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―――前回のあらすじ―――
最終兵器パックさんが誕生した。
パックさんの魔力測定から3日後―――
当事者である私たち、それに妻2名、ラッチを
加えて、9名がギルドの支部長室に集まっていた。
「……よし、これで報告書は完了だ。
ミリア、見直し頼む」
「わかりました」
部屋の主が一通りの作業を終えて、
秘書兼職員の女性に書類を手渡す。
「これで一段落ッスかねえ」
「すいません。
まさかここまで大事になるなんて……」
レイド君の後に、パックさんが謝罪の言葉を
述べる。
パックさんの魔力測定のあの日―――
あの雷撃は目撃こそされなかったものの、
轟音は町にも響いたようで、軽いパニックに
なっていた。
そこでカバーストーリーとして……
落雷があったのは事実だが、私やパック夫妻、
ギルド長も現場へ急行し、
落雷は原因不明の異常気象によるもの―――
そして火災は現場へ急行した我々によって
食い止められた、という事になった。
つまり、『魔法ではありませんでしたよ』
という形にしたのである。
「まったく―――
シャンタルも何をしておるのだ」
「め、面目ありません……」
同じドラゴンとして、アルテリーゼが仲間を
たしなめる。
「でも、シャーちゃんの影響があったとはいえ、
パックさんの魔力もすごく上がっていたん
ですねえ。
いっそ冒険者になりませんか?
私たちみたいに夫婦で」
もう一人の妻、メルからの誘いに彼は
首を左右に振り、
「いえ、出来れば研究に専念していたいので、
遠慮しておきますよ。
薬師としての仕事もありますし……」
「とはいえ一応、王都ギルドには報告させて
もらうぜ。
もちろん極秘に、だがな。
下手に隠して調査隊でも送って来られたら
面倒だしよ」
そう言ってギルド長は、ソファに深く
腰をかけ直した。
「王都に連絡って事は、王都ギルドの
ライオット本部長に―――
って事ッスね?
シンさんの秘密を共有した……」
レイド君の言葉に、ギルド長は彼の方へ
向き直り、
「おう、お前も察しが良くなったな。
ま、そのレベルの機密だろう。
しかしこのトシになって―――
こんなに秘密を抱え込むたあ、アイツも
思わなかっただろうぜ」
また間接的にだが迷惑をかけてしまうな……
お米が収穫出来たら送っておこう。
これで、ここに来た目的……
『パックさんの魔力測定で異常な結果が出た』
を隠す方針、その共有が終わったわけだが……
「で、あの~……
それはいったい何でしょう?」
ミリアさんがおそるおそる片手を上げる。
彼女の視線の先、そこには……
「キュキュイッ♪」
「……♪ ……♪」
ラッチと、そして―――
3才くらいの背丈の、球体の頭部を持つ
ゴーレムが、ラッチにじゃれつかれていた。
身長はおよそ60cmほどで、関節はあるが、
手足や胴体の各部分は非常に簡単なモノ。
地球にある交通標識や案内にあるシンプルな
人型のデザインを、そのまま立体にしたような
感じだ。
先ほどからあちこちを移動し、視界に
チラチラと見えていたので―――
そりゃ気になるだろうと思う。
「この前入手したゴーレムの『魔力核』を
流用させたもので……
小さなゴーレムを作ってみたんです」
「そのお披露目と報告を兼ねて、まず
こちらへ持ってきた次第です」
パック夫妻は席を立つと―――
まるで我が子を連れて来るようにして、
抱きかかえて改めてソファに座る。
「……危険はねぇのか?」
まず真っ先に聞くところはそこだろう。
念のため、というように片眉を吊り上げ、
ジャンさんが質問する。
シャンタルさんの膝の上で、そのゴーレムは
パタパタと両手を前に動かし、
「幼児が暴れる程度の危険はあるかも
知れません。
あとこの通り、この子には指関節までは
無いので、物も持てませんし」
パックさんの言う通り、そのゴーレムの
手にあたる部分は、まるでドラ〇もんの
ように、丸い手がくっついていた。
「今のところ出来る事は―――
歩く・早く歩く・立つ・座る……
くらいでしょうか」
シャンタルさんが続けて、ゴーレムの
安全性と機能を説明する。
「ずいぶんと大人しいですけど、
意思疎通は可能なんですか?」
ミリアさんは興味津々で、そのゴーレムの
頭部分をなでたりつついたりし、
「簡単な命令とかならわかると思います。
『ダメ!』とか『待て!』とかなら」
「それに、もともとはドラゴンに襲われたと
思っているゴーレムの『魔力核』を使用して
ますので―――
そのドラゴンのいる町では大人しいかと」
夫妻の説明になるほど、と全員がうなずく中、
メルが基本的な事を切り出す。
「でも何でこんなの作ったんですか?
