薫が屋上を去って気づけば数分、俺はぼーっと火照ったままの顔を冷ますように風にあたった。
妹以外に本当の自分をさらけ出すのは、初めてだった。
自分と同じ悩みを抱えた人間に出会うのもまた、初めてだった。
もし俺が俺の好きな物にコンプレックスを抱かずに、公開して生きていたら。薫だけでなくもっと沢山の、俺と同じような悩みを持った人間と分かち合えていたのだろうか。
隠すことで、隠させていたのだろうか。
今更どうにもならないことに思考を巡らせてみるけれど、やっぱり俺は、初めて打ち明ける相手が彼女でよかったと心から思う。
(….そろそろ教室戻るか。)
不思議と体が軽かった。
自分の学年のフロアに戻ると、俺の名前を叫びながら廊下をかける蒼生が視界に入った。
完全に蒼生の存在を忘れていた。
「蒼生…..ごめ」
「おおおおい星ぃぃいお前どこ行ってたんだよ心配したって!!!!!!」
「ごめんちょっと….散歩してた」
「散歩ぉ…?…ってか星、なんかあった?」
「え、なんで?」
「なんつーか、いつもよりちゃんと目ぇ合うからさ!!」
俺の肩に手を置いて、真正面から屈託のない笑顔を向けてくれる蒼生を見て、無性に泣きたくなった。
蒼生はアホだし天然だけど、馬鹿でも鈍感でもない。だから俺が浮かない顔をしているときは言わずとも必ず、隣に蒼生がいてくれた。
人のことをよく見て動く彼だ。俺がなにか隠していることくらい、きっととっくに気づいている。
俺は少し俯いたあと、蒼生の肩に手を置いて真っ直ぐ目を見た。
「….あのさ、急に変かもだけどさ、俺…お前にはちゃんと….いつか絶対….言いたいことがある。」
蒼生は目を見開いたあと、いつもの笑顔とは違う、優しい微笑みで俺の髪をくしゃくしゃにした。
「気長にいこうな、星。」
こんな良い奴に想われる美穂さんは本当に幸せ者だなと、心からそう思った。
それから俺たちは教室に戻った。
「あのさ、蒼生。お前片思いしてるってさっき言ってたじゃん」
「?!星から恋バナ….!?おん!!言った!」
「美穂さん?」
「え”…..なんで分かったんだよ?!」
「分かりやすかったよ笑笑」
「まじかぁー、、、」
普段は恋愛にあまり興味が湧かないのに、今は何故だか知りたかった。
「蒼生はさ、なんで美穂さんのこと好きになったの?」
「なんっか恥ずいなこれ……うーん…なんていうか、、付き合い長いってのもあって、美穂の前では取り繕うのが馬鹿らしくなってくるんだよな」
耳を赤くしながら蒼生は続けた。
「重い空気にさせたくないから言ってなかったけど、俺中一で父親亡くしててさ。母親と弟たちはみんな泣いてて、俺はなんか、なんか泣けなくてさ。すげぇ悲しいし悔しいのに。文字通り病室で立ち尽くしてたら、駆けつけた美穂が静かに俺の背中さすってくれてさ。それで初めて俺泣けたんだよね。人に悲しい顔見せたくないって自分でかけたストッパーを美穂が外してくれたっていうか。今思えばそのときからかなー。好きになったのは。」
蒼生が人の感情の機微に敏感なのは、きっと気づいてもらって救われた経験があるからだろう。
衝撃を受けなかったといえば嘘になるが、話してくれたことが嬉しかったし、とても愛しく思った。
蒼生に愛される美穂さんを幸せものだと言ったが、逆もまた然りであった。
「つーか!何、星もついに好きな人できたとか?」
「ち、違うから!!ほんとそういうのじゃないから」
「お前….そんな顔赤くして何言ってんだ….」
“好きな人”という単語で、何故か薫の顔が浮かんでしまった。さっき初めて話したのに。
蒼生はにやりと口角を上げ、俺の肩を2回叩いた。
「まっ恋愛の大先輩である俺が?相談乗ってあげてもいいけど??」
完全に通常運転に戻った蒼生にほっとしつつ返事をした。
「結構です。」
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