事の発端は、私たちがブリガン伯爵領へ
足を踏み入れた時―――
レイド君の範囲索敵が何かを感知した。
静かに近付き、どうやら誘拐目的の盗賊のような
集団がいると判断。
ただ後から来た赤髪の女性が彼らを圧倒し、
このまま解決か? と思われたその時―――
男の一人が妙な魔法を使うのが見えた。
そこで私とレイド君は作戦を立て……
まず同行しているミリアさんと、荷物持ち&雑用の
ブロンズクラス数名は後方待機。
メルとアルテリーゼに彼らを守ってもらう事に。
これは、極秘事項である自分の能力を隠す
必要もあったっためだが―――
こうして私とレイド君の二人が現場へ接近、
私が拘束魔法とやらを無効化すると同時に、
レイド君のブーメランで攻撃してもらい、鎮圧。
無事、彼女たちを保護する事が出来た。
そして一緒に、目的地であるブリガン伯爵領
東地区へと入ったのだが……
「レイド様、もっとお飲みになってぇ♪
あ、こちらもお食べになります?」
助けた例の少女が、このギルド支部の
次期ギルド長、という事にも驚いたが……
「あのぉ~、エクセさん?
ちょっとレイドさんにベタベタし過ぎるんじゃ
ございませんことぉ?」
正面から見て―――
レイド君の左隣には抱き着くようにエクセさんが、
その反対側にはミリアさんが、獲物を威嚇する
猫のような目をして密着していた。
「あらぁ♪
だってこの人はあたいを助けてくださった、
いわば命の恩人も同然―――
それに聞いてみたら次期ギルド長とか……♪
あたいも偶然にもそうなんでぇ、同じ立場同士
仲良くしちゃいけませんかぁ?」
レイド君を挟んでエクセさんは、挑発するかの
ようにミリアさんに答え、そのお返しと言わん
ばかりに彼女は、水のように酒をガブガブと
喉に流し込んでいく。
若い女性が2人が1人の男を間にして火花を
散らす中―――
私はアラフィフの男性にお酒を注ぐ。
「エート、コノタビハえくせサン、
無事デ良カッタデスネ」
「ソーデスネ、ハイ。
ソノ件ニツイテハトテモ感謝シテオリマス」
機械的に社交辞令を交わす私とカルベルクさんを
横に、妻2人は―――
「えー、こちら歓迎会の場ですが、
現場の空気が微妙に最悪です」
「はた目から見ている分には、
面白いのだがのう」
酒の席でそれとなく周囲から情報収集して
みたのだが……
あのエクセさんという人は、彼女自身が
言っていた通り、このギルド支部の
シルバークラスにして、次期ギルド長に
内々で決まっているらしい。
つまり立場的にはレイド君と同じで―――
魔法は身体強化に加え、『鉄拳』、そして
『追跡』を持っているという。
「……彼女の性格っていつもああいう感じ
何でしょうか?」
「いや、あいつは姉御肌で、もっと気の強い
サバサバ系だったはずなんだが」
まるで大型犬が飼い主に全身で甘えるように、
女性にしては高い身長の体をレイド君に
すり寄せる。
彼が180cm超だから、彼女は170以上か。
体格的には見合っているのだが……
「ちょーおーっとぉー?
レイドさんが迷惑しているんじゃ
ありませんことぉ~?
そろそろ離れた方がよろしいですわよぉ~」
ダン! とミリアさんがテーブルの上に
木製のジョッキを置き、レイド君越しに
エクセさんに注意する。
「あらぁ♪
そんな事はありませんわよねぇ?
レイド様?」
それをそよ風のようにエクセさんは軽く
受け流す。
2人の間で困惑しているレイド君には
気の毒だが……
まあ彼女の気持ちもわからないではない。
絶体絶命のピンチの時に、さっそうと現れる
若いイケメンの図―――
それも将来ゴールドクラス確定ともなれば、
超が付くほどの優良物件だろう。
「ねえオヤ……じゃなくてパパぁ♪
あたいの相手、将来のギルド長で
ゴールドクラスなら―――
跡継ぎとしては申し分ないでしょお♪」
その言葉にミリアさんが即座に反応し、
「ダ、ダメに決まっているでしょう!