『魔力核』のままでも別に、ゴーレムは
生きているんですよね?」
妻の質問に、夫婦は微妙な表情になり、
「まあ、いい研究、実験対象と思ったのと……」
「そもそもこのゴーレムに関しては、こちら側が
加害者サイドのようなものなので。
それでせめて、手足は付けてあげようかと
思いまして」
それを聞いて妻2人も同じような表情になる。
「う”」
「それを言われるとのう……
確かに、気まずくはある」
あの時のゴーレムにしてみれば……
突然ドラゴン2体に襲撃されて、隠れたら
その岩場ごと破壊され、逃げる事も叶わず、
という状況だったしなあ。
災難というより他は無い。
「まだまだ研究の余地はありますが―――
今のところは、好き勝手に歩く人形とでも
認識して頂ければ」
「それと、この子の動力は『魔力核』……
つまり魔力なので、あげると喜びますよ」
パックさん、シャンタルさんの発言に、
それまで見ていただけのレイド君が手を
差し出し、
「へー、こうッスか?」
子犬にエサをあげるかのように、
ゴーレムの顔の前に手をかざすと―――
「……♪」
自分には何も見えないし感じないが、魔力を
もらえたのであろう、それは嬉しそうに両手を
パタパタと動かした。
「な、何か可愛い……♪」
ミリアさんが感想を漏らすと、ギルド長は
ボリボリと頭をかいて、
「孤児院にでも預けるか。
チビたちのいい遊び相手になるだろ。
コイツの名前は何ていうんだ?」
すると夫妻は困った顔をして、
「決めてなかった、よね」
「今決めちゃいますか、パック君?」
そこで私は話に割って入り、
「決めてないんだったら、いっそ子供たちに
任せてみては?
確かラッチもそれで名前が定着したので―――
幼い子たちの感受性というか、直感で呼ばせて
みてはどうでしょうか」
私の提案に、みんなはフムフム、とうなずき、
「大人たちが無理に付けるより、
その方がいいかもねー」
「孤児院にはラッチも世話になっておるしのう。
遊び相手となれば、自然と決まりそうじゃ」
という事で―――
『子供たちの柔軟な思考に任せる』という名の
丸投げで方針は決定し、
そこで解散……と思って席を立とうとした
ところ、ジャンさんに呼び止められた。
「スマンが、シンは残ってくれねえか?
