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sideM
学校に戻って、一週間が過ぎた。
最初はぎこちなかった教室の空気にも、少しずつ慣れてきた。
「元貴、プリント回して」
「ありがと」
そんな当たり前のやり取りだけで、十分だった。
前なら想像もできなかった。
ちゃんと朝に起きて、制服を着て、教室にいって、自分の席に座る。
それだけのことが、奇跡みたいだった。
「……元貴?」
隣から涼架が顔を覗き込む。
「ぼーっとしてる」
「してない」
そう返すと、涼架は小さく笑った。
その笑い方を見るたびに思う。
もう大丈夫だ、と。
あのノイズも。
あの幻も。
全部、終わったんだと。
そう思っていた。
⸻
その日の夜。
眠れなくて、ベッドの上で天井を見ていた。
昔みたいに苦しいわけじゃない。
ただ、少しだけ胸がざわついていた。
理由はわからない。
時計を見る。
午前二時十三分。
静かな部屋。
冷蔵庫の小さな音だけが聞こえる。
そして。
――ぴんぽーん。
インターホンが鳴った。
全身が凍った。
こんな時間に。
ありえない。
息を止めて、玄関を見る。
もう一度。
――ぴんぽーん。
短く、乾いた音。
喉がひどく乾く。
涼架?
いや、違う。
こんな時間に来るわけがない。
頭ではわかっているのに、足が動かない。
昔みたいに。
ゆっくりと立ち上がって、玄関に向かう。
覗かなきゃいいのに。
見なければいいのに。
それでも。
ドアスコープを覗いた。
誰もいなかった。
「……は?」
廊下には誰もいない。
薄暗い蛍光灯だけがついている。
気のせいだったのかと思った、その時。
視界の端で。
何かが、動いた。
ドアのすぐ横。
スコープでは見えない位置。
息が止まる。
その瞬間。
すぐ耳元で。
「ねぇ」
声がした。
「また、ひとりに戻るの?」
俺は思わず後ろへ飛び退いた。
誰もいない。
部屋の中には、俺しかいない。
それなのに。
確かに聞こえた。
涼架の声だった。
⸻
sideR
次の日。
元貴は、学校を休んだ。
スマホに送ったメッセージは既読にならない。
胸の奥が冷たくなる。
嫌な予感がした。
あの頃の自分に似ていた。
少し良くなったと思った頃に、急に引き戻される。
一番、危うい時期。
放課後、僕は元貴の家の前に立っていた。
見慣れたドア。
前に何度も立った場所。
でも今日は、妙に空気が重い。
息苦しいくらいに。
インターホンを押す。
返事はない。
「元貴」
静かに呼ぶ。
沈黙。
「いるんでしょ」
返事はない。
その時だった。
ドアの向こうから。
かすかに。
笑い声がした。
僕の背中に冷たいものが走る。
あれは。
僕の声だった。
⸻
sideM
部屋の隅で、膝を抱えていた。
朝になっても、動けなかった。
何度も聞こえた。
あの声が。
「知ってるよ」
「大丈夫だと思った?」
「開けちゃったもんね」
耳を塞いでも、聞こえる。
頭の奥から響いてくる。
前とは違う。
前は、優しかった。
今は違う。
責めるように笑っている。
「せっかく出られたのに」
「また閉じるんだ」
「今度は誰のせいにするの?」
やめろ。
やめてくれ。
「涼架じゃない」
震える声で呟く。
「お前は涼架じゃない」
その瞬間。
部屋の隅の暗がりで。
誰かが、笑った。
「――やっと分かった」
ゆっくり顔を上げる。
そこにいたのは。
涼架の顔をした“ナニカ”だった。
でも、目だけが違う。
真っ黒だった。
底のない穴みたいに。
「僕は最初から…」
ナニカは、にっこり笑った。
「きみの中にいたんだよ」
⸻
sideR
ドアに耳を当てる。
中から、かすかに声がする。
元貴の声じゃない。
でも。
聞き覚えがある。
昔、何度も聞いた。
僕を閉じ込めていた声。
「……ぅそ」
思わず息をのむ。
そんなはずない。
あれは、もう消えたはずだ。
僕の中から。
なのに。
どうして。
ドアの向こうから。
もう一度、声がした。
今度は、はっきり。
「返しにきたよ」
その声は。
間違いなく。
昔の――僕自身の声だった。