レイドさんがここのギルド長になったら、
ウチの町のギルド長を継ぐ人がいません!」
しかし相手も諦めず、
「えぇ~? だぁってえ、そちらにはウチの
カルベルクギルド長を倒すほどの、
シルバークラスがいらっしゃるんでしょ?
そちらはその人に継いでもらえば
いいじゃないの~。
優秀な人材は少ないんだから、
効率良く使っていかないとぉ♪」
お願いだからこちらに矛先を向けないで。
こんな時どんな顔したらいいかわからないの。
さすがに耐えきれなくなったのか、不意に
レイド君が立ち上がり―――
「あのっ、こちらのギルドへの贈答品が
あったッスよね?
ミリアさん、手伝って欲しいッスけど」
「わ、わかりましたわ。
すぐに戻ってきますので!」
幼い頃から姉弟のように育ったからか、
2人は息ピッタリにその場から風のように
消え去った。
「あー! レイド様ー!!
あたいもお手伝いしますぅ~!!」
その示し合わせたような行動に呆気に
取られていたが、エクセさんも2人を
追いかけるようにして出ていった。
そういえば魔導具を持ってきてたんだっけ。
この騒動ですっかり忘れていたけど……
東の村へは5個ほど渡したが、ギルドもある
町だと聞いていたので―――
奮発して10個ほど用意したのだ。
「しかし、その……
ゴールドクラスがいる町なのに、よく
ケンカを売ろうとする連中がいますね?」
何とか別の話題を振ろうと、彼に酒を
注ぎながら話す。
「確かにウチも汚れ仕事はやっちゃあ
いたけどよ。
それなりに商売出来れば、やる必要も
無くなる。
ただ、自分だけいい子になろうってのを、
気に食わない連中もいるだろう」
なるほど……
恐らくは今まで相互、協力関係で―――
非合法な事にも手を染めてきた。
それがいきなりクリーンな仕事しか
しません、と言ったところで……
納得しない連中も当然いるはずだ。
「まあそんな奴らは片っ端から、
追い返してやってるんですけどね!」
「しかしお嬢……エクセさんにまで
手ぇ出すたぁ、思い知らせて
やりますよ!」
「オヤ……カルベルクさんが生まれ変わらせた
このギルドとこの町は、俺たちが死んでも
守ります!!」
ギルドメンバーの荒くれどもが熱く語る。
体育会系のような関係というか、絆がある
組織のようだ。
まあそれを悪いとは思わないけど、ちょっと
暑苦しい。
「それはそうと、お前さんのところからは
いろいろともらったが―――
こちらからのお返しはいいのか?」
「あれは、まあ……
『例の件』のお礼ですからね。
それより、コメを持ってきたんですが、
こちらで育ててみませんか?」
ようやくギルドの年長者同士らしい話になり、
落ち着いたと思ってホッとする。
それを見ていたメルとアルテリーゼは―――
「ん~……どうしよっか。
修羅場がいなくなっちゃったし」
「……見物しに行くのも一興ではないか?
メル殿」
2人で何かに同意したかのようにうなずくと、
おもむろに立ち上がり、自分の夫の元へ行く。
「ねー、シン。
ちょっと外の風で酔い覚ましてきていい?」
「それは構いませんが……
2人で、ですか?」
ドラゴンのアルテリーゼも酔ったのだろうか?
私がそう思っていると彼女は小声で、
「(ちとレイド殿たちの様子を見てくる。
外でケンカでもしていたら事であろう?)」
その提案をカルベルクさんも聞いていたのか、
ばつが悪そうに、
「ああ、気を付けて行ってくれ」
「戻ってきたら、贈答品の使い道について
説明しましょうか」
一応、『そういう』理由でレイド君たちは
外出したので……
話を合わせておく。
そして妻2人は宴会の席から姿を消した。
「あの、エクセさん。
何も一人で持たなくたってもいいッスよ」
「これくらい、何て事はありません!