レイドの事で話があってな」
「?? 俺がッスか?」
「えーと、ラッチを孤児院へ預けに行ってからで
いいでしょうか」
すると先に立っていたパック夫妻が、
「孤児院なら、ちょうどこれから
ゴーレムを預けに行きますので」
「わたくしがラッチちゃんも一緒に
連れていきましょう」
そこで彼らにラッチを預ける事にして、
私たち一家は支部長室に残った。
「それで、お話とは」
改めてソファにギルド長と対峙するように座る。
「確か2ヶ月ちょい前くらいに、
カルベルクの野郎が来た事があっただろ」
『疾風のカルベルク』―――
確かドーン伯爵領の西に隣接する
ブリガン伯爵領のギルド支部の支部長で……
一度ウチに、流出した冒険者を元に戻せって
脅しにきた人だっけ。
(31話参照)
「あの人ですか。
でも、それがレイドさんに何の関係が」
ミリアさんが勤務中だからか、彼を
『さん』付けで話すので違和感を覚える。
まあそこはどうでもいい。
そして同様の疑問はこちらにもあるわけで……
私の表情を察したのか、ジャンさんが会話を
続ける。
「返礼ってヤツだ。
支部長が来たんだから、こちらからも誰か
それなりの人間を行かせる必要があるんだよ」
それを聞いて、レイド君は眉間にシワを寄せて
露骨に嫌そうな顔をする。
「ええ~……
でも何で突然」
「いや、レイドもそろそろ次期ギルド長として、
他のギルド支部にも顔見せ、挨拶回りをして
もらおうとは思ってたんだ。
王都本部にはすでに話を通してあるし―――
ここから一番近い他のギルド支部はあそこだ」
ああ、なるほど。
人脈作りというか、交流……
誼を通じて来いって事か。
「それと、もしあちらにも次期ギルド長候補とか
いたら―――
それとも顔合わせはしておけ。
暖かくなってきたし、ちょうどいい機会だと
思って行ってこい」
話を聞いて、そういう事かと思う一方で、
妻2人が会話に入る。
「でもギルド長、それでどうしてシンまで
行かなきゃならないの?」
「そうじゃ。
我が夫には無関係と思えるがの」
するとジャンさんは片眉をつり上げて、
「あながち、無関係ってわけでもないだろう。
一度ヤツとは対戦してるんだしよ。
それはともかくとして―――
付き添いとして行ってもらいたいって
いうのが本音だ。
お前さんさえいれば、たいていの事は
対応出来るからな」
「まあそれなら……
それに、レイド君とも付き合いは長い
ですしね」
それを聞いたレイド君の隣りにいたミリアさんが
彼の頭をつかむと、一緒に深々と頭を下げて、
「どうかよろしくお願いします」
パックさんの話では確か……
一番近いブリガン伯爵領の町か村まで、
2日ほどとか言ってたっけ。
日程や準備の事を考えていると、不意に
ギルド長の声が聞こえ、
「あと、今回はミリアも同行しろ」
「ふぁいっ!?」
「へぶっ!!」
彼の声に、ミリアさんは頭を上げると同時に、
つかんでいたレイド君の頭をテーブルへと
打ち付けた。
「え? え? 何でアタシまで?」
いきなり自分まで挨拶回りに入れられた事に、
彼女は驚きを隠せず、
「お前もお前で―――
少しは他のギルド支部の勉強とか
してきた方がいいだろう。
あと、ここにいると……
ちょっと常識が薄れてくるからな」
ギルド長の言葉に、なぜか私に視線が集中し、
「えーと……
どうして私の方を見るんですかね?」
そう聞くと今度は全員、明後日の方へ
視線を外して、
「行くのは、そうだな……
3、4日後でいいだろう」
「はーい、わかりました。
それじゃレイドさん?
さっさと準備しておきましょう!」
あっという間にレイド君を引きずるようにして、
ミリアさんが退出し―――
それを見て、ジャンさんがフー、と一息つく。
しばらく微妙な空気が流れていたが、
ふとメルが口を開いた。
「……ミリアさんを同行させるのって、
もしかして、次期ギルド長の嫁として、
ですかー?」
「い!?」
「ほう?」
度合いは違えど、同時に驚く私と
アルテリーゼを前に、
「おう、結婚してカンが鋭くなったのか?
