おはよう、カレラ。屋上に交代しに行ったとき、血の海があってびっくりしたよ。」
ケイが寝袋を畳みながらカレラに声をかける。
「もしかして、起こしちゃった……?」
心配そうに尋ねるカレラに、ケイは笑いながら首を振った。
「いや、ぐっすりだったよ!」
その言葉に、カレラはほっと胸をなで下ろす。
一方、シュウはエデンを寝袋から引っ張り出していた。
「エデン、そろそろ起きて。」
ようやく目を覚ましたエデンは、眠たげにこちらを見やり、にやっと笑う。
こちらに気がついたシュウが少し笑みを見みせ、
「おはようございます、ケイさん、先輩!」
その言葉に、ケイがカレラの顔を覗き込むようにしてニヤニヤする。
「そういえば、シュウの次はカレラが見張りだったな。なにかあったのか〜?」
「ケイくんはちょっと黙ってて!」
カレラは顔を赤らめ、けれどどこか嬉しそうにそう言った。
「おはよぉ〜……どうしたのぉ?」
ようやく目を開けたエデンが寝袋から這い出てくる。
「おはよう、エデン。あと5分で出発。」
「えっ、5分!?もっと早く起こしてよ〜!」
文句を言いながらも、エデンは素早く身支度を整える。
全員の準備が整ったところで、アナスタシアが飛行ユニットの電源を入れる。
「よし、みんな時間通り。――それじゃあ、行くわよ!」
軽やかな声とともに、仲間たちは次の目的地へと歩き出した。