ウチのギルド支部が頂く物ですから
運ばせてください!」
登山用の大型リュックくらいある袋を、
彼女は抱えてスタスタ歩いていく。
「そうよレイドさん、エクセさんがやりたいって
言ってるんだから、好きにさせれば」
一緒にいるミリアは、トゲのある言葉を
彼女に向け、
「ちょっ!
ミリアさん、何かその、言い方が」
眼鏡の奥から眼光を飛ばすようにミリアが
彼を睨むと、レイドはビクッと固まった。
「あらぁ、怖い怖い♪
レイド様、気になさらないで。
ミリアさんのおっしゃる通り、これは
あたいが勝手にしている事なのでぇ」
「い、いや。
そうは言われてもッスねえ……」
両者の板挟みの中にあって―――
この空気を何とかしようと彼は苦悩するが、
良案は思いつかず……
それを見かねたように、エクセは歩く
ペースを上げて、
「これ以上レイド様のご迷惑になりたく
ないので、あたい、先行ってますね♪」
「ちょっと!
それじゃ、まるでアタシがレイドさんに
迷惑かけているみたいじゃない!」
ミリアの抗議に、エクセはくるっと振り返り、
「えぇ~、自覚無いんですかぁ?
レイド様が明らかに困っているのにぃ。
じゃ、また後でね♪
レイド様!」
身体強化で、エクセはさっとその場を
後にし―――
日が落ち始めた町の通りに、レイドとミリア、
2人が残された。
「ぐぬぬぬぬ……」
歯ぎしりするミリアに、レイドが声をかける。
「お、落ち着くッス、ミリアさん」
「何よ、レイドだって悪い気はしなかったん
でしょう?」
「……あの、酔ってるッスか?」
隣りで酒をガブ飲みしていたのを目撃していた
彼は、何とか彼女をなだめようと苦心する。
「アレがいーのか?
あんなのがいーのか!?
確かにアタシは背は低いけど、出るところは
負けちゃいないんだぞ!
あんな縦に伸びただけの女にぃ~……!」
そんな彼女は、レイドにしがみついて離れない。
「やれやれ」
「まったく、面白……心配になって様子を見に
来てみれば、何をしているのやら」
レイドが顔を上げると、そこには見知った顔である
メルとアルテリーゼがいた。
救いを求める目で彼が2人を見ると、それが合図で
あるかのように、彼女たちはミリアを2人がかりで
引き離す。
「もう出来上がっているみたいだね、
ミリっちは」
「レイド、後は我らに任せておけ。
お前は宴会へ戻って、シンにこの事を
伝えておいてくれ」
「わ、わかったッス」
そこで4人は女3人と男1人に別れ―――
それぞれが別の場所へ向かった。
「おお、これが外灯の魔導具か。
高価な物をすまんな」
先にエクサさんが宴会の場に戻り、持ってきた
贈答品をメンバーが代わる代わる手に取る。
「一人で持ってきたんですか?
あの、レイド君……さんとミリアさんは」
次期ギルド長に私が君付けだとおかしいだろう。
すぐに言い換えて先を促す。
「いえ、当ギルドへの頂き物ですので。
お二人に持たせるのは……
それに、ミリアさんはかなり酔っている
みたいでしたので」
まるで水かジュースのように、ミリアさん
めちゃくちゃ飲んでいたからなあ。
蟒蛇とは聞いているが、大丈夫だろうか。
「しかし、どこへ設置したもんだろうかな、
コレ」
カルベルクさんが魔導具を珍し気に
持ち上げながら、ジロジロと見つめる。
「10個ありますので、まずは東西南北の
門のあたりに1つずつ―――
後は主要通りの道や中央に……
ウチの町では他、大浴場や孤児院の前に
設置していますね」
するとエクセさんが私の話に飛び付くように
声を上げ、
「あー、孤児院!