正解だぜ。
あと、最初から女連れであった方が、
後々のトラブルを防げるだろう」
そういえば、レイド君は次期ギルド長―――
すなわちゴールドクラス昇格が確定している。
ドーン伯爵も取り込みたがっていたくらいだし、
あちらで婚姻を……とか話を持って来られても
不思議は無い。
「それに今後―――
『あの時、一緒にいた人です』と言える方が
通りがいいだろうよ。
まあ、あとそれとなあ……」
と、今度は何か言いにくそうに黙り込む。
「どうしたんですか、ギルド長?」
「……いやなあ。
アイツらもいい加減、進展しないかと
思ってよ……
2人ともガキの頃から知っているし、
恋仲なのは周知の事実だが―――
何かこう、やきもきしちまって」
院長先生のリベラさんが母親代わりなら、
ジャンさんは父親のようなものだし……
親心として、いろいろと考えや心配が
あるのだろう。
それに、この世界での成人は15才―――
だとすると、あの2人はとっくに結婚していても
おかしくないわけで。
確かレイド君が21才、ミリアさんは24才
だっけ。
でもこればかりは、2人に任せるしか……
と思っていると、
「まー焦っても、いい結果は出ないと
思いますよ?」
「そうそう。
まだ2人とも若いのだし、長い目で
見てやる事じゃ」
異性である2人の言葉に、アラフォーと
アラフィフの男はそれ以上言葉は発せず……
ひとまず、そこで解散となった。
「さてと、手土産はどうしようかな。
まだ外灯の魔導具ってあったっけ。
アレでいいか」
ギルド支部からの帰り道―――
狩猟に出る前に、妻2人と今後の事を話し合う。
「アレめっちゃ高価だしね。
それでいいんじゃない?」
「では、我らはちと寄り道していくか」
アルテリーゼの言葉に、私は首を傾げ、
「ん? 狩りに行くんじゃないのか?
何か用事でも」
すると妻2人は同時に立ち止まって、
くるりとこちらへ向き直り、
「女の用事を聞くなんてヤボだよ、シン♪」
「心配せずとも、その後に狩りはきちんと
行くからのう」
「??」
別に悪事を働くわけではないだろうし……
女性にしかわからない事や、男性に知られたくない
事もあるのだろう。
確かに、それを追求するのはヤボもいいところだ。
あと、この町を一時離れるとなると、獲物は
たくさん獲っておいた方がいいだろう。
私は妻2人と別れると、すっかり集合場所と
なった宿屋『クラン』へと向かう事にした。
「……シンはもう行ったかな?
アル先生」
「姿は見えぬのう、メル先輩。
それでどうする?」
夫が離れたのを見計らって―――
2人の妻は小声で会話を開始する。
「しかしミリっちもなあ。
レイドって完全に自分にベタ惚れなんだから、
もうちょっと積極的にいけばいいのに」
「まったくぞ。
お互い付き合いが長く好き合っているのに、
人間というのはわからん」
うんうん、とメルも彼女の言う事に同意し、
「それに意外とエロい体してるんだから、
さっさと押し倒せば一発だと思うんだけどね」
「おお、人間族のメスに伝わる
『キセイジジツ』という術じゃな?
シャンタルやアリス殿に伝えたような、
『異世界技術』はその後、だのう」
「まー今のところはね。
いきなりアレはレベルが高過ぎると思うし」
こうして、レイドとミリア、当事者が
あずかり知らぬところで、彼らに関する
対策は進んでいき―――
そしてブリガン伯爵領東地区へ行く日を迎えた。
「オヤジぃ!
どういう事だよ!?」
その広さの割に、豪華な調度品など一切ない
部屋の中で―――
赤い長髪を振り乱して一人の女性が、40代と
思われる男性に食って掛かっていた。
彼女自身はまだ10代後半か20才前半
くらいで、まだ寒い時期だというのに、
機動性を重視してか半袖・長ズボンの
服装は―――
髪さえ短ければ遠目に男性とも見えた。
「お嬢……じゃなくてエクセさん、落ち着いて。
それにここではギルド長かカルベルクさんと」
「うるせぇよ!
これが落ち着いていられるかってんだ!」
部下と思われる強面の注意にもひるまず、
彼女は強気の姿勢を崩さない。
それを見てカルベルクはイスに座ったまま―――
自分をオヤジと呼ぶ女性に、白髪交じりの短髪を
ガシガシとかきながら、たしなめるように声を
かける。
「何がそんなに気に食わないんだ、エクセ。
例の、ドーン伯爵領西地区ギルドの連中が
来るのは決定事項だ。
それに対する歓迎もな」
「だからその、歓迎ってのだよ!
