「君たちはここ。俺の正面に座って」
ルーイ先生はカレンとノアに自分と向かい合うようにソファに座らせた。レオン様と俺はソファには座らず、それぞれ先生とニュアージュの2人組の座っているソファの背後に立つ。レオン様は正面から……そして俺は後ろから、カレンとノアが怪しい動きをしないか見張るためだ。
「それじゃあ……席に着いたことだし、始めようか」
「セドリック、男の方から口の拘束を外せ」
「はい」
開始を告げる先生の言葉を受けて、レオン様はノアの口に噛ませた布を外すよう命じた。2人同時ではなく、まずはノアにこちらの提案を伝えて反応を見る。
レナードからの報告によると、ノアは我々に対して敵意は無いと供述していたという。それが本音かどうかはさておき……先生に対して一切の躊躇もなく刃を向けたカレンよりは、理性をコントロールする術を身に付けていると判断した。ノアの方を選んだ理由はそんなところだ。更に、同時に口を自由にして合言葉のようなものでやり取りをされるのを防ぐ意味合いもある。
「今からお前の口の拘束を外す。……妙なことは考えるなよ」
ノアに最終忠告をして、ゆっくりと彼の口に噛ませられた布を取り外す。長時間男の口に収まっていた布は、唾液が染み込んで湿っていた。口から異物が取り除かれた解放感からか、ノアは小さく声を出しながら息を吐く。
「君とは初めましてだね。今の気分はどうかな?」
「あまり良いとは言えないっすね。それにしても……」
「ん? なあに」
「コスタビューテの王太子は男のハーレムでも作ってるんです? あんたはもちろんのこと、後ろのメガネのお兄さんといい……面のイイ男しかいないんだけど」
コイツ……ふざけてるのか。この状況でそんなくだらないことを聞くなんて。先生も予想だにしない問い掛けに唖然としている。レオン様はどうだ。
主は無表情だった。対話の最中は感情を表に出さないように努めろと、先生に念を押されたからだろう。でも俺には分かる。何年レオン様の元で仕えていると思ってるんだ。一見無表情にしか見えないけれど、目元がピクピクと震えている。
やばい……レオン様がキレてる。
「あっははは……せっかく口が自由になったのに、真っ先に聞くのがそれなんだ。君、なかなか度胸があるね」
「俺を捕まえたレナードさんもめちゃくちゃ美形だったからね。こんな立て続けに見せられたら気になりますよ」
リズさんの言葉の意味が分かった。彼女は拘束された直後のノアの態度がしきりに不気味だと語っていた。自分たちがこれからどうなるかも分からないのに、こいつからは焦りや恐怖が全く感じられない。
まともに会話が成り立つか分からないカレンよりはマシだと考えていたが、ノアの方が厄介な相手かもしれない。
先生も含め我々は、ノアの素っ頓狂な発言に呆気に取られてしまった。こちらのペースを乱すための策だろうか。無関係な質問を投げかけて相手の緊張感を削ぎ、警戒を緩めさせる。一歩間違えれば、その場で切り捨てられるかもしれない危険な行為だ。これを素ではなく、計算でやっているのだとしたら……確かに見上げた胆力だ。
「レオンよ。こんな質問を貰ったけど、実際はどうなの。言われてみれば、お前の側近は目見の良い男が多いね。そういう条件とかあるのかな」
「……彼らは自分に随伴して大衆の面前や、諸外国からの賓客に謁見する機会が多いのです。清潔感や品性は当然のこと、それに加えて容姿の華やかさも要求されているのは否定しません。美しいものが嫌いな人間はそういない。相手からの好感を得る手段のひとつと考えて頂ければと……」
「へー……一応ちゃんと理由があったんだ。容姿の良さも武器のうちってわけね」
「あくまである程度はです。美醜の基準は個人差がありますから。それに、見た目だけ取り繕っていても意味がない。俺が自分の側近に対して最も重要視しているのは強さと、窮地に陥っても即座に適切な判断と行動が取れる柔軟な思考力……そして忠誠心です」
「……だそうだけど、疑問は解消したかな」
「ふーん。よくもまあ、そんな条件に見合う人材がこんなにいたもんだ」
ノアはつまらなそうに先生へ返事をする。自分が質問をした癖になんだその態度は。どんな解答だったら満足したっていうんだよ。
「レオン殿下の周りに優秀な者が集まるのは、彼の人徳があってこそだよ。さて、場も和んだようだし……次は俺の話を聞いて貰っていいかな?」
「いいっすよ。そのためにオレたちは連れてこられたんですものね。もっとも……耳は塞がれていませんので、嫌でも聞くはめになるのですが……」
先生に向かって臆することなく自由奔放に振る舞うノア。奴の軽い調子に合わせながら、先生は会話の流れを本筋に引き戻した。
俺とレオン様は既にノアに対して苛立ちが募っているといのに……先生は笑っているのだ。ノアの無礼な態度など全く気に留めていない風に見えた。でも――
「うーん……あんまり適当にしない方がいいと思うよ。こちらとしては、その話を聞いて貰った上で君たちの今後の扱いを決めようと考えているんだからさ」
先生は笑っている。笑っているけども、その笑顔からは親しみや優しさを感じ取ることができない。先生の纏う雰囲気が変わったのがはっきりとわかった。
服装の影響もあるのかもしれないが、普段俺たちと接する時とはまるで違う。強烈な威圧感。頭上から押さえ付けられて……その場で跪いてしまいそうだった。
初めて先生を怖いと思った。そして思い知らされた。力の無い自分は人間と変わらないなんて、ご本人はのたまうけれど、そんな事は決してない。やはりこの方は紛れもなく『神』なのだった。
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