確かにそれがありゃ、チビたちも
安心するだろーな……します」
喜びのあまり素が出たのか、途中で言い直す。
カルベルクさんもそんな彼女を見ながら苦笑し、
「特に最近は物騒だし、1、2個そっちに
回したところで文句は言われねえだろう。
ありがたくもらっておくよ」
ふむ。思ったより話がスムーズに進んだ、
という事は……
この町でも孤児院の扱いは、それなりに
配慮されているという事か。
そういえば、誘拐事件の発端も、エクセさんが
単独で向かったのが……ん?
そこで私はふと、交互にエクセさんと
カルベルクさんの顔を見る。
エクセさんは彼を『パパ』と呼んでいたが、
彼女は赤髪で、彼の短髪は白髪交じりだが
薄い黒に近い。
母親似、という線もあるが……
「……お察しの通り、アイツとは本当の
父娘ってワケじゃねぇんだ。
エクセも、この町の孤児院の出でな。
それでそこのチビがさらわれたってんで、
今回も突っ走っちまったんだろう」
「別にいいだろ、血のつながりなんてよ。
あたいのオヤジは、ギルド長だけだ」
こちらの町でいうところの―――
ジャンさんとレイド君・ミリアさんのような
関係なのだろうか。
だが、言われてみれば気付く機会はいくらでも
あったと思う。
そもそもちゃんとした身寄りがあるのなら、
冒険者という選択肢は無い。
もし本当にギルド長が父親だとしたら、
娘をそもそも冒険者にはしないだろうしな……
結構複雑な心境かも知れない。
「そういや、氷室を作ってくれた姉ちゃんは?」
「ファリスさんですか?
彼女なら、ちょっと初日から張り切り過ぎた
みたいで……
先に休ませてもらっています」
今回、この町に派遣されたのはレイド君と
ミリアさん、私と妻2人、そして何人かの
ブロンズクラスの新人で―――
ファリスさんもその1人だ。
(ちなみにラッチは町の孤児院で留守番)
仕事を与えるためというのもあったが、
この町出身の人は逃げてきたに等しいので、
さすがに連れて来る事は出来ず……
消去法で何名か選出された。
ただファリスさんは明確に―――
氷室を作ってもらうという目的があり、
同行してもらったのである。
「肉も魚も卵も貝も、片っ端から
消費されちまうから、保存って考えは
無かったけどよ。
今後、町を発展させるためにはあった方が
いいってのはわかる。
それと確かに氷だけでも―――
夏場に備えられりゃ、違うからなあ」
さすがにこの辺りは人の上に立つ立場
だからか、その必要性・有効性はすぐ
理解してくれるようだ。
これなら、まだいろいろと導入して
もらえそうだな、と思っていると―――
「それに、クソ暑い真夏に冷やした酒で一杯、
という楽しみもあるだろ?」
ギルド長の言葉に全員が大笑いする。
なるほど、そういう使い道もあるよな。
と、そこへ外出していた内の一人が戻ってきた。
「戻られましたか、レイド様!
……あら、ミリアさんは?」
歓迎の場にレイド君が帰って来た時、真っ先に
反応したのはエクセさんで……
あれ? ミリアさんはどうしたんだろうか?
「そういえばレイドさん。
ウチの嫁2人が様子を見に行ったと
思うんだけど、会いませんでしたか?」
「あ、ハイ。
ミリアさんが飲み過ぎたようで―――
お二人に介抱してもらっているッス」
うーむ、あの小さな体にどれだけ入るんだ、
というくらい飲んでいたし……
まあ2人がついているのなら大丈夫だろう。
「じゃあ、ウチの次期ギルド長が戻られた
ところで―――
これらの品々の使い道や案について
話し合いましょう」
「そうだな。
レイド殿の意見も聞きたいし……
エクセ、お前もこっち来い」
そして酒を交えながら、町の発展や方針について
語り合う事になった。
酒の席でありながら、やや固い話にしたのは
これ以上レイド君とエクセさんの恋愛ごとから
引き離す意図もあったのだが―――
意見を出し合いながらも、彼女はレイド君に
べったりくっついて離れず……
そりゃ邪魔者がいなくなったんだから
そうなるわな。
レイド君が助けを求めるような視線を
送ってくるが、なるべくそれを見ないようにして
話を進め、宴会の夜は過ぎていった。
「んんん~……あれ?