しかもオヤジを卑怯なマネして負かした
連中だろ!?
何でそんなのを歓迎しなきゃならねーんだ!」
カルベルクは頬の十字の傷をなぞるように
指で触りながら、
「いい加減、お前も腹芸を覚えてくれ。
次期ギルド長だろう。
俺は名より実を取っただけだ。
このギルド支部、延いては町のためにな」
周囲の取り巻きがウンウンとうなずく中、
それでも彼女は気が治まらないらしく、
「クソが!
だいたいテメエらも何してたんだ!
オヤジに恥かかせやがって……」
「八つ当たりは止めろ、エクセ。
全ては俺の責任だ」
さすがに怒鳴り疲れてきたのか、彼女は
はぁはぁと肩で息をする。
「それに、お前も大浴場やトイレは
喜んでいたじゃねえか。
新しい料理だって、孤児院のガキどもに
せっせと差し入れしたりして……」
「ウンそれはありがとうパパ♪
じゃなくて!
アタイが言いたいのは……!」
カルベルクは片手を正面に差し出し、
『待った』をかけ、
「とにかく、これは決定だ。
たとえお前でも反対は許さん。
それに、あちらからは次期ギルド長が
来るようだ。
エクセも今のうちにつながりを持っておけ」
「……チッ!」
彼女はまだ何か言いたげな様子を隠そうとも
せずに舌打ちすると、大きな足音を立てて扉へ
向かい、そのまま閉めずに退出していった。
取り巻きの、ギルドメンバーの一人が静かに
扉を閉め、カルベルクに向かう。
「ふー……
お疲れ様でした、おやっさ……ギルド長」
「お嬢……エクセさんにも困ったものです。
いつか、ギルド長のお心がわかってくれると
いいんですが」
この世界―――
盗賊団や武装集団がいる一方で、当然の事ながら
社会・地域に根付いた非合法組織もあった。
裏で領主や町長、ギルドと組むケースもある
一方で……
このブリガン伯爵領東地区では、ギルド支部
そのものが、利権を一手に集めていた。
このギルドに取ってメンバーは『ファミリー』
であり―――
支部長であるカルベルクをドンにして、
組織の内外に目を光らせている。
ただ彼がトップを務めるギルドは、荒事は
否定しないが、最低限の義理、身内での争いや
地元で女子供に手を出すのは御法度という
仁義は徹底していて、まだマシな部類と言えた。
それがシンとの『密約』で、多額の資金、
様々な技術と施設を導入した事で―――
今やこの東地区の町の中心にして、理想的な
組織となっていたのである。
もっとも、カルベルク本人は理想的な組織の
リーダーを演じているだけで―――
それは彼に取って、墓場まで持って行く
秘密ではあったが……
最近は演技ではなく、本気で町の発展に
取り組む自分に驚きながらも―――
それを受け入れつつあった。
「アイツも、拾ってやったばかりの頃じゃ
ねえんだから……
そろそろ地に足を着けてもらわねえと困る。
結婚して、子供の一人でも出来れば
落ち着くんじゃないかと思うんだが」
と、周囲の取り巻きの部下を見渡すと、
彼らは露骨に視線を逸らす。
「いや、器量も性格も、エクセさんは
申し分ないんですけど」
「ちょっと気が強いくらいなのは
いいんですが―――
嫁がゴールドクラスというのは、その~……」
彼らの反応に、はあ、と大きくため息をついて、
「ったく、情けねえ野郎どもだ」
そして、テーブルの上の書面に目をやると、
「ま、手紙によると連中は明日あたり来る
みてーだからよ。
くれぐれも失礼の無いようにするんだぞ」
「「「わかりました! ギルド長!!」」」
良く訓練された兵隊のように、メンバーが
同時に答えると、それを開始の合図のように
バタバタと人が動き始めた。
「チックショウ!
