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Side 芳也
「おい、朝食は……。クソ」
目が覚めてシャワーを浴びて、リビングに入り無意識にそう口にしていた俺は、首に巻いていたタオルを投げ捨てた。
「おはよう、って何を怒ってるの?」
俺のシャツを着たまま、あくびをしながらリビングに入ってきた美咲に、俺はつい口を開きそうになって止める。
沙織が出て行って、弁護士が離婚届に判を押すよう迫ってから、美咲はここにずっといるが、家事をする気はないようで、今もキッチンに行くこともなく、ソファに座り込んだ。
「ねえ、芳也。家政婦さん、まだ見つからないの?」
「ああ、だからそれまでは美咲が朝食を作ってくれないか?」
「ええ? 料理なんてしたことないし、手が荒れるもの」
確かに美咲は沙織と違って、お嬢様だ。沙織と違うものを俺に与えて欲しくて、美咲をそばに置いていたが、俺の生活ペースは乱れっぱなしだ。
だから、今は沙織も怒っているが、身寄りもなく身体を売るよりはこの家で家政婦をしたほうがよっぽどいいだろうと、昨日から電話をしてやってるのに電話すら出ない。
「クソ」
つい悪態が口をついて、美咲が驚いたように俺を見た。
「何怒ってるの?」
「怒ってない。俺は仕事に行くから、ゆっくりしてろよ」
そう言いながら、ソファに座る美咲にキスをする。
「わかった」
そう言いつつ、俺の首に手を回す美咲に、もう一度口づけた。
美咲を怒らせても得はないし、母さんも美咲を気に入っている。俺だって、隣にいるのは美咲の方がふさわしい。
閑話 陸翔
「本当にいろいろありがとう」
目の前で深々と頭を下げる明日香に、俺は小さく頭を振った。
「幸せか?」
「うん」
穏やかに微笑む彼女に、俺も安堵から笑みが浮かんだ。
木崎明日香。俺の高校・大学からの同級生であり、元妻だ。木崎貿易の娘だが、両親を亡くし、叔父夫妻に育てられた彼女。責任感が強く、叔父の不正を知ったとき、どうしても叔父から木崎貿易を取り戻したい、と協力を求めてきた。
何度も頭を下げられたが、沙織を守らないといけない、そんな使命感に狩られていた俺は、いくら友人とはいえ、結婚するのはできないと断っていた。
しかし、友人を見捨てるのか、そう自問自答する日々が続いた。
そして、ちょうどその頃、沙織が大学生になり、楽しそうにしている姿を見ていた時、沙織の父親から彼女に彼氏ができたと聞いた。
「もう、沙織の兄としての役割は終わりだろう」と俺は考え、最終的に偽装結婚に同意した。
明日香はとても優秀で、すぐに叔父から会社を取り戻し、支援していたお金も返金してもらい、俺たちは離婚した。それが一年前のことだ。
今回、彼女は自分の会社でずっと助けてくれていた部下である佐川さんと結婚することになっている。
先日はその佐川さんを紹介してもらう予定だったが、沙織のことで遅刻してしまった。それの仕切り直しで、今日は佐川さんと共に食事をしていた。
「本当にありがとうございました」
佐川さんにもお礼を言われ、俺は小さく首を振った。
「いいんですよ、俺には何のデメリットもありませんでしたから」
そう言った俺に、明日香は少し表情を曇らせた。
「本当に? 私のせいで幸せを逃してない? かなり強引だったし、私は目的のためには突っ走っちゃうから……」
「そうだよ、明日香は本当にそういうところがあるからな」
佐川さんにそう言われ、明日香は恥ずかしそうにしている。
そんな彼女を見て、俺はつい笑い声をあげてしまった。
顔を見合わせる二人に、俺は少し苦笑して言葉を続けた。
「本当に俺は相手がいるわけでもなかったし、仕事に専念できたから助かったよ」
「たしかに、陸翔、恐ろしいほどモテたもんね……。ストーカーやら、嫉妬に狂った女性に襲われたり……」
「ええ? そんなに?」
俺の話題で盛り上がる二人。二人の世界に入り込んだ俺は少し苦笑しながら、本当に愛する人と一緒にいるとこんなにも幸せそうに見えるのかと実感した。
「幸せになれよ」
「うん、陸翔もね」
そう言われ、沙織の顔が浮かんだ。離婚した今、彼女に漬け込むような真似をするのはルール違反だということはわかっている。
でも、再会して、傷ついている彼女を放っておくことなど俺にはできない。
「ああ」
そう肯定した俺に、明日香が驚いたような表情を浮かべた。
「なんだ、陸翔にも相手がいるんだ」
「え?」
明日香の言葉に、俺は思わず問い返していた。
「今考えているその人のこと、好きなんでしょう?」
何を言っているのかと問いかけるような明日香の表情に、俺はようやく自分の気持ちを認識した。
沙織のことが好きだ。きっとずっと昔からーー。