アタシ、いつの間にベッドに」
目を覚ましたミリアは、見慣れない天井を見て
まだ本格的に働いていない頭で状況を確認する。
「あ、起きた? ミリっち」
「朝食は持ってきたが、食べられるかの?」
そこへ、メルとアルテリーゼが部屋に入ってきて、
彼女は改めて状況を整理する。
「あ~、そっか、昨日の晩……
二人には迷惑かけたみたいでゴメンなさい」
起き上がったミリアは、取り敢えず2人に
昨日の失態を謝る。
「まーとにかく腹ごしらえしましょ」
「そうじゃ、とにかく食わねばな」
そこで彼女たちは、備え付けのテーブルを
部屋の中央に移動させると、その上に食事を
セットして、共に食べ始めた。
具材は卵と貝、芋がメインだが、それなりに
カスタマイズされているようで……
コロッケに貝のすり身が入ったような物や、
芋と貝をまとめて天ぷらにして、かき揚げの
ようにした物もあった。
それらを平らげると、3人は一休みのお茶を
した後、誰からともなく会話が始まった。
「あ! そういえばレイドは!?
あれからどうなったの!?」
ミリアが血相を変えて話す言葉に、メルと
アルテリーゼは涼し気に答える。
「シンに聞いたんだけど、あの後は
贈答品の使い道について話し合った
らしいよ」
「ただの挨拶回りとはいえ、半分は
職務みたいなものだから―――
との事じゃ」
その状況下で、エクセがレイドにべったりと
くっついていた事は聞かされていたが……
それはシンから口止めされていた。
「うぅう、ミスもいいところだわ……
本来ならアタシがサポートしないと
いけないところなのに」
そうミリアは頭を抱えるが、同時に心のどこかで
ホッとしていた。
そんな固い話が行われていたのなら、
『そうなる』雰囲気では無かっただろうと。
「とはいえ、ね。ミリっち」
「お主、このままではいずれ―――
レイド殿を誰かに盗られるぞ?」
突然の2人の急襲に、ミリアは思わず
飲んでいたお茶を吹き出す。
「ななな、何でそんな話に?
だってアタシとレイドは」
彼女の反応を見て、メルはポリポリと
頬をかき、
「私はミリっちとレイドの関係は
知ってるけどさ―――
彼は客観的に見てもイケメン高身長、
性格はちょっと軽いくらいで優しい人。
しかも将来ゴールドクラス確定の次期ギルド長。
貴族様から、とまではいかなくても、
お金持ちや豪商から縁談来てもおかしくない
超優良物件なんだよ?」
「お主はレイド殿の姉のような立場でも
あったから、絶対に弟が裏切るはずがない、
という感覚でいるのだろうが……
それに甘え過ぎておると、足元をすくわれる事も
あるのではないか?」
「ぐぬぬ」
既婚者である2人の言う事は、ミリアの肩に
重くのしかかる。
「それにエクセさんも言ってたじゃん。
そっちのギルド長はシンがなればいいじゃない、
みたいな事を」
「我らの旦那様は、波風を立てる事を嫌うから、
そんな考えは微塵もなかろうが―――
実力や人格、これまでの実績から考えて、
あり得ぬと断定は出来ぬと思うぞ?」
その言葉に、ミリアはハッとなって
思い出していた。
実は現ギルド長であるジャンドゥから……
いったんシンをギルド長にしてから、その後
レイドに継がせる、という案を聞いていた
からである。
もちろんそれは、その時のギルド長の
思いつきで―――
その後、本格的に検討される事も無かった事から
忘れていたが……『中継ぎ』である事をシンが
了承すれば、十分にあり得る未来予想図だった。
そしてその『中継ぎ』が実現すれば―――
レイドが別のギルド長になる障害は
無くなるのである。
ダラダラと滝のように汗を流すミリアに、
野次馬根性で面白半分に介入したのはさすがに
マズいと思ったのか、メルとアルテリーゼが
フォローに入る。
「ま、まあ私たちはミリっちの味方だからね!」
「そ、そうじゃ!