面白くねえなあ……」
町の中を歩きながら、ギルド支部を出ていった
エクセは一人、悪態をつく。
彼女自身、町の発展と―――
合法的な仕事が増え、それで経済が潤い、
治安が安定してきた事は認めていた。
ただ、自分が父親として尊敬するギルド長が、
シルバークラスに負けたという汚名と引き換えに
手に入れたという事が―――
どうしようもなくガマン出来なかった。
「……わかっちゃいるんだけどな。
オヤジは間違ってないって」
そこでエクセは、自分のズボンが引っ張られて
いる事に気付いた。
「エクセ姉……」
彼女が視線を落とすと、そこにはまだ
5、6才くらいであろう男の子がいた。
「何だ、孤児院のチビじゃん。
どうした? 腹でも減ったか?」
その質問に、彼は首をふるふると左右に振って、
「おねーちゃん、いない……
帰ってこない」
「んー?
どこかで迷子にでもなってんのかな」
子供の目線になるよう、彼女はしゃがむと、
安心させるように話し掛けるが、
「大人の人の手伝い、行ったまま……
帰ってこない」
「!」
その言葉に彼女は顔色を一瞬変えたが、
すぐに元に戻り、
「そっか。
じゃあ、あたいがちょっと探しに
行ってみるよ。
オメーはいったん孤児院へ戻りな。
それで、この事をオヤジに伝えるよう
先生や誰かに言ってくれ」
言うが早いか、エクセはそう言い残すと、
すぐに町の外へと駆け出して行った。
「クソ、間に合えばいいが……
懲りねえヤツらだ」
林の中を駆け抜けながら、エクセは状況を
整理する。
確かに町は発展した。
莫大な資金と新技術の投入により、商売は
盛んになり、活気付いた。
そんな町には当然、新規の者の出入りも
激しくなり……
良からぬ事を目的として来る者もいた。
さすがにゴールドクラスが仕切る町の利権に、
表立って手を突っ込む小悪党はいない。
その代わり多発したのが『誘拐』だ。
足踏み踊りもこの町に伝えられており、
その中心となったのは、孤児院の子供たち。
商品価値が高いと見られた彼らは、すでに
何度となく狙われていた。
その都度、『ファミリー』によって未遂に
終わっていたが。
「……いやがった。
今回はあたいのストレス解消に付き合って
もらうぜぇ♪」
『標的』を見つけた彼女は、さらに身体強化を
かけて―――
一気にそこへ向かった。
「ガキは馬車に乗せたか?」
「刃物を見せたら大人しくなったぜ。
―――しかし、旦那も考えたモンだねえ。
すぐに近場の町や村へ行かず、ドーン伯爵領との
領境ギリギリを南下しようなんて」
そこには、いかにもな荒くれ者たちが7、8人ほど
集まり、外見通りの不穏な会話をしていた。
「……余計な口を叩くな。
くれぐれも油断は禁物だ」
ただ一人、そこには場違いな―――
衣服こそ他と大差無いが、筋肉質の周囲の連中とは
異なる、細身の男が威圧的な口調で話す。
「わ、わかりやした」
「しかし、何度も失敗しているって話ですが……
どうして孤児のガキなんざ、連中は取り返しに
来るんですかねえ?」
作業をしながら緊張しつつ彼らに、リーダー格と
思われる男は、
「カルベルク一家、というかあの町は……
ナワバリの中で女子供に手を出すのを
禁じている」
「へー、よく知ってるじゃん」
そこに明らかに異質かつ異性の声が入り、
打撃音と同時に2人ほど崩れ落ちる。
「って事はさあ、覚悟完了♪
しているんだよねえ?」
「……女か」
襲撃を受けたにも関わらず、表情を変えずに
エクセと対峙するその男は―――
何をするかと思えば、両手をゆっくりと
上に上げ、ホールド・アップの姿勢になった。
「何の真似だ?」
「ご覧の通り、降参だよ。
こんなに簡単に追い付かれたのでは、
逃げる事もままならないと思ってね」