ただ油断大敵という事を言いたかったのじゃ!」
それを聞くと、ミリアは2人の腕をガシッと
つかんで、
「……じゃあ……教えて頂きましょうか……
2人とも……どうやってシンさんを
落としたのかを……
そしてシンさんと結婚後、どうやって
どんなコトをして過ごしているかを……!!
レイドを落とす時の参考にしたいんでぇ~♪」
その気迫に、シルバークラスとドラゴンは
動けなくなり―――
洗いざらい吐かされる事になった。
「えーと……ミリアさん?
顔が赤いッスけど熱ッスか?」
「あ、だだだ、大丈夫ですからー」
朝食後、町を案内してもらえる事になった
私たちは、水路、鳥の飼育施設、魔導具の
設置場所の選定と―――
ここのギルドメンバーと共に行動して
いたのだが……
なぜかミリアさんの顔はレイド君が指摘する
通りに赤く―――
また妻2人も、視線がどこかぎこちない。
「メル、アルテリーゼ」
「うひゃいっ!?」
「な、なんだ、シン?」
飛び上がるほどに驚く彼女たちを心配して、
「いや、どうしたんだ?
体の具合でも悪いのか?」
「な、何でもないよー」
「枕が違うのか、なかなか寝付けなかった
くらいかのう」
それならいいんだけど―――
と思っていると、同行していたエクセさんが
ミリアさんに近付き、
「次は孤児院ですけど、具合が悪いんでしたら、
先に帰ってもよろしいんですよ~?
レイド様のサポートはあたいがしっかりと
務めますからぁ♪」
「いえいえ、お気にならずにぃ♪
アタシはこれでも記憶魔法の使い手なので。
頭を使わないお仕事なら、貴女にお任せ
出来るんですけどね♪」
バチバチとまた火花を散らす2人を、
私と妻2人、そしてギルドメンバーは
遠巻きに見つめ―――
とにかく次の目的地へと向かう事にした。
その後……
一通り町を案内してもらった私たちは、
特産品や周辺の生物の情報などを教えて
もらった。
そして夕食の後、またこちらのギルド主催の、
歓迎会という名の飲み会に参加したのだが、
「ブロンズクラスを何名か貸してくれ?
別にいいが、目的は?
……ほー、トラップ系の魔法?
それがありゃ、鳥や魚を捕まえられる
ってのか?」
前回、この町へ人を派遣した際―――
さすがに狩猟後継者の3人組まで行かせる
事は出来なかった。
こちらの町で重宝され、戻れなくなる可能性も
考慮したのである。
東の村のように、地元の人間がやれるのであれば
そうした方がいい。
町を空ける期間は10日以内と決めていたので、
片道2日という道程を考えると―――
6日ほどが滞在期間、あと5日間だ。
その間にここの『後継者』を決めよう。
そしてあと一つ―――
「コレなんですけど」
「ん? 葉っぱ?
これがどうかしたのか?」
私がカルベルクさんに見せたのは―――
星型のような特徴的な葉。
町に出入りする商人の馬車にくっついて
いたのだが……
これは間違いなくカエデの葉だ。
種類までは詳しくはわからないが、もし
樹液が取れるのであれば、メープルシロップが
手に入る可能性がある。
そうなれば甘味事情がかなり向上される。
こうして、いくつかの取り決めや相談を経て、
私はこの町での行動方針を決めた。
ミリアさんの方は、妻2人が頑張ってくれている
らしいので―――
私は私のする事を頑張ろうと思う決して丸投げや
現実逃避などではなく。
そして今日の夜も更けていった。
この町に来て4日目―――
カエデの群生地を特定し、10数本ほどを
町へと持ち帰り植樹し、樹液を取る装置を
取りつける。
装置と言っても木の幹に穴を開けて、そこに
筒を通して木製の容器に落とすだけの単純な
仕掛けだが、その設置が一通り終わった。
本来、季節的に冬じゃないと樹液を取るのは
難しいのだが……
植樹した後に水魔法で出した水をやったからか、
少量ながら採取出来ている様子。
同時に、私も何名かと漁と猟を行い―――
魚と肉を町に供給し、『後継者選び』も
佳境に入ってきたと思われた頃―――
血相を変えたこの町のギルドメンバーに
呼び出された。
「擬態魔法?」
「ああ。
『拘束魔法のスレイ』の野郎を
尋問していた時―――
そちらの次期ギルド長が、不自然な速さで
この町から遠ざかる反応があったと報告しに
来たんだ。
同時にスレイの野郎が自白った」
カルベルクさんの話によると―――
今回、孤児院の子供の誘拐を企んだ
連中の狙いは二段構えで、
一つはシンプルに拉致する事。
これはすでに失敗に終わっている。
そしてもう一つは―――『すり替え』。
『擬態魔法』の使い手、ホールドという男が
すでにこの町に潜入しており……
その機会を伺っていたのだという。
「人数さえ合ってりゃ、誰も不思議には
思わねえからな……
ガキどもの一人に擬態してすり替わり、
その間にさらったガキを遠くへ運ぶ。
まあこれは、すでにレイドさんを始め
ウチの者が追いかけているから、すぐに
捕まるだろうが……」
さすがに今回、レイド君―――
範囲索敵と身体強化による速度アップが
使える人が、たまたま来ているというのは
予想外だろう。
しかし彼は、まだ先があるが話せない、
と言うように口を閉じる。
「何だよオヤジぃ!
後はそいつを捕まえりゃオシマイだろ!?」
エクセさんが彼に詰め寄り、同行していた
私と妻の2人、そしてミリアさんも無言で
先を促すが―――
黙して語ろうとしない。
「何がそんなに問題なの?」
「後は子供たちの中に混ざった、そいつを
捕まえるだけであろう?
さらわれた子供が戻れば、誰に化けたかも
わかるだろうし」
メルとアルテリーゼも不思議そうにたずねるが、
それでも黙り続けるギルド長に、ミリアさんが
口を開く。
「……もし、今回の二度目の作戦まで失敗したと
わかった時―――
何をするかわからない、という事でしょうか」
「!!」
彼女の言葉に、その場にいた全員が
顔を見合わせた。
「……ああ。
こうまで執拗に孤児院を狙っているって
事は―――
明らかに俺と『ファミリー』に対する
嫌がらせだ。
ヤケになったそいつが、何をしでかすか」
今度は、その言葉に彼以外の全員が
黙り込む。
「そしてタイムリミットは、レイドさんが
子供を助けて帰ってくるまでだ。
俺も慌てていたようだぜ……
ヤキが回ったよ、クソ」
恐らく、暴走するかもしれないという可能性に
後で気付いたのだろう。
自分を責めるように彼は悪態をつく。
すると妻2人が、勢いよく私の方へ振り向き、
「シン!」
「無効……ではなく!