エクセは素手であったが―――
握りこぶしを前にして、警戒を崩さない。
「妙なマネはするんじゃねぇぞ。
あたいの魔法は身体強化の他に、この―――
『鉄拳』があるんだからよ」
「……思い出しましたよ。
『鉄拳』を持つ、シルバークラスがいると……
たいていの者は歯が立たないわけだ」
ピク、と彼女の片目が細くなる。
「あたいの事を知ってんのかい。
って事は、今までの誘拐の件もテメェが何か
絡んでいそうだな。
町についたらオヤジに直々に取り調べてもらえ。
それより、さらっていった子を出しな」
男は両手を上げたまま、クイ、とアゴを
馬車の方に突き出す。
「い、いいんですかい?」
部下らしき男に、その男は無言で
睨みつけると―――
彼は慌てて10歳前後と思われる、縛られた
女の子を抱えて、馬車から出てきた。
泣き疲れたのか、体力の限界だったからか、
眠っているように見える。
その少女を渡された男は、エクセと向かい合う。
「……どうぞ」
少女を差し出されたエクセは、拍子抜けしたように
姿勢を崩す。
「あんだよ。人質に取ろうとでもしたら―――
すぐに顔面に一発入れてやったのに」
「ご期待に沿えず申し訳ございません」
エクセが少女を受け取ると、無表情だった男は
そこでニヤリと、醜悪な笑みを浮かべた。
「……こうしないと発動しないからな。
俺の『拘束』は」
「っ!」
エクセが少女を抱いたまま、いったん
バックステップを取ろうと飛んだ―――
が、そのまま背中から地面へと落ちた。
見ると、少女を縛っていたヒモらしき物が、
生き物のようにエクセに絡みついている。
倒れている彼女を見下ろしながら、
そのリーダー格の男はゆっくりと近付き、
「これが俺の持つ特殊系の魔法―――
『拘束』だ。
素手で触る事が条件なんで、使い勝手が
悪いんだがね。
ただ、このように生き物を媒介として
広げる事が出来る。
何事も工夫次第ってワケだ」
「ぐ……っ、このお……!」
殺意を込めた視線と表情で、エクセは彼を
見上げるが、
「『鉄拳』と『追跡』を持つシルバークラス……
カルベルクの秘蔵っ子だな?」
「あぁん!?
そこまで知っててこんなマネを!?」
やれやれ、というように彼は肩をすくめ、
「最近、お前のところの『ファミリー』が、
キレイな商売ばかりしてくれるせいで……
ウチの肩身が狭いんだよ。
これ幸いにと、治安機関もコッチに集中して
きやがるし。
そこで意趣返しをしようとウチのボスからの
お達しだったんだがね。
まさか『影追いのエクセ』が手に入るとは」
「……だったらあたいだけでいいだろ。
ガキは返してやれ」
すると男は高笑いし、
「冗談言うな。
今のお前の言う事を聞く必要がどこにある?
常識で考えろ、あり得ないだろ?」
―――魔法による拘束など、
・・・・・
あり得ない
「……?」
その時、エクセの耳に第三者の声が聞こえたような
気がした。
同時に、彼女の自由を奪っていた物が、
溶けるようにして消える。
「んあ?」
「……!?
な、何っ!?」
男は慌てて再度『拘束』をかけようと、彼女に
手を伸ばすが、急に頭に衝撃を受け、その場に
倒れ込んだ。
まだ残っていた部下たちも次々と倒れていき、
そして―――
彼女の前に、初対面の男が姿を現す。
褐色の肌に、黒い短髪―――
長身で細面のその青年は、両手に見慣れない
武器を持っていた。
「いやー、シンさんとの連携バッチリだったッス!
お嬢さん、ケガは無いッスか?
あ、俺は怪しい者じゃないッスよ?
コイツら、どー考えても悪者そうだったんで。
一応殺しちゃいないので、安心するッス」
これが、両ギルドの次期ギルド長同士の
初顔合わせだとは―――
町に着くまで誰もわからなかった。