レ、抵抗魔法ではどうじゃ!?」
それを聞いたカルベルクさんは、
首を左右に振る。
「一人一人確かめられるのなら、それで
いいが……
恐らく調べようとしたその途端バレるだろう。
集団の中でいきなり使えば、それこそ」
「じゃあどうす―――」
る、と続けようとしたエクセさんの腕を、
ミリアさんが引っ張る。
「何だよ、こんな時に!!」
「すぐに孤児院へ行きます、エクセさん。
そしてアタシの指示に従ってください。
子供たちを助けたければ、今は行動して」
有無を言わせない圧力に、彼女はただ
うなずき―――
私たちも、と思っていたところ、ミリアさんが
待ったをかけた。
「大勢で押し寄せれば気取られてしまうかも
知れません。
ここはアタシとエクセさんに任せて。
あとギルド長。
門番に、レイドたちが帰ってきてもなるべく
静かにするよう、一応通達をお願いします」
「わ、わかった」
そう言われて、私たちは2人を見送った。
「(そろそろ―――
俺が化けたガキをさらった馬車は
逃げ切れたか?)」
擬態魔法の使い手であるホールドは、
孤児院でその時を待ち続けていた。
もし馬車が逃げ切る事に成功していれば、
スキを見て自分も逃げ出す。
失敗していたら―――
孤児院で騒ぎを起こして、その騒動の間に
脱出する手はずになっていた。
「(最悪、死者を出しても構わんと
言われているからな。
多少傷付けて脅すもよし、人質に
取るもよし―――
逃げるとしたらそろそろ頃合いか。
……ん?)」
そこへ、カルベルクの秘蔵っ子と呼ばれていた
エクセが姿を現し―――
彼は子供の姿に擬態したまま身構える。
「(どうしてあの女が?
んん? もう一人?)」
そこにはミリアも同行しており、ホールドは
警戒しながらも注意深く様子を伺う。
一方でエクセとミリアは、互いに小声で
コンタクトを取っていた。
「(大丈夫です、エクセさん。
アタシの言った通りに―――)」
「(わ、わかってるって!)」
彼女は平静を装うと、子供たちに向かって、
「ちょっとみんな、聞いてくれ。
この前、他のギルドの人がいろいろなお菓子や
料理を持ってきてくれたよな?
で、また新しいお菓子を作ったってんで、
差し入れてくれるってさ。
だからみんな集まって、出迎えよーぜー」
その説明に、子供たちの顔はパァッと明るくなり、
それを聞いたホールドは一人だけ別の反応をする。
「(気にし過ぎだったか。それに―――
とっ捕まえるつもりなら、女二人だけじゃなく、
もっと手勢を連れてきてもおかしくねぇし)」
「ロビン? どうしたの?」
職員の大人にロビンと呼ばれたホールドは、
慌てて態度を子供のそれにする。
「な、何でもありません」
そして他の子供たちに混ざり、整列し始めた。
「(エクセさん、後ろから3番目、
左から2番目の子―――
アレです)」
「(ロ、ロビンじゃねーか。
本当だろうな?)」
表情はあくまでも笑顔を絶やさず、小声で
会話する。
「(違っていたらアタシにどんな事をしても
構いません。
チャンスは1回……お願いします)」
「(クソ、わかったよ。
あたいも覚悟を決める……!)」
そして彼女は、自然な感じでミリアの指示した
子供の前まで移動し、
「え? 何? お姉ちゃ」
間違っていたらすまねぇ、と彼女は小声で話し、
「―――『鉄拳』!!」
次の瞬間、まだ10才未満と思われる
少年の体は、壁に叩きつけられ―――
いや、壁を突き抜けていた。
周囲の子供たちは突然の蛮行に悲鳴を上げ、
職員や他の大人も駆けつける。
「エ、エクセ!?
あなた一体何を!」
「ロビン、大丈夫!?
ロビン……え?」
ロビンが吹っ飛ばされたその場所には、
少年の姿は無く―――
小太りのスキンヘッドの男が、舌を出して
完全にノックアウトされていた。
その事を確認すると、エクセはミリアに
振り向き、
「な、何でわかったんだ?」
「……アタシが『見てきた』中に、
・・・・・・・・・
いませんでしたから」
彼女はそう言いながら、眼鏡の位置を
クイッと直した。
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